是村高市「印刷出版関連産業の動向と公契約条例の進捗状況」

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』第830号(2023年1月号)に掲載予定の、是村高市さん(全印総連顧問)による論文です。編集部の了解を得て先行配信します。お読みください。

 

 

◆コロナ禍、構造不況、不安定な政治状況、旧統一協会問題、ウクライナ情勢 等々、展望をどう切り拓くか

2020 年に始まった新型コロナウィルスのパンデミックは、2023 年になっても収束する気配はない。当初に比べて、ワクチン接種の広がりや科学的知見によって、過度に恐れる必要はなくなったが、インフルエンザや風邪とはまったく違う感染力の強いウィルスであり、まだ特効薬が開発されていないので、特段の感染対策が必要なのは言を待たない。いまだに「陰謀論者」のコロナはただの風邪、ワクチンは人口削減の殺人ワクチンなどとSNS などで発信している人を見聞するとこの「陰謀論」にとりつかれてしまった人は、今世間を騒がせている反社会的カルト団体の旧統一協会との共通性を見てしまうのは筆者だけだろうか。

コロナ禍は日本の経済活動にとてつもない悪影響を与え、ロシアによるウクライナ侵略や円安、物価高、長引く日本の経済不振、世界に比して構造的な低賃金構造と人手不足など、印刷関連産業への影響も甚大になっている。

世界での日本のランキングをみると、惨憺たる順位だ。GDP は193 カ国中3 位だが、一人当たりのGDP では27 位、OECD 加盟国34 カ国中でみると、最低賃金は11 位、男女賃金格差はワースト2 位、ハラスメントの有無はワースト3位、労働時間と平均賃金は22 位、有給取得率はワースト1 位、ジェンダー平等は153カ国中121 位、報道の自由度は180 カ国中 67位等々、この実態を直視しないと将来の展望をどこに見出し、切り拓いていくのか、曖昧なままになってしまう。

 

◆コロナ禍前の印刷産業の動向

経産省の2019 年度工業統計によると、従業員100 人以上の印刷業の生産金額は約4.8 兆円(前年比0.4%減)と年々下落している。印刷種目別では、商業印刷と出版印刷で5 割以上を占め,その他、事務用印刷と包装印刷と続いている。(グラフ参照)

印刷産業の市場規模を見るときには経産省の「工業統計」が引用されるが、年に1 度の工業統計調査に対して、毎月の「印刷統計」では製品別・印刷方式別の生産金額を知ることができる。

「工業統計」2019 年調査は、2020 年2 月28日公表の速報版に続いて、産業別統計表〔概要版〕が公表された。これは2018 年実績だが、「経済産業省生産動態統計」2019 年の年報には、2019 年1 ~ 12 月の「印刷統計」を集計した2019 年実績が掲載されている。

工業統計の出荷額4.8 兆円に対して、印刷統計の2019 年の年計では生産金額は3703 億8700 万円だ。この差はなぜかというと、印刷統計は100 人以上の印刷業を対象とした標本調査で、印刷前工程(企画・編集・製版など)と印刷後工程(製本・加工など)、用紙代などを除いた、印刷工程の生産金額に限定された数字だからだ。

印刷製品別生産金額の構成比を見ると、前述のように商業印刷と出版印刷で5 割以上を占めている。印刷方式別ではオフセット印刷が圧倒的だが、その他の印刷方式(デジタル印刷など)が毎年微増している。

「印刷統計」の2004 年調査開始の製品別シェアを見ると、この15 年間で大きく減少したのは出版印刷の30%から16.3%で、次が証券印刷の2%から1.3%だ。包装印刷は逆に13%から22.3%へと大きくシェアを伸ばし、建装材印刷も3.2%から4.7%と増加している。出版印刷は、長期化する出版不況が原因、証券印刷は電子化が原因だ。包装材や建装材印刷は、包装やパッケージ、住宅の壁紙などを反映した多様化を反映した数字だ。

また、同じく2004 年調査開始の印刷方式別シェアを見ると、オフセット印刷は2011 年までは70%を超えていが、2019 年は65.8%となっている。その他の印刷(デジタル印刷など)は逆に3.9%から6.8%と着実に増加している。

 

◆コロナ禍(2021-2022 年)の印刷産業の動向と現状

経済産業省の生産動態統計によると、2021年の印刷の生産金額は前年比1.0%増の3500億円。印刷種別では「出版印刷」が前年比5.7%減、「商業印刷」は1.8%増、「包装印刷」は3.0%の増加だった。

印刷は主に書籍や雑誌の「出版印刷」、チラシやカタログ、ポスターなどの「商業印刷」、商品を包装する「包装印刷」に大別される。規模的には「商業印刷」が最も大きく、「包装」、「出版」と続く。近年、書籍などのメディアのデジタル化に伴い、紙媒体の需要は減少し、企業による広告宣伝費の減少も加わり、特に「出版印刷」と「商業印刷」の市場は縮小している。世界的なインフレ傾向から、印刷用紙の価格上昇もあり、中小・零細企業では出版印刷や商業印刷から撤退する企業も出ている。

ちなみに筆者の地域で配布されている無料のタウン誌も、雑誌形態からタブロイド判になり、かなりの減頁になってしまった。

紙媒体の需要減少が進む中、印刷業界では、印刷以外の新たな分野で成長しようと規模を問わず各社の様々な模索が始まっている。

凸版印刷と大日本印刷の大手2 社は印刷技術を応用した事業の多角化を早期に始めていたが、非印刷分野にも力を入れている。電子ブックなどのデジタルコンテツの販売や企画、パッケージや包装事業、液晶や半導体、自動車分野、5G 関連事業など幅広く展開し、近年はVR やAR 向けのコンテンツ作成に取り組でいる。

その他の大手2 社以外の印刷企業も同じ様な動きを見せており、新たな事業展開をしており、広告代理店事業や販促物の企画や運営、事業成果の分析なども行っている。一般印刷から電子関連の部材生産、特殊印刷やタッチパネル製品、半導体用マスクの生産なども行っている。

一方で中堅、中小印刷会社は得意分野に重点を置いて対応せざるを得ず、パッケージやダイレクトメールなどの商業印刷に特化し、印刷から発送までワンストップで請け負うなど大手の手が届かない分野に集中し、新たな顧客獲得に奔走している。

デジタル化、ペーパレス化は構造的な時代の要請だが、印刷産業全体にとっては、厳しい局面は続き、スクラップ&ビルドは続いている。

一方、大手の凸版印刷や大日本印刷は、「IoT(Internet of Things -モノをインターネットでつなぐこと )」、「AI(Artificial Intelligence -人工知能)」分野を強化し、海外進出も加速させている。近年IT 化が進みデジタル関連の市場は急速に拡大しているが、大手印刷は、ビックデータや「IoT」、「AI」などのデジタル分野の事業拡大を加速させている。

凸版印刷は「IoT」機能を備えた住宅建材を開発、AI 活用の「多言語音声翻訳機」を企業に提供し、飲食店のサービス向上や新薬開発に取り組んでいる。また、大日本印刷はAI を活用した雑誌の紙面レイアウトの自動生成、銀行や専門性を有する企業へのプラットフォームの提供などを行っている。人手不足に対応したサービスの提供を行っており、作業効率向上や利便性の向上など省人化に取り組んでいる。

凸版印刷と大日本印刷の2 社はアジアを中心とした海外にも販路を広げており、凸版ではアジアやアメリカ、ヨーロッパ、南米や中東に進出し、香港、タイ、シンガポールなどに拠点を持っている。今後は、高成長を見込めるインドネシアやベトナム、ミャンマーなどで事業拡大を図り、2019 年6 月にはタイに現地法人を設立し、ASEAN 諸国のデジタル化支援を展開し始めている。

一方、大日本は中国やシンガポール、ベトナムなどのアジア、オーストラリア、アメリカ、デンマークやフランスなどのヨーロッパでの展開を進め、経済成長が著しいアジア地域での事業拡大を目指しており、特に東南アジアでの包装印刷事業やIC カード事業を強化する予定がある。

 

◆最近の出版産業、新聞産業の動向

印刷産業の主要な得意先である出版と新聞の実態はどうなっているだろうか。

出版産業の調査・研究機関である出版科学研究所は、2021 年(1 ~ 12 月期累計)の出版市場規模を発表している。それによると、紙媒体と電子書籍を合計した推定販売金額は、前年比3.6%増の1 兆6742 億円と3 年連続でプラスとなった。電子出版が同18.6%増と引き続き拡大し、書籍も同2.1%増と15 年ぶりに増加した。

調査結果によると、21 年の紙の出版物(書籍・雑誌合計)の推定販売金額は、前年比1.3%減の1 兆2080 億円。書籍が同2.1%増の6804 億円、雑誌が同5.4%減の5276 億円。書籍が増加したが、雑誌は依然低調で印刷をする紙の出版物は減少している。

電子出版は、前年比18.6%増の4662 億円と大幅に増加した。電子コミックが同20.3%増の4114 億円、電子書籍が同12.0%増の449 億円、電子雑誌が同10.1%減の99 億円となった。電子出版でも雑誌が低迷し、コミックと書籍が増加している。出版印刷の低迷を表している。

2021 年度の日本新聞協会の調査では、一般商業紙の総発行部数が3000 万部割れ寸前までの部数になったことが明らかになった。1966年には3000 万部台に乗り、その後は1990 年代末の5000 万部超まで拡大したが、その後の部数は下降を続け、一般商業紙は3000 万部台を割り込むことが確実になっている。高度経済成長以前の水準にまで部数が下落するのも時間の問題になっている。しかも、これはいわゆる「押し紙」を含めた部数なので、実際の実部数はもっと少ない。

スポーツ紙を除く一般の日刊紙97 紙の総発行部数は、前年比5.5%(179 万7643 部)減の3065 万7153 部。20 年前の2001 年には4700 万部、10 年前の2011 年には4400 万部だったが、今は3000 万部割れ目前にある。

コロナ禍で人々が正確な情報を欲し、それが新聞離れに一定の歯止めになったのではないかと言われているが、前年2020 年10 月時点のデータと比べると、減少の速度は鈍化している。スポーツ紙も含めた1 年前の発行部数は3509万1944 部。2019 年との比較では7.2%減で、その減少幅は過去最大だったので、それに比して減少部数は少なかったが、総体として新聞部数の減少は歯止めがかからない。

書籍と新聞の活字離れは、留まるところを知らない。筆者も、三紙購読していた新聞を一紙にしたし、前よりも本を読まなくなった。無料のLINE 新聞は、四紙ほど読んでいるが、印刷産業には寄与していない。本を読もう、新聞を読もうと言い続けてきた立場上、情けない現実が目の前にある。筆者のような年代でも情報をネットから得ている実態があるのだから、若い世代は言を待たず当然のことだろう。

 

◆公契約条例の広がりと課題

公契約条例の制定状況を何度もこの『印刷界』に執筆してきたが、全国的に少しずつ制定されてはいるが、まだまだの感を拭うことはできない。2022 年に制定されたのは、労働報酬の下限額、いわゆる賃金条項を持つ公契約条例は、東京都中野区と北区の自治体だけだった。また、賃金条項を持たない公契約条例は、2021 年が岐阜県飛騨市、東京都葛飾区、静岡県、愛知県瀬戸市、青森県おいらせ町、愛知県日進市、愛知県長久手市、滋賀県、愛知県幸田町、愛知県豊田市、2022 年になってからは、愛知県知立市、熊本県で制定されている。

面白いのは、愛知県で6 市が続けて制定されているが、自治体が最寄りの自治体の動向を調査し研究している、平たく言うと「気にしている」のがうかがわれる。

筆者が住む静岡県でも賃金条項を持たない公契約条例が2021 年に制定された。以下、北海学園大学の川村雅則教授が主催する「北海道労働情報NAVE」(https://roudou-navi.org/)「静岡県公契約条例の考察」を投稿しているので引用する。

公約条例の概要

静岡県に公契約条例(事業者等を守り育てる静岡県公契約条例)が公布施行されたのは、2021 年3 月26 日だった。全国の都道府県では、8 番目の制定になる。その前文では「入札の不調やダンピング発生の恐れがあり、公共サービスの品質を確保する」「人手不足の深刻化で静岡県の産業を支える人材の確保が急務」「働き方や生活様式の多様化により、働きやすい職場環境の整備が必要」の3 点を挙げている。

条例の目的は、1. 公共サービスの質の向上 2. 労働環境の整備 3. 優良な事業者等の応援の3 点が挙げられている。また、条例の対象は、建設工事、工事に関わる業務委託、その他の業務委託、物品購入等、金額や分野に関わらず県が支払いをすべき契約としている。契約金額の下限がなく、物品購入も含まれているのが特徴だ。しかし、労働報酬の下限額を規定した賃金条項はなく、今後の課題になっている。

制定までの経過

2021 年3 月17 日、各会派からなる「静岡県議会公契約条例案検討委員会」での検討を重ねた結果、議員提案により「事業者等を守り育てる静岡県公契約条例」が制定され、3 月26 日に公布・施行された。

条例制定を推進してきた静岡自治労連や静岡県評は、2016 年9 月25 日、「静岡県に公契約条例を!シンポジューム」を開催した。参加者は、自治体関係・契約担当職員をはじめ、国交省職員、建設関係などの労働者・労働組合など100 人が参加した。シンポジュームの内容はこうだ。

実行委員会の代表である静岡県弁護士会の丹羽弁護士は挨拶で「公契約条例とは、公の事業や施設に従事する労働者へ、最低賃金を超える額の賃金を支給させ、実際に手元に届けさせる規定をつくるもの」「ワーキングプアや公共サービスによる死亡事故などをなくすためにも、条例に対する理解を深めていこう」と語り、記念講演を行った根本崇野田前市長は概要次のような講演を行った。

「野田市では、公共工事を行う労働者の賃金は10 年間で3 割減、就業者も減少して後継者難となり、工事の質が保障できなくなり、業務委託・指定管理者制度は、低価格落札が繰り返され、官製ワーキングプアや公共サービスの質の低下を招いた。このような中、労働組合から公契約条例制定の要請があった」と条例制定までの背景を語った。

また、野田市の公契約条例の特徴については、「賃金に特化したもの」とし「公共工事については、設計労務単価(公共工事に従事する労働者の最低賃金)の85%以上とし、業務委託・指定管理については、用務員の初任給相当額(地域手当含む)とした。しかし、業務委託については、この金額でヒットしたのは清掃業務だけだった。そこで、2016 年度から保育士、看護師、介護支援専門員など職種別賃金を作成した」と報告、教訓として「一本価格の賃金設定だと多くの業種で空振りとなり、何の意味も持たなくなる」と教訓を語った。

さらに「野田市では、条例制定の4 月1 日、電話交換がまったく機能しなくなった。落札価格が毎回下げられ、業者が人件費削減を行い、職員が全員辞めた。職員総入れ替えの結果、機能ストップとなった」とし、公契約の大きな課題として雇用継承の必要性が語られた。野田市では、その後、公契約に継続雇用の努力義務を規定し、長期継続契約の締結が義務付けられた。

そして最後に「自治体が条例をつくる際は、最低賃金だけを守ればいいのではなく、労働者の仕事や生活に見合った賃金を職種毎に定めていかなければならない」と、労働報酬の下限額を決めた賃金条項の規定の重要性を強調した。

この後、日本大学商学部の永山元教授をコーディネーターに、パネルディスカッションが行われた。はじめに永山先生から「公契約条例とは、自治体が労働組合や労働法規に代わって何かひと肌脱ぐというものでない。労働条件、事業者の経営改善、公共事業を受け取る側のサービスなど、あらゆる課題を利害当事者との間で考えなくてはならない。その意味では、出来てからが本番」と問題提起があり、各パネリストが報告を行った。

各パネラーの報告の概要は、次のとおりである。

静岡英和学院大学短期大学部の児玉准教授は、「適正な指定管理者制度を考える研究会」の「指定管理者アンケート」を使い、「指定管理者制度の下では業者が指定を取れなかった場合、正規職員の3 分の1、非正規職員の半分が解雇となる。指定管理料について多くの事業主が適正ではないと答えており、その結果人件費が削減され、官製ワーキングプアにつながっている」と問題を明らかにした。

札幌弁護士会の渡辺弁護士は、2013 年に市議会で公契約条例が一票差で否決された経緯を説明し、「条例制定については、自治体の労働組合がどこまで本気だったかという問題がある。自治体職員から見れば仕事が増えるという思いがあるのだろうが、官製ワーキングプアの問題を考えた場合、労働組合として条例制定をめざすことは必要ではないか」と激励を含めた報告がされた。

国交省労組の山田中央執行委員は、国による「公契約法」制定運動を紹介しながら、「厚労省、国交省と交渉しているが、最低賃金法とダブルスタンダードになることを嫌がっている。しかし、最低賃金額は高卒19 歳単身者が基準となっており、これでは生活できない」とし、生計費原則が語られた。また、「静岡県の特殊作業員の設計労務単価は20,700 円、年収440 万円にしかならない。東京オリンピックやリニア新幹線建設を考えたら、建設労働者は首都圏へ流れてしまう」と人口流出問題も含めた問題提起をした。

最後に、林副実行委員長が「静岡県は、最低賃金でも公契約条例でも空白地帯となっている。県は、総合評価方式をいち早く取り入れ評価するが、実際に適正な賃金が労働者まで届いているかが大事だ。今日のシンポジュームを契機に、一日も早く静岡県に公契約条例を作っていきたい」と意気込みを語った。

沼津市の公契約条例制定の現状

筆者が住む沼津市の連合系労組出身市議で作る市民クラブの梶市議(東芝機械労組出身)は、2012 年12 月に公契約条例について、①現状認識と課題、②条例制定の必要性、の2 点について質問したが、沼津市の考えは、条例制定に後ろ向きな各自治体同様、以下のような答弁だった。

「①景気の低迷や公共事業の削減等に伴う競争の激化などにより、契約額の低価格化が進んでいると言われており、その結果、受注先企業の経営や雇用の悪化、労働者の賃金・労働条件の低下につながっているとの指摘もある。一方で、公契約に基づき実施される事務事業は、地域活性化や住民福祉の向上等のために行うもので、実施に当たり、最少の経費で最大の効果を上げることが求められる。本市では、業務委託先や指定管理者をプロポーザル方式により選定することや、建設工事における入札制度において、最低制限価格や低入札価格調査などの制度を運用することにより、適正な契約の確保に努めている。

②沼津市においては、公契約条例で定めようとする内容は、労働基準法や最低賃金法などとあわせて国が法律を整備して取り組むべき問題であると考えており、引き続き、国や他自治体の動向を注視していく」

筆者は今まで公契約条例制定のための自治体交渉や懇談をしてきたが、沼津市でも公契約条例の制定に対しては、前向きな姿勢ではない。入札制度を改善しているから現状でよい、労働報酬の下限額を規定した賃金条項に対しては、国が取り組むべき課題、として公契約条例制定には消極的である。運動がないと前には進まない典型的な教訓である。

ところで、旧統一協会の様々な問題が噴出しているが、この反社会的カルト団体が、各自治体に対して「家庭教育支援条例」の制定、あるいは国に対して「家庭教育支援法」の法制化について、様々な運動や陳情を行っていた。

静岡県にもこの「家庭教育支援条例」が制定されているが、どのような運動や陳情があったのか、旧統一協会と関りがあるのか、まったく無知だが、運動や陳情がないと首長提案であれ、議員提案であれ、中々条例が制定されることはない。

公契約条例の制定は、税金を使って行う公契約の適正化、公正化が目的だ。したがって、請け負う業者もそこで働く労働者もその自治体住民もすべてが係わる条例であるので、息の長い草の根運動が必要だと改めて考えている。

2022 年8 月8 日、愛知県労働組合総連合と東海自治体問題研究所が主催をし、中日新聞社などが後援をした「公契約条例セミナー」が開催され、リモートで参加する機会があった。

講演は、東京都世田谷区の保坂展人区長の「世田谷区の公契約条例について」と元日本大学教授で世田谷区公契約適正化委員会副会長と労働報酬専門部会長の永山利和先生の「公契約条例が切り開いてきた公共調達改善効果と今後の課題」の二つ、いずれも重要な指摘があり、今後の公契約適正化運動と公契約条例制定のための指針となる講演だった。

世田谷区は、公契約条例に官公需印刷物を初めて適用した自治体で、全印総連の運動が実った形になったが、これは長年全印総連の公契約適正化運動に関わり、ともに運動してきた永山利和先生の尽力が大だ。このセミナーで筆者は保坂区長に「なぜ、世田谷区では官公需印刷物を公契約条例の適用にしたのか」と質問をしたが、区長はいみじくも「永山先生に聞いた方が良い」と応えた。それほど影響力があったということだろう。

全国各地でこのような公契約適正化運動と公契約条例制定の運動が、頻繁に行われることを期待したい。

公契約条例制定一覧表は(財)地方自治研究機構から引用〔一覧表は省略。リンク先を参照〕

 

◆佐久間貞一が目指した印刷・出版・新聞関連産業

『印刷界』に「佐久間貞一の生涯」を連載していた矢作勝美先生が逝って2年が経つ。『印刷界』で何度か鼎談をさせて戴いたが、大日本印刷の前身、秀英舎の創業者、佐久間貞一を知るにつけ、印刷産業には素晴らしい先駆者がいる事に心躍ったことを覚えている。

佐久間は、印刷会社の創業だけではなく、「教会新聞」の発行、出版社・大日本図書の創業など、活字に関わる印刷・出版・新聞を手掛け、また、幕臣にもかかわらず、自由民権運動の志士以上に社会・労働問題にも取り組んでいった。「職工組合の必要」や「工場法(今でいう、労働基準法)の必要」を説き、8 時間労働時間制を実践していった。片山潜をして「日本のロバート・オーウェン」と言わしめ、日露戦争に対する非戦論に先駆け、日清戦争にも苦言を呈している。こういう人物が、大日本印刷の前身、秀英舎の創業者だったことに驚きを感じる。

佐久間貞一は、もっと再評価されて欲しい、近代日本の偉人だと思う。矢作先生は、佐久間貞一再評価の先駆者でもある。矢作先生死後、奥様が自費出版した「佐久間貞一-内需拡大と循環型経済に向けて」は、日本経済が疲弊し、新資本主義と称した軍拡路線と国民に新たな負担を求める国の在り方のアンチテーゼの遺作だ。

 

今また、この矢作先生の遺作(写真㊧上〔左〕)と「佐久間貞一全集」(写真㊧下〔右〕)を読み返している。それにしても、経営者である佐久間貞一が逝去したとき労働組合期成会の機関紙「労働世界」(写真下)が死を悼み特集を組んだことに驚きと労働者の懐の広さに驚きを禁じ得ない。労使を問わず印刷出版に携わる多くの人に佐久間貞一の存在をもっと広げていきたい。

 

 

 

是村高市さんの配信記事

川村雅則「公契約条例の制定で自治体を変える」

 

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