川村雅則「「学生アルバイト白書」からみえるコロナの下での学生の実態と思い」

長期化するコロナ禍が大学生の生活に深刻な影響を与えている。2020年度は、コロナ禍における大学生の現状を多面的に調査した。幸い、調査の結果は多方面で報じられた。本稿はそのうちの『前衛』2021年3月号に掲載されたインタビュー記事である。/遠隔授業が2年目に入り、かつ、3度目の緊急事態宣言が北海道でも出されるに至っている。心身の不調はもちろんのこと、生活費・学費等の原資になっているアルバイト収入を得る機会の喪失が懸念される。本学でも2021年5月現在、4回にわたる食糧支援を学内で開催している。大学生の現状を定期的に調べ、支援を行っていく必要がある。/どうぞお読みください。

 

 

経済状況に加え新型コロナの影響を調査

──「学生アルバイト白書」に取り組まれた動機、これまでの調査と今回の白書の違いについて紹介をお願いします。

 

大学生のアルバイト実態の調査結果を取りまとめた「学生アルバイト白書」は、今回で一〇冊目になります。

どの大学でも、学生生活に占めるアルバイトの比重が大きくなっていることと思います。学生アルバイトという柔軟に活用できる労働力への需要の高まりと、一方で、生活費や学費を稼ぐためという学生の側の経済的な事情の合成によるものです。基幹労働力化でアルバイトに拘束される度合いが強くなり労働時間も長くなっています。結果として、学業にも支障が出ています。その上に、アルバイトをめぐる問題──例えば、給与の不払い、ミスに対する損害賠償の請求、新商品の強制購入やノルマ、人手不足下でのパワハラまがいの指導に象徴される各種のハラスメントなど、さまざまな問題の相談を学生からうけるようになったこともあり、きちんと調べてみようと思ったのが白書作成の契機です。簡易な調査はそれより前から行っていましたが、本格的な調査を始めたのは二〇一一年からです。

「アルバイト白書」と最初に銘打ったので変更はしておりませんが、学費負担や奨学金利用など経済事情とアルバイトを切り離すことはできませんので、途中からはそれらも盛り込んで、さらに今回は、新型コロナ感染の拡大の影響を視野に入れた調査内容となりましたから、ますます「アルバイト白書」という名前には収まりきらない内容になっています。研究室のウェブサイトで公開をしていますので関心あればご覧ください。

 

今回、コロナ禍における学生や大学教育の現状についての報告を編集部よりご依頼いただきました。ただ私たちの調査は、一部生、二部生(夜間部生)を合わせ六〇九人から回答を得たとはいえ、ウェブを使った調査でしたので、通信環境などが整備されている学生が多く回答していると思われます。また私自身は、労働研究が専門であることからくる偏りもあるかと思います。そういう不十分さ、限界をはらんだ調査報告としてご理解ください。

 

遠隔授業は学生にどう受け止められたのか

 ──学生がキャンパスに登校できない状況で、リモートによる授業が多くなりましたが、大学、教員側の対応と、学生の受け止めや影響などはいかがでしょうか。

 

どの大学でも、年度末か年度始めに遠隔授業への移行が決定されたのではないでしょうか。新年度の授業開始を目前として青天の霹靂だったと思います。遠隔授業を遂行する上で各大学に設置された、学生の学習管理に関するシステム=LMS(learning management system)の活用度合いは、教員によって異なりますから、慣れていない教員はとくに大変だったと思いますし、そもそも私学の場合、数百人規模の授業もざらですから、果たして遠隔授業でどう対応すればいいのかと、初期にはたいへんな混乱があったと思います。しかも、教員への組織的な支援がなかった大学では、文字どおり、学生も教員も、遠隔授業に投げ出された格好となりました。

授業実践以前に重要な点が、学生が遠隔授業にきちんと対応できる環境にあるのかどうかです。私たちの大学では、とりわけ夜間部(二部)に経済的に不利な学生が多く通っていることを予備知識として持っていましたので、遠隔授業実施にあたり、パソコンは所有されているのか、インターネット環境は整備されているかという懸念がありました。他大学と同じく、遠隔授業対応のための支援金五万円が学生に支給されましたが、遠隔授業を継続的に行っていくことを考えるとこれでは不十分でしょう。しかし学生からの授業料に依存した財政構造をもつ私学としては、原資が潤沢にあるわけでもなく、苦しい状況にあります。

さて、二〇二〇年一〇月末に行った今回の調査の結果ですが、遠隔授業に対して学生からはいろいろな不満、批判が出されています。その一つは、「課題が非常に多い」ということで六割以上にのぼっています(図1)。

 

図1 遠隔授業に関しての不満や悩み、困っていること

 

日本の大学は、履修科目数が非常に多いことが特徴です。そこへもってきて特に初期のころは、期末試験からレポートなどに移行したそれぞれの教員が自分の授業の学習到達目標を維持しなければと、毎回、がっちりとした課題を出しました。授業の課題量に関する別の設問でも、一つ一つの授業でみると「少し多かった」が半数で最多なのですが、授業全体としてみれば「非常に多かった」が四割を占めていました。学習目標や授業時間外の学習時間の適切な設定が課題です。

また、対面授業であればなんてことのない相談も、遠隔授業ではネットを介さなければならず、学生と教員との距離が生じました。教員によってLMS上の「つくり」が異なるために、どこに相談窓口があるか分からないといった混乱も生じました。

教員の側も疲弊しました。授業を行うにあたっては、授業のねらいや学習目標を立てて、それを達成するために授業内容や方法を構想し、教材づくりを行います。対面をそのまま遠隔に置き換えられるという話ではありません。アプリの操作方法などを含め教員同士で情報交換をしながら教材づくりに時間を費やしました。土日をまるまる費やした、夜中まで作業していたなどの話はざらでした。しかも対面授業であれば反応をみながら進められますが、遠隔の場合、仮にリアルタイムで配信をしても、学生はほぼ全員がビデオオフで参加していますから感覚がつかめません。そういうこともあって、疲労度は増したと思います。

単位取得、学生間のコミュニケーションに不安・不満

学生の遠隔授業への不満や悩みで「課題が多い」以外では、「評価方法や単位取得に対して不安がある」(四六・一%)、「友達・受講者同士での交流ができない」(四四・五%)、「授業内容が十分に理解できない」(三六・八%)、「教員とのコミュニケーションがとりにくい」(二六・一%)などが多くなっています(図1)。

大学は高校までとちがいます。大学の単位制度やカリキュラムの理解と並行してお互いに情報交換しながら履修科目を決めていくというのが入学後の風景でした。ところが今年の一年生はそういう機会が失われました。またどの学年でも、これまで多くは期末試験が前提とされていた授業の評価方法が変更されたわけですから、ただでさえ、未体験だった遠隔授業の受講という点に加え、果たして単位は取得できるかという点で不安が増幅したと思います。受講者同士、横のつながりでの情報交換の機会が失われたことも不安の背景にあるのかもしれません。

遠隔授業に対する冷静な評価を

初期のころは対面授業と遠隔授業を二項対立的にとらえる見方もありましたが、ある程度落ち着いた今、遠隔授業は、学生からは一定程度、支持されていることが本調査で示されました。

教員との交流や受講者同士の交流では圧倒的に対面に軍配があがっていますが、授業内容の理解度、自分のペースでの学習、授業への集中度などで遠隔授業が意外に貢献しています。換言すれば、交流の視点、双方向性などを遠隔授業にどう盛り込んでいくかが課題だと感じています。東京大の吉見俊哉教授が、高等教育の最前線での遠隔授業実践、そこでの高い教育効果を紹介されています(「ポストコロナの大学論」第二回、『世界』二〇二〇年九月号)。非常に興味深く読みました。

多くの大学で、コロナ感染防止という観点から遠隔授業が実施されていますが、教育実践の内容や効果という観点から対面か遠隔かを割り振っていくという視点も必要ではないでしょうか。

デジタル教育格差、障害をもった学生への配慮

もっとも、繰り返しになりますが、遠隔授業を導入するならその前に、そもそも学生たちが遠隔授業に対応できる環境にあるかどうかの詳細な把握が必要です。

小学生から高校生の子どもがいる世帯を対象にしたある調査によれば、パソコンやタブレット端末の保有状況に年収格差がみられ、とくに年収四〇〇万円未満では保有していない世帯が三割に及んだそうです(三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる調査レポート。二〇二〇年八月二一日)。後でご紹介するとおり、大学生の間にも年収格差がみられることを前提とした対応が必要です。

加えて留意すべきは、災害時の被災者支援とも共通しますが、障害を持った学生、つまり合理的な配慮を必要とする学生たちの遠隔授業への対応の困難やニーズの把握です。配慮を要する学生たちが取り残されていなかったか、今後明らかにして対応を講じる必要があります。

大切な”大学生”となる一年生への支援

──一年生は大学生になった直後から遠隔授業中心となった影響は大きかったのではないでしょうか。

 

一年生の多くはそもそもレポートの書き方などアカデミックスキルが未形成です。多くの大学で初年次教育が重視されており、そこを彼らの居場所やアカデミックスキルの習得の場として、徐々に大学生に育てていくのが例年であるのに、その機会が奪われ、遠隔授業に投げ込まれたわけです。さらに言えば、キャンパスに来る機会もなく/ごく限られており、大学生としてのアイデンティティを確立するうえでたいへんだったと思います。「経済的な状況や心身の状況」のなかで、学年別にみると、一年生は「大学で友人ができない」(一部六四・五%、二部五八・五%)、「サークルや部活動に入り損ねた」(一部三八・三%、二部四一・五%)と高い割合でこたえています(図2)。

 

図2 1年生にみる経済的な状況や心身の状況

 

今回つくづく思ったのは、教員と学生あるいは学生同士の日常の何気ない交流や情報交換が、彼らが大学になじんでいく上でとても重要であるということです。逸した機会の挽回を積極的に設ける必要があると考えています。関連していえば、遠隔授業対応で設けられた学生同士の支援(ピアサポート)はその面からも有効だったと評価しています。

 

学生の経済状況の変化とうきぼりになる問題

 ──日本の場合、学費の高騰や親の経済状況が厳しくなるなかで学生の経済状況はどうでしょうか。

 

ご承知のとおり、日本は、教育費の負担が私費に偏っています。OECD(経済協力開発機構)加盟諸国のなかでも高等教育への公財政支出は最下位か最下位付近がつづいてきました。文科省の調べでは、令和元(二〇一九)年度の私立大学(学部)の授業料は九〇万円超で入学料は約二五万円です。そこに施設設備費もあわせると一三〇万円を超えるという高騰ぶりです。過去にそれでも何とか対応できていたのは、年功制賃金を柱とする日本的雇用が社会的な標準として位置を占めてきたことが大きい。そして、九〇年代後半からの日本的雇用の縮小、世帯所得の減少は学費負担問題を増大させることになりましたが、これを「緩和」したのが日本の奨学金制度です。

もっともこれもご存じのとおり、日本学生支援機構という組織が扱っている日本の奨学金制度は、給付型ではなく、諸外国であれば教育ローンと位置付けられる貸与型が中心です(二〇一七年度に給付型が創設)。高額の奨学金利用で負担をカバーできてもそのツケは後回しになります。実際、若年層の雇用悪化とあいまって、重い返済負担や返済不能による自己破産が社会問題化しました。また、奨学金利用とあわせて学生自身のアルバイト収入を学費や生活費の原資とするといった問題の「解決」策がとられてきました。それが、今回のコロナ禍によってアルバイトができなくなり、問題が一気に表面化してきたわけです。

本来、アルバイトができなければ学費を捻出できずに大学をやめざるをえないということ自体がおかしい。小説家であり数学者であるパオロ・ジョルダーノさんが、「パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけている」(『コロナの時代の僕ら』早川書房)と指摘しています。私費・家族依存あるいは奨学金や学生のアルバイト収入に依存したわが国の教育分野にもあてはまることだと感じました。

アルバイト収入は生活費や教科書代・通学費の原資

図3 アルバイトをする理由

 

図4 勤務シフト・労働時間が減ったりなくなったことで困った経験・状況の有無

 

そもそも学生が「アルバイトする理由」は、一般的には、「遊びや趣味等に使うお金を稼ぐため」という見られ方をしていますし、実際「趣味娯楽・交際費・飲食代」を使い道にあげる学生は多数(八六・五%)です。しかし同時に、「生活費」四二・六%、「通学費」四一・七%、「教材費・書籍代」三三・三%のほか、「授業料」二三・九%が使い道として回答されており、アルバイトの理由も、「遊びや趣味等」ではなく、「どちらかといえば学資・生活費等を稼ぐため」「学費・生活費等を稼ぐため」が計二八・五%で、「どちらも半々」という学生も含めれば五割を占めています(図3)。

それが、勤務シフトや労働時間が減ったり、ゼロになることでどういう影響が生じたか(図4)。「生活に必要なお金が減って困った」(三七・九%)、「授業料の支払いが困難になり困った」(一一・三%)という学生だけではなくて、「教科書代や通学に必要なお金が減って困った」(二三・二%)となっています。授業料は親負担や奨学金で対応するけれども、生活費のほか、教科書代や通学費用は学生自身の負担が前提で進学している学生は少なくありません。学生との話の中でも、親にはこれ以上負担をかけられないといった趣旨のことが語られます。

コロナの影響で五割がアルバイト減少、ゼロに/しかし五割は休業手当を支給されず

図5 今年〔2020年〕2月でのアルバイト実施状況及び当該アルバイト経済状況

 

図6 2020年3月から現在までのアルバイトの「量」に関する経験

 

図5はアルバイトの継続状況を聞いたものです。二〇二〇年二月のアルバイト実績は、当時高校生だった一年生の割合を除き二年生以上は七〜八割台で、「継続している」のは四分の三です。しかし継続とはいえ、勤務時間には大きく影響を受けており、「労働時間が減った」「ゼロになった」「バイト先が休業した」という学生は、重複をのぞくと五五・五%にものぼっています(図6)。ではそれにたいする休業手当の支給状況はどうでしょうか。

まず、「まったく支給されなかった」が四七・三%で、支給された学生に限定してみると、「全額・ほぼ全額が支給された」が二二・二%です。エピソードを紹介します。

ホテル勤務のある学生は、コロナの影響で二月から待機状態になり、一〇月にようやく声がかかったのですが、その八ヵ月間、休業手当は一切出ていません。同じ非正規雇用者でも「フルタイムパート」と呼ばれる層には支給があったそうです。この学生はかけもちしていたもう一つのアルバイトも休業手当が支給されずに辞めています。親からの仕送りで修学の継続は可能でしたが、そうでなければ大変な事態になっていました。

平均賃金の六割以上が支給されたと回答されたケースにも留保が必要です。飲食店で働いていたある学生は、お店の売上ががた落ちして、シフトも、平時の四分の一、五分の一とどんどん削られていくのです。そして最終的にお店が休業することになった際に(平均ではなく)賃金一〇〇%分の休業手当が支給されることにはなったのですが、その場合の「一〇〇%」というのは、減らされるだけ減らされた賃金「一〇〇%」なのです。結局、生活費を稼がなければならなかった彼は、自己都合扱いでの離職を余儀なくされました。

気になったのは、手当不支給の理由がバイト先で説明されていないほかに、シフト勤務が悪用されているようであることです。つまり、一定期間ごとにシフトを決定して働くことの多い学生たちは、毎月のシフトが保障されたものではないのだから、と不支給が正当化されているのです。休業ないし休業手当の概念をなくすことになりかねません。正しい情報の周知と適切な対応が必要です。

学生の修学継続が困難する恐れも

調査時点のアルバイト状況についても聞いています。過去との比較ができないので十分に分析しきれていないのですが、「アルバイトをしていないけれども探している」「追加・かけもちのバイトを探している」という求職活動中の学生が二割程度いることが、コロナ禍を背景にしているのか気になるところです。なお、固定バイトのかけもちが今回は九・〇%でした。かけもちがこの数年で増えたような気がする点も、彼らの経済事情とあわせて詳しく調べる必要があると考えています。

図7 親など学費負担者の就労収入の変化、奨学金やアルバイト収入がなかった場合の就学継続の可不可

 

また、学費負担者でもある親の就労が困難になっており、仕事が減ったという状況もあらわれています(図7)。「コロナの影響はとくにない」が半数を超えている一方で、「コロナの影響で親の仕事・収入が減った」と「コロナの影響ではないが、仕事・収入が減った」を合わせると四人に一人が親の収入・仕事が減ったと回答しています。長期化するコロナの影響が、学生の修学の継続をより困難にする恐れがあります。それは、「奨学金やアルバイト収入がなかった場合、学費負担者からの支出だけで修学は可能か」との質問にたいして、三割以上の学生が、「修学の継続は困難になる」と答えていることにもあらわれています。

奨学金、高等教育修学支援制度の問題も

図8 経済的な状況や心身の状況

 

学費の負担が大きくなるなかで、奨学金の存在は大きいものがあります。「主な学費負担・学費の原資」を一つだけあげてもらうと、「親の収入」(六四・四%)に次いで奨学金が二七・三%となっています。二部学生の場合には、加えて自分自身のアルバイト収入が一一・〇%です。

経済的な状況について(図8)、一、二部平均で「学費の支払いが困難になっている」(七・九%)、「生活費を稼ぐのに大変である」(一六・三%)という学生がいます。本人のアルバイト収入や親の就労収入の減が長期化すれば、ダメージはさらに拡大することが懸念されます。また繰り返しになりますが、奨学金は将来の借金です。本調査でも、支援機構の貸与型奨学金を借りている者は四六・三%で、とくに授業料の高い一部生では、四年間で四〇〇万円弱に該当する月八万円以上借りている者は、利用者全体のうち三七・六%に及びます。これだけの借金を背負っての職業生活のスタートなのです。

今年度から高等教育の修学支援新制度が始まりました。住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯に対する学費の減免と給付型奨学金をその内容とする同制度によって、経済的不利にある層が救済されているのは事実です。本調査でも、二割の学生がこの制度を利用していました。ただ、対象が限られていることに加えて、同制度はそもそも、財源に消費税増税分が充てられたこと、大学への介入が強化されたこと、そして、制度設計がラフであることにともなう、給付世帯と非給付世帯との間の不公平問題などが指摘されています。この制度を普遍的な高等教育の無償化制度に発展させられるかは、財源をどう調達するかとあわせて、大きな争点です。

困窮する学生、多様な経済的背景を踏まえた支援の必要性

 ──白書では困窮学生について別に分析をされていますが、どのようなことがみえてきたのでしょうか。

 

今回、経済的な暮らしが「やや苦しい」「大変苦しい」と答えた学生は一七九人、全体の二九・四%いました。この学生たちをあえて困窮学生とよんで調査結果を分析してみました。

回答者全体で見た結果に比べても、さまざまな点で不利を被っている結果が示されました。例えば、「学費の支払いが困難になっている」と回答したのは一部生で四人に一人ですし、そもそもアルバイトをする理由も、多くが学費や生活費を稼ぐためと回答しているなど、経済面での苦労が大きいことが見てとれます。

また、全体で見るとクリアに出ていなかったのですが、遠隔授業をうけるにあたっての不利が出ています。パソコン等の購入費用や通信費用が負担に感じられていたり、遠隔授業を受講する際の媒体の性能が低かったり、遠隔受講の環境が整っていなかったり、などなどです。いずれの設問も、回答者全体に比べて倍近い値でした。

先に修学支援新制度についてふれました。文科省が想定している住民税非課税世帯の四人世帯の年収とは、約二七〇万円です。かなり厳しい収入層と言えるでしょう。逆に言うと、大学入学者の経済条件には大きなばらつきがあること、それは生育歴や生育環境の異なる層が入学していることでもあること──大学教育でこのことを前提にした実践や支援が必要だということになるのではないでしょうか。大学に進学できていることをもって一定の経済的条件をクリアしている、というとらえ方は適切ではありません。経済的な困難をかかえながら、奨学金やバイト収入などでなんとか修学を維持している学生たちが少なくないのです。

教員との人間関係が形成されていなければ、ましてや遠隔化された授業では、彼らの姿、彼らの抱えている困難は見えづらいです。例えば、ゼミを欠席しがちであるとか、遠隔授業・ゼミで通信が遮断されがちであるなどのシグナルをしっかりとらえることが必要ではないでしょうか。

食糧支援プロジェクトで実感したこと

そのことを痛感したのが、昨年末に私たち教員有志で取り組んだ学生への食糧支援プロジェクトです。年越しを少しでも支援したいと取り組みました。ニーズの存在は確信していましたが、学生たちの側にためらいもあってあまり来場されないかも、一〇〇人を上限に準備すれば十分かな、と考えていましたが、いざふたを開けてみれば、準備した食糧では全く足りず、あわてて追加確保に走りました。最終的に二六〇人の学生が来場したこと、そして、寄せられた学生のコメントがショックでした。バイトが見つからない、バイトはしているが勤務シフトが回復しない、食事を削っている、実家には頼れない、お金がなく正月も実家に帰れない、就職は決まったが引っ越し代の捻出に困っている、などなど。学生の窮状がまだまだ見えていませんでした。

大学がどこまでできるか、すべきかは、様々な意見があるでしょうけれども、学生の置かれている現状について把握を進めながら、正課外も含めたサポート体制の構築が必要だとあらためて思いました。

 

座学と組み合わせ現実を知り、問題の構造に接近

 ──ゼミ生のみなさんは白書づくりに取り組まれてどのような感想や思いをもたれたのでしょうか。

 

もともと私のゼミでは、労働問題や問題の解決策をリアルに学ぶことを追求しています。そして研究でもあるわけですから、調査活動には一定の水準を満たすことが求められます。表面的な「活動主義」に終わってはならず、座学との組み合わせ、文献を読み込むことが不可欠です。座学と現場の往復とでも言いましょうか、この点は強調したいことです。そのなかで彼ら自身のエンパワーメントが期待されるのです。

とくに、アルバイトや学費問題というテーマは、自らに関わる切実な課題として学生たちに受け止められていますが、このコロナ禍で一層そうなったと思います。今回の調査の準備過程でもそのことを感じました。

当初彼らは、日本の生活保障の脆弱さを漠然と捉えていました。また修学支援新制度を普遍的な無償化制度──法案自体が無償化法と呼ばれていました──と勘違いしたり、私費依存の高額の学費負担を前提に考えてしまっている節がありました。しかし、なぜ日本は学費がこれほどまでに高いのか、他の国ではどうなっているのか。縦軸=時間軸と横軸=空間軸を意識しながら学ぶことで認識が変わってきます。

限られた時間の取り組みですから、過大に評価するつもりはありませんが、日本社会が抱えている構造的な問題をよりリアルに、社会現象をより奥深いところから、理解することができたと思います。

キャリア教育やワークルール教育をこえた労働教育実践

ところで、大学はいわゆるキャリア教育の実施機関に位置付けられています。試行錯誤がされているかと思いますが、内定獲得のための支援がなお主流ではないでしょうか。その意味ではそれを超えるワークルール教育の広がりはとても望ましいことだと感じています。もっとも、ワークルール教育にも幅があり、気になるのは、強い個人を想定した個人対応を働く側に求めるような教育内容です。使用者に対し働く者が圧倒的に不利な状況にあることが前提になっていません。

例えば、労働基準法第二六条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、平均賃金の六割以上の支払いが使用者に義務づけられています。その上に今回は特例措置で、学生アルバイトなど雇用保険被保険者以外の分も休業手当の原資が確保され、さらには、それでも手当を会社から受け取れなかった場合の新制度(「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」)まで設けられました。でも、だからといって、これらの情報を得るだけで、手当が不支給だった学生たちが行動できるわけではありません。

私自身は、もう少し広く労働教育の内容が構想されるべきだと思います。とくにいまエッセンシャルワーカーの存在の重要性とその一方での処遇の劣悪さが指摘されています。そういう社会的な分業やそこでの労働条件問題に学生の目を開かせることであるとか、働く者を支える法制度、労働者の権利、あるいは、法制度や権利を実効性あるものにするための集団的な労使関係、労働組合の重要性などを教えていかなければいけないだろうと考えています。

 

見えてきた多くの課題

 ──コロナ禍のこの一年を体験されて、どのようなことが課題になっていると感じていますか。

高等教育無償化、青年期の所得保障という課題

長期の課題でいえば、高等教育の無償化があげられます。新制度の問題は先に述べたとおりですが、所得中間層にとっても日本の学費負担は過大です。後藤道夫氏(都留文科大学名誉教授)の試算によれば、六〇〇万円の世帯年収が確保された世帯でも、大都市で二人の子どもが私大に進学した場合には、親の勤労必要費用や公租公課、子どもの教育費や生活費を除いた残額が生活保護制度による四人世帯の最低生計費(全国平均値)を下回るとのことです。

日本では教育への公的支出に支持が集まりづらいことが指摘されていますので楽観はできませんが、高等教育の社会的役割・意義を掲げながら、受益者ないし家族負担主義を乗り越え、普遍的な無償化制度にどこまで近づけていけるか、財源調達の方法とあわせて争点になるのではないでしょうか。日本社会のあり方を福祉国家に転換させていく大きな柱の一つに教育の分野を位置づける必要があると考えます。

同時に、今回、困窮学生に最大二〇万円が支給されるという「学生支援緊急給付金」が設けられましたが、コロナ禍で切実な課題として認識された、子ども・青年期への生活保障制度が求められます。

また、雇用保険非加入に象徴されるとおり、学生は失業しても困らない層として考えられてきました。労働政策上の対象として認識されてこなかったわけです。認識を改め、何らかの対応が必要になると思います。

高等教育政策の転換と、教員と学生による大学づくり

もっとも学生支援という点で様々な役割が期待される大学は今、危うい状況にあります。一連の大学改革と財政の締め付けで教育と研究の基盤は揺らいでいます、国立大は運営費交付金を削減され、私学は助成が増えず授業料収入に依存した財政構造です。遠隔授業の実施にあたり、受講生一人一人にたいする細やかな対応を文科省から求められましたが、マスプロ教育で数百人単位の授業が珍しくない状況ですから、それは現実的ではありません。日本のこうした高等教育政策の転換も必要でしょう。

もちろん嘆いてばかりいられません。コロナ禍で相次いだ学生からの厳しい指摘は、授業実践や大学づくりという面で組織的な対応、FD(Faculty Development)を我々大学人に迫っていると前向きに受け止めたいと思います。

その際に、大学づくりへの学生参加が重要だとコロナ禍を経験してあらためて思いました。学生へのニーズ調査や実態調査などが各大学で実践されていますが、ともすれば、学生を顧客・客体ととらえてしまっていないでしょうか。

学生たちの集団的な利害、要求が学生自身によって取りまとめられ、大学側は、誠実交渉義務を負う──私はつい労働法制でいう集団的労使関係・交渉をイメージしてしまうのですが、こうした利害関係の調整機会が必要ではないでしょうか。就職する若者に、労働者の権利や労働組合の重要性は説かれても、その前段階である学校で、彼らのエンパワーメントの機会が確保されていないのではないか、と自戒を込めて思います。

今回の調査の結果でも、遠隔授業が中心であったことにたいして授業料負担が例年通りであったことについて「非常に納得ができない」「納得ができない」と四人に三人が答えています。また、学費軽減を求める学生たちの動きにたいして「賛同する」は八五%近くに上っていますし、学費問題を学習する機会が学内であれば参加するだろうと五割の人が答えています。こうした声に大学人はどうこたえるのか。鋭く問われています。

 

大学職場・雇用はディーセントか

──財政難を背景に大学も雇用の非正規化が進んでいますが、大学づくりを進める上でも改善が必要ではないでしょうか。

不十分だった専業非常勤講師へのサポート

おっしゃるとおりで、この点を労働研究者として一言ふれておきたいと思います。今回も例えば、本務校をもたない専業で働く非常勤講師の苦労がありました。非常勤講師のなかで彼ら専業者の人数は相当に及ぶと感じていますが、遠隔授業への移行で苦労したのは専任教員も非常勤講師も同じであるにもかかわらず、彼らへのサポートは輪をかけて抜け落ちていました。遠隔授業対応で金銭的なサポートがあったという話は聞いておりません。もともと授業時間以外が考慮されておらず、平時からその低賃金──例えば仮に一コマ三万円とすると、月五コマで一五万円、年二〇〇万円に満たない状況──が問題になっていましたが、コロナ禍による苦労が上乗せされても、改善なしです。

安定雇用、均等待遇の実現に取り組めているか

でもじつは、非正規労働者の雇用安定、待遇改善で法制度は動き始めているのです。

仕事が恒常的であるにもかかわらず、半年、一年など期間を定めて雇われ、更新が繰り返される、いわゆる有期雇用の濫用問題に、二〇一二年の労働契約法改定で救済の道が開かれました。同法第一八条を根拠とした、有期雇用から無期雇用への転換です。ところが、無期雇用となるのに必要な五年超という条件をクリアさせぬようその前に雇い止めして別の人を雇ったり、勤続をゼロにリセットして一定期間後に雇い直す脱法行為が、今この瞬間にも全国の著名大学で横行しています。笑えないのは、労働者をぞんざいに扱うそういった大学がSDGs(SustainableDevelopment Goals=持続可能な開発目標)を看板にした教育プログラムや実践を掲げていることです。

あるいは、非正規雇用者の不合理な賃金格差訴訟に対して最高裁判決が相次ぎました。労契法第二〇条を根拠とした不合理な格差是正の裁判です。諸手当の支給は認められたものの、一時金や退職金の不支給を合理的とみなす問題ある判決でした。

もっとも、先の専業非常勤講師を含め、不合理な格差の下で働く非正規雇用者は大学職場に多いわけですが、そもそも、そういった問題への関心は大学業界とりわけ専任・正規雇用の大学人の間で十分と言えるでしょうか。二〇二〇年度から施行されたパートタイム・有期雇用労働法という追い風は果たして活かされているでしょうか。

教育条件も研究条件も広義の労働条件であるとも言えることからみれば、その是正ないし改善は、働く者たちの手によってでしか実現はできません。コロナ禍は大学人にその当たり前の事実をあらためて突きつけていると言えないでしょうか。

 

 

(参考文献)

大内裕和(二〇一七)『奨学金が日本を滅ぼす』朝日新聞出版

小林雅之(二〇一九)「大学無償化法の何が問題か─特異で曖昧な制度設計」『世界』第九二三号(二〇一九年八月号)

世取山洋介・福祉国家構想研究会(二〇一二)『公教育の無償性を実現する──教育財政法の再構築』大月書店

 

 

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