田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その14

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のS・Kさんです。

 

朝井リョウ『スター』朝日文庫、2023年

※帯文及び書影、ページ数は、2020年刊の単行本をもとにしています。

【帯文】 

 

国民的スターって、今、いないよな。

…… いや、もう、いらないのかも。

 

誰もが発信者となった今、

プロとアマチュアの境界線は消えた。

 

新時代の「スター」は誰だ。

https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=22234

 

【キーワード】 スター、価値、神は細部に宿る、心の問題

【お仕事】 W主人公。映画監督(監督補助)とYouTuber(動画編集者)。

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他(自営業)

【あらすじ】

新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応――作品の質や価値は何をもって測られるのか。私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。

【こんな読者層におススメ!】何かを作る仕事をする人。

 

【作者について】

朝井リョウ(あさい・りょう)

1989年岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年に『何者』で第148回直木賞、14年も『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。主な著書に『チア男子‼』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』ほか。(巻末著者紹介より)

・朝井リョウ作家生活10周年記念サイト→https://publications.asahi.com/star/

 

【出版情報】朝日新聞出版、2020年→朝日文庫、2023年

【時代】2020年頃? 「東京五輪観戦チケットを当てよう!」(p.326)との表現あり。

【場所】東京

【章立て】全17章。1章ごとに別の主人公の視点に切り替わる。序盤で別れた両主人公が終盤で再会する構成。

【語り】一人称/二人称/三人称

【初読時間】4時間程度。385頁。

 

【お仕事小説のパターンチェック】

①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他(  )」

④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」

 

【登場人物】

(主人公と、その家族)

立原尚吾(たちはら・しょうご):1人目の主人公。大学時代に紘と作った映画『身体』で受賞。卒業後は憧れの鐘ヶ江誠人監督の所属する制作会社NLTに入社し、「監督補助」の役職に就いて修行を積む。「とことん細部にまでこだわってクオリティを高め続けるような執念」(p.328)がある。

大土井紘(おおどい・こう): 2人目の主人公。大学時代に尚吾と作った映画『身体』で受賞。卒業後は就職せず一旦地元に帰ったが、磯岡ジムのYouTubeチャンネルの動画制作を手伝ったところ「名作映画みたい」な編集が評判を呼び、一躍有名になる。「感覚的にカッコいい映像をつかまえられるようなセンス」(p.328)がある。

 

尚吾の祖父:映画好き。尚吾が高校三年生のときに亡くなった。「──質のいいものに触れろ。」

紘の父:島で一つしかない高校の日本史の教師。「──よかて思うものは自分で選べ。」

 

(職場関係)

鐘ヶ江誠人(映画監督):制作会社NLTに在籍する日本を代表する映画監督。

占部(監督補助):鐘ヶ江の監督補助。尚吾の先輩にあたる。

浅沼(スクリプター):鐘ヶ江組の常連で、かつては映画監督を志していた。

 

(社外)

千紗(シェフ):尚吾のパートナー。フランス料理店「レストランタマキ」で修業中。

泉(オンラインサロン):尚吾と紘がいた映画サークル時代の後輩。会員制のサロンを主宰。

大樹(磯岡ジムのスタッフ):磯岡ジム公式Channelを立ち上げた。

長谷部要(プロボクサー):磯岡ジムに所属。尚吾と紘の受賞作『身体』に出演。

玉木耀一(シェフ):千紗の勤めるレストランのオーナー・シェフ。

國立彩映子(俳優):鐘ヶ江監督作品の常連で、これまで三作品に出演。

天道奈緒(YouTuber):若い世代に絶大な人気を誇るインフルエンサー。

 

【描かれた仕事の内容】

「有名監督に弟子入り」「ロケ地での宿泊」「本業の製作をこなしながら脚本の修行」「コラボの打診」「炎上動画の修正」

 

【仕事現場のリアルな描写】

・監督補助に求められる仕事。スケジュールよりも作品の質を優先させる。(p.58)

・映像制作チームを組むことを打診される。(p.256)

・六本木のオフィスで動画仕事。チャットアプリでのやり取り。(p.263)

 

【ハラスメント】

上司に不本意な方針を強いられそうになるシーンがある。どちらも主人公が断固として拒絶し、上司が折れるパターン。

  • 毎日投稿の強要(156~p.161)

上司「動画を毎日投稿に切り替えてもらうから」

紘「毎日投稿は難しいです」

上司「自分の発言に、責任持てよ」

  • 炎上商法の強要(275~285)

上司「最大のバズを起こすために、…(中略)…トラブルが起きてるんじゃないかって雰囲気を出すんだ」

紘「MVのプロジェクトには賛同できません」

上司「君は既に悪い遺伝子だよ」

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

・(紘の父)「──なあ、紘、よかて思うものは自分で選べ。どうせぜーんぶ変わっていくと」(p.28)

・(浅沼)「挙句 “作者の性別を知らない状態で鑑賞したかった”とかさー、もう意味わかんないこと言われ続けて」(p.202)

・(眼科医)「どんな世界にも、信じるものを揺るがそうとしてくる人間はいるということです」(p.234)

・(鐘ヶ江)「心。自分の感性。それしかないんだ」(p.299)

・(泉)「俺、コンビニの新商品を食べ比べてる人たちがオリンピックのアンバサダーをするようになった今のほうが、やさしい時代だと思うんですよね」(p.329)

・(千紗)「私は、誰かがしてることの悪いところよりも、自分がしてることの良いところを言えるようにしておこうかなって、思う」(p.373)

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】

・(直喩)「映画の神様がふっと息を吹きかけたかのように、シアターの中の暗闇が晴れていく。」(p.9)

・(隠喩)「成人男性にしては細い首を縦断する山脈が、ぽこりと隆起する。」(p.83)

・(隠喩)「占部の瞳の中に、フォローを期待する甘い色の絵の具が、一滴注入される。」(p.121)

・(直喩)「やわらかい細胞が積み重なっただけのような身体が、だらりと椅子の座面の上に載っている。」(p.175)

 

【個人的な読後感】

・現代のコンテンツの消費のされ方と、それに翻弄される今の作り手を取り巻くリアルを捉えた作品。

・TikTok、Netflix、Huluなど馴染みのあるメディアの名称がたくさん登場するので新鮮味があるが、数年後に改めて読んだとしたら、台頭するメディアも変わり、その感覚は変わっているのではないだろうかという予感がする。そういう意味では、今こそ一度読んでみてほしい作品。

・祖父や上司、後輩など幅広い世代間の交流や、シェフや眼科医など異なる職業間の交流を通して主人公が気づきを得て成長していく様子は、生産と消費の波に揉まれる現代の私たちを癒やし、元気づけてくれる。

 

 

 

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