本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。
今回の担当は、3年生(2024年現在)のN・Nさんです。
行田尚希『海の上の博物館』KADOKAWAメディアワークス文庫、2015 年
【帯文】
博物館で働くのって、すごくたい…たのしい!
美しい瀬戸内海に浮かぶ博物館で個性豊かな学芸員たちが紡ぐ、ハートウォーミングな物語。
https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g312205600000/
【キーワード】博物館/学芸員/調査/価値
【お仕事】学芸員
【主人公の雇用形態】
正職員/非正規職員(臨時職員)/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】
瀬戸内海に浮かぶ小さな島に建つ、茅埜辺市立博物館。遠くから見る光景はまるで海に浮かんでいるかのよう。美しい自然に囲まれたその博物館では、個性豊かな学芸員たちが日々懸命に働いている。そして訪れる客たちもいわくつきの人ばかり。
そんな素敵(?)な環境の中、臨時職員として働き始めたばかりの新人女子・若菜は悪戦苦闘しながらも、笑顔を忘れず成長していく。憧れていた「博物館の学芸員」って、けっこう大変な仕事なんだなぁ~!
【こんな読者層におススメ!】
博物館が好きな人/学芸員に興味がある人/人間的成長を楽しみたい人
【作者について】
行田尚希(ゆきた・なおき)
栃木県出身。第 19 回電撃小説大賞(メディアワークス文庫賞)を受賞し、『路地裏のあやかしたち 綾櫛横丁加納表具店』でデビュー。数多くの心温まる作品で人気。
【出版情報】KADOKAWAメディアワークス文庫、2015 年
【時代】現代(明確な記述なし)
【場所】茅埜辺市(瀬戸内海近辺)
【章立て】
・第一章 春風と宝の地図
・第二章 初夏の森で
・第三章 秋の嵐
・第四章 真冬の迷路
【語り】一人称/二人称/三人称
【初読時間】3時間程度
【お仕事小説のパターンチェック】
①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者に
よる」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
・蓮本若菜(はすもと・わかな):茅埜辺市立博物館の臨時職員。二十五歳。叔母の家に居候している。身長が 147cm と低く、顔立ちも幼いことがコンプレックス。学生の頃から学芸員が将来の夢。
・朝森菊乃(あさもり・きくの):若菜の叔母。小学校教師。母父ともに教師という家系だったため、苗字ではなく名前で「菊乃先生」と呼ばれている。
・百合乃(ゆりの):若菜の母。学芸員のことを「博物館でずっと座ってる仕事」だと思っている。若菜には「人の話を聞かない」と思われている。
(職場関係)
・雨宮留美(あめみや・るみ):博物館の事務。四十は超えているが、スーツ姿で事務仕事
をこなす姿は若々しい。高校生の娘がいる。凍り付いたかのような無表情。入庁以来、定時退勤記録が続いている。
・高垣光洋(たかがき・みつひろ):博物館館長。五十過ぎ。「癖毛の髪はあらゆる方向に向かって飛び跳ねていて、黒縁眼鏡をかけたその顔は、どこか胡散臭さが漂う。」(P18)若菜のことを「ワカメ」と呼ぶ。自由奔放な性格。
・秋吉遥(あきよし・はるか):若菜より二つ年上。民俗学学芸員。190cm を越える高身長であり、動作がのっそりとしていて熊を彷彿とさせる。名前のせいで女性と勘違いされることが多い。若菜の指導担当となる。
・三津屋(みつや):自然史担当学芸員。丸い眼鏡で飄々としている。もうすぐ定年。出勤途中に虫を見つけると追いかけてしまうため、しょっちゅう遅刻している。
・咲間緑(さくま・みどり):博物館臨時職員。主に事務仕事の補佐をし、必要に応じて学芸員側の仕事もこなす。「手入れが行き届いているとは言い難い長い黒髪と、やたらと白い瓜実型の顔」(P30)博物館では若菜より一年先輩だが年は下。「全国の丑の刻参りスポット百選」などの本が机の上に並んでいる。よく見るとかなりの美女。
・桐谷順一(きりたに・じゅんいち):近世史担当の学芸員。昔、高校の教員をしていたため「桐谷先生」と呼ばれる。物腰が柔らかく、眼鏡をかけた顔はいつも笑顔を浮かべている。異常なほどの乗り物酔いをする。
・白峰ミチル(しろみね・みちる):考古学の学芸員。三十半ば。以前は発掘現場で働いたりしていた。事務室では常に何かを食べている。
・碓氷(うすい):博物館副館長。皴一つないスーツに身を包み、白髪が混じった髪を整髪剤で整えている。胃痛持ちで常に胃薬を携帯している。学芸員資格を持たず、博物館運営にも興味はない。役所から異動してきたが本人は不本意に思っている。
(職場外)
・市川サチ(いちかわ・さち):博物館に来て近所の噂話を長々としていく。商店街の酒屋を夫婦で営む。
・望月麻理(もちづき・まり):若菜の大学の先輩。十歳近く年が離れているが、共通の知り合い主催の飲み会で知り合った。結ヶ丘市の博物館に就職。最近結婚して〈佐伯〉となったが、若菜からは旧姓のままで呼ばれている。
・金田佐和子(かねだ・さわこ):建築技師だった祖父の設計図を所有。過去に一度盗まれたことから他者に渡さぬよう父に言われていた。
・山内(やまうち):四十年前に金田家より設計図を借りたが、返しに来なかった。
・大場勘治(おおば・かんじ):企画展のため古文書や絵図を貸す。
・金田源(かねだ・げん):古文書をゴミだと思い燃やしてしまう。
・砂原彰(すなはら・あきら):市議会議員。運送会社の会長。風格があり堂々としている。
・砂原鷹臣(すなはら・たかおみ):彰の孫。高校生。写真を撮るのが好き。
・藍沢総一郎(あいざわ・そういちろう):近所の子供の世話を焼いていた。昨年亡くなる。
・邦彦(くにひこ):鷹臣の同級生。勘治の孫。
・神尾凛(かみお・りん):小学六年生。博物館の「土偶・土器作り体験」に参加。昨年まで親友の朱音と参加していたが、朱音が転校してしまったため今は一人。
・猪ノ口(いのぐち):管財課職員。軽薄そう。
・海賀毅(かいが・たけし):早明新聞の記者。
・葛城(かつらぎ):禿頭に白い顎ひげを蓄えている。草鞋作りの調査に協力。
・速水(はやみ):茅埜辺市長。整った容貌と柔らかい物腰。
【描かれた仕事の内容】
書類の整理やコピー・郵便物の発送などの雑務/企画展準備/イベント運営/資料の賃借・整理/調査・研究
【仕事現場のリアルな描写】
P16-17「この博物館の展示室は、常設展示と企画展示の二つのエリアに分かれている。常設展示とはその文字通り期限を設けず常に展示が行われているものだ。それに対し企画展とは期間を区切り、様々なテーマに沿った展示が行われる。常設展の場合、その博物館で所蔵しているものを展示しているが、企画展の場合は、他の博物館や個人からものを借りてきて展示をすることが多い。」
P45「企画展のスケジュールについてはどの博物館も三年から五年前には確定している。予定していた展示品が急遽借りられなくなったり、そのほかの事情によって突然企画展のテーマを変更する場合もあるが、そのほとんどが何年も前から調査や、展示品の選定、賃借の交渉、図録の作成など様々な準備を進めている。しかしながら、その何年間もその企画展の準備だけに時間を割けるわけではない。少人数で回しているため、他の企画展の準備を並行してやっていたり、事務仕事などの雑務もあるので作業が遅れ、準備がギリギリになってしまうこともしばしばだという。」
P110「茅埜辺市立博物館では年に一回専門の業者に依頼して収蔵庫の燻蒸を行っている。収蔵庫を目張りするなどして完全に密封し、収蔵庫に詰め込まれている文書や民具、美術品類を薬剤で消毒するのだ。」
【ハラスメント】特になし
【印象的なセリフ(下線は引用者による)】
P33「博物館とそこで働く学芸員の数は限られていて、そこに毎年欠員が出るわけではない。そのため採用の募集も数少なく、そこに全国の学芸員志望者が殺到するのだ。一人の採用枠に百人の応募があるなんてよくあることらしい。」
P105「信頼関係を築くことはこの仕事をする上でとても重要なことだよ。学芸員って博物館の奥の方でじっと史料を見てるなんてことは少なくて、外に出たりお客さんが来たりして、人と会っていることなんてしょっちゅうだ。」
P106-107「博物館の基本的な仕事は、展示、収集、保存。日本の博物館は海外の博物館みたいに、そのための業務が専門化されていない上に人数が少ない。だから学芸員は雑芸員なんて言われてる。専門知識が必要な業務から些細な雑務までなんでもこなさなきゃならない。学芸員の仕事はこういうものだと、一言では説明できないぐらいね。企画展の準備や運営は勿論、それにかかわるイベントもいろいろ企画しなくちゃならないし、ものの貸し借りの管理もしなくちゃならないし、質問があれば答えもする。それに講演や展示の解説では人前に立って話さなきゃならないし、調査に出かけてはその研究の成果を論文という形で発表する。で、気が付くと机には事務仕事が溜まってたりね。学芸員はときに接客業であり、教師 であり、研究者であり、イベントの企画運営者であり、事務職員だったりするんだよ。」
【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】
P13 「本土から見たその光景はまるで絵葉書のようで、言葉にならないくらい素晴らしいものだった。まさに海に浮かぶ博物館だ。」
P59「まるで不倶戴天の敵と相対したかのように、瞳が剣呑なものに変わる。」
P94「一瞬でも目をそらせば、切りかかってくるような目に見つめられ、若菜は息をのんだ。」
【個人的な読後感】
当初、雑用や住民の相手ばかりを任せられることに不満を抱いていた若菜が、同僚や住民との交流を通して仕事にやりがいを見出していくという若菜自身の成長と、「菊乃先生の姪っ子」から「蓮本さん」に呼び方が変わったことからうかがえる住民たちの若菜への信頼という二つの変化から、この先もうまくやっていけるだろうという希望を感じさせる。
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