田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その7

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のM・Mさんです。

 

 

青木祐子『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』集英社オレンジ文庫、2016年(シリーズで11作刊行。今回は、1についての解説)

 

【帯文】 

100万部突破! だいたいの社員は入社するとすこしずつずるくなる。

https://orangebunko.shueisha.co.jp/book/series/

 

【キーワード】経理/イーブン/社内の人間模様/恋愛

【お仕事】経理部所属

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他

【あらすじ】

天天コーポレーションの経理部で働く森若沙名子、27歳、彼氏なし、入社してから5年間経理一筋。きっちりとした労働と、適正な給料。過剰なものも足りないものもない、完璧な生活を送っている。今日も様々な領収書を処理する彼女は、そこから社内の意外な人間模様を垣間見る。時には予想外のトラブルに巻き込まれることも。

【こんな読者層におススメ!】スッキリした気分になりたい人/経理や事務系の仕事に興味がある人

【作者について】1969年、長野県生まれ。『ぼくらのズーマー』が2002年度集英社主催のノベル大賞で入選。2003年、『ソード・ソウル~遥かな白い城の姫~』(集英社コバルト文庫)で文庫デビュー。『これは経費で落ちません!』は、2018年から漫画化(作画・森こさち)、2019年にはNHKにて実写ドラマ化。

【出版情報】『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』集英社オレンジ文庫、2016年。以降、11巻までシリーズ化(2023年現在)。

【時代】2015年前後(p12)

【場所】バス用品などを取り扱う中堅会社“天天コーポレーション”の経理部

【章立て】第一章…不透明な領収書について

第二章…社内の金銭トラブルについて

第三章…森若さんに関する恋愛事情について

第四章…社員の横領疑惑について

第五章…経理部の日常について

【語り】一人称/二人称/三人称

【初読時間】2時間

 

【お仕事小説のパターンチェック】

①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他」

④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」

 

【登場人物】主要人物は赤字

(主人公)

森若沙名子(もりわか・さなこ):27歳。仕事とプライベートをしっかり分ける。休日や仕事の後に職場の人との交流を取ることはしない主義。好きな言葉は「イーブン」平日は仕事を完璧にこなして、休日は映画を見たり、料理をしたり自分のために時間を使うことがモットー。

(職場関係)

山田太陽(やまだ・たいよう):天天コーポレーションの営業部の若手エース。人懐っこくお調子者である。経理部に「たこ焼き代、4800円」の領収書を出しに来る。沙名子に好意がある?

佐々木真夕(ささき・まゆ):経理部の後輩。愛社精神にあふれているが、ケアレスミスが多い。明るくおしゃべりな人物。

・中島希梨花(なかじま・きりか):営業部企画課。真夕と同期で仲が良い。ゴシップ好き。

・大谷咲(おおたに・さき):受付嬢。空気を読まずわがままな性格。社内の金銭トラブルのうわさが?

有本マリナ(ありもと・まりな):総務部秘書課。美人。高飛車な性格。横領の疑惑が?

・鎌本義和(かまもと・よしかず):営業部。山田の先輩で一部の女子社員から煙たがられている。

鏡美月(かがみ・みつき):研究所勤務。入浴剤を開発する業務に携わっている。沙名子の同期。

 

【描かれた仕事の内容】

社員の伝票整理/領収書の入力業務/決算処理/帳簿管理/領収書の預かりと出納

【仕事現場のリアルな描写】

「社内の経理はほぼ電子化されている。社員がそれぞれの端末に入力したのち、プリントアウトした伝票を経理部員に手渡すこと以外は。」

「週明けの経理部である。決算月ほどではないが、月締め後なのでややあわただしい。」

「顧客から天天コーポレーションへの入金は、経理部がそれぞれの部署から依頼を受けて請求書を発行し、銀行振り込みをしてもらうのが原則である。」

「天天コーポレーションの定時は8時45分から5時半。フレックスタイム制ということになっているが、経理部は除外である。」

【ハラスメント】

(営業部の鎌本のセリフ)「森若さん、27歳なんですね。35歳くらいかと思った。」(p157)

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

「ひっかかりは何もない。足りないものも過剰なものもない。きっちり働いて責任を果たし、働いた分の給料を適正にもらい、自分のために使う」(p18)

「会社にも、他人にも。与えた以上のものは求めず、求められた以上のものは与えない。」(p19)

「タイミングとは不思議だ。時が流れの速い川だとしたら、でこぼこした穴とか曲がり角のようなものだろうか。だったらでこぼこしている方がいいのか。なるべく滑らかに、均等に、きれいに流れるまっすぐな川にしようとずっと努力してきたことは間違いなのか。すべてにイーブンを目指していたら、大事なタイミングが消えてしまうのか。」(p172)

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】

・美月は用事があるときに木で鼻をくくったようなメールをよこしてくる。(p19)

・時間は流れる川のようなもの。(p235)

・外で買うコーヒーは、息抜きと同時に自分への戒め、失敗に引きずられずに仕事へ向かうガソリンである。(p246)

 

【個人的な読後感】

・経理部内の人間関係が非常にリアルに描かれた作品であった。お仕事ドラマという側面を持ちながら、主人公の恋模様や人生の岐路に立たされる場面など自分の生き方について考えさせられるような描写もあった。

・営業部や企画部と比べて普段あまり目立つことのない経理部であるが、経理という仕事は会社の利益に直結するような業務ではないが、社員を支え確実に会社の力になっているという部分が非常に丁寧に描かれていた。

・また、主人公の沙名子の誰に対しても態度を変えず、媚びることもなければ偏見をもって接することもないという姿勢が非常にかっこよかった。

・トラブルは発生するが、悪役などは一切出てこず個性豊かなキャラクターとリアリティのある人間模様がコミカルに描かれているのが特徴の作品である。

 

 

 

 

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