本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。
今回の担当は、3年生(2023年現在)のM・Rさんです。
宮下奈都『メロディ・フェア』ポプラ文庫、2013年(単行本は2011年)
※帯文及びページ数は2011年刊の単行本をもとにしています。
【帯文】 “最後の日”につける口紅、“らしさ”を引き出すハイライト――化粧をたしなむ生き物に生まれて幸せだなぁと感じた。
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8101215.html
【キーワード】口紅/らしさ/世界征服/メロディ・フェア(ビージーズの1969年の曲)
【お仕事】ビューティーパートナー(美容部員)
【主人公の雇用形態】
正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】新卒でピンクがテーマカラーの化粧品会社のビューティーパートナーとして働き始めた小宮山結乃は、第一、第二志望の化粧品会社に落ち、デパートですらない、地元のモールの中にある化粧品コーナーの一角に配属されたことにショックを受けつつ勤務していた。凄腕ビューティーパートナーの馬場さんやお客様をはじめ、様々な出会いを通じて仕事にやりがいを見いだしていく。
【こんな読者層におススメ!】化粧が好きな人、接客業の経験がある人
【作者について】1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選。07年、初の単行本『スコーレNo.4』が話題を呼ぶ。ほか著書に『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』など。瑞々しさと温かさを兼ね備えた文体で、日常の風景を丁寧に掬い取り、真摯に生きる登場人物たちを描く。いま最も注目される作家のひとり。(奥付より引用)
【出版情報】『メロディ・フェア』ポプラ社、2011年。⇒2013年文庫化。
初出は「asta*」2009年十月号~2010年八月号。
【時代】不明 2010年頃?(着メロを設定していた描写あり)
【場所】福井県の小さい町
【章立て】なし
【語り】一人称/二人称/三人称
【初読時間】3時間
【お仕事小説のパターンチェック】
①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
小宮山結乃(こみやま・よしの):本作の主人公。入社1か月目にして、小さい町のモール内化粧品コーナーで暇を持て余している。
母:シングルマザー。化粧っ気がない。
珠美(たまみ):3つ下の妹。理系大学生。化粧嫌い。
(職場関係)
馬場(ばば)あおい:六年次上の凄腕美容部員。果実(このみ)という保育園児の娘がいる。
福井研一(ふくい・けんいち):北陸支部マネジャー。冴えない見た目のアラサー。
白田直子:結乃の前任者。ものすごく美人。
花村:同じモールの雑貨売り場の人。
(社外)
真城(ましろ)ミズキ:小学生の頃の親友。メイクが濃い。
浜崎:還暦すぎのいつも冷やかしに来る客。
みずえ:浜崎の息子の嫁。
【描かれた仕事の内容】
・基本的な接客
・タッチアップ(美容部員が、お客の肌に直接メイクやスキンケアを施すこと)
・顧客情報の更新
【仕事現場のリアルな描写】
p12~17 冷やかしの客への応対。「うーん、眉毛化粧品てあるけのう。もうちょっとなんとかきれいにならんもんかと、まあ思わんこともない」と、どうせ買う気はないのにも関わらず、雑談で暇をつぶすための建前として最初は商品を求めているそぶりをみせる浜崎。それに愛想よく応対する結乃。
p59~61 馬場さんが如何に凄腕だったのかを再認識させられる業績。「そういえば、ではない。馬場さんは凄腕だと初めから言われていたのだった。名指しで来るお客さんの多さにその片鱗を見ていたくせに、喉もと過ぎればというあれだろか。喉もとなんてぜんぜん過ぎていないのに、近くにいすぎて慣れてしまったんだろうか。」
p148 品番の意味。「Rなら赤系、Pならピンク、Oはオレンジ系で、数字が大きいほど色が濃い。ほかにも、マットかグロスか、ラメが入っているかどうかなどの情報がアルファベットと数字の組み合わせで表されている。そういう決まり事さえ知っていれば、品番からある程度は色を推測できるようになっている。」
【ハラスメント】
とくになし。
【印象的なセリフ(下線は引用者による)】
p47「お化粧をするときと同じくらい、お化粧を落とすときが好きだ。」
p132「そして、今日。まだ胸が熱い。口紅一本がひとを支える。その確信が、身震いするほど私を興奮させている。」
p195「ビューティーパートナーは何もできないなんて嘘だと思う。ただ、このひとは今、私にうなずいてほしいのだということがじんじん伝わってきた。」
【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】
p129「——その堂々とした体軀を縁取る輪郭がぼやけ、彼女の中から、その皮膚の内側に潜んでいた繊細な少女がふっと姿を現したように、見えた。」
p218「入院している友達の枕元で、痛恨の失恋を蒸し返して蹴飛ばした上、着地点まで走って行って踏みにじったようなものだ。」
p219「ごめん、思ってたのと違うこと言った。ほんとはズンズンなんかどうでもよくて、私はミズキと笑いながらプリンを一個食べられたらそれでしあわせだって、世界征服したような気持ちになれるって言いたかったんだ」
【個人的な読後感】
・美容部員という職種の深掘りというよりは、人との出会いによって結乃が仕事との向き合い方を明確にしていく物語という印象を受け、化粧に関心がある人だけでなく、多くの人と関わる接客業を経験していたり興味関心があったりする人全般に刺さるテーマがある。
・上司である馬場あおいや福井研一は、良い意味で結乃の傍観者であり、アドバイスはするものの深くは関わってこないさまにリアリティを感じ、結局のところ悩みや苦難を打破することができるのは自分自身であると痛感させられる。