川村雅則「あなたの近くの労働組合──仕事で困ったときには気軽に相談を」

北海道の労働情報の発信・交流活動(「北海道労働情報NAVI」)を開始して1年が経とうとしています。当初期待していた一つが、働く人たち向けに、労働組合からの情報が数多く寄せられ、発信されることでした。労働組合を広く知ってもらう機会にしたかったのです。しかしながら実際には研究者からの発信が多くなってしまい、バランスがやや悪い状態にあります。この記事を書いている今は、ちょうど年度末です。雇い止めを中心に、何かと労働トラブル発生の時期。今このときこそ、労働組合のことを広く知ってもらう発信を増やさなければ──以上のような趣旨で、労働組合の皆さんにお集りいただきました。仕事で困ったときには気軽に近くの労働組合へ。そのような考え方が市民社会に定着するのに役立てば幸いです。

この記録は、2022年2月14日にオンラインで行った座談会を再構成して、関連する資料なども追加して作成しました。内容はゲストにご確認いただきました。但し、それでも残っているかもしれない誤りは、筆者の責任によるものです。

なお、誤字脱字や内容上の軽微な誤りなどをみつけましたらその都度訂正をしていきます。大きな訂正を行いましたら注記します。

(2022年3月18日記)

【ゲスト】

札幌地域労組

書記長     三苫文靖さん
副委員長    鈴木 一さん
オルガナイザー 桃井希⽣さん

さっぽろ青年ユニオン

委員長     岩﨑 唯さん

道労連(北海道労働組合総連合)

事務局長    出口憲次さん

【司会】

川村雅則(北海学園大学)

 

上段の真ん中が筆者(川村)。時計回りに桃井さん、鈴木さん、岩﨑さん、三苫さん、出口さん。

 

 

 

■1人でも加入できる労働組合とは

川村:日本の労働組合は、同一企業の正社員だけで構成される企業別組合が主流です。今日お集まりの労働組合(札幌地域労組、さっぽろ青年ユニオン)は、個人加盟が可能、すなわち、1人でも加入することができる地域の労働組合です。ではさっそく組合の特徴などをご紹介いただけますか。まずは札幌地域労組から。

 

三苫さん

三苫:「1人でも加入できる労働組合」にキーワードをさらに追加すると、「地元密着型の労働組合」ということになるでしょうか。具体例でお話します。

おまんじゅう屋さんで働いていた女性が解雇されそうになって、札幌地域労組に相談に来られて、1人で組合に加入しました。組合は会社と交渉して、彼女に対する解雇を撤回させて、さらには労働条件の改善も果たして、彼女の職場では有給休暇を従業員が取得できるようになりました。そして65歳の定年退職まで彼女は無事に働き続けることができました。彼女が退職するまでの間、お店が近くだということもあって、時々、鈴木さんが顔を出してお菓子を買いつつ組合員である彼女の状況をチェックする──これって、地元密着型の労働組合のなせるわざだと思うのです。

労働組合と弁護士との違いについてもふれておきますと、弁護士の場合、訴訟をしてお金を勝ち取るということが中心であるのに対して、労働組合の場合、組合員がいる限り、それが個人でも職場の労働組合の場合でも、組合員に寄り添って、労働条件の改善に取り組むことができる。組合員をずっと守り続けることができるわけですね。

労働組合に何ができるのか、というのは、残念ながら本当に知られていないですよね。ちょうど今、札幌地域労組のホームページの全面改定をしているところなので、そのあたりをうまく盛り込みたいと思っています。

 

【参考】

鈴木一「(組合員の手記)労働組合と出逢って」

 

 

川村:労働組合への相談から問題解決までがリアルに分かる事例までさっそくご紹介をいただきました。ありがとうございます。それでは次に、さっぽろ青年ユニオン委員長の岩﨑さん、よろしくお願いします。

 

 

岩﨑さん

 

岩﨑:私たちは、札幌市近郊で働くか居住している10代から30代の労働者で組織された労働組合です。北海道全域となると広くてとても対応することはできませんので、札幌市とその近郊である小樽・江別・北広島ぐらいに範囲を限定して活動しています。この位ですと、実際に会いに行ったり来てもらったりすることができる近い関係が維持できる。三苫さんの言う組合員に寄り添える範囲です。

年齢を限定しているのは、10代の子の場合、20代、30代の大人に対してであっても、相談をするのはハードルが高い、勇気がいることだと思うのですよ。ですから、できるだけ近い年齢の人たちで、気軽に、LINEでちょこちょこ連絡がとれる関係を作って、相談のしやすさを大事にしています。

組織としても小規模で、今の組合員数は30人ちょっとで、過去に多かったときで45人位です。毎年加入と脱退があり40人前後で推移しています。この位なら、最近連絡ないけれども元気でやっている? 仕事の調子はどう? など、まめな連絡も可能です。

組合立ち上げのときに弁護士の方に言われたのは、弁護士や労働基準監督署に相談に来られるケースでは、その会社で働き続けて労働条件を改善していくことは非常に難しく、辞めることがほぼほぼ確定しているということでした。それに対して労働組合であれば、働き続けながら問題を解決することができる。もちろん、辞めたいという相談も、辞めてしまってからの相談もアリですけれども、ここは他の相談機関とは違う点かと思います。

 

川村:ありがとうございます。年齢を制限しているのはフラットな関係性を維持するためなのですね。札幌地域労組と同様に、労基署や弁護士と労働組合との違いにもふれていただきました。学生たちがよくあげる問題解決機関・手法も、労基署や弁護士なのですが、労働組合による問題解決の手法は、それとはちょっと違うのだぞという点は、意識させたいところです。

 

■労働相談から見えてくる日本の職場の荒廃

川村:さて、次の話題に移ります。最近あった労働相談や組合で対応してきた労働相談をお話しいただけますでしょうか。そのことで、日本の職場の現状が見えてくるのではないかと思うのです。いかがでしょうか。では札幌地域労組から。

 

パワハラで追いつめられる労働者

桃井さん

桃井:最近は、パワハラの相談が多いと思います。もう職場に行けなくなりましたとか、2人だけの職場でオーナーからひどいいじめを受けているとか、労働者が、自分自身がどうしたらよいのか分からないほど精神的に追い詰められた事例であるとか、です。私は組合で働き始めたのは2020年からなので、以前がどうだったかはよく分からないのですが、非常にそのことを感じます。

パワハラは、証拠をかためるのが難しいのと、労働者本人が非常に強い精神的なダメージを受けているものですから対応は難しいです。職場に残ることを希望されているのであれば、働き続けられる環境を整備します。ただ、ここに相談に来る時点で、もうだいぶ心が折られているケースが多く、決定的な証拠があるケース以外は扱えないというのが、苦しいのですが現状です。出勤できる力が残っていれば、「1日で良いから出勤してパワハラの録音を取ってきて」と言って、まさにその1日で決定的なパワハラがあったので、それを元に会社に交渉を申し入れ、無事解決できたという事件もありました。まだ力が残っているうちに組合に相談してほしいです。

 

川村:パワハラの背景は?

 

桃井:色々だと思いますが、会社の方針に対して、何かモノを言ったりした後にパワハラを受けるようになった、という事例が多いように感じます。例えば、職場に違法行為があってそれを指摘したり、部下がきつい状況におかれているのを見過ごせなくて上に対して何かモノを言ったり、です。違法行為に対する発言とは必ずしも限りません。本当に些細な、ちょっとしたことへの発言がきっかけでパワハラが始まるという相談もあります。

 

川村:数多くの労働相談に対応してきたPOSSEの坂倉昇平さんという方が、『大人のいじめ』という本で、いじめを類型化してその背景を分析されていますが、職場の現状とセットでパワハラを理解する必要がありますね。それから今のお話は、たとえ正義感からであっても、職場で一人でモノを言うことがいかに危険であるかを示してもいるなと感じました。

 

【参考】

坂倉昇平(2021)『大人のいじめ』講談社(講談社現代新書)

 

図表 民事上の個別労働紛争|主な相談内容別の件数推移(10年間)

注:令和2年6月、労働施策総合推進法が施行され、大企業の職場におけるパワーハラスメントに関する個別労働紛争は同法に基づき対応することとなったため、同法施行以降の大企業の当該紛争に関するものはいじめ・嫌がらせに計上していない。<参考>同法に関する相談件数:18,363件。
出所:注を含め、厚生労働省「令和2(2020)年度個別労働紛争解決制度の施行状況」2021年6月30日公表。

 

雇用形態の多様化?──様変わりした日本の職場

鈴木さん

鈴木:昔の話ということで言いますと、私は1990年に専従になりました。その頃のことを考えると、パワハラなどの概念がない中で、今よりももっとひどい状況で泣き寝入りをして退職に追い込まれていたケースも多いと思います。

ただ、労働相談の件数自体は圧倒的に少なかったです。うちなどでも、電話が鳴るのは月に何本かでした。うちは当時、札幌地区労の電話相談の全てを受けていましたから、札幌地域一円の電話相談に対応する体制だったのです。それでも月に何本かでした。

それが一気に広がっていくのは、今から振り返ってみると、よく言われることですが、旧・日経連が1995年に打ち出した『新時代の日本的経営』。これは端的に言えば、雇用破壊ですよね。雇用の規制緩和を通じて、彼らの言葉で言えば雇用の流動化、雇用形態の多様化、我々の言葉で言えば雇用の不安定化が実現しました。

こういう時代背景の中で、労働相談が増えてきたなと思います。今ですと、うちでも毎日数件は電話が鳴ります。もちろん、三苫さんがホームページなどを通じて積極的に宣伝をしているその効果もありますけれども、ただ、30年近く労働相談を受けてきて感じるのは、職場が殺伐としてきて、弱いモノ弱いモノへとプレッシャーがかかる状況が常態化したなということです。

 

出口さん

出口:私も、コロナ禍の労働相談を少し整理して、反貧困ネット北海道の学習会で報告したことがありますが、解雇・雇い止めや労働条件の不利益変更が問答無用で一方的に通知されていることや、フリーの方を含む非正規労働者の方々が調整弁にされていることを感じましたね。

 

【参考】

出口憲次「コロナ禍の労働相談と課題(2020年度反貧困ネット北海道オンライン連続学習会)」

 

 

川村:労働組合による労働相談が世間に知られるようになってきたなどの変化も踏まえる必要はあるでしょうけれども、それにしても、労働相談件数の推移から、職場の荒廃ぶりが見えてくる面はあるのでしょうね。では次に、岩﨑さん、お願いできますか。

 

学生アルバイトのシフトカット事例

出所:さっぽろ青年ユニオンホームページより。

 

岩﨑:3つほど事例をあげます。

まず、飲食で働いていた大学生のアルバイト事例です。コロナの緊急事態宣言等でお店が休業するということで、彼はシフトが全てカットされてしまいました。休業手当を求めたのだけれども、シフトはもともと存在していたわけではないので休業に該当しないと会社から言われ、雇用調整助成金を使った休業手当の補償対象になりませんでした。

会社は居酒屋をベースに展開していて、店舗に正社員は1人だけで、それ以外は学生バイトがほとんどで、他はランチタイムに入る主婦の方々という従業員構成だそうです。このような非正規雇用者が中心の運営でありながら、コロナで休業になると、補償はなくて、社員さんにしか休業手当が支給されない。

このケースでは労働組合で交渉していくことになるのですが、その過程で分かったのが、会社は1か月単位の変形労働時間制を採用していたということです。平日は3時間など短時間就労の一方で、休日は10時間近く働かせる。しかし1か月の中でならすと時間外は発生しないと説明されていた。所定より早い時刻の出勤に変わったり、急な時間延長をした場合も、同じ理屈で残業代支給をごまかしていた。ところが、1か月単位の変形制を採用していながらシフトが2週間ごとに出されて、しかも、シフト変更が頻繁にあるという、およそ変形制の条件を満たしていません。全て会社ルールで運用されていました。でも学生バイトたちはそういうのが分からずに働いていました。

 

川村:なんちゃってな変形労働時間制ですか。学生・若者が労働法などを知らずにアルバイトで働き始めてトラブルに遭遇する。このことに対しては、大学生を対象にした調査結果に基づき、コロナ以前の割合早くから私も警鐘を鳴らしてきましたが、コロナで休業手当制度がクローズアップされたように、学生たちが知っておくべき労働法制度も複雑で大変だなと感じます。

 

【参考】

川村雅則「手当支払いは半数、接客トラブルも・・・/コロナ下学生バイト事情」

 

北ガス子会社で起きた不払い長時間労働+セクハラ事件

岩﨑:2つ目は、北ガス子会社(北ガスフレアスト)で働いていた女性社員に起きたセクハラ事件で、裁判までたたかいました。

新卒で勤めた会社で、当初彼女からの相談内容は、長時間労働で心身ともに疲れてしまい退職を決めたのだが残業代は取り返したい、というものでした。彼女が持ってきた資料ですとか、家族にあてた「今帰るよ」という退勤のメッセージなどから判断すると、休日出勤もあり、残業が月に100時間を超えるような状況でした。

仕事は営業だったのですが、残業が多い月には、過労で自動車事故も起こしていました。そういう状況の中で、休みをとるよう医師からの診断書が出されるほどだったのですが、会社からは、男だったら休みなんて取れない、休ませるのは女だからだぞ、というようなセクハラ発言がされたりしていた。そしてよくよく聞いていると、複数の労働者から、身体接触や言葉のセクハラを受けていたのです。

関係性を作っていく中で彼女から色々聞いていると、そのハラスメントは相当やばいよ、という話が出てきた。残業代のことは友達にも話していたようなのですが、パワハラ、セクハラの話はしていなかったそうです。追い詰められていたので考えるゆとりがなかったのだけれども、私たちと話をする中で、本人も、冷静になってきてこれはおかしいと分かってきた。彼女は大卒ですが、学生時代、日本の職場は男女不平等だと聞いてはいたけれども、実感がいまいちわかなかったし、まさか自分がそういう目に陥るとは思わなかったと言っていました。

 

川村:まさか自分が、というのは私も卒業生から聞く言葉です。例えば、図表は3年という早期に離職をする若者の割合です。授業で聞いてはいたけれどもまさか自分がこの中(3年で離職をする中)に入るとは思わなかった、と離職してきた学生から聞きますね。

 

図表 北海道及び全国における3年以内離職率の推移

2016年3月卒 2017年3月卒 2018年3月卒
新規大卒就職者 北海道 35.9 32.9 39.5 36.4 32.6 40.9 34.6 32.5 37.2
全国 32.0 28.5 36.3 32.8 29.5 36.8 31.2 28.2 34.8
新規短大等卒就職者 北海道 41.7 40.0 42.4 44.0 41.8 45.0 41.7 41.0 42.1
全国 42.0 39.7 43.0 43.0 40.5 44.2 41.4 39.2 42.4
新規高卒就職者 北海道 45.5 41.0 50.4 44.6 40.5 49.0 43.8 41.7 46.0
全国 39.2 34.1 46.6 39.5 34.5 46.8 36.9 32.4 43.6

注:事業所からハローワークに対して、新規学卒者として雇⽤保険の加⼊届が提出された新規被保険者資格取得者の⽣年⽉⽇、資格取得加⼊⽇等資格取得理由から各学歴ごとに新規学校卒業者と推定される就職者数を算出し、更にその離職⽇から離職者数・離職率を算出している。就職者数は基本的に卒業年次の6⽉末で確定するが、事業所が雇⽤保険の加⼊⼿続きを遡って⾏った等の理由により、1年⽬、2年⽬、3年⽬で若⼲の変動がある。
出所:注を含め、北海道労働局資料より筆者作成。

 

 

コロナ禍の密でクラスター──コールセンター事例

岩﨑:3つ目は、コールセンターからの相談です。何かの縁なのか、組合結成当初からコールセンターからの相談は多く受けています。実際にユニオンが動いた件数だけで5件で、相談だけだともっと多いです。コロナになってから相談が増えました。

コールセンター業界は大手と中小とに分かれていて、大手はコンプライアンスがそこそこにちゃんとしていて、時給もそれなりに出ている。休みもちゃんと取れる、という感じですが、中小はやばいなという印象です。

経営者の傾向が似ていて、まずすごく若い。20代、30代の経営者が多い。そして経営者同士でつながっている。経営者同士が友達、幹部も社長の友達みたいな感じで、かなりアウトローな営業をしている印象です。業績によって給料が大きく上下する中で、競争をさせられていて、成績がいいとすごくおだてられるのだけれども、成績が落ちると、袋だたきにあうような感じで、朝会(あさかい)と呼ばれる場で、アルバイトを含む社員全員の前でさらしものにしてつるし上げるようなことをしてみたり、時間外で勉強をさせたり、ひどいケースだと暴力をふるったり。経営者もひどくて、業績が落ちてくると、店を閉めて行方をくらませて、別の新しいところで商売を始めるなど、かなりずさんな事業運営を目の当たりにしてきました。

ただ、こうした中小に対し相対的に条件のよい大手でも、コロナの下では、非正規雇用者は有無を言わせずに出勤させられ、密状態でクラスターが発生したりなど、労働相談が、大手からも増えてきていることを感じます。

 

川村:札幌市はコールセンターを誘致している自治体ですが、こうした状況をきちんと把握しているのでしょうかね。

 

岩﨑:さっぽろ青年ユニオンでは、札幌市に対して要請を行い、安全衛生上の対策を行ったコールセンター事業者には補助金が出されるようになるなど、一定の改善を実現させることができました。

 

管理職でも労働組合で救われる──管理職ユニオンという選択肢

桃井さん

桃井:管理職ユニオンが最近対応した実践を報告させてください。

全国転勤もある流通大手の企業で、59歳の営業所所長が道外に転勤を命じられました。しかも、その方が定年を迎える7か月前です。その方には持病が幾つかあったので会社にそのことも伝えて、転勤をしなくてすむようお願いをしたのですが、会社は応じてくれず、にっちもさっちもいかない状況になりました。この会社には労働組合があるのですが、管理職は入れませんでした。それでインターネットで探して札幌地域労組の管理職ユニオンにたどり着いたと言っていました。

さっそく組合で交渉したところ、診断書の提出や医師との面談転勤を撤回させて、定年再雇用後も、現在の営業所で働き続けることが可能になりました。

転勤など人事は会社の裁量が大きいものですから、裁判で決着をつけるのではなく、団体交渉で解決をすべきと顧問弁護士からも助言を受けていました。その方にとって転勤が非常に大きな負担になることを示す医師の診断書を提示して、会社側の求めた医師との面談にも応じることで身体の状況について分かってもらった結果、給料は少し落ちましたが、2回の団交で、転勤を撤回させて解決することができました。会社としても雇用する労働者と長く争い続けるのは得策ではないと判断したのだと思います。お互いに妥協点をさぐりながら、解決に至ったわけです。

職場で働き続けたかったら組合に入って当事者同士で交渉するのが一番である、という象徴的な事例です。もちろんその方は、これからも何があるか分からないからと組合に入り続けることになりました。

川村:会社のもつ人事権にあらがうのは難しいところを労働組合で解決できたのですね。それにしても、あえて定年7か月前で転勤させようとしたのは、彼を辞めさせる意図でもあったのでしょうか。

桃井:そこはちょっと分からないところなのです。転勤の話がある前にその方が社内でミスをしていた、という事実はありました。しかし実際、転勤先で人を必要としていたのと、その方自身仕事ができる人で、過去にも色々と実績をあげていて、会社としては純粋な気持ちで転勤をお願いしたかったのかもしれません。ただやはり、持病もありますし、その方にとって転勤の負担は大きいです。

川村:なるほど。優秀な人であっても、こうした意に反した出来事は、働いている中では起こりうることであり、そのときに、一人では問題解決ができないという冷酷な事実があることと、労働組合でならば問題が解決ができるのだということがよく分かる事例だと思います。その上で、管理職でも加入できる労働組合を札幌地域労組が設けていたからこそ、この方も救われたことは強調をしておきたい。

札幌地域労組の管理職ユニオンをご紹介いただいたことで、労働組合の守備範囲の広さが理解されたかと思います。ほかにいかがでしょうか。

 

【参考】

桃井希生「「誠実さ」を守る労働組合法7条2号」

 

数は力、ではない?──機能していない労働組合

鈴木さん

鈴木:労働組合のすごさを話している中で、趣旨からそれるかもしれませんが、労働組合の問題点にもふれておきたいと思います。

私たち札幌地域労組には、労働組合がある職場からの労働相談があります。労働相談の何割もを占めるわけではありませんが、それでも、合計すれば1割ぐらいはあるのではないでしょうか。

例えば、パワハラの常連のようなのが生命保険業界です。売り上げが下がってきた人間をつるしあげて、退職に追い込むことが普通に行われています。しかしこうした生命保険会社にはちゃんと労働組合があります。入社したら労働組合に加入しなければならないというユニオンショップ制が採用されていると思います。

ほかには、大手家電量販店や大手スーパー、大手衣料品店で働く労働者からの労働相談もあります。いずれも労働組合がある職場です。

でも彼らは、自分の勤める会社に労働組合があってもそこに相談をしようとは思わない。それは何も彼らの責任ではなくて、相談をしてもしょうがないとあきらめてしまうような、労働組合が機能していない現実が職場にあるのです。

私たち労働組合の業界では、「数は力」だとよく言われます。組合員が多ければ多いほど労働組合の力が増すという意味ですね。しかし現実はどうでしょうか。日本でも有数の産業別労働組合でも全く機能していないケースは少なくありません。我々のような地域の労働組合に、そういったところから労働相談が来るのが何よりの証拠ではないでしょうか。

川村:ありがとうございます。日本の労働組合の問題点については、別の機会に正面から取り上げたいですね。

 

【参考】

鈴木一「劣化した労働運動(毎日新聞<北海道版>掲載 Re:北メールより)」

鈴木一「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」

 

 

労働条件決定過程からの排除

岩﨑:鈴木さんの話を聞いて私もお話したいのは、コールセンターの事例です。会社には労働組合があるのですが、正職員しか組合に入れなくて、そして、組合と会社との間で決められた労働協約の内容が、非正規雇用者に不利益なものだったという経験がありました。「小学校休業等対応助成金」の話で、欠勤の日数に上限が決められてしまったのです。非正規雇用者が数多く働いている職場なのに、彼らは労働組合には入れず、その労働組合が非正規雇用者にとって不利なことを決めてしまうことにものすごく理不尽を感じました。

 

川村:労働条件決定からの排除という問題ですが、会社からだけでなく、労働組合からも排除されているというわけですね。コロナは、休業手当をめぐる雇用形態間の格差を浮き彫りにしましたよね。

ところで、コールセンターには直接雇用の非正規雇用者もいれば派遣労働者など間接雇用の労働者もいるかと思いますが、労働相談はどちらからですか。

 

岩﨑:どちらからもあります。補足すると、最初から直雇用されているケースは多くなくて、まずは派遣で働き始めて、そこから直雇用の非正規雇用者になるケースが多いと思います。

 

川村:相談者の皆さんは労働組合にはどうつながるのでしょうか。インターネットで検索して相談につながるのでしょうか。

 

岩﨑:そうですね。インターネットでの検索というルートが多いと思います。自分が直面している困った現状として、「パワハラ 相談」とか、「残業代 出ない」とかを打ち込んで、ヒットしたサイトにアクセスしてたどり着くという感じですね。

ほかには、首都圏青年ユニオンや総合サポートユニオンなど、他の労働組合と一緒に全国の労働相談ホットラインを行ったときの宣伝を介したり、あとは、地元の『北海道新聞』に私たちの企画や労働相談が掲載されたのを見たとか、友達経由あるいは友達の友達経由とか、「これは労働組合で対応したほうがいいいから」と弁護士さんがこちらにまわしてくださる、という感じですね。

 

■労働組合はこんなことができる

川村:もうすでにこのテーマにも入っていますが、あらためて、労働組合はこんなことができる、というテーマに入っていきましょう。ではこれは岩﨑さんから。

 

国の制度を使いアルバイトにも休業手当を補償

出所:厚生労働省ホームページ(「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」)より。

 

岩﨑:1例目の学生アルバイトの件です。彼だけでなく他のアルバイトも、コロナでシフトが減って困っているということだったので、仲間を増やしながら団体交渉をしていこうかなと当初は思っていたのですけれども、そこまでのことはできず、では、休業手当を会社に要求してみようということになりました。

ところが会社からは、学生アルバイトに対して休業手当を出す義務はありません、という内容の文書が返ってきて一蹴されました。もちろん、それでは納得ができないので、団体交渉をしましょうということで、団交にのぞんだら、相手方は、代理人の弁護士しか出てこなかったのですよ。あり得ないと抗議したのですが、決定権限をもっている弁護士だということで、交渉を行いまして、なぜアルバイトには休業手当は出せないのか、社員はどのように扱われているのかなどを追求して、いったん持ち帰りに。その後に国のほうで、雇用調整助成金の個人申請が可能になりました。これ自体が全国で労働組合が声をあげた成果なわけですが、こうして制度が改善されたことは私たちにとって追い風になりました。個人申請ということであれば会社もお手伝いしますということで、幸い、問題は解決をすることができました。

さらに彼は、この交渉の過程で、自分の就業規則を初めて目にするという経験をしたのですよ。それまでは、どこにあるのかも分からなかったのです。労働組合の場合には、就業規則など関係する書類を交渉の最初から会社に出させることが可能です。そして彼は、職場で変形労働時間制が採用されていたことを知りました。会社はそれに対して、これこれの運用をしているのですから、皆さんには1円も残業代を支払う必要はありませんよ、と説明していたのですが、交渉をしていく中で、実際には適切な運用がされていないことが明らかになりました。未払いの残業代がたくさんあったとかではありませんけれども、あいまいにせずに、ちゃんと是正をさせることができました。

 

川村:法律に違反していても、関係が悪くなるからと、会社に異議申し立てすることに対して躊躇するのが一般的です。そのあたりはどうでしたか。

 

岩﨑:いえ。会社との関係性が悪くなることはとくになく、彼自身も、バイトは辞めていません。ちょうど大学院に進学したこともあって、以前のような働き方はしていないものの、シフトに空きがあれば入るという感じで働き続けています。

ただ、店舗に1人だけ配置されている社員さんは、相変わらず大変そうに働いています。社員さんは20代の若い方で、ずーっとシフトに入っていて、青白い顔色でいつ倒れてもおかしくない働き方のようです。この社員・店長さんの働かされすぎ問題は、これはこれで考えるべき大事なテーマです。

 

【参考】

シフト制労働と休業手当をめぐる問題については、首都圏青年ユニオンの「シフト制労働黒書」などを参照。

 

 

セクハラにも不払い労働にも泣き寝入りをさせず最後まで支援

岩﨑さん

岩﨑:2件目のセクハラの事件は、当事者にとっては、メンタル的につらいことも数多くあったと思うのですが、ただ、後々に振り返ってみたときに、セクハラを受けていたのに何もできなかったとなれば、逆につらいとも言える。我慢をしたことでフラッシュバックが起きるようなこともありますから。ですから、自分は会社でこういう目にあってきて、傷ついたということを正面から言えたことにはすごい意味があったと思うのですね。

この件では団体交渉を5回行って、決裂して裁判になりました。最近和解になったのですが、和解の内容は非公開扱いで、ユニオンも知らされていません。

ただ、代理人弁護士が強調していたのは、ありとあらゆる証拠を団体交渉で事前に獲得していたことが裁判を進める上で決定的だったということです。違法な長時間労働もハラスメントも会社は認めなかったのですが、それでも団体交渉の中で、出退勤を把握するのに会社で使われているパソコンのログイン・ログアウトの履歴情報を提出させて、それによって労働時間がある程度把握することができたのです。これは、団体交渉でつかみ取った大きな成果でした。

裁判をたたかう彼女を支援するため、会社の前で宣伝行動を2回行いました。そのうち1回は、ご本人が働いていた営業所の最寄りの地下鉄駅付近で、もう1回は、北ガス本社の前で、株主総会の日に株主さんに向かって宣伝をしました。会社側もプレッシャーに感じていたようですが、しかしこれは違法な活動でも何でもありませんのでね。

裁判をたたかうというのは当事者にとってとてもつらいことだと思いますが、証拠集めの点も含めて、労働組合としてできる限りのサポートをして、一緒にたたかってこられたというのがよかったと思うし、労働組合の力かなと思います。

 

川村:争点は、セクハラがあったかなかったか、そして、残業自体はあったのだけれどもどの位あったのか、という点だったのですか。

 

岩﨑:そうです。残業は、定時後の残業時間は申告できたのですが、前残業、つまり、所定の時刻よりも30分とか1時間とか明らかに早くに来て働き始めなければならない状況があったにも関わらず、その部分を会社は全く認めなかったのです。

 

パワハラをやめさせて賃金カットの回復を実現

川村:なるほど。では、3件目のコールセンターではどのような問題解決事例がありますか。

 

岩﨑:色々あるのですが、パワハラを止めさせた事例をご紹介します。

コールセンターでの就労経験が長い、直雇用の非正規雇用者の方で、割と成績もよかった方なのですが、ちょっと成績が落ちてしまったのを機に、同い年の管理職から、朝会で、妻子をちゃんと食べさせてやれているのかなど、恥をかかされるような目にあって、それで相談に来られました。あと、成績が下がったからということで就労時間を減らされたのですが、当然その分だけ賃金も減ることになりました。

こういう問題状況を組合として解決していきました。ハラスメントをやめさせて賃金の回復を実現しました。

最初は、要求書をもって会社に乗り込んだのですよ。アポなしで乗り込んだものですから、むこうはとても驚いていました。もちろん、労働組合はけんかをする組織ではありませんから、毅然と、書面で回答を要求しました。

会社側は、弁護士をつけるという考えはなかったようで、不慣れながらも対応してくれました。とくにパワハラについては、再発防止策として、ハラスメント講習を実施させました。パワハラ言動はこちらも相談者に録音をしてもらっていましたからね。それから、賃金もある程度回復をさせました。弁護士や労基署ではこうは解決できなかったのではないかと思います。

 

川村:従業員みんなの前で恥をかかされるというのは、かなりの心理的ダメージですよね。メンタルをやられるおそれがある。それを許さずに、労働組合が抗議してやめさせた上に、ハラスメント講習まで実施させたのはすごい。当事者以外にも救われた人は多かったのではないでしょうか。ありがとうございます。

では、札幌地域労組の皆さんはいかがでしょうか。

 

労働組合なら労働条件の不利益変更も止められる

三苫さん

三苫:最近入った相談が特徴的で、塾で、コマいくらで働いている非正規雇用の講師からの相談なのですが、コロナで仕事が減らされて、追い詰められて、いわば兵糧攻めのような状況に陥ったのですね。

ところが、残念ながら彼は、辞めてしまってから相談の連絡をメールで送ってきたのです。辞める前に労働組合に相談に来てくれれば、仕事の減少や給料の減少などを食い止めることができたと思います。辞める前に相談に来るのか、辞めた後に相談に来るのかでは、対応できることに雲泥の差があるのです。そして、この、いわゆる労働条件の不利益変更を個人で止めるのは無理です。労働組合でしかできないと私は断言します。

労基署的には、手続き上の瑕疵がなければ、就業規則の変更を止めるなどということはできませんし、不利益変更だからと裁判に訴えたところで、結果が出るまでに果たしてどれだけの時間がかかることか。その間に生活できなくなってしまいますよね。そういうときはやはり、キャッチフレーズ的に言えば、「お早くお近くの労働組合へご相談を」なのです。

では逆に、労働組合に相談してくれたらどんなことができるかを最近の事例で具体的にご紹介します。

恵佑会病院という白石区にある大きな総合病院での経験ですが、新しい人事制度が導入されるという提案が病院側から行われました。労働者の側からみると、具体的には、給料の上限を下げられる、人事評価制度も入れられる、結果として年収が下げられるという内容だったのですよ。こういう提案内容だったのですが、労働相談で札幌地域労組につながったことによって、まず、新人事制度については労働組合ときちんと協議すること、と病院側に申し入れを行い、その時点で提案をストップさせました。その上で、団体交渉を通じて、理事会からの提案を全て撤回させました。

 

出所:札幌地域労組ホームページより。

 

さらに少し前の事例を紹介します。西区にある大野記念病院で起きた事件ですが、ここでも、退職金がものすごく減らされる、そして労働時間がちょっと長くなるにもかかわらず賃金はそのまま──つまり、実質的な賃下げが、病院側からの提案で行われそうになったのですが、こちらも、労働組合が申し入れを行った時点で提案をストップさせて、団体交渉で撤回させることができました。

こういうことというのは、労働組合でしかできないし、さらに言えば、労働条件が変更されてしまった後だと、裁判でも撤回させるのは難しいのです。形の上では、労使合意で条件を変更したのでしょ、という事実が作られてしまうからです。

この記事を読んでいる学生の皆さんに伝えたいのは、社会人になって職場で何か困ったことがあったら、私たちのような、地域の労働組合にすぐに相談することですね。

 

【参考】

札幌地域労組「恵佑会ユニオン」

札幌地域労組「大野記念病院支部」

 

 

労働法を武器にした職場の改善、労働組合の規制力

川村:労働条件の不利益変更は労働組合でしか止められない、会社を辞める前なら対応ができる、逆を言えば、会社を辞めた後では手遅れ、というのは、本当に、そのとおりだと思いますね。ちなみに、紹介された塾講師の方のケースでは、組合では対応は何もできなかったのですね。

 

三苫:そうですね。辞めてしまっていたのでもうどうにもなりませんでしたね。相談はメールだったのですが、ずいぶんとブラックな職場のようで、どうも職場では自殺も発生しているということなのですね。この会社をなんとかしてくれという感じの内容だったのです。でも、冷たく聞こえるかもしれませんが、やはり、辞めてしまっていて、当事者不在であれば我々でも対応はできません。

 

川村:本人にその気がなければ、いくら労働組合の皆さんでも、組合員もいないのに交渉はできませんからね。でも逆を言えば、本人さえその気になれば、労働組合として交渉ができるということですよね。ちなみに恵佑会病院のケースでは、どんな感じで労働相談が来たのですか。

 

出所:札幌地域労組ホームページより。

 

三苫:札幌地域労組の公式LINEに相談が入りまして、それこそ、不利益変更がなされる1週間前ぐらいの危ないところでした。滑り込みセーフですよね。

すぐに団交を申し入れることで不利益変更をストップさせて、その後、団交を4回ぐらい行ったのかな。それで提案は完全撤回に至りましたね。今現在は、法人との間でも良好な労使関係になっています。といっても、600人ぐらいの職員に対して組合員の人数は20人ぐらいの少数組合なのですよ。それでも、就業規則の変更が行われる場合などには必ず事前に労働組合に相談、協議が行われる体制を作りました。病院が労働組合を差し置いて何かをすることはもうありませんね。

ほかの例も紹介します。家庭から出されたごみの収集や道路清掃事業を行っている公清企業という会社に札幌地域労組の支部があります。この会社でも、労働組合の取り組みで、アルバイト職員を正社員にしたり、同一労働同一賃金の取り組みを強化しています。後者は、労働契約法や、2020年度からスタートしたパートタイム・有期雇用労働法を根拠としたものですね。具体的には、嘱託職員への精勤手当の支給とか、全額ではないけれども燃料手当の支給とか、同じく、全額ではないけれども賞与の支給とかを実現しています。一気にではありませんが、状況を改善してきました。法律が変わったからといって職場が変わるわけではなくて、やはりこれも労働組合があって、労使間で交渉をしてこそ、実現するものなのですね。

 

知られていない労働組合の機能

川村:法律が変われば職場が自動的に変わるというイメージをもっている人は少なくありませんよね。でも法律を使って職場を変える主体としての労働組合がない限り、それは具体化しません。これは学生にも強調したいポイントです。

ところで、恵佑会病院支部の事例では、600人中20人の組合員でも大きな力になるのだということが示されていますが、労働相談に来られた方々は、労働組合に相談することに抵抗感はなかったのでしょうか。つまり、労働組合のことをよく知らない人たちは、おっかなびっくりな感じもあるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

 

三苫:最初は労働基準監督署に行ったそうなのですが、どうにもならなかったそうで、労働組合という選択肢しかないのでは、と言われたそうなのですよ。ただ、相談に来られたときには、本当に労働組合でなんとかなるのだろうか、という半信半疑だったように思います。でも我々が、法的なことなどを説明して、むしろ、労働組合でしか対応はできないのですよ、と言ったら、じゃあやってみようか、となりまして、先ほどお話ししたような感じで展開していきました。

労働組合にどういうことができて、問題はどう解決していくのかというのは、一般的には知られていませんよね。そういうのはもっと我々が伝えていかなければならないと思います。今、札幌地域労組のホームページを全面リニューアル中なので、ご期待ください。

 

出所:札幌地域労組ホームページより。

 

川村:労働組合でしか対応できない、と労基署で言われたというのは印象的ですね。

それから、私も非常に共感し、かつ、強調したいのは、労働組合の機能や効果がどのようなものであり、労働組合で問題を解決するということの実際がどのようなものであるのかを、具体的に伝えることの重要性です。組合の皆さんにとっては当たり前すぎて、情報発信することが軽視されていないか、と思うのです。通りでデモの風景を学生が見たところで、労働組合の基本的な機能である労働条件交渉機能というのは分からないわけですよね。実際に経験しなければ分からない面は多分にあるかと思いますが、可能な限り、事例などを通じて、労働組合のリアルを知る機会ができるとよいなと思います。

 

三苫:恵佑会病院の組合員をご紹介しますと、放射線技師、薬剤師、看護師などコメディカルで構成されています。30代の女性が支部長です。病院の職員全体の平均年齢も若い感じですね。

ちなみに、600人中20人という労働組合の組織率のことでいうと、白紙撤回させるスピードが速すぎて、理事会からの提案がすぐに止まったために「もう大丈夫じゃないか」と職員が安心したのが一点。

 

川村:労働組合の威力が強くて解決が速すぎたのですね。

 

三苫:もう一点は、組合の組織化にちょっと妨害が入ったのですね。今は労使関係も良好になりましたが。今後、公式LINEも活用しながら少しずつ組合拡大していけたらと思っています。

 

■労働情報の発信力の強化を

川村:だいぶ色々なお話を聞くことができました。それでは最後に、とくに労働組合とは無縁な方々向けに、これだけは伝えておきたいこととか、やや雑談的な話も交えながら、話を進めてみたいのですが、いかがでしょうか。

 

相談者のニーズと労働界の情報発信力との乖離

出口:個別の労働相談については、私はあまり論じることができないのですが、先ほど話題になっていた、労働相談の今と昔ということについて、我々が行ってきた労働相談の資料に基づきお話しします。

10数年前は、何をみて労働相談に来られましたかという質問で多かった回答は、一番はタウンページ、二番目に街頭宣伝のビラ、そして三番目に労働局や弁護士からの紹介だったのです。これが昔のトップ3です。それが今は、8割がインターネットです。それなのに労働組合の側が、まずホームページを持っていない、それから、持っているけれども怪しいデザインであったりSNSも使っていなかったりしている点に課題があります。

SNSは情報発信には向いているのですが、ただ、労働組合とはなんぞやとか、労働相談事例を紹介するには向いていない。ホームページでの整理が必要になると思います。

このように、労働組合をお知らせしたい人たちが持っているニーズと、私たちの取り組みがミスマッチを起こしていますよね。そういう意味では、北海道労働情報NAVIの役割は大きいと思いますし、我々労働組合の側も、問題意識をもって、自分たちで主体的に取り組みを強化していかなければだめですよね。

 

出所:道労連ホームページより。

 

もう一つ、昔と今の違いですが、昔は、そもそも法律のことをよく分からないという方からの相談が多かった。パートでも有給休暇は取れるのですか、とかですね。今はそれに対して、スマホとかで事前に調べた上で相談に来られるケースが多い。ネットで調べたらこう書かれていて、法律にもこういうのがあることが分かったのですが、でもうちの職場は違うのですよ、どうにかならないのでしょうか、とかですね。中には、判例を調べてこられる方もいます。すでに、ネット上に情報はあふれています。

そういう意味では、労働組合が発信する情報として、「問題を解決しました」という情報だけではなくて、相談者はどういう気持ちで相談をしたのか、一歩踏み出すことへの躊躇、あるいは、一歩踏み出したことで自分や職場がどう変化したのか、などの情報が大切ではないかと思うのです。

今年の道労連新聞の新春号で、全日赤札幌血液センターの執行委員長である佐藤宏美さんと道労連の三上議長との対談を掲載したのですが、労働組合活動という面倒くさいと思われがちな選択肢を選んだのはなぜなのか、しかも、使用者に対してモノを言うというのはものすごい勇気のいることだと思うのですが、それでもなお、一歩踏み出してみようと思ったきっかけは何であるのかを話していただきました。

人にもよるでしょうけれども、一般論としては、労働組合活動に参加する葛藤やプレッシャーは非常に大きいと思います。病院の場合には、利用者や家族のことも意識しなければなりませんから。それでも労働組合を選択したのは、逆に、利用者や家族の声に後押しされたのか、あなたは間違っていないという労働組合からの承認なのか、あるいは、何らかの正義感からなのか。こうした情報を紹介することで、私も同じ思いだと共感を広げることができるのではないかと思うのです。コミュニティ・オーガナイジングでいう「アス」感が重要です。権利の使い方だけでなく、プラス、琴線に触れたその内容を知らせることですね。

労働組合として解決してきた事例というのは、財産であり資源であって、もっともっとそれらを活用することが必要です。労働組合の魅力とか、労働組合のすごさを、代弁ではなくて、当事者からのリアルな声として発信することで、それらが反響していくのではないでしょうか。そんなことを思いながら皆さんのお話を聞いていました。

 

川村:労働情報発信の必要性を労働界内部から言及していただきました。またその際の情報は、単に問題解決の結果を示すだけでは足りない。労働者の立ち上がりのリアルというのは、むしろそう簡単に立ち上がれない葛藤や逡巡にこそある。そここそを伝えていくことが逆に共感を呼ぶと私も思います。悩みもありながら一歩踏み出して、自分自身が変わっていくプロセスですね。未来の労働組合員に対して、実は私も昔は今の皆さんと一緒だったのですよ、という内容の情報やメッセージは、ぜひ学生にも読ませたいですね。

 

【参考】

「現場の声とパワーで変える!~2022年新春対談」『道労連ニュース』2022年1月7日号

全日本赤十字労働組合連合会

出口憲次「「コミュニティ・オーガナイジング」の実践で労働運動の展望を切りひらく」

鎌田華乃子(2020)『コミュニティ・オーガナイジング──ほしい未来をみんなで創る5つのステップ』英知出版

 

 

労働法は知られるようになってきたが、、、

鈴木さん

鈴木:余談になりますが、相談者の変化ということで補足させてください。

今は、インターネットで色々なことを検索した上で、ある程度予備知識をもった上で相談に来られるケースも多い。中には、長いレポートを書いて持参する方もいます。

困るのは、自分の中で勝手に話ができあがってしまっている方もいることで、例えばパワハラの相談ということで来られるのだけれども、よく聞くとそうではない。例えば、自分に対する会社側の評価が低くて、この仕事は任せられない、と言われたというケースですが、こういう会社の判断はあり得ると思うのですよ。仕事から外されて全く関係のない仕事や嫌がらせ的な仕事にでもあてられたというのであればパワハラの疑いが濃厚で論外ですし、一線を越えるような発言もアウトですがね。

いずれにせよ、人事労務関係の自分の不満を全てパワハラだと主張してこられるケースがたまにある。しかも、下手をすると矛先が労働組合に向かってくる。「俺の言うことを聞いてくれないなんて、お前らそれでも労働組合か」とかね。

労働法が世間に知られるようになってきたのはよいことだと思いますが、交渉ごとはそう簡単にいきません。やはり我々のような労働組合の長年の経験からでしか判断できないこともあることはぜひ知っていただきたい。

 

【参考】

鈴木一「地域労組は飛んでいく(毎日新聞<北海道版>掲載 Re:北メールより)」

 

 

自分自身のためとみんなのために

岩﨑さん

岩﨑:私も一言いいでしょうか。労働相談に取り組んでいて思うのは、問題を解決しようと立ち上がる人の特徴として、自分自身がつらかったという経験もあるのですが、同じようにつらい思いをしている職場の人のためとか、自分と同じ思いを他の人には味合わせたくないとか、そういう声を聞くことが多い。相談や活動の原動力になっているように感じます。もちろん、自分のためにたたかうのは大事なことですが、一方で、自分のためだけでは頑張りきれない場合には、逆に、みんなのためにということも意識して相談してくれればいいなと思います。

それから、鈴木さんが言われるように、労働法を誤って理解しているケースとも、ある意味では共通するのかもしれませんが、自分自身がどういう状況におかれているのか、自分がおかしいのか、それとも、会社がおかしいのか、分からなくなっているケースが多いのではないかと思います。私自身も過去にそういうことがありました。

労働相談を受ける側としては、相談に来られた方に対して、よく来てくれましたと歓迎したいですし、あなたがおかしいわけではない、とまずは受け止めたい。その上で、相談者が望んでいることやどこまでのことができるのかを整理しながら、一緒に取り組んでいきたいですね。なんか変だなという自分の「ひっかかり」をないものにしないで欲しい。

 

川村:法律より経営者の俺ルールが重視される社会で、働いている側も、何が正しくて何が間違っているのか分からなくなってしまいがちですよね。それから、否定しない関係性というのも大事ですね。精神的に追い詰められてしまっている相談者も少なくないでしょうからね。

 

「辞める前に相談」を市民社会に定着させよう

鈴木:書記長の三苫さんが言われましたが、残念ながら、手遅れの相談が相変わらず多いです。会社を辞める前に相談してくれればと思うことは、しょっちゅうです。仮に辞めるにしても、泣き寝入りをして辞めるのか、それとも、会社に補償させるべきものは補償させて謝罪もさせた上で辞めるのかでは、その人の、その後の人生そのものが大きく変わってくると思うのです。

「辞める前に相談を!」というのは、労働界をあげて、全面的に訴えて世の中になんとかして定着させたい──そのように強く思っています。

 

川村:卒業生を含め、不本意な思いのままで会社を辞めてそれで精神に不調をきたすケースを私も数多く見てきました。岩﨑さんの言う「ひっかかり」をないものとせず、鈴木さんの言われるとおり、「辞める前に相談を!」というフレーズをぜひ広めていきたいですね。このNAVIもそのようなことに役立てていきたいですし、そのためにも、皆さんたち労働組合の貴重な取り組みがもっともっと配信されることを強く願っています。

本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。

 

仕事で困ったときにはお近くの労働組合に気軽に相談を

 

 

 

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