田中綾「(書評)松澤俊二著『プロレタリア短歌』」

日本社会文学会「社会文学」第51号(2020年3月)

 

【書評】

松澤俊二著『プロレタリア短歌』

田中 綾

 

 

「コレクション日本歌人選」シリーズの79冊目であり、昭和初年代に興隆したプロレタリア短歌50首を綿密に評釈した新刊である。

1928年以降、数年の間に勢いを増したプロレタリア短歌運動は、都市労働者や、階級意識に鋭敏な知識人、女性労働者らをおもな担い手として独自の作風を構築していた。たとえば、『プロレタリア短歌集――一九二九年メーデー記念』(紅玉堂、1929年)は、その勢いや裾野の拡がりを伝える合同歌集である。

また、2000年代に入ってから、プロレタリア短歌誌「短歌評論」「短歌時代」の年刊合同歌集『世紀の歌』『集団行進』『生活の歌』など5冊(初版は文泉閣、1935年~39年)も復刻出版され、当時の勢いを追体験することができる。

けれども、総力戦へと流れる過程で、プロレタリア短歌運動自体は沈静化していった。労働短歌が「生活」短歌に収斂されるまでにさまざまな要因があったことは、深くかかわった歌人たちの回想録に記されている。たとえば、渡辺順三による『定本近代短歌史』下巻(春秋社、1964年)の記述や、回想録『烈風の中を』(東邦出版社、1973年)は、現代短歌史においても主要先行研究である。

とはいえ、問題となるのは、プロレタリア短歌そのものの評価である。巻末の解説で、松澤氏は率直に、「プロレタリア短歌の評判は実は良くない。というか、はっきりいって悪い」とまで述べている。確かに、歌われた内容が資本家への抵抗や告発などで、罵詈雑言に近しい作品も見られた。また、五七五七七という定型自体が旧習的な「支配階級の詩型」と見なされ、定型を破壊した大幅な字余り歌や、多行書きの短詩のようなスタイルが増えるなど、文体面での問題もあった。

そのような問題を踏まえたうえで、本書には、新たな評価軸が用意された。プロレタリア短歌の定義の確認とともに、それらが「詠まなかったもの」三点に着目したのだ。

松澤氏は、まず一点目として「自然の美しさ」を挙げる。

 

裏小路のゴミ溜にきて何かあさる痩せ犬の目が人間らしかつた   並木凡平

 

自然ゆたかな北海道に暮らしながら、並木凡平の目に映るのは「裏小路のゴミ溜」であり、そこで食べ物をあさる犬と、犬のように見えてしまう人間の姿であった。職業は新聞記者であり、その仕事を通して「日々他者の貧しさに直面」し、それに対して「心を寄せる共感力を持っていた」という評は的確だろう。

歌われなかったものの二点目は、「恋愛」である。賃金労働者が直面する問題をまさに「問題化」させることが運動の目的の一つであり、そのため、恋愛という普遍的なテーマはあえて歌材に選ばれなかったのだ。

そして三点目は、「戦争を讃えなかった」点である。満洲事変から日中戦争へとなだれこんだ昭和初年代、召集される可能性のあった男性歌人たちは、まさしく当事者であった。国家による暴力に対する鋭敏な神経は、次の一首にもあらわれているだろう。

 

撲殺された鮮人が眼に浮かぶのだ灼熱の巷にビラを撒きながら    前川佐美雄

 

関東大震災で見聞したものを、その現場の近くで「ビラを撒きながら」ふいに思い出した歌である。朝鮮人虐殺という大量殺戮に及んだ大日本帝国の暴力を注視する眼が、ここにも濃厚である。

また、1933年の小林多喜二の拷問死についても、四行書きの短歌が作られていた。

 

逮捕、急死、

急死、急死、急死。

ああ、それが何を意味するかは

いふまでもない。

矢代東村

 

新聞では「急死」と報道されていても、それがどのような死であったのかは、ありありと想像されたのだ。国家権力による暴力を、直接間接にひるまず歌う覚悟のほどが伝わってこよう。

以上は、短歌史にも記述される著名歌人の作品だが、本書では、ほぼ無名の作者も引用され、その選歌眼が光っている。たとえば、女性教員と思われる作者のこの一首。

 

ひどい病気は好きだと言ふのだ聞けば米のまゝが食べられるつて児童の話にうたれる    泉春枝

 

日常的には食べられない白米だが、病気の日には特別に食べられて嬉しい、と語る学童の話。子どもの貧困が可視化されてきた今日、昭和初年代のこれらの歌は、まるで現在の子どもたちの肉声のようにも感じられる。

貧富の格差、労働者の分断、国家と国民意識との乖離など、プロレタリア短歌を再読すると、むしろ今日の日本が抱える課題が浮き彫りになる。軍備増強に向かう今日と、昭和初年代の時代状況は、おそろしく酷似しているのだ。プロレタリア短歌運動は、そんな私たちへの予告、あるいはメッセージでもあったのではないか――そのような問いをも投げかける、時宜にかなった一冊である。

 

(笠間書院 2019年1月 117頁 1300円+税)

 

(たなか・あや 北海学園大学教授)

 

 

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