コロナ下で「発見」されたエッセンシャルワーカーのように、社会を維持するのに不可欠な仕事に従事する人たちがいます。しかしながら、仕事の有用性や仕事の楽しさの一方で、働き続けるには厳しい条件に彼らはおかれています。仕事の楽しさ、一方での仕事をめぐる困難やその背景、そして、そのような困難をみんなの力で解決しようと取り組む労働組合の姿を、道労連に加盟する各産業の労働組合からレポートしてもらいます。本レポートは、中川喜征さん(福祉保育労道本部)によるものです。どうぞお読みください。
福祉・保育職場で働きたいと思っているあなたへ
「あこがれていた保育士になれたけど、仲間はすぐ辞めていく、万年人手不足で、なりたい仕事では、なくなっている」──福祉保育労働組合北海道地本の大会で代議員から発言された言葉です。
それでも、「小学生が将来なりたい職業ランキング」女子児童(日本FP協会)などアンケートでは常に上位にランキングされています。
子どもと共に成長したい、人の役に立ちたいなど、希望を胸に国家資格をとったのに、夢を叶えたはずが、およそ7割の人が仕事を辞めたいと思ったことがある回答しています。(福祉保育労22春闘「福祉職場で働くみんなのアンケート」より)
保育士・介護福祉士として、福祉職場で働いた経験と、現在労働組合専従役員からみた、私の視点でエッセンシャルワーカー、ケア労働者と呼ばれる仕事の魅力と問題点、現状を語っていきたいと思います。
人生にかかわる、大切な仕事
福祉・保育職場で働く方々がこの仕事に就いた理由を尋ねると、「子どもの笑顔が好きだから」「人の役に立ちたい」「学生時代のボランティアがきっかけ」など、子どもやお年寄り、障がいを持った方などとのかかわりが関係していると感じます。
中には保育園を卒園してからも、数年に一度、挨拶に来てくれたり、自分が卒園した保育園に入職し、組合に加入してくれる組合員もおり、経験による影響の大きさを感じます。
私自身も子どもが楽しそうにしていることが嬉しかったり、看護師だった母の影響もあり、この仕事に進んだことが思い出されます。
子どもの成長に関われたり、健康の維持や生活を支える大切な仕事の中で、人とのかかわりで喜びや悲しみを共有でき、時には怒られたり、過大に感謝されたりと、人と関わるコミュニケーション労働が魅力の一つと考えます。
これまでできなかったことができるようになる、子どもの成長を感じることができた瞬間に関われたことを、この上ない喜びと感じることができるのも、専門職としての特徴といえると思います。
私の経験からお話しすると、ヘルパーとして働いていた際には「俺の看取りはあなたがしてくれ」と言われたり、障がい者支援員時、保護者の方から「先生しか頼れる人がいない、息子のことを一番理解してくれている、息子を頼みます」と言われたこと、「中川さんみたいな保育士になりたい。」ことなど忘れられない言葉や経験がいくつもあります。
多くの職種がある中で、パーソナルスペースを侵害し、必要最低限の身体接触が認められ、肉体労働・頭脳労働・感情労働のすべてが当てはまる、稀有な労働といえると思います。
そんな素敵で貴重な役割を担った仕事なのに、万年人手不足、毎年のように職場を離れていくのは様々な要因があると考えます。
3Kは死語、責任感のみで続けるケア労働者
福祉の職場は「キツイ・キタナイ・キケン」3Kと呼ばれる仕事といわれていました。
実際体力は使うし、保護者との関係に苦労することも多く、排泄介助や保育の中で汚れることもあり、感染リスクや利用者さんからのハラスメントも少なくありません
そればかりか「給料安い・規則が厳しい・休暇が取れない」などの問題点もあわせた、看護師の状況をあらわした9K(92年新語・流行語大賞)は、福祉職場でも同様に言われています。
こういった過酷な労働実態の上、全産業平均よりも約8万円も安い賃金が、万年人手不足の大きな要因になって言えると思います。
言い換えれば、やりがいと、責任感のみで働き続けている労働者の犠牲のもとに成り立っているといっても過言ではありません。
人手不足の過酷さを表す事例として、「子どもができてすいません」と保育士が夫婦そろって謝罪したという新聞投稿や、当組合に寄せられた労働相談でも、「人がいなく、ワンオペで夜勤に入っており半年休みがない、利用者さんを守るためには仕方がないが、体がもたない、夜勤明けで今日は相談にきた」という事例からも、深刻な人手不足の様子が容易に伺えます。
福祉の商品化の旗振り役「介護保険」
なぜ、このような実態が現在も放置されているのかを考えると、社会福祉に対する国の基本的な考え方に大きな問題があると感じています。
本来憲法が保障しているはずの国民の福祉や生存権がないがしろにされ、家事労働の延長と位置付け、自己責任論によるプロパガンダが大きく影響していると思われます。
そのトップランナーが介護保険制度ということができると思います。
2000年にできた介護保険以前は、子育てや介護を担ってきたのは主に女性(妻や母当)であった中、「介護の社会化」を謳い、それらを解放した介護保険の役割は一定評価できるものの、市場化による国の責任の放棄に始まり、時を重ねるにつれ、福祉の商品化に介護保険を利用し、権利としての社会保障が商品として、福祉サービスを買う形へと変貌してきました。
度重なる制度変更により、これまで使えていたサービスが抑制され、介護度の見直しや利用制限が行われました。「やらずぼったくり」の介護保険を軸に、福祉や保育にも市場化が進められ、財源を消費税と紐づけし国民負担を強いるシステム作りにより、国庫負担を削減、賃金は労働者と使用者の合意によって決めるものとされ、ケア労働者に十分な賃金があたるような報酬や公定価格になっていないという現状があります。
労働組合だからこそできること
そんな現状でも、労働組合の仲間が声を上げ続け、署名やアンケートを集めて厚生労働省との交渉で現状を訴え、街頭宣伝や記者会見など社会に訴え続けることで、2009年に介護従事者の処遇改善のための処遇改善交付金制度を実現させました。
これは、職場にある労働組合だけでは実現できない要求を、全国の労働組合の仲間と、地域や職種を超えて協力し合うことで実現できた内容であると確信を持っています。
私たち福祉保育労北海道地方本部は、全国にある地方本部と連携し、また、道労連をはじめとする、各地域の労働組合が力を合わせる県労連・地域労連や、医療労働者や建設労働者の方々が加入する労働組合など多種多様な労働組合が結集する、全労連という全国組織に加入して、国に対する制度改善や、労働法規、国民の願いをかなえるための運動を広げています。
働き続ける職場づくりを
労働組合はすべての労働者の願いを実現するために存在しています。だからこそ、全国の仲間と力を合わせて、職種・地域・正規非正規・民間公務などの立場の違いをこえて協力しています。
要求を実現するために、国に求めること、地域に求めること、業界に求めることなど、願いに合わせて、計画を練って交渉や宣伝、時にはストライキなどを活用して、要求を前進させて行きます。
それぞれ課題はあるものの、仲間を増やしながら、学習し、すべての労働者の願いをかなえていくことを方針にしながら活動しています。
残念ながら福祉職場の中には労働基準法を守らない、労働者の善意に漬け込んで、違法行為を繰り返す職場も少なくないのが現状です。労働組合があれば、国の制度政策だけでなく、職場のルール作りや、労働者の権利を行使することができます。
せっかくある制度も正しく使えなければ意味はありません、職場の番人としての役割も労働組合の仕事の一つであり、法律を上回るルール作りも可能になります。
おわりに──福祉保育労の実績と想いを
私の経験上ですが、多くの労働者と接してきた中で、福祉労働者は気持ちの優しい人が多く、誰かの為にという思いも強いため、専門職としての努力を惜しまない分、労働者としての権利を我慢する傾向にあると感じます。
前述の半年休みがなかった労働相談の方もそうだったように、利用者さんを守るため自己犠牲によって生活を支えてきた例といえます。
しかしこの方のケースで組合は、労働基準法を根拠に、事実関係を明らかにして、訴訟によっておよそ150万円の解決金を勝ち取りました。まずは労働者の権利を正しく知り、違法行為を見逃さず、我慢せず、声を上げることが必要です。一人では難しくても組合として要求をし、団体交渉(法人や会社等との交渉)などで要求を実現することは可能です。
ある保育園の職場では、更年期の体調管理を目的として、法律にはない『更年期休暇』を新設させました。ある障がい者支援施設では、法律では5年で有期雇用が無期雇用になるところを3年に短縮させて、さらに正規職員への登用も法人と約束させています。他にも介護職場でも労働基準法を上回る年休繰り越しを勝ち取るなど、多くの願いを実現させています。
よい職場環境はそこを利用する当事者の方々とその家族にもよい影響が及ぶと感じます。
福祉・保育職場で働いている方々や働き続けたいと思っている方々が声を上げることで、自分だけでなく、周りも豊かになる、人にやさしい社会づくりや制度政策につながる、そういった思いを実現するのも労働組合の役割だと感じています。
エッセンシャルワーカーとひとくくりにカテゴライズされるだけでなく、国の責任を通じて、憲法で保障された権利としての社会保障を、労働者としてのあたまえの権利と社会的地位の向上を、一緒に実現出来たらと願っています。
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