本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。
今回の担当は、3年生(2024年現在)のK・Hさんです。
住野よる『麦本三歩の好きなもの』幻冬舎、2019年(文庫本は2021年)
【帯文】
朝寝坊、チーズ蒸しパン、そして本。
好きなものがたくさんあるから、毎日はきっと楽しい。
図書館勤務の20代女子、麦本三歩のなにげない日常。
『君の膵臓をたべたい』『青くて痛くて脆い』の住野よる最新作!
このなんでもない時間が三歩は好きなのだ。
朝きちんと準備が出来て
問題なく仕事に
行ける状態になってから
出来たあまりの時間、
ちゃんとしている自分への
ご褒美みたいな
この時間の甘さは、
働き始めてから初めて
知ったものの一つだ。
住野よる史上いちばんキュートな主人公、登場!
※帯文及び書影、ページ数は、2019年刊の単行本をもとにしています。
https://www.gentosha.co.jp/s/mugimotosampo/
【キーワード】図書館/先輩との関係/好き
【お仕事】図書館司書(大学)
【主人公の雇用形態】
正職員/非正規職員/契約社員?(詳しくは書かれていないが、11章「麦本三歩はモントレーが好き」に、「面談で閲覧スタッフリーダーに伝えると、笑顔で「じゃあ麦本さんは来年度もここでの勤務継続を希望ということで大丈夫ですか?」と大人の確認をされた。」とある)/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】
「麦本三歩という人間がいる。三歩を知らない人に、彼女がどういった人物であるか、例えば周囲の人が説明するならこんな風に言うだろう。ぼうっとしている、食べすぎ、おっちょこちょい、間抜け」
そんな自由奔放な彼女の周りはたくさんの「好きなもの」で溢れている。お菓子、本、友人といった日常の好きなものに幸せを感じる彼女だが、全てが好きなものばかりではない。友人や先輩との関わりを通して時に叱られ、怒り、涙し、深く考える。そんな普通の生活を三歩は楽しみ、成長し、突き進んでいく。
【こんな読者層におススメ!】
図書館員に興味がある人/三歩といっしょに身の回りの「好き」を見つけたい人
【作者について】
高校時代より執筆活動を開始。デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、2016年の本屋大賞第2位にランクイン。他の著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』等がある。大阪府在住。天下一品が好き。
【出版情報】
『麦本三歩の好きなもの』幻冬舎、2019年。⇒2021年に文庫化。
初出は「小説幻冬」2016年12月号、2018年1月,3月,4月,5月,6月号。その他書き下ろしを含めた短編連作集。
続編の『麦本三歩の好きなもの 第二集』幻冬舎文庫、2023年もある。
【時代】
明確には示されていないが、出版当時(2017~18年)と同時期と思われる。
「普段どこかに出かける時、三歩はその日の気分によってiPodを持つかどうか決める」(66p)等
【場所】
明確には示されていないが、「自分が住んでいる地域で流れるものとは違うラジオ局のチャンネルをクリックする」(73p)「部屋に流れる番組は、関西のラジオ局のもので」(74p)という語り、また、勤めている大学図書館の規模が大きいことから、東日本の比較的都市部であると思われる。
【章立て】
○麦本三歩は歩くのが好き
◯麦本三歩は図書館が好き
◯麦本三歩はワンポイントが好き
◯麦本三歩は年上が好き
◯麦本三歩はライムが好き
◯麦本三歩は生クリームが好き
◯麦本三歩は君が好き
◯麦本三歩はブルボンが好き
◯麦本三歩は魔女宅が好き
◯麦本三歩はファンサービスが好き
◯麦本三歩はモントレーが好き
◯麦本三歩は今日が好き
【語り】一人称/二人称/三人称だが、三歩視点で、一人称的な語り。
【初読時間】三時間程度。
【お仕事小説のパターンチェック】
- 希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
- 当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
・麦本三歩(むぎもと・さんぽ):大学図書館に務める20代女性。自由奔放な性格で職場ではマスコット的な存在として地位を確立している。一方で、「おっちょこちょい」「抜けている」といった特徴が原因で、職場では褒められることよりも叱られることの方が多い。本人にも自覚がありしばしば悩みの種としているものの、行動が改善されるには至っていない。また、人見知りであり、職場での利用者対応は苦手なことから基本的に避けようと行動する。セリフ的特徴として非常によく噛む。
・母:温泉のペア宿泊券を当選させ三歩に譲る。「私、当たったらそれで満足なの」というセリフから、欲の無さと娘想いの様子が伺える。
(職場関係)
・優しい先輩:優しい言動と笑顔が印象的な同じ職場の先輩。正職員。その笑顔は「人の答えを引きずり出すような」(16p)と称され、高い包容力から三歩も気を許している。マナーの悪い利用者に対して、「ゆっくりとしていて聞きやすくて温かい」(95p)相手の内側から響くような、三歩も心打たれる素晴らしい注意法を披露した。
怖い先輩のことを「あの子」と呼んでいる。
・怖い先輩:優しい先輩と共に、三歩とシフトが被りがちな同じ職場の三歩指導係の先輩。正職員。三歩の言動に対するツッコミ役としての立場も担っているが、三歩が何も言い返せないため後が続かない。マナーの悪い利用者がいた場合には、怖い先輩を呼べばなんとかなる。三歩が何か失態を犯すと、手のへりを頭頂部に乗せる程度の軽いチョップを食らわせる。
三歩は叱られることを嫌い職場での応対は苦手としているが、トマトが苦手な一面があったり、誰よりも後輩を対等に見ているといった一面があり、三歩自身は悪くは思っていない。
・おかしな先輩:おかしな言動が目立つ同じ職場の先輩。正職員。何を考えているのかよくわからない距離感で三歩に接する。怖い先輩よりも先輩。三歩がこれから図書館で働いていく上で作成した大きな目標に関係する人物となる。
・眼鏡の男性リーダー:総勢13人のスタッフを総括する職場のリーダー。正職員。いつもは優しい。しかし、「きちんと怒られるレベルの失態」(15p)を犯し、呼び出される。
(図書館外)
・麗しき友人:母から貰った温泉のペア旅行券を使うために旅行に誘った親友。女性。職業は小説家の小楠先生の編集者。三歩の大学時代の友人であり、三歩自身から見ても、一般的な評価として見ても美人である。また、「私、自分の顔を武器だと思っているから」(217p)という大学時代の発言により、三歩は友人である彼女のファンとなった。
・茶髪の女の子:三歩が配架中に遭遇した最初に描かれた利用者。三歩の抜けた様子を見て、「やっぱお姉さんくらいの抜けてる方がモテんだよなー」(34p)とぼやく。図書館のことを好きではない様子であり、「図書館って、楽しいもんですか?」(29p)と三歩に問いかける。
・小楠先生:麗しき友人が編集を担当している小説家。麗しき友人と同性で同い年であり、よく喧嘩をする。一般的に「天才」と称される小説家である。
・大学で非常に仲が良かった男友達:三歩の住む街に最近引っ越してきた。お互いに何を言ってもいいと思っている仲。三歩と再会する前に自殺に失敗した過去を持つ。
【描かれた仕事の内容】
配架作業/不明本の探索/利用者対応/貸し出し延滞者への返却催促の電話業務/
図書館宛てに届いている郵便物を教務課から貰う/地下の図書館書庫での取り置き依頼の図書の検索/カウンターでの事務作業/不明図書の弁償対応 等
【仕事現場のリアルな描写】
・「図書館には、不明本というものがとても多い。中にはずっと見つからず、所蔵しているというデータを消さなければならないこともある。」(21p)
・「どうやらずっと同じ本を借りっぱなしだった学生に返却催促の電話をかけ続け、結果的に見つからず弁償してもらうことになったと、そういうことらしい。なるほどそれが不本意で彼はむすっとしているわけだ。お金を男子学生が差し出し、優しい先輩がそれを受け取って裏に引っ込んでいく。控室には少額ながらこういった時の為にお金が用意されているのだ。」(93p)
・「ここが図書館内だということは彼らには関係がないようで、まるでここは中庭なのか錯覚するほどの大きな声で話し始める。こういったことはある意味日常茶飯的で、怒りを抱くほどのことでは決してないのだけれど、図書館スタッフとしては注意をしなくてはならない。」(93p)
【ハラスメント】
怖い先輩からは定期的に軽いチョップを貰い、「横暴だ!パワハラだ!自分で餌まいたくせに意地悪だ!」(172p)という三歩の心の声が書かれているものの、その直後に「子ども扱いせず怒ってくれるのは、彼女が人一倍、後輩を対等に見てくれている先輩だからだ。」(172-173p)という三歩の考えがあること、チョップに関しては三歩のリアクションがかなり大袈裟に誇張されているという点から、明確なハラスメントは無いと考えられる。
【印象的なセリフ(下線は引用者による)】
・(優しい先輩のセリフ)「長い時間をかけていたんできたものには、それを大切に扱ってきたたくさんの人と、それを守ってきた人がいます。新品のものよりも、たくさんの人の愛情が、仕事がそこにかけられているんですよ。世の中には、それをあんな程度と呼び、粗末にし、そのことを反省する気もない大人達がたくさんいます。そんなことをしていると、いつか、年を取った時に、今度は自分が同じ目に遭うような気がするんです」(95p)
・(三歩が、親しい男友達に向けたセリフ)「どう変わってもいいよ。君がどれだけボロボロのなっても、なんにもなくなっても、君が死んだとしても、君を好きなままの私が、少なくともいるから、安心して、生きてほしい」(144p)
【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】
・「次々と本をテトリスのブロックをはめ込むような要領で返していき、昨日茶髪の子に出会った店の前に辿り着く」(38p)
・「まるでゲームで、暗闇を照らす為のアイテムを使わず歩いているみたいだと三歩は思う」(50p)
・「先輩がしているのは、じわりと相手の心に巻き付き耳の穴の中に侵入し生きたまま相手に自らの内臓の温度を感じさせるような、そんな喋り方」(96p)
【個人的な読後感】
麦本三歩は日々の生活に楽しさを見出し、叱られる毎日を送りながらも人間関係の中で成長し前へ進んでいく。読むほどに三歩の生き方は羨ましく感じ、自身も三歩のように日常の中にある何気ない「好き」を見つけてみようという明るい気分にさせる力がある。特に、三歩と同じく図書館員を志す人は三歩の生き方を参考に目標に向かって突き進む活力を得ることができるように感じる。
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