田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その6

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のM・Sさんです。

 

原田ひ香『図書館のお夜食』ポプラ社、2023年

【帯文】 

『三千円の使いかた』『ランチ酒』の著者が描く、食×本×仕事を味わう長編小説。

秘密を抱え、本に翻弄され、今日も美味しいご飯に癒される。

好きだけでは、乗り越えられない夜がある。

図書館のお夜食|一般書|小説・文芸|本を探す|ポプラ社 (poplar.co.jp)

 

【キーワード】本に関わる仕事/まかない/秘密/働くこと/傷ついている人

【お仕事】図書館員(書店員、図書館司書、古書店員)

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他

【あらすじ】

東北の書店に勤めるもののうまく行かず、書店の仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。そこは普通の図書館と異なり、亡くなった作家の蔵書が集められた、いわば本の博物館のような図書館だった。開館時間は夜7時から12時まで。まかないとして“実在の本に登場する料理”が出てくる「夜の図書館」で、それぞれ事情を抱えた本好きな同僚に囲まれ、予想外の事件に遭遇しながら、「働くこと」について考えていく。

【こんな読者層におススメ!】

本に関わる仕事に就いている人/本好きの人/日々の生活に疲れてしまった人

【作者について】

1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。『三千円の使い方』で宮崎本大賞受賞。他の著書に『老人ホテル』、『財布は踊る』、『古本食堂』など。(X(旧Twitter)https://twitter.com/LunchSake

 

【出版情報】2023年6月19日第1刷、2023年7月29日第4刷

【時代】2015年以降(p126)

【場所】「東京の郊外」(p20)の図書館

【章立て】第一話~第四話、最終話の全五話。(その章で出てくるまかないの名前)

【語り】一人称/二人称/三人称

【初読時間】3時間程度

 

【お仕事小説のパターンチェック】

①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他」

④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」

 

【登場人物】

(主人公と、その家族)

樋口乙葉(ひぐち・おとは):本に関係する仕事に就くことが長年の夢だった。大学では国文学を専攻し、近現代文学のゼミで太宰治を題材に卒論を書いた。国語教員と書道教諭の免許を持っている。地元の教員採用試験に落ちた後、「本に関する仕事」の面接を多く受けたものの受からず、地元に戻り東北地方のターミナル駅ビルの中の書店に契約社員として勤めていた。しかし、店長とそりが合わず、揉め事もあって勤め続けることが難しくなっていた。仕事を辞めようと思っていた時に匿名の書店員として投稿していたSNSにダイレクトメッセージが届き、「夜の図書館」の仕事の紹介を受けることになる。

・母:樋口一葉が大好き。文学少女だった。

・父:厳格で古い考えの持ち主。昔はバンドをやっていたらしい。

(職場関係)

篠井弓弦(ささい・ゆづる):図書館のマネージャー。姿を現さないオーナーに代わって図書館を取り仕切っている。

・オーナー:乙葉にセブンレインボーという名でダイレクトメッセージを送り、「夜の図書館」の仕事を紹介する。図書館員もマネージャーである篠井でさえも会ったことがない。電話やメールで話すだけ。一年のほとんどは海外に行っている。「オーナーについて詮索するのは、あまりよくない結果を招くと思います。」(p10)

・北里舞依:長い黒髪。建物の出入り口の受付担当で客の荷物検査もしている。空手の全国大会優勝者。

渡海尚人(とかい・なおと):古書店を経営しているが、事情があり期限付きで図書館で働いている。期限が決まっていることは他の図書館員には伝えていない。

榎田みなみ(えのきだ・みなみ):図書館司書の資格を持ち、図書館で非常勤として働いていた。図書館員の中で「いつも明るく、おちゃめな末っ子」を演じている自分に悩み、本の仕事に対する熱意に関して同僚との温度差を感じている。

正子(まさこ):公立図書館で図書館員として長く働いていた。かつて没頭していた読書に徒労感を感じていることに悩みを抱えている。

・亜子:家族で小さな書店を営んでいた。自分が原因で家を出ていってしまった娘がいる。

・木下:二階の一角にある食堂「図書館カフェ」で働いている。以前は銀座の有名な喫茶店でコーヒーを淹れていた。オーナーが指示した小説やエッセイの中に入っている料理をいくつか再現して出すことを条件として図書館にスカウトされた。

・徳田:中年の男性。ぽっちゃりしていて丸い眼鏡をかけている。元書店員で半年前くらいに図書館に入った。肩書を気にしている。親切な人。

・小林:図書館や乙葉たちのアパートの掃除をしている。人と話さない。掃除は凄く丁寧。

・黒岩鉄次:図書館探偵。元警察官、図書館の警備をしている。

(社外)

・店長(乙葉が書店員の時の):40代半ばの男性。本社から派遣されている。従業員を「明るい」「暗い」とジャッジし、自分が話すのは「明るい」人だけという思考の持ち主。

・二宮公子:少し年配の女性。図書館の常連。何年もほとんど毎日来て、高名な時代小説家の高木幸之助の本棚のところにいる。高木の愛人であった。

・田村淳一郎:若い頃からヒット作をバンバン出している有名作家。業界では性格が悪いことでも有名。ライバルであった白川忠介という作家の本を見せてほしいと突然図書館に来て、図書館員たちに対して高圧的な態度をとる。

・高城瑞樹:覆面作家。年齢も性別も非公開で人前に出たことがない。芥川賞、直木賞の両方にノミネートされ実力も人気もあった。三か月前くらいに亡くなった。

・もね:高城瑞樹の妹。高城瑞樹の蔵書を引き取ってほしいと連絡してくる。

 

【描かれた仕事の内容】

蔵書整理(管理の方法)/図書館司書の採用状況(p92~93)/古本屋の仕入れの仕事/データ化が進んでいなかった頃の司書のレファレンスの仕事「それはまさに現代のグーグル」/亡くなった作家の家の蔵書を引き取りに行く

 

【仕事現場のリアルな描写】

(夜の図書館)

・仕事内容、仕事の環境について→「実際、夜七時から夜中の十二時まで開いております。勤務は午後四時から深夜の一時まで。一時間の休憩を挟みます。」/亡くなった作家の蔵書を「作家さんが亡くなった後寄付して頂いて、こちらに展示、整理するのがうちの図書館の主な業務です。」/「お給料は手取り月十五万」(p20)

 

・蔵書整理→「この蔵書整理がいわば、この図書館の心臓であり、頭脳であり……とにかく一番大切なところです。」(p24)/「蔵書印が押された本はデータに入れて管理される。題名、作家名、第何刷りか、いつ刊行されたものかなんかをデータに入れる。」(p29)

 

・蔵書印を押す→「これ、いわゆる蔵書印ね。これをすべての本の裏表紙の内側に押すの。これもまた、生前から作家さんに指定されて作ったものもあるし、死後、遺族の方と相談したり、こちらで決めたりして作ったものあるの。(中略)決まりは必ずフルネームが入って、一目で誰のものかわかること。そうじゃないとあとあと大変だからね。」(p27~29)

 

・図書館全体の蔵書整理と蔵書のチェック→「書店でも棚卸しをやるでしょ。あれと一緒ですから。」「図書館はさらに大変です。一週間は閉めなければなりません。」(p221)/「どの図書館でも一年に一度くらいはすることですからね」「特別なことではありません。でも、大切な仕事です。図書館の本がお客様の求めに応じて迅速丁寧、確実に提供されるためには、本が正しい場所に置かれていなければなりません。」(p246)/「普通の図書館でも、閉架書庫の整理を含めると、一年一回でだいたい蔵書の三分の一を整理します。」(p247)

 

(古本屋)

・チェーン店の古本屋について→「ああいうところじゃ、本の買い取りの知識や技術なんていらない。本はただ、その新しさや綺麗さ、人気で判断される。」「古い本は汚れた上の部分……業界では「天」と呼ばれる部分を削ってクリーニングして売るくらい。(新潮文庫や岩波文庫の「天」を削っていたなんて今では震える)。」(p194)

 

・「セドリ」について→「ただのものと、自分の金を出したものを買い取ってもらうのは全く違う。自分の金を、「この本は高く売れる」という自分の知識に賭けるのだ。」(p201)

 

【ハラスメント】

パワハラ/モラハラ

・「なにをしても「明るい樋口さんならできるでしょ」と手間のかかる仕事や大きな仕事を任された。」「客からの理不尽なクレームも多かったのに、その処理を店長は全部乙葉たちに押し付けた。」「店長から話しかけられることはなくなった」(p18~19)

 

・「ずっと、人の顔色を見て仕事をしてきた。口では「休憩していいですよ」と言いながら、その通りにすると「気を遣えない人だ、こっちが勧めるのは儀礼的なものであるとわからないのか『先輩がお先に休憩してください』というのが常識じゃないか」などと陰口を言う人の中で仕事をしてきて、本心からの言葉なのか、いつも疑っていた。(P34)

 

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

・「俺らの図書館のいいところはさ、考える時間がたくさんあるところだよ

「古本屋と書店員と図書館員が一緒に働くことってなかなかないでしょ」「それも結構、いいなあと思ってる」(p209)

 

・(蔵書整理が終わり、その日登館している人たち全員でまかないを食べている場面)「ここにいる人たちがどんな選択をしようともいいのだ。自分は篠井とはこれからどうなるのだろうか。できたら、もう少し近づきたい、一緒にいたい、彼の言葉を聞いていたい。あとで彼のところに行こう。ご飯を食べながら話をしたい。だけど、たとえそれができなくても、今この雰囲気全部が貴重で、とてもいい時間で、でも、きっとこれは永遠ではない。

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】

・「本棚の奥には……洞窟が眠っていた。と、思うほど壁を黒く塗られた殺風景な部屋だった。」(p22)

・「この蔵書がいわば、この図書館の心臓であり、頭脳であり……」(p24)

・「板の間の上を歩くときは裸足でスケートをしているみたいだった」(p99)

 

比喩や擬人化などの表現はあまり見られなかった。素朴な文体で図書館のありのままの日常がうかがえる作品である。比喩ではないが、章ごとに出てくるまかないの描写は作品の読みどころであると思う。

 

【個人的な読後感】

・一つの仕事について掘り下げるというよりは図書館を中心に本に関わる仕事について広く知ることができるものであると思う。

・本を愛するがゆえに少し傷つき、秘密を抱えた図書館の人たちを知っていく中で、書店員、司書、古書店員などの本に関わる仕事について知ることができ、「働くこと」「生きること」に向き合っていく彼らを見守りながら自分自身も考えさせられる小説であった。

・最後の章で図書館やオーナーについてなど様々な伏線が回収され、衝撃の事実が明かされるものの、その後の主人公たちや図書館の行く先がどのようなものになっていくかは読者にゆだねられている形で終わるため、少し物足りなく感じてしまったが、続編を期待してしまいそうなその余韻が作品の魅力でもあると思う。

Print Friendly, PDF & Email
>北海道労働情報NAVI

北海道労働情報NAVI

労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

CTR IMG