原田賢一「公務労働の現場から ~職場環境の変遷、そこから見えてくる課題~」

公務労働の現場から

~職場環境の変遷、そこから見えてくる課題~

北海学園大学大学院修士課程 原田賢一

 

 

1 私の経験から

 

私は大学を卒業後、1990年4月1日に北海道内の小規模自治体に社会教育主事として採用されました。当時は終盤ではあったもののバブル期であり、同級生の多くは就活においていくつもの内定をとり、裏で企業から接待を受けるといった状況でした。

就職当時の職場は4週6休で、土曜日は午前中のみの勤務でした。そして1992年からは完全週休5日制がスタートしました。

しかし、社会教育関係職員の労働は住民の学習活動の支援を中心に、体育及びレクリェーションといった活動の推進も業務であり、それらの活動は一般的に住民が休みである土曜日や日曜日に行われることが多く、よって土日出勤が大変多くなっていました。

さらに社会教育主事の職務には、社会教育を行うものに対する指導助言といったものがあり、夜に行われる住民団体の会議に出席を求められたり、住民を対象とした文化スポーツ教養講座の開設運営も平日夜に行われることが多くなっていました。

では、土日勤務の代休は取得できていたのか、夜の業務で時間外手当は支給されていたのか、今となってはあまり記憶に残っていませんが、サービス残業もしていたように思います。

社会教育労働は、窓口業務を中心とした一般行政とは働き方に違いはありましたが、福祉施設や保育所、病院、現業職のみならず、都道府県においては教職員や警察官なども変則的な勤務であり、元々社会教育主事を目指していた私は違和感や疑問を持つこともなく、逆に忙しくしていることにやりがいを感じていました。

 

バブルの崩壊が始まったのは1991年頃からでしょうか、時代の流れと若干のタイムラグがある公務員の世界ではこの頃はまだ給与も順調に上がり、12月にはボーナスと給料のほかに、人事院勧告に準拠した給与見直しに伴い4月に遡った給与の差額支給が行われていました。

しかし、人事院勧告の給与の上げ幅も次第に鈍化し、2000年に施行された地方分権一括法をはじめ、地方自治体においては2005年に総務省から「集中改革プラン」の公表を求められるなど、地方公務員を取り巻く労働環境は急激に悪化していくこととなりました。

給与関係では、寒冷地手当の改悪、国家公務員の地域手当創設に伴う実質的な地方公務員の給与減額などが行われました。また、事務事業の精査、職員定数の見直し、民間委託等が推進され、私の職場においても社会教育主事が3名から2名、そして1名へと減らされていきました。また、市町村合併を行わないことを決めたことに起因して、自治体独自に「自立プラン」を策定し、職員数の削減目標を定めるとともに、補完性の原理に基づき、住民に対して「自助」「共助」を求めるようになりました(そのためにまちづくり条例や情報公開制度、地域担当者制度などを整備しましたが)。そして多くの公共施設の管理運営は指定管理者制度が導入されましたが、指定管理者が行政のパートナーとしての自覚を醸成するには至らず、逆に住民サービスを低下させている側面も見受けられました。さらに少ない職員でお互いを補完しあうことを目的として、役場組織機構を係制からグループ制(3~4つの係を1つのグループに統合して、職員間の業務量のアンバランスを調整するシステム)へ改めましたが、結果としては各業務における責任の所在があいまいになるとともに、組織内での若手職員の育成がおろそかになるだけではなく、若手に過度な(職階を超えた)責任を負わせる状況となっていきました。

 

このように進められてきた見直しや改革が、職員の時間外勤務やサービス残業を増大させるだけではなく、モチベーションを下げるとともに、業務における質の低下を招いていると言っても過言ではないと思います。忙しすぎる職員、モチベーションの下がった職員ばかりでは意思の疎通、助け合う、相談する、議論を深める、業務内容を継承するといったことが行われにくくなり、結果としてハラスメントが発生したり、一部においては住民サービスにおける質の低下につながっているのだと思われます。

 

また、人事面においては、臨時的に雇用していたはずの非正規職員を、非正規であることを変えることなく、会計年度任用職員と名を変えて堂々と正規職員が担ってきた業務を担っていただいているという状況があります。臨時職員と比較すれば、給与面における改善がなされたと言えるかもしれませんが、業務内容については正規職員と同等であり、同一労働を担いながらも身分や賃金が低く抑えられていることは大きな課題です。

さらに近年は、職員の定年退職のほか、中途退職が急激に増えており、職員確保に苦慮しているところです。新卒一般職の募集に対して応募数が減少しているだけではなく、専門職と言われている建築土木技師、保育士については通年で募集している状況が続いています。

 

 

2 公務労働における課題

 

 ⑴職員のスキルアップ

私が勤めていた自治体は、組織体制にグループ制を導入したことによって、職員間における業務内容の共有や継承が難しくなるとともに、研修への派遣が少なくなったように思います。もちろん近年の新型コロナウイルス感染症による会議等の中止、出張自粛の影響もありますが、オンラインによる基本的な職階別の研修が行われる程度になっていました(すでに町村会主催の研修会や自治大学校などは再開していると思われますが)。

まず私は、小規模自治体における係制の廃止とグループ制の導入の影響を次のように考えます。係制の場合、現場の長として係長が係員の業務をマネージメントし、ともに情報を共有し、補完しあいながら業務を推進していました。しかし、グループ制が導入されることにより、各業務、例えば上水道・下水道・町営住宅・ごみ・交通安全防犯・土木・建築・高齢者福祉・障がい者福祉といった以前は「係」という組織で取り組んでいた業務が、実質的には「担当」という名で、ひとりに1業務割り当てられてしまいました。これでは人事異動の度にその部署の業務遂行能力がリセットされてしまい、新任の担当者は新たな課題や業務の見直しなどに取り組む余裕もなく、安定的な業務、住民サービスがなされないという状況を生んできたと考えます。

 

また、グループにはグループリーダー(主幹もしくは総括主査)が配置され、グループのマネージメントを行うことになっているのですが、グループリーダーにも「担当」が割り当てられているため、日常的にOJTが行われる状況にはなかったと思います。

次に、グループ制を導入することによって、研修に参加(出張)しにくくなったのではないかということを考えます。「担当」が研修参加のために長期不在になると、「担当」が担っていた業務が滞ってしまう可能性があるため、立候補方式の研修(自治大学校・市町村アカデミー等)については、その参加をためらってしまう職員もいたかもしれません。

このように集中改革プランによって職員数が減員されたことを補完する意味もあったであろうグループ制の導入は、結果として職員個々の力量の低下を招き、結果としてまちづくりの停滞を引き起こしてしまったと考えます。

 

 ⑵職員採用

北海道の町村職員の採用試験は、振興局管内ごとの町村会が9月に1次試験を行い、その合格者が町村ごとに実施される2次試験に臨む方式が一般的です。しかし、近年は採用予定者数に対する受験者数が減少傾向にあり、各町村は町村会の試験に頼ることなく人材を探さなければならない状況が一部の自治体で発生しています。

私が勤めていた自治体でも近年専門職(建築・土木・水道・保育士・社会福祉士・保健師・消防)は通年で募集していますが、なかなか応募者はあらわれません。さらに法定雇用率3%の障がい者雇用についてもその数値を満たすことができていません。

そして近年中途退職者(私もですが)が急激に増え、就職氷河期に採用を見合わせていたこともここにきて組織の年齢バランス(中堅の不在)に影響を及ぼしていることから、即戦力の社会人経験者も継続的に募集しています。

このような状況ですが、ただ応募を待っているわけではありません。一部の専門職については、就労準備資金制度や奨学金返済支援制度を設けています。しかし効果はなく、職員体制は大変厳しい状況におかれています。

 

 

3 課題解決の方向性・・・

 

バブル崩壊後、官民問わず人件費の抑制に取り組みました。民間においては技術者が海外に流出するとともに日本の技術力も低下し、上場企業による技術的なエラーや不正が次から次へと明るみになり、人員削減がその要因の1つではないかと考えるところです。

また、公務労働に限ったことではありませんが、人員削減は、時間外勤務やストレスを誘発し、ハラスメントを引き起こしているようにも考えます。労働時間や賃金、働き方についての法令が見直され整備されてきている昨今ではありますが、労働現場がそれを受け入れる体制になければ、逆に労働の質の低下を生んでしまう可能性はないでしょうか。

さらに、人員削減により非正規労働者が増えるとともに、指定管理者制度の導入が促進されましたが、非正規労働者や指定管理業者の従業員は安い賃金で雇用されています。そして、指定管理業者が果たして地方自治を担うパートナーとしての役割を認識して業務にあたっているか、はなはだ疑問に思うこともあります。

 

これまで述べてきた課題の解決には、正規雇用職員を増やすことが必要であることは言うまでもありません。しかし一方では労働者が慢性的に不足していることから、住民サービスの見直し(業務のスクラップ&ビルド)や部署を越えた連携による工夫が求められるところです。がしかし、それを遂行するスキルを身につけた職員が必要不可欠です。

近頃ではアウトソーシングを行ってきたスクールバスや学校給食を担う業者が経営難に陥るという実態があります。国鉄が民営化されてJRが廃止しようとしている路線の代替バスについても、それを担えるバス事業者がいないという状況があります。

「自治体消滅」というショッキングな言葉を聞いて久しいですが、そもそも自治体の各種業務を担う職員を確保することができなければ、どのようなすばらしい施策があったとしてもそれを具現化することはできませんし、自治体を存続させていくこともできません。バブル崩壊から地方分権への流れの中で取り入れられてきた自助・共助・公助、すなわち補完性の原理について、いま改めてしっかりとその結果を検証し、住民とともにそのことを考えてみてみる必要があると思います。なぜなら、行政が補完性の原理を利用して職員数や歳入減少の穴埋めを地域住民や民間事業者に安く押し付けてきたという側面があるように感じるからです。

 

地方分権といいながらも、結局は国に従属的にならざるを得ない状況の中、地方自治の本旨である「団体自治」と「住民自治」を改めて問い直し、地域の実情に応じた行政、住民や民間事業者、NPOなどの非営利組織などにおける役割の見直しを行うことが必要であると感じています。

 

 

 

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