小松康則「コロナ禍と保健所職員の悲痛な声──死者数ワースト1の大阪から」

小松康則「コロナ禍と保健所職員の悲痛な声──死者数ワースト1の大阪から」『月刊保団連』第1376号(2022年6月号)pp.25-31

 

全国保険医団体連合会が発行する『月刊保団連』第1376号(2022年6月号)に掲載された小松康則さん(大阪府関係職員労働組合(大阪府職労)執行委員長)の原稿の転載です。

コロナ禍によって保健所は急激にひっ迫、医療は崩壊し、救える命が救えない事態となりました。これまでの公衆衛生や医療の後退が今日の事態を招いたのではないでしょうか。現場の声を聞かないトップダウンの対策によって、大阪府のコロナ感染による死者数は全国ワースト1に。保健所で働く保健師や職員から届くリアルな声、実態を基に、大阪府政の下でのコロナ禍の保健所の現状と課題について振り返ります(本文より)。

 

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コロナ禍でひっ迫する保健所

保健所は私たちが健康に生きていく上で、切っても切り離せない大切な役割を担っています。憲法25条の生存権、生まれながらに誰もが持っている人間らしく生きるための権利を実践するための機関です。各都道府県が設置し、政令市や中核市にはその権限が委譲されています。

そして、生存権に関わる公衆衛生を向上させるため、いろんな職種の人が働く、まさに専門家集団の職場です。その業務は多岐にわたり、感染症対策や精神保健業務、難病対策、母子保健などの業務を行いつつ、地域の医師会や医療機関などとも連携し、地域の健康づくりや予防活動に貢献する役割も担っています。

コロナ禍の中、保健所の業務はあっという間にひっ迫していきました。もともと保健所の感染症対策担当(感染症チーム)には、保健所によって差はありますが6~9人程度の保健師しか配置されていないので、すぐに人手不足となり、全所体制での対応が迫られるようになりました。

電話相談対応や受診調整をはじめ、検体の採取や搬送、入院や宿泊療養の調整と患者の移送、疫学調査によって濃厚接触者や感染が疑われる人の特定、検査の案内などの業務、医療機関や福祉施設等の感染症対策支援、濃厚接触者や自宅療養している人の健康観察、入院患者や宿泊療養者の病状の把握、自宅療養者の入院調整など、感染拡大を防ぎ、感染者を治療につなげるため、あらゆる業務を担っていました。しかし、感染者が爆発的に増加し、これらの業務が十分できない事態になりました。

次第に、現場の保健師からは悲鳴のような声が届くようになりました。私たちが聞き取った声の一部を紹介します。

――自宅待機中に急変する人も後を絶たず、救急車を呼んで、病院に直接連絡してベッドを確保できるまで帰れない日々が続く。夜中にタクシーで帰って、明け方にコールセンターからの電話で起こされることもある。(2020年8月25日)

――子育て中の保健師も多い。それでも休日勤務もしている。親が知らぬ間に学校へ行ってなかったりして、子どもへの影響が深刻。でも過労死ライン超えの残業をしている職員を見ていると、子どもを残してでも、少しの時間でも役立てるようにしないとと思う。(2020年8月26日)

――既往症のある子がPCR検査結果待ちの間、急変したらどうしようと不安になり泣きながら入院させてほしいと訴えてきたお母さん。ゆっくり話を聞いてもっと共感して安心してもらえる関わりがしたいけど、時間に追われて心に余裕がもてないのがつらい。(2020年8月28日)

――難病担当の保健師は、気管切開や死とも向き合わなければならない新たなALS患者や家族の相談も時間をかけて対応しながら、コロナ業務にも奔走しています。心の余裕をなくさないように心掛けています。(2020年8月29日)

――自殺未遂の深刻な相談も増えている。その他の相談も急増。昨日は警察対応が2件もあり、緊迫した中、その他の相談予約もあり綱渡り状態。継続して丁寧に支援しなければならない人が増え続けている。時間外も対応しないと丁寧な支援ができない。(2020年9月25日)

――大晦日も出勤し、夜中1時前に帰宅。元日も朝から出勤。年末年始関係なく陽性者の発生、症状の悪化などは続く。限られた人数で対応し翌日への引き継ぎ事項を整理し終えた時には深夜3時を過ぎていました。(2021年1月2日)

そして、第4波の時には「入院できない」「医療崩壊が始まっている」「このままでは救える命が救えなくなる」という声が大きくなっていきました。

――ようやく調査を終え入院や宿泊調整を開始しても、そこからまた長い時間を要します。宿泊療養のための車の手配等も時間がかかります。入院もすぐにはできず、高齢者や少し酸素飽和度が低いからというだけでは入院できない状況です。現場では命の選別が起きています。(2021年4月11日)

――血中酸素濃度が低下していても入院フォローアップセンターから入院先がないと言われ、ホテル療養も3〜4日待ちが当たり前の状況になっています。もはや医療崩壊は始まっています。不安な中、自宅で過ごしている方を思うと申し訳なく胸が締め付けられる思いです。(2021年4月13日)

――SpO2が低下している患者さんを前に、一刻も早く入院させたいと思っても、入院フォローアップセンターからは「無理」と。「そんなこと説明できない」と訴えても「それを説明するのが保健所の仕事」と言われるだけ。救急隊の方からの苦情も多く、毎日つらい思いをしています。(2021年4月20日)

――自宅療養中や入院調整中に症状が悪化し呼吸不全となり、救急車を呼んでも、入院先が見つからず、6時間も救急車の中で酸素吸入するということが頻繁に起こっています。深夜までの対応が続き、徹夜で働いている保健師もいます。(2021年4月20日)

――今日も救急車内で酸素を投与し続け、ぎりぎりの対応を続けていますが、まだ入院できない。命をつなぐことが保健師の仕事のはずなのに、それができなくなっています。「入院させなければ」と思いながら「入院しなくて大丈夫」と言わなければならない毎日がつら過ぎます。(2021年4月29日)

――今日疫学調査をした方が先週30歳代のご子息を亡くしたと号泣されていました。「入院できていたら死んでいなかったかもしれないと思うと毎日つらい」と。助けを求める人の手を握りしめることができない現状がつら過ぎます。(2021年4月29日)

こうした状況の中、保健師や保健所職員の長時間労働はいっそう深刻化し、心身ともに限界を超える状況となっていきました。

 

過労死ラインを超えて働き続ける保健所職員

表 大阪府内の保健所職員の月ごとの時間外勤務

(単位:時間)

 

表は、2021年4月~8月の第4波、第5波の時に、保健所職員がどれだけ時間外勤務をしたかを時間数で表したものです。

職員Aは8月に183時間の時間外勤務をしていることが分かります。このほか、休憩が取れておらず、朝早く出勤したり、自宅や通勤途上で夜間に公用携帯電話で対応したりしています。しかし全ては含まれていないので、実際には200時間を超えているのではないかと思います。

職員Bや職員Cは5カ月のうち4カ月にわたり約100時間、あるいはそれ以上の時間外勤務をしていることが分かります。厚生労働省が示す過労死基準を遥かに超えている状況です。

 

もし、かつてのような保健所体制があれば…

なぜ、保健所が機能低下し、減らされてきたのかについて振り返ります。1994年に保健所法が廃止され、ここから保健所の削減が全国的に進められました。当時、大阪府には22の保健所と7つの支所、合計29の保健所があり、これ以外にも大阪市、堺市、東大阪市はそれぞれ保健所を設置していました。ところが2000年になると、府が設置した7つの保健所が支所へと格下げされ、15保健所と14支所に再編され、この時には約40人の職員が減らされました。この頃から「身近なサービスは市町村、都道府県は専門的・広域的業務」という国の方針に従い、保健師の業務が地区分担制から業務分担制へと変えられ、保健所が地域から遠ざけられてきました。

そして、2004年になると、14支所全てが廃止され、約50人の職員が削減されました。その後は、中核市の指定に合わせて保健所が当該の市に移管され、現在、大阪府が管轄する保健所は9カ所のみとなっています。

 

図 大阪府内の保健所数の変化

政令市や中核市が設置しているものも含め、大阪府内の保健所数は61カ所(2000年当時)から18カ所へと、3分の1以下に減っています(図)。もし、2000年当時の保健所があれば、大阪府のコロナ死者数や感染者数も違う結果が出ていたのではないかと思うと、本当に悔やまれてなりません。

 

維新府政の下で職員削減がさらに進められた

大阪府で橋下徹知事が誕生した翌年の2009年に新型インフルエンザが大流行しました。それを受けて、厚生労働省の「新型インフルエンザ対策総括会議」は報告書で総括をしています。そこには「地方自治体の保健所や地方衛生研究所を含めた感染症対策に関わる危機管理を専門に担う組織や人員体制の大幅な強化、人材の育成を進めることが必要」と書かれています。さらに、「結びに」では「新型インフルエンザを含む感染症対策に関わる人員体制や予算の充実なくして、抜本的な改善は実現不可能である」と指摘し、「体制強化の実現を強く要望し、総括に代えたい」という言葉で締めくくっています。

それから10年以上たっていますが、保健所体制は強化されるどころか府職員の削減政策に合わせて、保健所の職員もシーリングをかけられて減らされてきました。「全国一スリムな自治体をつくる」ことを目標に掲げ、人口当たりの職員数は全国ワースト1となっています。当時知事であった橋下徹氏も2020年4月3日、ツイッターで「徹底的な改革を断行し、有事の今、現場を疲弊させている」と明言しています。

 

コロナ死者ワースト1の大阪の実態

第6波の大阪府では、人口当たりの死者数が全国最多となりました。4月25日現在の大阪府のコロナ死者数は全国最多の4906人となり、全国の約17%を占めています。人口100万人当たりの死者数は全国平均の倍以上、東京都の1.8倍以上となっています。

吉村洋文知事は「もともと重い病気で亡くなった人がコロナにかかっていた」とか、「大阪は高齢者数が多い」と、言い訳を繰り返しています。しかし、実際には大阪だけが高齢者が多いという事実はありませんし、どんな言い訳をしても、多くの人の命を奪ってしまったことは事実です。なぜ、このような事態となってしまったのでしょうか。

私は感染症の専門家ではありませんし、正確な分析をしているわけでもありませんが、府知事が現場の声に耳を傾けず、何でもトップダウンで決めていることが要因の一つではないかと感じています。

現場の保健師や保健所職員は、コロナ感染拡大当初より「このままでは救える命が救えなくなる」と声を上げてきました。2022年4月現在、高齢者施設で連日のようにクラスターが発生し、高齢者が自宅や施設に放置され亡くなっていますが、第4波の頃にはこうした事態を危惧し、声を上げていました。

高齢者や、介助が必要な人は入院もできず、宿泊療養もできない、基礎疾患がある高齢者であっても入院させてもらえないという実態が明らかになっていました。

こうした声を受けて、私たち大阪府職労も2021年7月に、大阪府に対して「要望書」を提出し、その中でも「療養ホテルを充実させ、必要な看護師を配置し、適切に医療や看護が提供できるようにすること。また、高齢者や障害者、外国人も療養できる体制にすること。クラスターが発生した高齢者施設に対し、適切な支援ができる体制にすること」を求めています。しかし、こうした声をことごとく聞き入れてこなかったのが大阪府です。もし、こうした声を真摯に受け止め、さらに現場の保健師や職員の声にもっと耳を傾けていれば、もっと準備すること、改善することはできたのではないかと思います。

大阪府の吉村知事は、保健所の職員増員や体制強化は十分に行わず、2021年8月には「1000床単位の野戦病院をつくりたい。とにかくやってみる。できない理由よりできる理由を考える」と表明しました。しかし、実際につくられたのは「病院」ではなく「療養・隔離施設」であり、入所できるのも若い人に限られました。総予算84億円をかけて整備したにもかかわらず、最も多いときでも70人しか使用しておらず、累計でも300人にも満たないという結果のまま、2022年5月には閉鎖・撤去される予定です。現場の声に耳を傾けなかった結果を象徴する事例ではないかと思います。

 

第6波で保健所機能は破綻

第6波では、多いときには感染者が1万人を超え、連日数千人の感染者が報告されています。これまで保健所が行っていた疫学調査や濃厚接触者の特定もできなくなり、本来保健所が果たすべき、感染防止という役割が果たせない事態となりました。

この第6波で寄せられた保健師の声を紹介します。

――水際対策で感染者が落ち着いているうちに、なぜ保健所の体制強化をしなかったのか。感染者が急増してから対策しても遅過ぎます。不安が募るばかりです。(2022年1月5日)

――保健所の電話は朝から夜まで鳴りっぱなしです。負担は減っていません。「連絡が遅い」というお叱りや施設からの問い合わせも多く、重症の方につながるのが遅くなるのではないかと危惧しています。(2022年1月23日)

――保健所は入院調整や高齢者対応に重点化しないと、もうもたないように思います。対応が必要な人が埋もれてしまうことが心配です。(2022年1月24日)

――ついに4日遅れのファーストタッチになってしまいました。電話のかけっぱなしで、喉がやられて、深く息をしないと声が出ません。本当に必要な人に支援ができているのか不安になります。眠りたい。休みたい。毎週のように休日出勤が続き、今日もこれから出勤します。(2022年1月29日)

――1日中電話が鳴りやみません。人が足りなくて、数分間取ることができないこともありました。家に帰っても耳の奥に電話の音が残っているようです。今の人数では対応しきれない状態で、お待たせしていることが本当に申し訳ないです。(2022年2月1日)

――自宅療養中の高齢の方が救急要請した後に入院が決まらず、まだ救急隊員が自宅で待っている状態です。1000床確保したと自慢していた大規模療養センターも39歳以下しか入れません。リスクの高い方が医療を受けられない事態だと感じます。(2022年2月2日)

 

公衆衛生、医療、福祉を最優先にする政治の実現を

この2年間、日々保健師や職員の声を聞き続け、そこで感じているのは、保健所をはじめ公衆衛生行政や医療を後退させ続けてきた結果が、医療崩壊や保健所業務のひっ迫を招いたことは明らかだということです。

本来の感染症対策とは、まず感染源を特定するために、検査や疫学調査を徹底し、感染を広げないために隔離し、治療につなげることではないでしょうか。このどれもが十分にできなかったことが今日の事態を招いていると感じています。

とりわけ、大阪府が「出口戦略を示す」と言って行ったのは、「大阪モデル」という独自の基準までつくり、病床使用率を指標としつつ、それを増やさないために、入院を抑制することでした。その結果がコロナ死者数ワースト1です。出口戦略どころか、出口すら見えない状況に陥ったのです。

その中で、現場の保健師や職員は限界を超えながらも、住民の命を守らなければならないという使命感で必死に働いています。

――保健所では深夜の対応を持ち帰り携帯電話で行っていますが、コールセンターからの転送電話や救急隊からの電話が立て続けにあり、ほとんど眠れずに翌朝出勤することも頻繁にあります。人を増やして、夜勤体制などをつくらないと体がもちません。(2022年1月31日)

――持ち帰りの公用携帯電話で深夜3時に救急隊員からの電話に対応しました。救急隊員の方に「え?夜勤じゃないんですか?昼間も仕事して、この時間の電話にも対応してるんですか?」と驚かれました。こんな状態がもう2年も続いています。何度も改善を求めていますが何も変わってません。(2022年2月4日)

いま、私たちが一番しなければならないことは、救える命が救えなくなる事態を早急に解決することです。これまで大阪府が進めてきた経済や成長を優先する府政ではなく、公衆衛生、医療、福祉を最優先にする府政へと変えていかなければなりません。

同時に、そこで働く仲間の命や健康を守ることも大切な課題です。そのために、自治体の職場で、職員がどんな思いで、どんな仕事をしているのか、私たち労働組合が広く発信し、住民の理解を得る取り組みも重要だと考えています。

こうした中、大阪府は2022年3月下旬に保健所業務の民間委託を強行し、4月4日には厚生労働省が「保健所職員でなければ対応が困難な業務以外の業務については、外部委託や自治体による一元化を原則として体制を整備」するよう求める事務連絡まで発出しています。さらに公衆衛生行政を後退させる動きも強められようとしています。

これからも保健所が公衆衛生の向上のため、感染症対策はもとより、母子保健、難病、精神福祉、地域医療など、あらゆる分野で役割が発揮できるように、住民の皆さんと力を合わせ、取り組んでいきたいと思います。

 

 

 

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