細川誉至雄「新人看護師の過労自死と看護労働──リスクマネジメントの視点から過労死を考える」

認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター理事長である細川誉至雄氏が『民医連医療』第551号(2018年7月号)に投稿された原稿を転載します。なお、この原稿で取り上げられた新人看護師の過労自死は、その後、2018年10月に労災が認定されています。

 

 

はじめに

 

2016年度に労災認定された過労死・過労自殺は191件。脳・心臓疾患107件、うつ・精神障害による自殺(未遂を含む)は84件(請求件数198件に対し47.7%)であった。精神障害の業種別では医療・福祉が最多である。

医療の現場において看護労働は厳しさを増し医療事故を起こす可能性の高い職種となっている。医療事故を未然に防ぐための医療安全対策は医療機関にとって重要な課題である。私は新卒看護師自死事件の労災認定支援を行っているが、なぜこのような不幸な事件が発生したのか、今回はリスクマネジメント(医療安全対策)の視点から考えてみたい。

 

1.新人看護師過労自死事件の概要

 

すでにマスコミなどで詳細に報道されているので、ここでは概要のみ紹介する。

A氏(23歳・女性)は2012年に大学看護学部を卒業。4月から国家公務員共済組合連合会のK病院に就職。K病院はDPCと7対1看護を選択する450床の病院である。呼吸器病棟に配属され、先輩看護師の指導の下「研修」を受け、3カ月後には、受け持ち患者は7~8人となった。勤務体制は日勤と夜勤の2交代制で、夜勤は2チーム2人ずつ、勤務時間は16時間。4カ月後には夜勤で麻薬投薬ミスも起こした。A氏の時間外労働は月平均80時間を超え、自宅に帰ってからも「学習」を余儀なくされていた。4カ月後には体調不良に陥っていたと推測され、就職後8カ月で自死した。資料を見る限り毎日の生活のすべてが看護に費やされていた。遺書も残されていた。遺族が時間外労働に対し給与未支給になっていることに気づき請求したことから、徐々に状況が明らかになっていく。労基署は病院に勤務時間管理について是正勧告を行い、約700人に7億5000万円の未払い残業代を支払うよう命じた。しかしA氏の自死については労災が認められず裁判で係争中である。

 

2.新人看護師のリアリテイショック

 

医療の進歩と高度化のなかで、医師や看護師はその最前線にいる。医療行為はすべて人の手に委ねられておりヒューマンエラー(判断、決定ミス)を起こしやすい。卒業後も数カ月、身体症状、精神症状、あるいはその両方を呈する看護師は少なくない。ストレスの強い体験と、一方どこかで看護に関わっていたいとの思いが交錯し葛藤する。学生時代に学んだことと医療の現実にギャップを感じる(リアリテイショック)のは今に始まったことではないが、いっそう強くなり、メンタルヘルス不全、休職や退職につながっている。

 

3.医療事故とリスクマネジメント

 

医療事故についての報告は古くからある。しかし最もセンセーショナルな事故は、1999年1月11日に起きた横浜市立大学の患者取り違え事故である。大学病院で心臓と肺の手術がそれぞれ反対に取り違えて行われたのである。この事件では複数の医師や看護師が刑事処分を受けた。私も外科医として毎日のように手術に携わっていたので、にわかに信じ難かった。外科系学会でも、この事件がなぜ起きたのか大きく取り上げられた。さらに1カ月後に都立広尾病院で注射薬と消毒薬の取り違えにより患者が急死した事故が起こり、夜勤の看護師が業務上過失致死罪に問われた。もはや医療界全体が医療事故は偶発ではすまされない事態となった。

医療事故はそれまで当事者の責任として済まされる傾向にあったが、これを機会に一変したのである。以前から航空機事故ではハインリッヒの法則に基づき、SEHLモデルなどによる要因分析と対策が行われていた。横浜市立大学事故では航空機事故に詳しい評論家の柳田邦男氏が「再発防止のための事故調査のあり方」を紹介し、個人の責任追及ではなく組織事故として対応するのが予防に最も効果的と主張していた。あれから20年近く経過し、今や医療のリスクマネジメントとして必須の考え方となっている。

 

4.ハインリッヒの法則とSHELLモデル

 

米国の損害保険会社で調査に携わっていたハインリッヒは労働災害を分析し、1929年に発表した論文で言及したのが1:29:300の法則(ヒヤリハットの法則とも呼ばれる)である。

1件の重大事故発生の陰で、29件の小規模な事故、300件の異常(ヒヤリ・ハット経験)が起きているという、労働災害における経験則である。この法則から、労働現場で日々起きている「ヒヤリ」「ハット」と危険を感じた事象をすべて抽出し、その原因を撲滅することが重大事故を未然に防ぐことにもつながるとされる。SHELLモデル(図表1)とは人間の行動は4つの要因(ソフトウエア、ハードウエア、環境、当事者と他人)から決定されると想定し、そこで起こりえる問題を分析する方法である。医療分野では患者(Patient)、管理(Management)を4要因(Lを当事者と他人を分ける場合は5要因)に加えたP-mSHELLモデルが使用されることも多い。

 

5.医療事故としての過労死、自死

 

日本看護協会も1999年にリスクマネジメント委員会を発足し、「組織でとりくむ医療事故防止―看護管理者のためのリスクマネジメントガイドライン―」を作成、2013年には「医療安全推進のための標準テキスト」を公開している。しかしここではまだ当事者の過労死や自死に言及していない。厚労省は医療事故を(2014年リスクマネージメントマニュアル作成指針)「医療に関わる場所での医療の全過程において発生するすべての人身事故で以下の場合(1~3)を含む。なお、医療従事者の過誤、過失は問わない」と定義し医療従事者の被害も含めている。

看護師の過労死については、2001年に25歳女性が長時間労働と夜勤変則交代制の過重さで公務災害となったが、このとき安全配慮義務違反は棄却され、結審まで7年以上もかかった。今回の新卒看護師自死を、国は「他の病院と比してとくに過重ではない」と反論し「個人の問題」で決着しようとしているが、これでは問題解決にはならない。国の医療安全対策の責任を放棄する無責任な態度といわざるを得ない。看護師の過労死、自死をリスクマネジメントの視点から重大医療事故と認識し、早急な予防対策を講ずるべきである。

また、「心理的負荷による精神障がいの認定基準」(2011年12月制定)も救済、予防の面から柔軟な解釈と運用を行う必要がある。

 

おわりに

 

過労死等防止対策推進法が2014年11月から施行されたが、医療においては国の責任で看護師の過労死、自死を未然に防ぐためにも、リスクマネジメントの視点で早急に看護労働対策を講ずるべきである。

 

参考資料

『うばわれた新卒看護師のいのち(いの健北海道センターブックレットNo.4)』2015年

『ルポ看護の質―患者の命は守られるのか』小林美希、岩波新書、2016年

『ストレスチェック時代のメンタルヘルス』天笠崇、新日本出版社、2016年

「医療労働と過労自殺」佐藤誠一、Prog.Med. Vol38,No.4、2018年

 

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