佐藤誠一「自殺統計から過労死問題を考える」

認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センターが発行する『ニュース』第446号(2022年2月1日号)に掲載された、佐藤誠一氏(同センター理事)による原稿・加筆版です。どうぞお読みください。

 

 

今年1月、令和3年の自殺者数が20,830人だったと、厚生労働省が速報値を発表しました。平成10年に3万人を超えた自殺者数は平成21年に2万人台になり漸減傾向が続いていましたが、令和2年にはコロナ感染症による雇用・生活への影響で増加に転じました。令和3年は前年より微減でしたが、コロナ禍で増加に転じた令和2年の趨勢を踏襲しました。性別では男性が3分の2を占めましたが、コロナ感染症の影響で女性の自殺者が、コロナ禍以前より増加しています。以下、令和2年の自殺者、21,081人のデーターを分析した「自殺対策白書」からその傾向を見てみます。

年齢別(男女計)では40歳代が最も多く、全体の16.9%を占めました。次いで50歳代16.2%、70歳代14.4%、60歳代13.3%でした。女性だけを見ると70歳代、40歳代、50歳代の順になっています。

自殺者の原因・動機別内訳では「健康問題」48.8%が最も多く、「経済・生活問題」15.4%、「家庭問題」15%、「勤務問題」9.2%、「男女問題」3.8%、「学校問題」1.9%、その他5,8%でした。「勤務問題」の自殺者は1,918人です。なお、原因・動機の特定は、裏づけが可能な約7割の自殺者の資料等による推定で、三つまで計上可能としているデーターをもとにしています。

「勤務問題」の内訳は、仕事の失敗、職場の人間関係、職場環境の変化、仕事疲れなどに分類されていますが、「経済・生活問題」の中にある倒産、事業不振、失業、就職失敗、生活苦(合わせて54.1%を占める)は「勤務問題」から派生して起こっています。

また、「健康問題」で最多の精神障害の内訳では、うつ病、その他の精神疾患(合わせて54%)は職場での業務に関連して発症したと思われる事例も含まれています。

職業別の自殺者数を見ると「被雇用者・勤め人」6,742人、「自営業・家族従事者」1,266人を合わせて4割弱が就労者とみられます。また、無職者のうち「年金・雇用保険等生活者」で70歳代以上を除く1,374人が就労可能年代で、それも含めると自殺者の約45%(9,300人)が「働くもの」の自殺と推測されます。さらに、日本全体での自殺者は減少していますが「被雇用者・勤め人」の自殺者の減少は鈍化しています。

 

令和2年度に自殺に関して遺族が労災請求を行ったのは155件で、自殺統計で「勤務問題」に分類された1,918件の8%に過ぎません。うち、遺族補償給付が支給決定されたのは81件(4.2%)です。精神障害の労災請求件数は10年前の約2倍に増えていますが、自殺に関する労災補償の請求・支給決定件数はともに横ばいの状況です。

遺族は、突然の自殺に遭遇し労災補償請求まで考えが及ばない状況に置かれます。各職場で自殺の背景に、「仕事に無理はなかったのか」「労務管理に問題はなかったのか」などを調査・分析し、労災補償に該当する事案については積極的に労災請求を行うよう対応することが必要です。そのことが職場の働く環境改善、過労死防止につながります。また、遺族の生活救済のためにも重要です。

当の本人は亡くなって居り、自殺の原因が「精神障害の労災補償認定基準」に合致しているかどうか慎重に吟味しなければなりません。遺族の要望をくみ取り、職場・交友関係者・労働組合、支援団体などのサポートを組織して、労働基準監督署と連絡を取り合って労災保険の遺族補償給付の手続きを進めることが必要です。

労災請求した後に、労基署は請求者・職場関係者などの調査を経て「決定」します。不支給決定になった場合、審査請求、再審査請求、不支給決定取り消しの民事裁判を提訴することが出来ます。こうした手続きの中で、死亡した労働者の背景やその原因が少しずつ明らかになります。

こうした取り組みは、医師・弁護士や各職場の実情に詳しい専門家などの協力が求められます。いの健道センターは、長年の過労死事件の遺族支援を通じて、専門家(医師・弁護士・研究者等)と連携し、過労死家族の会の会員のお力もお借りして、労災請求、会社への損害賠償請求などのサポートを行っています。また、道内の過労死問題に取り組んでいる方々で結成した「過労死等防止対策推進北海道センター」と連携して厚労省が主催する「過労死防止対策シンポジュウム」「過労死防止の啓発授業」などに取り組んでいます。

「過労死等防止対策推進法」ができて6年が経過しました。しかし、過労死は「脳・心臓疾患」は横ばい、「精神障害」は増加の一途をたどっています。政府は昨年7月に新たな「過労死等防止のための対策大綱」を決め、行政、民間団体、事業者、家族の会などの活動方向を示しています。いの健道センターは、特に精神障害による過労死防止を重視し、自殺の未然防止、職場のメンタルヘルス対策の充実・強化、被災者・遺族の救済に向けて力を尽くしています。ご遺族の要望をくみ取り、過労死の根絶目指して、「ゆとりを持って働く」「自己責任ではなく、助け合って働く」職場づくりのネットワークを広げ強めることを目指しています。

 

 

 

 

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