本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。
今回の担当は、3年生(2024年現在)のH・Sさんです(一部、教員の田中が補記しました)。
前川ほまれ『跡を消す 特殊清掃デッドモーニング』ポプラ文庫、2020年
【帯文】
俺が飛び込んだのは、
わけありの死に方をした人達の部屋を片付ける会社だった――。
https://www.poplar.co.jp/pr/atowokesu/
【キーワード】特殊清掃/死/影/生きること/クラゲ
【お仕事】特殊清掃員
【主人公の雇用形態】正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】
気ままなフリーター生活を送る浅井航は、ひょんなことから飲み屋で知り合った笹川啓介の会社「デッドモーニング」で働くことになる。そこは、孤立死や自殺など、わけありの死に方をした人たちの部屋を片付ける、特殊清掃専門の会社だった。
死の痕跡がありありと残された現場に衝撃を受け、失敗つづきの浅井だが、飄々としている笹川も何かを抱えているようで――。
生きることの意味を真摯なまなざしで描き出す感動作!
【こんな読者層におススメ!】
人の死に関わる仕事をよく知らない人、知りたい人/死と生の意味を考えたい人/自分にとって身近でない職業について知りたい人/主人公の成長を見たい人
【作者について】
2017年、看護師として勤めながら執筆した「跡を消す」で第7回ポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。2020年、『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』で第22回大藪春彦賞候補。2023年、『藍色時刻の君たちは』で第14回山田風太郎賞を受賞する。
小説を書こうと思ったきっかけについて、親友の後押しがあったからであるとインタビューで語っている。
第7回ポプラ社小説新人賞受賞作『跡を消す』刊行記念! 前川ほまれさんインタビュー
https://www.poplar.co.jp/topics/45589.html
【出版情報】『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』ポプラ社、2018年→2020年にポプラ文庫から刊行。
【時代】不明だが「まぁ、スマホみたいな感覚ですね。(p21)」という言動から現代(2000年代)と思われる。
【場所】東京都
【章立て】
第一章 青い月曜日
第二章 悲しみの回路
第三章 彼の欠片
第四章 私たちの合図
第五章 クラゲの骨
エピローグ
【語り】一人称/二人称/三人称
【初読時間】二時間程度
【お仕事小説のパターンチェック】
①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
〇浅井 航(あさい・わたる)
フリーター生活を送る21歳。東北の田舎から上京してきて一人暮らしをしている。訛りを治すために持ち歩いていた鈍い銀色の手のひらサイズの電子辞書をまだポケットに常に入れており時々いじっている。電子辞書がないと不安になる。
祖母の葬式の後たまたま入った小料理屋で笹川と出会い特殊清掃員のアルバイトをすることになる。ラーメンが好き。実家で三匹猫を飼っていた。
〇祖母ちゃん
航の祖母。故人。頑固ではっきりとした性格。生前は本能のままに生きる人生を送っており祖父が亡くなってから友人と旅行に行ったり町内会に彼氏がいたり残りの人生を楽しんでいた。航の母とは仲が悪くしょっちゅう小言を言っていた。尖った輪郭に吊り上がった眉、目元にしわが寄る独特な笑顔を浮かべる。適当な人間が嫌い。
最後は一人暮らしをしていたため一人で亡くなった。
〇母
航の母。訛りを少しずつ正しているため地元の訛りと標準語が混ざった言葉で話す。祖母とは仲が悪いが完全に嫌っているわけではない。
(職場関係)
〇笹川啓介(ささがわ・けいすけ)
特殊清掃専門会社「デッドモーニング」の社長。常に喪服を着て生活している。髪は毛先がかなりうねっていて顔は目がたれ目で優しそうな顔つきをしている。車での移動中は「ブルー・マンデー」という曲をよくかけている。
〇望月(もちづき)
デッドモーニングで事務仕事をしている小太りの女性。お菓子や甘いものが好きでコーヒーに大量の角砂糖を入れたりする。お菓子作りが好き。楓と仲が良い。前職は介護士。
〇楓(かえで)
廃棄物収集運搬会社に勤める女性。航と同い年の21歳。ピンクの作業着を着ていて髪は金髪。派手目の化粧に両耳のピアスが目立つギャル。強気な態度で少し口は悪いがまっすぐで誠実な人物。(p66)トラックのダッシュボードにはぬいぐるみが敷き詰められていてバックミラーにはファンシーなデザインの芳香剤が吊り下げてある。(p70)洗濯機を「細々としたもの」の中に分類するぐらいには力が強い。納豆と腑抜けた男が嫌い。
〇カステラ
デッドモーニングに気が向いたときに現れる茶トラの猫。毛並みがよく肉付きがよいためどこかで飼われているのかもしれない。
(その他)
〇悦子(えつこ)
小料理屋「花瓶」の女主人。三十代前半ぐらいで鼻すじの通った薄い顔立ちの美人。
〇大家(第一章)
航が初めて特殊清掃員としての仕事をしたときに訪れた共同住宅の大家。頭は剥げていてニットベストを着ている老人。自身が大家をしている部屋で人が死んだことで共同住宅の評判や営業に支障が出たことで不機嫌。
〇武田(たけだ)
航の友人。同い年でカラオケのバイトで知り合った。シフトが合うことも多いためよく一緒に飲みに行く。就職活動中。
〇白星(しらぼし)
マンションで縊首自殺した白星ヒカルの母親。野暮ったい服装で航の母と同じぐらいの年齢に見える。髪の毛にはまばらな白髪が目立っている。ハキハキとした口調で背筋が伸びている。
〇神谷(かみや)
同じ家に住んでいる弟が亡くなり、その部屋を掃除するために依頼してきた人物。あまり清潔感がなく歯が黄色く変色している。無精ひげに白髪が混じっていて左手は事故で失われた。今も左腕の幻肢痛に悩まされている。航や笹川に対し偉そうで高圧的な態度をとり暴言を投げかけたりする。
〇清瀬(きよせ)
事故で亡くなった恋人の遺品整理を依頼した依頼者の女性。色白で若くはないがつややかなセミロングヘアが似合っている。一人でいると掃除機をもって部屋をうろうろしてしまうため部屋は清潔感が保たれている。
〇大家(第五章)
木造共同住宅の大家をしている白髪の女性。住宅内で亡くなった人物を偲ぶ様子や亡くなった現場を実際に見て弔う様子から人を想える優しい性格であると考えられる。
(故人)*亡くなった人物であるため性格等に登場人物の憶測が混じる
〇孤立死した人物(第一章)
航が最初に特殊清掃を経験した現場で亡くなった人物。物が少なく几帳面な性格だと推測される。
〇白星ヒカル
マンションで縊首した20代の男性。抗うつ薬を内服していた。母に教えられた他人に迷惑をかけないという教えをずっと守っていたようだ。
〇神谷の弟
神谷と同じ家の二階でなくなった神谷の弟。神谷とは近年ほとんど顔を合せなかった。毎朝鏡を磨く癖がある。アニメや美少女のフィギュアや映画のDVDをコレクションしている。
〇清瀬の恋人
清瀬と八年交際していた恋人。依頼の一年前に交通事故で亡くなる。自身の興味のあることにはとてもこだわりコーヒーにはとくに強いこだわりを持っていたが、自身の興味がないことにはまったくこだわりがない。常に腕時計をしていたが待ち合わせには遅刻していた。
〇心中した親子
母親と娘のユリ。木造共同住宅の浴槽で亡くなっていた。娘は絵を描くことが好きだったと思われる。
【描かれた仕事の内容】
依頼者とのやり取り/見積りの算出/現場確認/特殊な理由(人が亡くなってしまったなど)で汚染がある場所の清掃/遺品整理/廃棄物の収集、運搬
【仕事現場のリアルな描写】
・『そう。主に孤立死や自殺、時には殺人事件があった場所を清掃することもあるかな。普通にモップで床を拭いて、窓を綺麗磨くような清掃とは違うんだ。発見が遅れた現場は、腐敗臭が漂っていることも多いし、体液が染みついた箇所も清掃しなければいけない。(中略)』(p33)
・『そう。この方の遺品は、すべて廃棄処分になるんだ。さっきのビニール袋を三枚重ねて、可燃と不燃に分別しながら、その中に入れていってよ。浅井くんには玄関と流しの方を頼もうかな』(p50)
・「『お待たせしました。室内を点検しましたが、汚染はそれほど酷くはないですね。念のため消毒作業をして、遺品整理をすれば、後日壁紙を取り替えるだけで原状回復できると思います。』笹川が室内の状況を説明し、見積もりの金額を伝える。」(p98)
・「特殊清掃を実施する際は、ほとんどの現場に下見に行き、見積もりを算出する。誰が代金を支払うかはっきりさせないと、後でトラブルになることが多いし、持参する道具も汚染の程度によって変わってくるからだ。下見をせずに特殊清掃を実施するケースは、代金の支払者がはっきり決まっていて、比較的現場の汚染が軽いと思われる時が多い。」(p128)
・「汲み取った腐敗液はポリタンク四本分にもなっていた。(中略)笹川はシャベルのような道具を使って、浴槽に溜まった腐敗粘土を掻き出していく。俺は浴室にあった、シャンプーや石鹼の類をビニール袋の中に廃棄していった。浴室には血飛沫がこびり付いたアヒルの玩具もあった。」(p314~p315)
【ハラスメント】
「カスタマーハラスメント」
第三章 「彼の欠片」で登場する依頼人の神谷が笹川や航に対し過度に暴言を吐いたり威圧的な態度をとる描写がある。実際に笹川や航がハラスメントだと言及はしていないが不快感は抱いているためハラスメントであると捉えた。
以下は神谷が二人に投げかけた言葉である。
「自分の尻は自分で拭け! ちゃんと誠意をもってな! 俺はお客様なんだよ! 俺が金払わなきゃ、お前らは飯も食えないんだからな!」(p144)
「死体に群がる、ハイエナどもが」(p146)
【印象的なセリフ】
・「誰かの一部なんだから、丁寧にね」(p69)
・「他人が大切にしている物を、自分の大切にしている物と同じように扱わないと、この仕事は務まらないよ。」(p147)
・「要は生きてればいいのよ。生きていれば、今はあんたみたいにどうしようもない人だって、いつか大切な何かに出会えるかもしれない」(p259)
・「一つの汚れも残さない。残された跡を完璧に消すんだ。そうすれば僕ら以外の誰かが、この作業の意味を見つけてくれるさ」(p316)
・「結局さ、死はただの『点』でしかないんだ。反対にこの世に誕生した瞬間も『点』でしかない。大事なのはその『点』と『点』を結んだ『線』なんだよ。つまり、生きている瞬間を積み重ねた事実が大切なんだ。」(p328)
【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】
・隙間から滲み出た臭いが、部屋の中に入ろうとする全ての人間を拒んでいる。(p7)
・「俺が目指しているのって、地元の海に漂っているクラゲみたいな生活なんです。ただぼんやりと都会を漂う。そんな人生も有りかなって。」(p20)
・単純に何かが腐った臭いとも違う。鼻の粘膜が焼かれるような、ほんの少しだけ甘ったるいような、脳をかき混ぜられるような異臭だった。(p41)
・乾いた土が砂塵に変わって、クッキーのカスみたいに作業着に付着している。(p118)
・スナック菓子を踏みつけたような乾いた音と、不快な感触が足の裏に広がった。(p140)
・この王国を作り上げた人間は、黒い影になってしまった。その代わりに、新しい主として蠅や蛆が部屋を占領している。(p141)
・「そう簡単にいかないから、俺は骨のないクラゲのままなんだ。」(p291)
【個人的な読後感】
今回この本を「お仕事小説を読む」という課題の上で選んだのは、私が人が亡くなるという現場に直面したことがなく、特殊清掃に関わらず人が亡くなったということを直接実感する仕事についてほとんど知らなかったからである。「人が亡くなる」場面や、実際死体やその跡と向き合う仕事は無くてはならない存在であるのに、昔の日本では穢れとして扱われ、避けられる要素として扱われ、現在でも何となく死というものに対し避けたり隠さなくてはいけないようなイメージがついていると感じた。この小説内でも航の友人には特殊清掃の仕事を汚い、避けなきゃいけない物として扱い見下すような態度をとるシーンがある。
この作品では、特殊清掃に努めていて直面する現場が隠さず細やかに描かれているため読んでいて顔をしかめたくなってしまう描写も多くあるが、それと同時に、様々な人間の死の現場に残されている「生きていたころ」にも直面することができる。やりがいと言っていいのかはわからないが、死と向き合う仕事をするうえで大切な点であると感じた。
私がこのような特殊清掃についてよく知らず、人が亡くなった後のことをあまり想像せずに生きていたのは、死と関わるということを否定的にとらえ無意識に避けていたからではないかと考えた。死という現象に近い仕事が避けられたり下に見られたりしてしまう状況について、どういう背景があるかや何が要因なのかもう少し考えたい。
また、私は身近な人が亡くなった人に対してどのような言葉をかけてどのような対応をするのが正解なのかが全く分からず、不安に感じたり偽善者になったような気分になるのだが、似た状況に陥った主人公に対し、笹川が言った言葉が自分にとって少し救いになった。
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