無期転換逃れ阻止プロジェクト(略称、ムキプロ)が3月7日に開催した「非正規/働き続けたいシンポジウム」の報告第4弾です。
以下の報告とあわせてお読みください。
パタゴニアユニオン「パタゴニア日本支社に非正規スタッフへの無期転換逃れ撤回を求めます」
東海大学教職員組合「無期転換逃れに対する非常勤講師組合のたたかいと、懸念される文科省の動向」
3つの雇い止め・無期転換逃れ問題の整理と、雇用安定社会の実現に向けて
北海学園大学経済学部教授 川村雅則
私の役割は、現場からの闘いの報告の整理と問題提起です[1]。北海道の労働情報を発信している『北海道労働情報NAVI』(以下、『NAVI』)もつけましたので、参考になさってください。
本日は、オンラインで全国各地からご参加いただいています。ぜひ、私達が札幌で今回取り組んだように、3つの雇い止め・無期転換逃れ問題、すなわち、(1)民間職場で「定着」しつつある5年雇い止め問題、(2)大学・研究機関における10年特例・雇い止め問題、(3)公務職場における非正規公務員・会計年度任用職員問題(雇用安定からの逆行、公募制問題)に取り組んでいただけたらと思います。どのマチでも必ず存在する問題です。
またその際には、(1)当事者・労働組合の参加はもちろんのこと、(2)弁護士、(3)研究者という今回のシンポジウムで実現したような構成で、市民に運動を広げていくことをご提案します。ちょうど日本労働弁護団が、非正規公務員・会計年度任用職員問題でシンポジウムを開催された[2]ことも、心強く思っているところです。
さて、3人の報告で示されたように、制度が改定されたのにその網をかいくぐるような問題がみられたり(民間)、あるいは、改定された制度そのものが問題をはらんでいる状況があります(公務)。私達は今、安定した雇用社会をつくるのか、それとも、雇い止め・無期転換逃れを定着させてしまうのかの岐路にあると思います。
図表1 「無期転換逃れ」が当たり前の社会にするのか──雇用安定社会あるいは無期転換逃れに関する「現在地」
出所:筆者作成。
[1] 2022年8月20日に実施した、雇い止め・無期転換逃れに関するシンポジウムでの筆者報告をご参照ください。本報告の内容は、このときに行ったのと基本的に同じです。
川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──安心して働き続けられる社会の実現に向けて」『NAVI』2022年8月28日配信
川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──無期転換はどこまで進んだのか」『NAVI』2022年9月14日配信
[2] 日本労働弁護団主催で2023年2月20日に「STOP!非正規公務員3年雇止め-非正規公務員の雇用安定と格差是正の実現を-」が開催。当日の状況が視聴できます。
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言葉遊びになりますが、「ムキ」という言葉に3つの意味をかけてみました。(1)無期雇用、(2)ムキッ💪(力・エンパワーメント)、(3)ムッキー💢(怒り、憤り)です。
まず、文字どおり無期雇用。合理的理由もなく有期雇用で働いている人たちを無期雇用にすることが私達の目標です。
雇用が安定するということは、暮らしの安定につながるのはもちろんですが、加えて、労働者に力を与えます。ムキ(無期雇用)はムキッと労働者に力を与える、エンパワーメントするのです。
逆に、有期で働いている人たちの心の内を想像してみてください。契約終了時が近づいてきて、自分は果たして契約更新されるだろうか、と思えば、年次有給休暇の取得には消極的にならざるを得ない、仕事上の無理な注文を断ることにも躊躇せざるを得ない──働く人たちが力を奪われたこうした状況に対して、労働組合はもっと敏感でなければならないと思います。
もともと、有期で人が使い続けられること自体が本来はおかしかった。形容矛盾の象徴は、「長期」で雇われ続けられる(有期の)「臨時職員」という呼称ですね。合理的な理由がなければ雇用は有期ではなく無期が基本であるべきでしょう。
しかし、こうした入り口部分での規制が日本にはなかったし、有期で雇った後、一定期間後には無期にしなければならぬという出口規制もなかった。それがようやっと、労働契約の通算が5年を超えたら無期転換する、という非常に緩いながらも、出口規制が設けられるに至りました。2012年のことです。2012年の労働契約改定により、有期と無期に関するルールができあがりました。
図表2 合理的理由なき有期雇用・有期雇用の濫用の「是正」──2012年労働契約法改定(第18条無期雇用転換は2013年4月施行)
出所:厚生労働省「労働契約法改正のポイント」に加筆。
ところが、無期転換逃れ・雇い止めが続いています。また、任用の適正化を掲げて2020年度から導入された会計年度任用職員制度は、雇用安定に逆行する制度になっていて、雇用不安をむしろ増幅している状況にあります。これらの問題を3人にご報告いただいたわけです。
図表3 3つの雇い止め・無期転換逃れ
(1)更新限度条項、とりわけ無期転換ルールが導入された2012年以降の更新限度条項
→パタゴニアユニオン(札幌地域労組) (2)「特例」の導入と、非常勤講師への強引な「適用」 →東海大学教職員組合(札幌地区労連) (3)雇用安定に逆行する制度、有期雇用の濫用の法認 →くしろ児童厚生員ユニオン |
出所:当日配付資料より。
まず、非常に分かりやすい無期転換逃れの典型。これがパタゴニアのケースです。
無期転換ルールが制定されたのにあわせて、逆に、無期転換の条件を満たさないために更新限度条項を労働契約や就業規則に設けるという手口。経営計画が変更したからとか、経営が実際に悪化するなどして次回の更新ができなくなり、不更新条項が途中から提示される、というのとは異なります。最初から、採用するときから、なのです。できたルールをはなから守る意思のないことがこの更新限度条項問題には示されていると思います。
更新限度条項とは具体的にどういうものなのですか、とフロアからご質問がありました。私は大学で働く身なものですから、大学業界の一例をあげます。
(労働契約の期間及び更新)
第6条 労働契約の期間は、原則として1年以内とする。ただし、一定期間内に完了することが予定されているプロジェクト研究等の業務に従事する場合にあっては、業務内容を勘案のうえ、5年以内の範囲で各人ごとに労働契約の期間を定めるものとする。
2 大学は、労働契約の更新を求めることがある。ただし、労働契約の期間は、大学が特に必要と認める場合を除き、当初の採用日から起算して5年を超えることはしない。
出所:国立大学法人北海道大学契約職員就業規則より。
以上が一つ目の問題です。
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二つ目の憤りは、東海大学教職員組合のケースに関わることですが、大学や研究機関の研究職に特例が設けられたこと、しかも、対象として想定されていたわけではない非常勤講師にまで特例が適用されたことです[3]。
無期への転換は5年超ではなく10年超にする、と簡単に言いますが、研究職にはなぜそのような特例ルールが認められるのか。特例を設けることに本来は慎重であるべきだったのではないでしょうか[4]。
先の見えぬ有期雇用で働かされ、自分の研究業績を積み上げていかなければ安定雇用が得られない状況に置いたほうが、研究者は力を発揮できるものなのかどうか。分野にもより事情は異なるのかもしれませんが、もしそうであれば、当該分野に限って行うべきだったのではないか──私自身も研究者ですからそのような思いが拭いきれません。
しかも、第一に、では特例で定めた10年超で無期転換するのか、と言えば、そうはしない。大学・研究機関では、今まさに5000人もの研究職が雇い止めをされようとしている(今後の雇用契約の見通しが「未定」である)ことが文科省の調査でも明らかになりました[5]。
図表4 特例対象者のうち2022年度末で通算契約期間10年を迎える者の今後の雇用契約の見通し別の人数/単位:人
A | B | C | D | E | F | G | 合計 | |
国立大学 | 7 | 135 | 1088 | 299 | 36 | 1088 | 20 | 2673 |
公立大学 | 4 | 25 | 282 | 25 | 4 | 257 | 133 | 730 |
私立大学 | 54 | 202 | 3091 | 612 | 23 | 3258 | 25 | 7265 |
大学共同利用機関法人 | 1 | 1 | 75 | 38 | 0 | 74 | 2 | 191 |
研究開発法人 | 3 | 38 | 888 | 28 | 1 | 320 | 0 | 1278 |
合計 | 69 | 401 | 5424 | 1002 | 64 | 4997 | 180 | 12137 |
割合(%) | 0.6 | 3.3 | 44.7 | 8.3 | 0.5 | 41.2 | 1.5 | 100.0 |
注:A~Gは次のとおり。
A.特例による無期転換申込権発生前だが、2022年度中に無期労働契約を締結する予定(もしくはすでに行った)
B.有期労働契約は2022年度中に終了するが、2023年度以降無期労働契約を締結する予定
C.2023年度以降も有期労働契約を継続するもしくは継続の可能性がある(労働者に無期転換申込権が発生)
D.雇用期間の上限等に基づき2022年度中に雇用契約を終了し、その後雇用契約を結ぶ予定はない
E.本人の希望により2022年度中に雇用契約を終了し、その後雇用契約を結ぶ予定はない
F. 未定
G.その他
出所:文部科学省「研究者・教員等の雇用状況等に関する調査(令和4年度)」より(2023年2月7日)。
第二に、繰り返しになりますが、この特例が、教育職で雇われ働かされている非常勤講師にまで強引に適応されました。そして、カリキュラム改訂を理由に雇い止めが通告されてきたのが、東海大学非常勤講師雇い止め事件です。
非常勤講師を日常的に安価に扱っていながら、こういうときだけ急遽、研究職扱いをして特例を適用し、しかも、適用した特例を守ろうともしない点に憤りを感じます。
[3] 大学・研究機関における10年特例・雇い止め問題は、理化学研究所労働組合執行委員長の金井保之さんや東北大学職員組合執行委員長の片山知史さんの記事を参照。あわせて、非常勤講師への10年特例の強引な適用などは筆者の記事を参照。
川村雅則「東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師のストライキによせて」『NAVI』2023年1月24日配信。
[4] この問題については、下記の論文が非常に参考になりました。
川田知子(2015)「近時の有期労働契約法制に対する批判的検討―労働契約法一八条の特例に焦点をあてて―」『法学新報』第122巻第1・2号(2015年8月3日発行)pp.187-214
[5] 文部科学省「研究者・教員等の雇用状況等に関する調査(令和4年度)」より(2023年2月7日)。
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そして三つ目の憤りは、新たな非正規公務員制度、すなわち、会計年度任用職員制度の制度設計に感じます。
くしろ児童厚生員ユニオンの中谷さんのお話を聞きながら、コロナ下におけるエッセンシャルワーカーの「発見」を考えていました。
一斉休校措置で子どもたちの行き場がなくなり、親も仕事に行けなくなった。そのときに学童保育が終日開所され子どもたちを受け入れてくれました[6]。コロナ下で、医療や介護・保育など私達の生活を支えてくれている労働者の境遇に社会の関心が向かいました。あるいは、生活相談・女性相談・消費者相談など、市民の困りごとに向き合う各種の相談業務に従事する人たちがいます。こうした分野で非正規の公務員が働いています。
ではその非正規公務員に対して準備され2020年度から始まった会計年度任用職員制度なるものはいかなるものなのか。これが、就労の実態を反映せぬ、民間の非正規制度以下の制度設計になっています。雇用面の問題に焦点をあてて整理したのが次の図表です。
図表5 2020年度からの新しい非正規公務員制度=会計年度任用職員制度の導入で、有期雇用の濫用が法認──民間非正規と公務非正規の雇用(任用)制度設計の違い
注1:公務におけるaの墨塗箇所は、条件付採用期間(試用期間)。
注2:bの点線は勤務実績に基づく能力実証が認められた箇所。
注3:cの実線は、公募制による能力実証が必要とされる箇所。
出所:筆者作成。
雇用更新ではなく、新たな職に就く再度の任用という扱いを受けていること。ゆえに、毎年、短いながらもいわゆる試用期間が設けられること。そして、勤務実績に基づく再度任用を繰り返すのは適当ではないからと、能力実証のために一定期間ごとに公募を行うことが総務省によって助言されておりまして、その期間が3年、というわけです。毎年公募をしている自治体もあります[7]。
そして、私達の足下であるここ札幌では、残念ながら、他の自治体よりもひどい──当事者が働き続けることが困難な制度設計になっています。「同一部3年ルール」の存在です。詳しくは拙稿をご覧ください[8]。行政の監視機能を果たすことが期待されている議員・議会はこの問題にどのような対応をしたのでしょうか。
各地におかれましても、総論的な問題や制度問題を取り上げるにとどまらず、個別の自治体の問題や、当事者の声を把握することが求められています[9]。
補足すると、逆に、こうした制度の制約下でも公募制を導入させなかったり、関係者の取り組みで事態の改善につなげている自治体・労組もあります。そのような経験も交流をしていきましょう[10]。
[6] 札幌の状況となりますが、(1)指定管理が導入された学童保育の現場(公設民営)、(2)民間共同学童保育の現場(民設民営)からの報告をお読みください。いずれも札幌市公契約条例の制定を求める会主催の連続学習会の記録です。(1)境君枝「コロナ禍から見えてきた、様々な制度上の問題点」『NAVI』2021年12月16日配信。(2)宇夫佳代子「学童保育指導員の働き方と労働の実態」『NAVI』2021年11月15日配信、林亜紀子「民間共同学童保育と自治体の役割」『NAVI』2021年12月23日配信。
[7] 川村雅則「会計年度任用職員制度の公募制問題と、総務省調査にみる北海道及び道内35市の公募制導入状況(2022年度反貧困ネット北海道連続学習会)」『NAVI』2022年11月23日配信。
[8] 札幌市の状況については次の拙稿を参照。川村雅則「札幌市の会計年度任用職員制度の現状を調べてまとめました」『NPO法人官製ワーキングプア研究会レポート』第37号(2022年2月号)、川村雅則「札幌市で働く会計年度任用職員の今年度末(2022年度末)の雇い止め人数は何人か?」『NAVI』2023年2月4日配信。
[9]いわゆるウェブアンケートで北海道及び道内市町村で働く開会年度任用職員の声をまとめました。各地の取り組みのご参考までに。川村雅則「北海道及び道内市町村で働く624人の会計年度任用職員の声(2022年度 北海道・非正規公務員調査 中間報告)」『NAVI』2023年1月5日配信。
[10]公募制を導入させなかった例として根室市の経験を参照。坂本勇治「根室市の会計年度任用職員制度と労働組合の取り組み(2022年度反貧困ネット北海道連続学習会)」『NAVI』2022年11月26日配信
※ ※ ※
駆け足でお話をしましたけど、ここで整理した3つの雇い止め・無期転換逃れ問題は、皆さんの住むマチにも存在します。しれっと無期転換逃れ(脱法行為)をしていながらSDGsを掲げている企業や大学・研究機関も、民間の模範となるべきでありながら使用者責任を果たす意思などみられぬ自治体も、文字どおり、皆さんの足下/眼前に存在します。
オンラインでご参加の皆さんにも呼びかけます。
こうした問題状況を変えましょう。各地で、無期転換、労働者のエンパワーメントの実現に取り組んでいきましょう。そのことを提起して、ひとまず話を終えたいと思います。
(パネルディスカッションへ)
(関連記事)
川村雅則「会計年度任用職員の雇用安定に向けた取り組みの強化を──北海道での調査・研究から」『NPO法人官製ワーキングプア研究会レポート』第41号(2023年3月号)
安田真幸「(緊急レポート:第2弾)会計年度任用職員全員が対象!!-ほとんどの自治体に「大量離職通知書」の提出義務!」『NAVI』2023年2月11日配信
山下弘之「(緊急レポート)総務省『新通知』、厚生労働省『大量離職通知書』を活かす」『NAVI』2023年1月18日配信