NPO法人いのちと健康をまもる北海道センターが発行する『にゅーす』第469号(2024年1月1日号)への寄稿です。紙幅の都合で寄稿では割愛した情報などもここでは掲載しています。どうぞお読みください。
労働時間規制に関する2024年問題と私たちの課題
川村雅則(北海学園大学教授、副理事長)
働き方改革による時間外労働の上限規制の適用が猶予されていた建設・自動車運転・医師などの業務で猶予期間が終了します。
この労働時間の規制強化に、人手不足の影響もあいまって、工事の遅れ/ヒトやモノの移動の停滞/医療の受診の困難など、工事やサービスの供給が需要に追いつかなくなることが懸念されています。
不十分な時間規制さえ適用が猶予
しかしながらまず問われるべきは、適用の猶予というかたちで、一般とは異なる労働時間ルールが彼らには課されてきたことです。経済、社会を維持するために犠牲を余儀なくされてきたそのことこそが問われるべきでしょう。
そもそも、特別条項付の36協定さえ結べば青天井で労働者を働かせることが可能であったのに対して罰則付の時間外労働の上限規制が働き方改革で設けられました。しかしその内容はといえば、1か月で100時間未満・複数か月で平均80時間未満の時間外・休日労働を、年間では、720時間までの時間外労働を、容認するものでした。いわゆる過労死ラインに匹敵する長さです。過労死を法で認めるのかと、法案審議の際に家族の会の皆さんを中心に抗議の声が上がったのはもっともなことでした。2024年問題とは、そうした不十分な規制さえも5年の適用を猶予されてきたことの、ようやくの終了を意味するわけです。
もっとも、では一般労働者と同じルールが適用されるのかと言えばそうではありません。
なお残る一般との規制格差
表 各事業・業務における猶予期間終了後の取扱い(2024年4月以降)
工作物の建設の事業 | 災害時における復旧及び復興の事業を除き、上限規制がすべて適用されます。 災害時における復旧及び復興の事業には、時間外労働と休日労働の合計について、月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内とする規制は適用されません。 |
自動車運転の業務 | 特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限が年960時間となります。 時間外労働と休日労働の合計について、月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内とする規制が適用されません。 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヶ月までとする規制は適用されません。 |
医業に従事する医師 | 特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外・休日労働の上限が最大1860時間(※)となります。 時間外労働と休日労働の合計について、月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内とする規制が適用されません。 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヶ月までとする規制は適用されません。 医療法等に追加的健康確保措置に関する定めがあります。 ※特別条項付き36協定を締結する場合、特別延長時間の上限(36協定上定めることができる時間の上限)については、 |
厚生労働省「時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務」より(2023年12月27日確認)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html
表は、厚生労働省によりまとめられた、各事業・業務における猶予期間終了後の取扱い(2024年4月以降)です。
(1)建設業では、災害・復旧の際には月の上限規制が例外扱いとなります。なお、最近では、万博工事も例外扱いとすべきという主張まで出されてきているのはご承知のとおりです。
(2)社会の関心の高い物流[1]では、年間の上限規制は、一般則の720時間に対して960時間です。月の上限規制もありません。それでも生じるであろう輸送能力の低下に対して高速道路の速度制限の引き上げが予定されています。
(3)医師[2]では、休日労働を含め、年960時間の上限規制が適用されますが、地域医療の提供体制を維持することや医師の集中的な技能向上を理由に特例措置が設けられ、一定の要件を満たした場合には、年1860時間にまで上限が拡大されました。しかも、業務を自己研鑽扱いとして労働時間から外そうとする動きがみられます──労働時間の規制が強化される、という言葉とほど遠い規制内容、実態ではないでしょうか。
[1] 物流の2024年問題については川村(2023)にまとめました。なお、自動車運転者の労働負担及び労働規制をめぐる問題について、クルマ社会を問い直す会(https://kuruma-toinaosu.org/)主催で行われた講演会での報告を川村(2022)にまとめています。「北海道労働情報NAVI」(以下、「NAVI」)で配信していますので、ご覧ください。
[2] 筆者は、医師の働き方改革、2024年問題については、植山直人氏(全国医師ユニオン代表)の論文などで勉強中です。植山(2023)のほか、全国医師ユニオンのウェブサイト(http://union.or.jp/)などを参照。
公務・教育現場でもみられる制度の穴
問題は何もこれらの業種だけではありません。例えば、ピーク時から50万人近くが削減された地方公務員の勤務時間制度には、時間規制の穴が幾つも設けられています。コロナ禍でそれがフルに活用されました[3]。
公立学校教員の定額働かせ放題を助長する給与特別措置法の仕組みはご存じのとおりで、うつ病など精神疾患で休職する教員が過去最多を記録したことが報じられました[4]。
生活時間の確保、仕事と生活の調和というレベルはもちろんのこと、いのち・健康を守るというレベルさえいまだ達していないのが日本の多くの職場の実態です。政治の不作為で労働力(働き手)濫用型の経済・社会が築かれてきたことの問題を思わずにはいられません。
[3] 地方公務員の勤務時間制度問題は、山口真美氏(弁護士、三多摩法律事務所)が書かれた山口(2023)を参照。なお、2023年の北海道における過労死等防止対策推進シンポジウム(11月15日、北海学園大学にて開催)では、山口氏を演者にお招きし、地方公務員の勤務実態や勤務時間制度問題を扱いました。NAVIで読める関連論文として、佐賀(2022)を参照。
[4] 「精神疾患で休職の教員過去最多 初の6000人超 20代が高い増加率」『NHK NEWS』2023年12月22日 18時11分
法制度と労組組合の力で人間らしく働ける社会の実現を
何が必要でしょうか。労働時間規制の例外をなくしていくこと、時間外労働の上限規制をさらに短くすること、さらにはインターバル規制の義務化などが大きな課題として思い浮かびます。しかしながらそもそも、働き方改革の導入にあわせて義務化された、客観的な方法での労働時間の把握や、時間外労働を認めるのに必要な36協定の締結・過半数代表者の民主的な選出などのレベルのことさえ、多くの職場では守られていないのが実態ではないでしょうか。そこから始める必要があります。
同様のことは、禁止規定の導入が政策的な課題である(現行では防止措置の義務化にとどまる)ハラスメント対策にもいえます[5]。
言うまでもなく、法制度による労働規制は、労働組合による規制があってこそ機能します。また労働組合による日々の取り組みがあってこそ、法制度の改定は前進します。働く人たちをエンパワーメントする一年にしていきましょう。
[5] 例えば、いわゆるパワハラ防止法(2019年に改定された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(略称、労働施策総合推進法)」)は、その限界の克服を目指しながら、活用されるべきものと考えます。認定NPO法人 働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター『労働安全衛生活動の歴史と職場での労安衛活動の進め方/職場のパワハラ防止をめざして』2021年3月31日発行の「パネルディスカッション」での各パネラーの報告も参照。
(参考文献)
植山直人(2023)「勤務医労働の実態と働き方改革に逆行する動き──進む労働時間の誤魔化しと、求められる対策」『季刊労働者の権利』第353号(2023年10月号)pp.40-45
川村雅則(2022)「『職業運転手の労働条件、労働実態を考える』講演報告」『クルマ社会を問い直す』第109号(2022年9月号)pp.17-26
川村雅則(2023)「2024年問題とトラック運転者の労働時間規制・法制度をめぐる問題」『都市問題』第114巻第10号(2023年10月号)pp.11-16
佐賀達也(2022)「自治体に働く職員のいのちと健康を守るための政策提言(案) ~自治体職場から「過労死と健康被害」を根絶するために~」『働くもののいのちと健康』第93号(2022年11月・秋期号)
山口真美(2023)「職員のいのちと健康を守るとりくみと労働基準法三三条問題」『労働法律旬報』第2027号(2023年3月号)pp.17-23