川村雅則「札幌市の公共調達に関する調査・研究(2019年)」

川村雅則「公契約条例に関する調査・研究(Ⅲ)札幌市の取り組み・資料の整理」『季刊北海学園大学経済論集 』第67巻第2号(2019年9月号)pp.59-86

 

『北海学園大学経済論集』第67巻第2号に書いた「公契約条例に関する調査・研究(Ⅲ)札幌市の取り組み・資料の整理」の転載です。タイトルを変更しました。お読みください。

PDF版のダウンロードはこちらから。

 

 

目次

1.はじめに

1)課題の設定

本稿は,公契約条例の制定を軸とする公契約の適正化運動(以下,公契約運動)の基礎的作業でもある,公契約に関する自治体の取り組みや自治体に保有されている各種の情報の整理を,札幌市を対象にして試みたものである。

なお,本稿では,契約行為ではなく行政処分に分類される指定管理者制度も対象に含めている。

本稿執筆時点で,北海道内で公契約条例が制定されているのは,旭川市のみである(2016年12月制定,理念型条例)が,それよりも早くに議会に条例案が上程され,関係者の注目を集めたのが札幌市である。札幌市では,2012年第⚑回定例会で当時の市長によって公契約条例案が上程されるも,結論は出されず,継続審議扱いとされたまま年を越して,2013年の第3回定例会で再提出案が一票差で否決された,という経緯がある。筆者はその札幌市と旭川市の公契約運動に,調査・研究という役割で参加してきた[1]

公契約条例の制定を目指すには様々な取り組みが必要である。

我々の取り組み[2]を振り返っても,例えば,首長や市議会議員への陳情・要請活動,選挙時における公開質問の実施,業界団体・事業者との意見交換,住民への啓発・学習機会の設定や署名活動の実施,そして,条例制定の根拠となる,公契約現場における賃金・労働条件の把握作業などを行ってきた。条例案が札幌市議会で否決された後には,担当課職員との意見交換会・学習会を開催したり,条例が制定された自治体を訪問して,当該自治体での経験を明らかにする作業を続けている[3]

条例制定の最大の壁は,公契約条例の制定に反対の意思を貫く業界団体とその意向を受けた議員の理解を得ることである[4]。彼らとの建設的な議論を進める上でも,公契約に関する現状や課題の整理が必要である。まだその端緒についたに過ぎないが,札幌市の行政情報・調査データ(以下,資料。公開されているものだけでなく,市から提供されたものを含む)を使ってその作業を本稿で試みる。

 

2)本稿の構成

(1)札幌市における労働者保護・労働条件の適正化ルールの整備状況の整理

本稿では第一に,労働者保護・労働条件の適正化を公契約の領域で実現するためのルールが札幌市ではどの程度整備されているのかを整理する。

公契約条例が制定されれば,公契約領域で働く労働者の保護が明文化される。理念型条例の場合には文字通り理念の宣言にとどまるが,賃金保障型の条例の場合には,条例の適用対象となる事業で最低限支給されるべき賃金(名称は,労働報酬下限額等)が定められ,その遵守が受託事業者に求められることになる。受託事業者から提出された資料(台帳等)に基づいてそのチェックをすることが自治体の担当部署の主たる業務の一つになる。

もっとも,条例が制定されていなくとも,労働者の保護や労働条件の適正化に関する何らかのルール(規定や要綱など内規的なルールを含む)を設けたり,現場の実態把握は進められていると思われる。

そこでまずは,先行研究(調査)に基づき道内35市におけるその状況を紹介した後,次に,札幌市の取り組みを取り上げる。その上で,この分野では先駆的な自治体と位置づけられてきた旭川市と函館市の取り組み・経験を紹介し,この分野の政策の拡充が各自治体で必要であることを示したい。

 

(2)札幌市が発注する事業の整理

第二に,札幌市が発注する事業の情報を整理する。

公契約条例の制定のためには,自治体の発注する様々な仕事の全体像をつかむこと,言い換えれば,条例の対象となる建設工事や委託業務,指定管理者制度が導入された施設,そして,物品購入等の規模はどの位になるかをまずは把握すること[5]が役立つと思われる。公契約の現場に赴く前に,現場の規模や現場がどこにあるのかを把握する作業である。札幌市から提供された資料でその作業を行う。

なおここでは,横浜市の中小企業振興条例に関する資料を補足的に紹介する。

公契約条例制定の目的にも掲げられる地域経済・産業の活性化のためには,公契約条例だけでなく,関連する政策─例えば,地域の経済・産業政策や中小企業振興策との連動が有効であると考える。ここで紹介する横浜市の取り組みは,示唆に富む。

 

(3)市発注事業の賃金情報の整理

第三に,市発注事業の賃金情報を整理する。ここで言う賃金情報には二種類がある。

思い浮かびやすいのは,現場で実際に支給されている賃金額の情報だと思われるが,加えて,予定価格を積算する際の,そもそもの賃金の算出根拠・金額に関する情報の把握も重要であることを指摘したい。

歯止め無き競争入札制度と事業者間のダンピング受注を通じて当該作業に従事する労働者の賃金・労働条件が悪化している─全国で初めて公契約条例が制定された野田市の条例前文にも記されているとおり,公契約条例の制定が全国各地で求められている最大の理由の一つがこのことであった。

であればなおのこと,公契約条例を制定するためには,現場で何が起きているのか,とりわけ現場労働者の賃金実態を明らかにする作業が必要である。

しかしながら現場に行く前にできること,やるべきことがある。それが賃金算出根拠・金額を調べる作業である[6]

一般的には,公共工事現場では「公共事業設計労務単価」が使われ,庁舎清掃や施設・設備管理業務では「建築保全業務労務単価」が使われている。国が定めたこれらの単価が使われる事業分野の一方で,何が使われているか当該担当部署以外の者には分からない分野もある。そもそも,賃金算出根拠・金額が不明なケースもある。

現場で実際に支給されている賃金額・水準もさることながら,その基礎となるこれらの情報がまずは把握され,その適否が検証される必要があるのではないか[7]

本稿では,札幌市の資料を使って,上記の二つの賃金情報を整理する。

最後に,以上の作業で明らかになったことをあらためて整理して,当該作業の担い手となるべき労働組合に問題を提起する。

なお,本稿は公契約条例を直接的に扱ったものではない。公契約条例そのものについては,最後にあげた参考文献にあたられたい。とくに公契約条例が制定された自治体の実績や経験が整理された濱野(2018)や上林(2018),加えて,公契約条例がもつ意味の理論的な整理が行われた永山・中村(2019)は現在の到達点を確認する上で重要な文献である。

 

 

2.労働者保護に関するルールの整備状況

現行法制度の下では,労働者への支給賃金は最低賃金を満たしていれば,法的には問題はない。それは公契約の領域においても同様である。また,入札価格の引き下げで労働条件が低下しても,あるいは,事業を継続で落札できずに労働者の雇用契約が終了になっても,それ自体では法的には問題とはならない。公契約領域で起こりうるこうした様々な事に対応するため,自治体ではどのようなルールが整備されているのかをみていく。

 

1)道内35市における公契約に関するルールの整備状況

ここで取り上げる先行研究は,労働組合などで構成される「公契約条例を社会に広げることをめざすワーキングチーム(以下,公契約WT)」が行った貴重な調査結果─道内の全市(35市)を対象にした,入札・契約に関する現状と課題を把握するためのアンケート調査(ただし札幌市に関してはヒアリング調査)の結果である[8]

同調査では多岐にわたる項目が調べられているが,そのうちの柱の一つが「公契約の適正化に関する取り組みの現状」であって,具体的には,(1)契約の相手方となる事業者で働く労働者の雇用条件に関する調査・規制の実施状況と,(2)公契約条例などのルールの整備の現状が各市に尋ねられている。

まず前者の結果をみると,調査・規制をいずれも実施していない自治体は13市にとどまり,残りは─元請のみか下請まで含むのかの違いや,調査にとどまるのか(何らかの)規制まで行っているかの違いはあるが─調査・規制を実施していると回答していた(図表2-1)。具体的な実施内容としては,施工体制台帳を提出させてその内容を確認するという調査を実施していたり,社会保険の加入を入札参加資格の要件とするという規制の方法があげられている。

もっとも,後者つまりルールの整備状況については,図表2-2にまとめたとおりで,最大は「e.条例制定,内規策定,いずれの予定もない」が21市である。次が,件数は大きく減るが,「c.内規を策定済み」の4市である。以下でみる「基本方針」をもつ札幌市と,「a.公契約条例を制定し,運用中」の旭川市を足しても,何らかの規制を設けているのは6市にとどまる。

条例制定も内規策定の予定もなくて問題ないのだろうか。あるいは「内規を策定済み」で十分なのだろうか。このことの多面的な検証が必要ではないか。

では札幌市の状況について項をあらためてみてみる[9]

 

図表2-1 道内35市における,労働者の雇用条件に関する調査・規制の実施状況

単位:件

元請のみ調査 4
元請のみ規制 5
元請のみ調査・規制 2
元請・下請の調査 1
元請・下請の規制 1
元請・下請の調査・規制 4
その他(元請は調査・規制、下請は調査のみ) 1
実施しているが詳細が不明 1
いずれも実施していない 13

出所:公契約WT(2018)より作成。

 

図表2-2 道内35市における,公契約の適正化に関するルールの整備状況

単位:件

a.公契約条例を制定し、運用中。 1
b.公契約条例の制定を検討中。 0
c.公契約に関する内規(規則、規程、方針、実施要領など)を策定済み。 4
d.公契約に関する内規(規則、規程、方針、実施要領など)の策定を検討中。 1
e.条例制定、内規策定、いずれの予定もない。 21
f.その他 3

出所:図表2-1に同じ。

 

 

2)札幌市の取り組み

(1)建設工事における基本方針と,元請・下請関係実態調査

第一に,建設工事に関しては「札幌市工事請負契約に関する基本方針(2013年3月4日,財政局契約管理担当局長決裁)」[10]が制定されている(図表2-3)。

同方針の「基本的な考え方」は四つの柱に分けられており,その一つには「地元建設産業の健全な育成を図るとともに,雇用の確保及び就労環境の向上に寄与すること」が掲げられている(残りの三つは,「競争性,透明性及び公平性が確保されること」,「工事の良好な品質が確保されること」,「地元経済の活性化及び税金等の地域内循環の実現に資すること」)。

そして,これらの基本的な考え方に基づき,①公正かつ適切な入札の促進,②地元建設業者の受注機会の確保,③良好な実績を有する事業者の適正な評価,④早期発注及び早期支払の推進の四つが「基本方針」として定められている。

労働者保護に直接的に関わる文言としては,①の項目の一つである「事業者の経営安定及び下請企業を含む当該事業に従事する者の労働環境確保のため,適正な予定価格の算定及び低価格入札の防止に努めること」や,同じく③の項目の一つである「環境,福祉,雇用,防災,地域貢献など,社会的価値の実現に取り組む事業者を適正に評価すること」などが該当すると思われる。

この基本方針下で札幌市では,財政局管財部契約管理課工事契約係によって「元請・下請関係実態調査」(以下,元請・下請調査)が毎年行われている。

 

図表2-3 札幌市工事請負契約に関する基本方針(2013年3月4日,財政局契約管理担当局長決裁)

市は,工事に係る事業が税金その他の公的な財源で賄われていることを踏まえ,工事請負契約に係る調達の実施に当たっては,次に掲げる事項を基本的な考え方とする。

1 競争性,透明性及び公平性が確保されること。

2 工事の良好な品質が確保されること。

3 地元建設産業の健全な育成を図るとともに,雇用の確保及び就労環境の向上に寄与すること。

4 地元経済の活性化及び税金等の地域内循環の実現に資すること。

◆基本方針

市は,上記の基本的考え方をもとに,次に掲げる事項を基本方針として定め,これに沿った運用に努めるものとする。

1 公正かつ適切な入札の促進

(1)事業者の経営安定及び下請企業を含む当該事業に従事する者の労働環境確保のため,適正な予定価格の算定及び低価格入札の防止に努めること。

(2)競争性を阻害しないことや,工事の品質確保に必要な最小限の範囲において,工事内容に応じた適切な入札参加資格を設定するよう努めること。

(3)過度な競争が行われている工種については,合理的かつ適切な競争環境が確保されるよう制度の見直しに努めること。

2 地元建設業者の受注機会の確保

(1)競争性の確保を前提に,本市に建設業許可における主たる営業所を有する者(以下「市内企業」という。)への優先発注を原則とする運用を徹底すること。

(2)事業の効率的な執行や競争性の確保を前提に,市内企業の受注機会確保の観点から,「建設工事分割発注ガイドライン」に沿って,可能な限り工事の分割発注に努めること。

(3)一般競争入札において,総合評価落札方式及び成績重視型入札等,多様な入札方法の採用により,市内企業の受注機会の確保に努めること。

(4)工事下請負及び資材調達における市内企業の活用を促進すること。

3 良好な実績を有する事業者の適正な評価

(1)良好な工事施工実績を有する事業者及び地域社会の発展に寄与する事業者を適正に評価すること。

(2)環境,福祉,雇用,防災,地域貢献など,社会的価値の実現に取り組む事業者を適正に評価すること。

(3)優良工事施工事業者に対する表彰制度について適切に運用すること。

(4)下請発注・資材調達において市内企業を活用する事業者を適正に評価すること。

4 早期発注及び早期支払の推進

地域経済の活性化の観点から,可能な限り早期発注に努めるとともに,前払金,中間前払金等を含め工事請負代金の早期支払いに努めること。

出所:札幌市ウェブサイトより。

 

調査の目的は,市発注工事における重層下請構造にある企業の下請契約,雇用関係,下請代金の支払・受領,賃金などの実態調査を行い,必要に応じて元請企業に対する適切な指導などを行うための参考とする(ことにある)と書かれている。調査方法は無記名アンケート方式による。調査対象は,札幌市の発注する工事で一定の選定条件を満たしたものである。元請企業は50社が,下請企業は500社が(1次下請が250社,2次以下の下請が250社),それぞれ対象となっている。

2018年度の回答実績では(調査は2019年1月の2週間),回答率は元請が93.8%(不明などによる返送2社を除く48社のうち45社が回答),下請は,1次下請が80.1%(246社中197社が回答),2次以下の下請が65.2%(244社中159社が回答)である。同年度調査結果の公表は2019年4月2日である。

こうした調査で建設現場のどのような状況が把握されているだろうか。調査内容の計20項目のうち,賃金に関する項目(元請調査では3項目,下請調査では4項目)を後で取り上げる。なお,賃金以外の調査項目は,下請契約等,雇用関係,下請代金についてである。

 

(2)役務契約における状況確認実施方針と,賃金調査

第二に,役務契約に関しては,「役務契約における労働社会保険諸法令遵守状況確認実施方針(2014年2月12日,財政局契約管理担当局長決裁)」が定められている。

この方針が,後でみる事業受託者への賃金調査の根拠となっている。

具体的には,同方針は「札幌市が発注する役務契約(建設関連の委託業務を除く。以下「役務契約」という。)において,適正な履行及び品質の確保を図る観点から,履行検査の一環として,役務契約に従事する労働者に係る労働基準法,最低賃金法,労働安全衛生法その他の労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)の遵守状況を確認するため,その必要な事項を定める」ものである(文中の法令番号は省略)。

上記の元請・下請調査と異なり,この役務契約の調査では,支給賃金額まで把握されており貴重である。具体的には,受託者に対して,下記の書面の提出が求められている。

①業務従事者名簿

②業務従事者配置計画書

③業務従事者健康診断受診等状況報告書

④業務従事者支給賃金状況報告書

本稿では,④の結果を第5節で整理する。

 

3)旭川市と函館市の経験─先駆的な自治体の事例

ここで,このテーマに関して先駆的な自治体と評価されてきた,旭川市と函館市の制度や経験を紹介する。まず,公契約条例が制定される以前の旭川市を取り上げる。

 

(1)公契約条例が制定される以前の旭川市

旭川市では,2008年に「旭川市の公契約に関する方針」が策定されており,この方針に基づき,運営が行われていた[11]11。前文によれば,「方針は,本市の行う契約が公平,公正で透明性の高い入札・契約手続きのもと,契約の適正な履行を図りながら,市民が豊かで安心して暮らせる地域社会の実現に寄与することを目的」に定められた。

「方針」は,基本理念/基本目標/個別目標/方針を推進するための措置といった⚔つで構成されている。

「基本理念」では「市が行う入札・契約手続において,制度本来の要請である公正性,透明性及び競争性を確保することはもとより,地域経済の発展と地元企業の成長を支えるとともに,そこで働く市民の雇用環境をも視野に入れ,公契約としての役割と機能を発揮させ,市政推進に努める」ことがうたわれ,こうした理念を具現化するため,3つの柱(基本目標)と,その下部に個別目標が掲げられている。

こうした先駆的なルールを掲げて,なおかつ,後でみるとおり,建設工事で支給されている賃金の調査までもが行われてきたのだが,それでも,掲げた理念が実現されていないのではないか─より直接的に言えば,公共工事設計労務単価で定められた金額が現場労働者に支給されていないのではないか,という疑義が,具体的な事実・独自の調査結果に基づき,地元の労働組合や我々研究会などから示され,より実効性をもたせるための公契約条例の制定につながったという経緯がある。

 

(2)独自の行政指導方式が注目されてきた函館市

第二に,函館市である。いわゆる「函館方式」と呼ばれる行政指導を通じた同市の取り組みに我々は注目をしてきた[12]

その具体的な内容とは,公共事業で働く労働者や地元の建設事業者の保護ひいては地域振興を図ることを目的に,市の土木部長名で,登録事業者・入札参加予定事業者に対して行政文書の配布を通じて,次のことの周知が図られてきた[13]

すなわち前文には,「市発注の公共事業につきましては,地元業者,地元資材を積極的に活用し,雇用の安定と就労の促進を図るとともに,下請負契約および工事代金等の支払の適正化などにより,事業の有効かつ適正な執行に努めることとしていますので,この趣旨を理解され,次の事項について十分配慮し,優良な工事および委託の完成を期してください。また,工事の一部を下請負に付す場合には,下請負人に対しても趣旨の徹底を図ってください。」と書かれたその上で,公共工事設計労務単価の遵守,適正な下請契約の締結等や下請代金の支払い,あるいは,建設業退職金共済制度等への加入など,多岐にわたる「工事,委託の施行上の留意事項」がまとめられている。

条例と異なり拘束力がない限界は承知した上で,公共工事の施工体制・労務管理の適正化を目指す取り組みとして我々は評価をしてきた。しかしながらその函館市でも,旭川市と同じ状況,すなわち,現地の建設労働組合による工事現場調査によれば,労務単価を下回る賃金水準しか支給されていないという実態が指摘されている[14]

以上のとおり,先駆的と評価されてきた自治体でも,課題の存在が現場から指摘されている。公契約WTの調査では,条例制定はおろか内規の策定さえも予定していない自治体が多数であった。現場で問題は生じていないのだろうか。

 

 

3.自治体の発注する仕事の全体像の把握

公契約条例の議論を深める上では,自治体が発注する仕事の全体像をつかむことが有益だと思われる。札幌市の資料をまとめてみる。

 

1)札幌市の公契約領域に投じられた予算規模

札幌市のウェブサイトによれば,同市の人口は,2019年4月1日時点で196万5,161人である。また広報誌(『広報さっぽろ』2019年4月号)によれば,2019年度の予算は,一般会計が1兆193億円である(ほかに,特別会計が3636億円,企業会計が2653億円の規模で存在する)。

さて,図表3-1~図表3-4の四枚は,札幌市における工事契約・建設関連業務,役務契約,物品購入等,指定管理事業の規模を,市から提供された資料に基づき整理したものである(いずれも2017年度の値)。

 

図表3-1 札幌市の工事及び関連業務の発注状況(2017年度)

単位:件,億円

工事 業務 合計
件数 契約金額 件数 契約金額 件数 契約金額
競争入札 1,370 993.5 481 28.0 1,851 1,021.5
一般競争入札(WTO) 2 86.4 0 0.0 2 86.4
制限付一般競争入札 1,368 907.2 481 28.0 1,849 935.1
一般案件 1,044 621.8 462 26.7 1,506 648.5
成績重視型 182 164.3 14 0.6 196 164.9
総合評価方式 142 121.1 5 0.7 147 121.7
随意契約 188 30.0 299 10.4 487 40.4
見積合せ 130 1.8 66 0.5 196 2.2
特定 58 28.3 233 10.0 291 38.2
合計 1,558 1,023.5 780 38.4 2,338 1,061.9

注1:契約金額は,当初の契約金額を集計したもの。
注2:各数値ごとに四捨五入しているため,合計値が一致しないことがある。
注3:「一般案件」とは,制限付一般競争入札のうち,成績重視型及び総合評価方式を除いたもの。
注4:指名競争入札は,現在,札幌市では実施されていない。
出所:札幌市提供資料より作成。

 

図表3-2 札幌市の役務の発注状況(2017年度)

単位:件,億円

局名 件数 契約金額
中央区 30 3.79
北区 45 7.81
東区 37 6.33
白石区 28 3.22
豊平区 31 3.94
南区 32 4.22
西区 27 3.20
厚別区 22 4.24
手稲区 29 4.11
会計室 3 1.03
総務局 268 36.20
財政局 52 10.28
環境局 251 52.29
建設局 337 49.42
保健福祉局 338 70.47
都市局 81 40.37
危機管理対策室 11 0.67
子ども未来局 34 2.40
消防局 49 6.80
教育委員会 172 81.79
議会事務局 7 0.19
人事委員会事務局 2 0.03
選挙管理委員会事務局 11 0.48
清田区 28 4.39
まちづくり政策局 71 4.19
市民文化局 84 6.53
経済観光局 93 10.70
スポーツ局 59 11.37
下水道河川局 266 68.63
合計 2498 499.08

出所:図表3-1に同じ。

 

図表3-3 札幌市の物品購入等の状況(2017年度)

単位:件,億円

契約件数 契約金額
製造業 596 25.45
卸小売業 1257 40.59
一般サービス 7 0.10
卸小売業(再生資源) 167 1.44
合計 2027 67.58

出所:図表3-1に同じ。

 

図表3-4 札幌市の指定管理事業の状況(2017年度)

単位:億円

収入(決算、消費税込)
指定管理業務収入 自主事業収入 市からの別途発注業務の委託料収入 その他収入
指定管理費 利用料金 扶助費・措置費・給付費・運営費 その他
267.30 229.51 145.94 57.62 13.27 12.67 36.25 1.16 0.38

出所:図表3-1に同じ。

 

これらの金額を合計するとおよそ1900億円(指定管理事業を「指定管理費」だけに限定すると,およそ1770億円)となる。公契約領域に投じられたお金は,すべてが人件費に使われているわけではないが,先にみた札幌市の一般会計の歳出のうち,職員費の1577億円を上回る規模である。

件数でみても順に,工事契約・建設関連業務が2338件,役務契約が2498件,物品購入等が2027件と,いずれも2000件を超えている。そして,指定管理者による管理運営が行われている施設は(供用開始前の施設を含む),2018年8月現在,427施設である(札幌市のウェブサイトより)。

ところで,ここにあげた数値には事業の全てが網羅されているわけではない。

第一には,図表3-1は交通局,水道局及び病院局を含む数値であるが,図表3-2と図表3-3には,これらは含まれていない。

第二には,事業費規模の小さな契約は含まれていない。

具体的には,(1)図表3-1にまとめた工事契約には,予定価格250万円以下の随意契約案件が含まれる。建設関連業務では,予定価格100万円以下の随意契約案件が含まれる。それに対して,(2)図表3-2にまとめた役務契約(建設関連業務を除く)は,競争入札案件と予定価格100万円超の随意契約案件である。(3)図表3-3にまとめた物品購入等は,財政局契約管理課が締結事務を行った案件(物品購入及び製造請負は予定価格30万円以上,自動車の年度内借受は50万円以上,修繕は200万円以上)である。

以上のとおり,把握から漏れる部分もあるが,まずは可能な限りの全体像をつかむことが基礎的な作業として有益である。

 

2)中小企業振興,地域経済の活性化を進める上でも情報の把握は不可欠

(1)問題意識に基づく情報収集の必要性

ところで,以上の集計表を構成するのは,言うまでもなく個別の入札・契約情報である。つまり,どのような問題意識をもって情報を収集するのかが政策を立案する上でも重要になる。

例えば,低い落札率で受託者にしわ寄せは生じていないか,(経済循環につながる)地元事業者への発注実績はあがっているか─などの問題意識である。

かつて筆者は,札幌市の建設工事情報を使って,事業費の規模や事業の種類などで落札率は異なるのかどうかを整理したことがある[15]。また,函館市が収集していた情報で分析したところ[16],事業費規模の小さな事業で雇用創出効果が高いという結果が示された。これなどは,各事業の雇用量を函館市が把握していたからこそ可能になった分析である。

繰り返しになるが,情報を整理・分析する以前に,いかなる問題意識をもって情報を収集するかが,まずもっての要点になる。

 

(2)中小企業振興条例に基づく横浜市の経験

ここで紹介するのは,横浜市の資料である。横浜市では議員提案で中小企業振興基本条例が2010年に制定されている[17]

公契約条例は,地域経済の好循環構造をつくるのに貢献すると言われているが,その効果を高めるためにも,地域の産業政策や中小企業振興とセットでの導入が目指されるべきだと我々は考えている[18]。同条例に基づき各年度で横浜市で発行されている報告書(「横浜市中小企業振興基本条例に基づく取組状況報告書」)には,地元中小企業への契約実績が「部署ごと,市の区ごと」に細かく掲載されているのだという。さっそく同市のウェブサイトで報告書を確認した。

 

図表3-5 横浜市における市内中小企業への発注状況

注1:「構成比率」は,それぞれの数値(件数又は金額)が契約実績(単独随意契約及び大規模契約を除く)に占める割合。
注2:「契約実績(単独随意契約及び大規模契約を除く)」は,経済産業省が行っている「官公需契約実績額等の調査」と同様に,競争の余地がない「単独随意契約」及び中小企業者の参入の余地が少なく入札参加者を市内事業者に限定できない「大規模契約(政府調達協定(WTO)対象契約)」を除いたもの。
注3:指定管理者制度は行政処分であり委託とは性質が異なることから,別に記載している。
出所:横浜市「2017年度横浜市中小企業振興基本条例に基づく取組状況報告書」2018年9月より。

 

総括表である図表3-5に見られるとおり,「契約実績(単独随意契約及び大規模契約を除く)」に占める「市内中小企業契約実績」は,件数で92.9%,金額で75.3%である。「工事」に限定すると金額は80.5%であるが,「委託」が69.8%,「物品」が59.6%である。ここで強調したいのは,この図表をみれば,地元中小企業に対してどの程度の発注が行われているかが分かるという点である。どのような情報が収集・整理されているかに自治体の問題関心や姿勢が示されている。

札幌市でも中小企業振興条例は制定されている。1964年に制定された同条例は,2回の改正を経て,2008年4月1日から施行されている[19]。同条例に基づく具体的な取り組みの把握は機会を改めるが,条例第4条に書かれた札幌市の責務の一つには,「市は,中小企業者等の実態を的確に把握するとともに,中小企業者等の意見を適切に反映するよう努めなければならない」とある。とりわけ前者,つまり,実態把握の必要性を提起していることについて深く賛同するものである。

 

 

4.予定価格の積算で使われている賃金の算出根拠・金額

現場の実際の賃金や労働条件を明らかにする前にできることがある。当該事業における予定価格の積算において,どのような賃金算出根拠が使われ,その金額はいくらであるのか,つまり,当該事業を遂行するにあたって計上される費目ごとの予算のうち,人件費部分はどのように計算をされているのか,このことを明らかにして,その妥当性を検証することである。

以下では,まず,自治体で用いられている公共工事設計労務単価と建築保全業務労務単価について概観する。次に,その他の委託業務や指定管理事業で使われている賃金算出根拠について整理する。その際に,情報開示で得た札幌市のデータを使う(この節の詳細は,注釈6にあげた文献を参照)。

 

1)公共工事設計労務単価,建築保全業務労務単価

(1)労務単価の構成,推移,性格

図表4-1 予定価格の積算体系

注1:共通仮設費とは,現場の安全費等。
注2:現場管理費とは,現場労働者の募集等に要する経費や法定福利費(事業主負担分)等。
出所:国土交通省資料(「公共工事設計労務単価について」)より作成。

 

図表4-2 公共工事設計労務単価の構成

出所:図表4-1に同じ。

 

図表4-3 公共工事設計労務単価(全国,全職種平均)の推移

注1:金額,伸率とも加重平均値にて表示。加重平均値は,2013年度の標本数をラスパイレス式で算出した。
注2:2006年度以前は,交通誘導警備員がA・Bに分かれていないため,交通誘導員A・Bを足した人数で加重平均した。
出所:国土交通省「2019年3月から適用する公共工事設計労務単価」の参考資料より。

 

自治体が建設工事を発注する場合には公共工事設計労務単価が使われ,庁舎清掃や保全技師・保全技術の業務には建築保全業務労務単価が使われるのが,一般的なようである。公共工事設計労務単価を例にして,予定価格の積算体系(図表4-1)と,労務単価の構成(図表4-2)を,それぞれ示した。

どちらの労務単価も政府による実態調査に基づき設定されるものだが,とくに前者では,1990年代後半から2000年代にかけて,公共工事の削減など建設投資が減少するなかで,労務単価と現場での支払い賃金の双方が,お互いに抑制・削減の方向に機能してきた。いわゆる負のスパイラルである。それが建設業の担い手不足への対応などを理由に,単価算出手法の大幅な変更─国土交通省の説明によれば,「必要な法定福利費相当額の反映,東日本大震災による入札不調状況に応じた被災三県における単価引き上げ措置等」─が実施されて,単価は,2012年度を底にして毎年引き上げられている(図表4-3)。2019年3月から適用される単価は,全国全職種平均値の公表を開始した1997年度以降で過去最高値とのことである。

本稿の問題意識に関連して両単価に共通する特徴を補足しておくと,第一に,これらの単価は,所定労働時間内⚘時間当たりの単価であって,時間外,休日及び深夜の労働についての割増賃金などは含まれていない。

第二に,これらの単価は,労働者に支払われる賃金に係わるものであって,現場管理費・業務管理費や一般管理費等の諸経費は含まれていない。法定福利費の事業主負担額,研修訓練等に要する費用等は,積算上,現場管理費等に含まれている。

もっとも第三に,その上で,どちらの単価も,労働者への支払い賃金を拘束するものではないことが強調されている。

 

(2)北海道における労務単価の動向

図表4-4 北海道における主要12職種の公共工事設計労務単価の推移

単位:円

特殊作業員 普通作業員 軽作業員 とび工 鉄筋工 運転手(特殊) 運転手(一般) 型わく工 大工 左官 交通誘導員A 交通誘導員B
2012年度 13,400 11,000 9,200 13,400 13,600 13,300 11,100 13,100 14,000 14,000 7,900 7,100
2013年度 15,400 12,700 10,600 15,700 16,000 15,300 12,800 15,400 16,500 16,500 9,100 8,300
2014年2月 16,400 13,500 11,300 17,100 17,400 16,300 13,700 16,800 18,000 18,000 9,900 8,900
2015年2月 16,700 13,800 11,500 18,200 18,600 16,600 14,000 17,900 19,200 19,200 10,600 9,100
2016年2月 18,000 14,900 12,400 19,600 20,000 17,900 15,200 19,300 20,700 20,700 11,500 9,800
2017年3月 18,700 15,400 12,800 20,800 21,300 18,500 15,700 20,500 22,000 22,000 12,300 10,400
2018年3月 19,800 16,300 13,500 21,700 22,200 19,500 16,600 21,400 23,000 23,000 12,700 10,800
2019年3月 a 20,500 16,900 14,000 22,600 23,100 20,200 17,200 22,300 23,900 23,900 13,700 11,600
b (28,800) (23,800) (19,700) (31,800) (32,500) (28,400) (24,200) (31,400) (33,600) (33,600) (19,300) (16,300)
c 2,563 2,113 1,750 2,825 2,888 2,525 2,150 2,788 2,988 2,988 1,713 1,450
d 2,050 1,690 1,400 2,260 2,310 2,020 1,720 2,230 2,390 2,390 1,370 1,160

注1:2019年3月のb(括弧内)の金額は,建設労働者の雇用に伴って必要となる,法定福利費の事業主負担額,労務管理費,安全管理費,宿舎費等を,公共工事設計労務単価(aの数値)に加算した金額。
注2:cの金額は,公共工事設計労務単価を8時間で除して算出した1時間当たり単価。
注3:dの金額は,公契約条例における労働報酬下限額を想定して,cに0.8を乗じたもの。
出所:国土交通省「公共工事設計労務単価」より作成。

 

図表4-4は北海道における主要12職種の公共工事設計労務単価の推移である。2019年3月から適用される金額を2012年度の金額と比べるといずれの職種についても1.5~1.7倍にまで増加している。

ちなみに,表中の金額cは,公共工事設計労務単価を⚘時間で除して算出した1時間当たり単価で,dはそれに0.8を乗じた金額である。公契約条例が制定された自治体で使われている建設工事の労働報酬下限額(設計労務単価の80%台から90%台)を想定して算出した。仮に労務単価の80%を労働報酬下限額とする公契約条例が制定されれば,普通作業員で1時間当たり1690円が,最も低い交通誘導員Bでも同1160円が保障される,という試算である。

 

図表4-5北海道における建築保全業務労務単価の推移

単位:円/日

保全技師・保全技術員等日割基礎単価 清掃員日割基礎単価 警備員日割基礎単価
保全技師Ⅰ 保全技師Ⅱ 保全技師Ⅲ 保全技術補 保全技術員 保全技術員補 清掃員A 清掃員B 清掃員C 警備員A 警備員B 警備員C
2008年度 20,600 19,200 18,400 15,300 13,200 11,100 8,900 7,600 5,600 12,100 9,500 7,600
09年度 21,700 20,000 20,000 15,700 13,800 11,800 9,600 7,400 5,700 12,600 10,200 7,700
10年度 18,900 17,700 18,000 14,500 13,500 11,100 10,100 8,300 6,300 11,300 9,800 7,700
11年度 19,300 18,900 18,200 15,500 14,300 12,200 9,800 7,700 6,400 11,400 9,500 7,600
12年度 17,800 17,300 17,200 14,500 14,000 11,700 8,400 6,900 6,100 11,600 9,100 8,000
13年度 18,100 16,800 18,400 14,500 13,800 12,500 9,200 7,600 6,700 11,700 9,100 8,600
14年度 19,000 17,600 19,300 15,200 14,500 13,200 10,200 8,400 7,400 12,300 9,500 9,000
15年度 19,000 17,700 19,100 15,400 14,800 13,200 10,700 8,600 7,700 12,300 10,000 9,100
16年度 19,000 18,000 19,300 15,800 15,200 13,100 10,900 8,800 7,900 12,200 10,300 9,200
17年度 19,000 18,000 19,300 15,800 15,200 13,100 11,300 9,100 8,200 12,400 10,500 9,400
18年度 19,200 18,200 19,500 16,000 15,400 13,200 11,600 9,300 8,400 12,600 10,700 9,500
19年度 19,700 18,700 20,000 16,500 15,800 13,600 12,400 9,900 8,900 13,100 11,200 9,900
(参考) 2,463 2,338 2,500 2,063 1,975 1,700 1,550 1,238 1,113 1,638 1,400 1,238

注1:(参考)は,2019年度の金額を8時間で除して算出した1時間当たりの単価。
注2:網掛け〔赤で着色したの〕は最も低い金額。
出所:国土交通省「建築保全業務労務単価」より作成。

 

次に図表4-5は,北海道における建築保全業務労務単価の推移をまとめたものである。インターネット上で閲覧できた2008年度分までさかのぼってみた。

最も低い金額だった年度は職種によって異なり,しかも,増減の動きは一律ではないが,ここ数年はいずれの職種の単価も改善基調にある。2019年度の値でみると,金額の最も低い清掃員C(「清掃業務について,清掃員A又は清掃員Bの指示に従って作業を行う能力を有し,実務経験3年未満程度の者」)でも日額8900円,時間給にして1113円という計算になる。

 

2)その他の委託業務や指定管理事業で使われている賃金算出根拠

(1)担当課ごとに保有されている賃金算出根拠の調べ方

建設工事や建築保全業務の場合には,上でみた基準(労務単価)が使われている。この

金額が妥当であるのかの評価はさておいて,議論の前提はこうして共有されている。

しかし,その他の委託業務や,指定管理事業の場合には,そもそも何が賃金算出根拠で使われているのかが不明である。職種別の賃金算出根拠・金額をまとめた一覧表のようなものが行政組織内にはあるのではないか─実際,そういったものがあると予定価格の積算において便利ではないか─と当初は考えていたのだが,幾つかの自治体の契約課で尋ねても,そういった共有資料はなく,担当課それぞれで決定しているとのことだった。そこで,次のような手順で調べてみた。

第一に,委託業務や指定管理事業の一覧をまずは入手して,そこから幾つかのケースを抽出する。種類の異なる事業(言い換えると,職種・賃金算出根拠が異なると思われる事業)を選択するとよい。

第二に,当該ケースの賃金算出根拠と金額について情報を開示請求する。その際,人件費の総額情報あるいは職種別の人件費総額情報の請求であると誤解されないよう,趣旨を正確に告げる必要がある。

 

(2)札幌市の状況─開示情報に基づき

詳細は拙稿(注釈6の拙稿(Ⅵ)(Ⅶ))を参照いただき,ここでは,札幌市からの提供情報のうち,集計表を作成した指定管理事業情報を中心に取り上げて,特徴などを簡単にまとめておく。あらかじめ言うと,すっきりとした分析はできなかったが,特徴や問題点は示し得たのではないかと考えている。

 

ア.指定管理事業の賃金分析

第一に,札幌市が2017年度に運用中の指定管理事業一覧表から32件を抽出し,総務局改革推進室推進課を通じて,各担当課に対して情報提供を依頼した。指定管理事業は,1件につき1施設とは限らず,複数の施設が管理されているケースを含む。

第二に,年額で1千万円超など,提供されたデータのなかには金額の高い職種・職員も含まれていた。

推測するに,指定管理事業の提供データには,市から施設に派遣されるなどして管理職に就任している者も含まれているのではないか。彼らは当該事業における基幹的な労働者とは性格の異なるものと判断し,分析対象からは除いた(ただしそういった情報が明記されているわけではないので,分析の対象とするかどうかの区分は金額で機械的に行わざるを得なかった)。

第三に,提供された賃金算出根拠情報は,次の4つに暫定的に分類した。

すなわち,①公共工事設計労務単価や建築保全業務労務単価など,国が定めた労務単価が使われているケース。②市職員(臨時・非常勤職員も含む)の賃金が使われているケース。③その他の算出根拠が使われているケース。④賃金算出根拠が不明のケースである。

以上の情報を整理したのが図表4-6と図表4-7である。

 

図表4-6 暫定的な算出根拠分類別にみた件数

国積算の労務単価 1件 0.8%
市職員(臨時・非常勤職員)の賃金 47件 39.5%
調査結果 11件 9.2%
過去の実績 43件 36.1%
その他の算出根拠 12件 10.1%
算出根拠が不明 5件 4.2%
合計 119件 100.0%

注1:分類は筆者による暫定的なもの。
注2:同一事業内でも,同じ職種×同じ賃金算出根拠・金額で複数回答されているケースがある点に留意(本文を参照)。
出所:拙稿「自治体発注業務における賃金算出根拠を調べる(Ⅶ)」『建設政策』第182号(2018年11月号)より。

 

図表4-7 算出単位別にみた適用単価(平均値・中央値・最小値・最大値)

単位:円

算出単位 平均値 中央値 最小値 最大値 標準偏差
年額 75件 2,638,994 2,760,000 289,000 4,904,000 1,171,875
月額 22件 195,643 193,700 138,000 278,000 41,383
日額 12件 8,015 6,780 6,660 19,300 3,578
時給額 5件 914 875 875 1,032 68
合計 114件 1,774,820 1,804,500 875 4,904,000 1,533,479

注:不明の5件を除く。
出所:図表4-6に同じ。

 

第一に,使われている算出根拠は(図表4-6),類型②と③が多く,なおかつ,金額は低かった。119件の職種の賃金算出根拠を分析してみたところ,類型②も③も40件を超え,しかも②は全てが臨時・非常勤職員の賃金で,③で多いのは過去実績に基づく算出であった。

第二に,算出単位ごとの金額(平均値)をみると(図表4-7),「年額」群では約264万円,「月額」群19万5643円,「日額」群8015円,「時給額」群914円である。これらは,管理職など高額の労働者を除いた結果であるが,現場労働者に使われている賃金算出根拠には低い賃金額が多いことを推測させる(第5節の,実際の支給賃金額もあわせて参照)。

 

イ.委託業務の賃金分析

委託業務の分析結果については,件数の多かった類型①では,公共工事設計労務単価や建築保全業務労務単価が使われているため,一定程度の賃金額が確保されていた。

ここでふれておきたいのは,類型④に分類した,事業者による合い見積もりのうち人件費部分が不明のケースである(人件費部分が分かるものは類型③に分類した)。

例をあげると,芝生維持管理事業では,「通常管理(刈り込み)」,「季節管理(エアレーション)」,「季節管理(目砂散布)」など9項目に及ぶ作業について,単位(1㎡)あたりの単価の見積もりが事業者4者からとられ,その平均額が予定金額で使われていた。単価の内訳は不明である。また,4者からの見積もり額が180万円から597万円まで非常に幅がある点も気に掛かる(平均額の採用という手法は適当と言えるのだろうか)。

もう一例をあげると,ごみ収集・運搬事業では,パッカー車(2名乗車)の1日単価が54,000円(税別),平ボディ車(2名乗車)の半日単価が26,000円(税別)となっているが,これも人件費の内訳はない。金額の根拠は「収集事業者3社から見積を徴収し,最低価格を単価として適用した」とある。つまり,この事例では,平均額ではなく最も低い金額が採用されている。

賃金算出根拠が自治体自身にも不明な状況で労働者保護は可能だろうか。

なお,札幌市の情報分析でみられた以上の状況は,旭川市の情報分析でも確認されている(注釈6の(Ⅳ)(Ⅴ)を参照)。

 

3)自治体臨時・非常勤職員(非正規公務員)問題を視野に入れる

上でみたとおり,自治体発注の仕事で働く労働者に,自治体臨時・非常勤職員の賃金算出根拠が少なからず使われていた。推測するに,公の施設など本庁の外の施設においてとくに,職員の非正規化は進められてきた。指定管理者制度が導入されるにあたっても,かつての臨時・非常勤職員の賃金水準がそのまま活用されているのではないだろうか。

自治体臨時・非常勤職員をめぐる問題の詳細はここでは省略するが,官製ワーキングプアと呼ばれるとおり,彼らの賃金・労働条件の水準は低い。

 

図表4-8 時間当たり賃金額別にみた,任用形態別にみた団体数(2016年4月1日現在)

単位:件

特別職非常勤職員 一般職非常勤職員 臨時的任用職員
総数 388 477 1208
764円(未満を含む) 5 17 9
765~799円 4 16 150
800~899円 23 84 425
900~999円 67 75 217
1000~1099円 53 62 143
1100~1199円 57 75 73
1200~1299円 58 60 69
1300~1399円 21 30 36
1400~1499円 17 21 24
1500円以上 83 37 62
(再掲)899円以下 単位:% 8.2 24.5 48.3
     999円以下 単位:% 25.5 40.3 66.3

注:2016年4月1日時点の北海道の最低賃金は764円。最賃に満たない回答もあったがそのまま集計・分析した。
資料:総務省「臨時・非常勤職員調査(2016年4月1日現在)」より作成。
出所:川村(2018c)より。

 

図表4-9 任用形態×職種別にみた,時間当たり賃金が1000円未満の団体割合(2016年4月1日現在)

単位:%

一般事務職員 技術職員 医師 医療技術員 看護師等 保育士等 給食調理員 技能労務職員 教員・講師(義務教育) 教員・講師(義務教育以外) 図書館職員 その他
うち事務補助職員 うち看護師 うち保育所保育士 うち清掃作業員 うち消費生活相談員
特別職非常勤職員 (件) 38 21 18 17 24 24 19 27 17 22 29 7 36 18 21 42 10
899円以下 13.2 14.3 5.6 0.0 0.0 0.0 0.0 11.1 5.9 13.6 10.3 28.6 2.8 0.0 9.5 16.7 10.0
999円以下 36.8 42.9 16.7 0.0 12.5 4.2 5.3 29.6 23.5 45.5 27.6 57.1 11.1 27.8 33.3 38.1 30.0
一般職非常勤職員 (件) 56 42 19 6 16 25 22 46 34 37 44 11 32 15 26 36 10
899円以下 35.7 35.7 21.1 0.0 6.3 8.0 4.5 23.9 23.5 43.2 27.3 54.5 6.3 6.7 38.5 19.4 10.0
999円以下 57.1 57.1 31.6 0.0 18.8 16.0 4.5 47.8 52.9 56.8 40.9 72.7 9.4 26.7 53.8 33.3 20.0
臨時的任用職員 (件) 139 120 25 9 51 82 66 109 93 96 101 50 69 32 70 93 5
899円以下 85.6 85.8 24.0 0.0 7.8 8.5 4.5 39.4 30.1 75.0 43.6 58.0 20.3 21.9 80.0 49.5 80.0
999円以下 97.1 97.5 40.0 0.0 29.4 15.9 6.1 73.4 69.9 99.0 55.4 78.0 33.3 56.3 94.3 66.7 80.0

資料・出所:図表4-74-8に同じ。

 

図表4-8,図表4-9は,総務省が全国の自治体(地方公共団体)等に照会をかけた臨時・非常勤職員の任用情報(2016年4月1日現在)から,北海道ならびに道内市町村分の賃金データを取り出してまとめたものである。

注釈7で掲げた時給1500円という目標はおろか,1000円に満たない自治体が少なくない。とくに臨時職員では全体の3分の2がそれに該当する。職種別にみても,人手不足が指摘されている保育士の賃金でも多くの自治体では1000円未満である。

短期間・短時間勤務者などを除いても全国の自治体等で64万人(2016年4月1日現在)と総務省調べで言われている臨時・非常勤職員は,2020年4月1日以降,その多くが会計年度任用職員に移行することが予定されている。移行したからといっても賃金の低さ(や雇用の不安定さ)が自動的に改善されるわけではない。彼らのその賃金は自治体発注業務の賃金算出根拠にも引き続き使われることと思われる。

官と民は文字通り一蓮托生の関係にある─そういった観点から,公契約運動と非正規公務員問題の解消に両輪で取り組む必要があると言えるのではないか[20]

 

 

5.公契約の現場における実際の支払い賃金

予定価格積算時における賃金算出根拠と金額を明らかにした後には,実際の支払い賃金が幾らであるのかを明らかにする作業が必要である。公契約条例の議論を建設的に行う上でも関係者が力を尽くすべき作業である。

ここで紹介するのは,第一に,事業者・受託者ルートで札幌市が把握している,労働者の賃金調査の結果である。結論をあらかじめ述べると,(1)建設工事で働く労働者の賃金調査では,金額こそ調べられていないが,賃金引き上げの動きが示されている。(2)賃金額まで調べられた建物清掃や警備などの委託業務と,指定管理事業の分野で行われた調査では,低い支給賃金額が示されている。

第二に,以上の札幌市の調査結果をどう評価するかに関わって,旭川市の経験や,筆者らによる調査結果を紹介する。

なお,実態を適切に把握するのに調査の内容や方法は常に検証する必要があるとはいえ,事業者・受託者ルートの調査だからといって全否定するのは誤りで,調査に問題があれば改善を図ればよいと考える[21]

 

1)札幌市による調査にみる現場の状況

(1)元請・下請調査

ア.調査の概要と賃金引き上げの状況

先に紹介した元請・下請調査で調べられている賃金関連の項目は,次の4つ(元請調査は3つ)である。すなわち,①労働基準法第24条に基づく賃金支払いの5原則,②割増賃金の適正な支払いについて,③技能労働者の基本給の設定について(下請調査のみ),④技能労働者の賃金の引き上げについて,である。

 

図表5-1 技能労働者の賃金の引き上げ状況について

注:賃金を「引き上げていない」理由として「既に相場より高い又は相場と同程度の水準の賃金を支払っている」と回答したのは,元請では100%,下請企業では85.7%。
出所:札幌市「2018年度元請・下請関係実態調査結果」より作成。

 

2018年度の調査結果にみられる労働現場の状況はいずれも良好である。ここでは④の結果を取り上げるが(図表5-1),該当労働者がいない企業と無回答を除いた場合,「引き上げた」,「引き上げていないが,今後引き上げる予定である」の合計は,元請では96.7%,下請でも91.2%と高い割合である。

また,賃金を引き上げていないその理由をみると,「既に相場より高い又は相場と同程度の水準の賃金を支払っている」と回答した企業は下請で85.7%である(元請では100%)。これを仮に,先の結果に足し合わせると,賃金の引き上げに取り組む企業は98.7%になる。

以上のとおり同調査によれば,金額こそ不明であるが,賃金改善に向けた動きが明確に示されている,ということになる(この調査の内容・項目や結果の考察は最後に行う)。

 

イ.その他の調査結果

参考までに他の調査結果をあげておく。順に,第一に,①が遵守されているのは,元請で97.8%,下請で95.2%(1次95.2%,2次以下93.7%)である。

第二に,②の遵守は,元請で97.8%,下請で93.3%(1次94.9%,2次以下91.2%)である。

第三に,下請調査のみの③では(複数回答可),「定額月給制」の採用が72.2%と大半を占め,残りは,「日給」32.9%,「時間給」5.3%,無回答6.5%だった。掲載されていた最も古い2015年度の調査データでは,「定額月給制」56.6%,「日給」44.2%,「時間給」7.3%,無回答5.9%なので,より安定した基本給制度への移行を調査結果は示している。

 

(2)札幌市建物清掃,警備,設備運転・監視等業務[22]

ア.賃金調査の概要

先にふれた「役務契約における労働社会保険諸法令遵守状況確認実施方針」に基づき,対象となる役務契約に従事する労働者の支給賃金が調べられている。

第一に,対象となる役務契約は,(1)札幌市が管理する施設において,常駐する労働者から日常的に役務の提供を受ける通年契約のもの(随意契約によるものを除く。),(2)前号に掲げるもののほか,契約の性質又は目的から,管財部長が労働者の労働環境について特に確認する必要があると認めるものの二種類である。

第二に,ここで把握されている賃金実態は,受託者から提出される「業務従事者支給賃金状況報告書」に基づく。

第三に,具体的な職種を調査件数の多い順に並べると,建物清掃業務従事者,建物警備業務従事者,建物設備運転・監視等業務従事者である。2018年度のそれぞれの調査概要は下記のとおりである(札幌市から提供された資料には過去のデータも掲載されていたが,調査概要・件数が記載されていたのは,2018年度分のみである)。

(a)建物清掃業務:件数149件,業務従事者数628人,受注業者数79社

(b)建物警備業務:件数60件,業務従事者数308人,受注業者数31社

(c)建物設備運転・監視等業務:件数25件,業務従事者数117人,受注業者数16社

 

イ.支給賃金(実績賃金)の水準

図表5-2 札幌市発注の建物清掃業務,建物警備業務,建物設備運転・監視等業務従事者の実績賃金(時間給)・最低賃金・建築保全業務労務単価の推移

単位:円

2011年度 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018
実績賃金 建物清掃業務従事者 全体 736 739 755 784 829 858 931
総評以外 771 794 818 865
建物警備業務従事者 782 816 804 821 858 880 886 876
建物設備運転・監視等業務従事者 1,154 1,042 1,057 1,059 1,033 1,042 1,066 1,126
最低賃金 691 705 719 734 748 764 786 810
建築保全業務労務単価(1時間あたり) 建物清掃業務従事者 800 763 838 925 963 988 1,025 1,050
建物警備業務従事者 950 1,000 1,075 1,125 1,138 1,150 1,175 1,188
建物設備運転・監視等業務従事者 1,525 1,463 1,563 1,650 1,650 1,638 1,638 1,650
実績賃金マイナス最低賃金 建物清掃業務従事者 31 20 21 23 30 32 55
建物警備業務従事者 91 111 85 87 110 116 100 66
建物設備運転・監視等業務従事者 463 337 338 325 285 278 280 316
実績賃金マイナス建築保全業務労務単価 建物清掃業務従事者 ▲ 27 ▲ 99 ▲ 170 ▲ 192 ▲ 194 ▲ 207 ▲ 185
建物警備業務従事者 ▲ 168 ▲ 184 ▲ 271 ▲ 304 ▲ 280 ▲ 270 ▲ 289 ▲ 312
建物設備運転・監視等業務従事者 ▲ 371 ▲ 421 ▲ 506 ▲ 591 ▲ 617 ▲ 596 ▲ 572 ▲ 524
(参考)建築保全業務労務単価(日額) 建物清掃業務従事者 6,400 6,100 6,700 7,400 7,700 7,900 8,200 8,400
建物警備業務従事者 7,600 8,000 8,600 9,000 9,100 9,200 9,400 9,500
建物設備運転・監視等業務従事者 12,200 11,700 12,500 13,200 13,200 13,100 13,100 13,200

注1:2013年度調査から,より正確な所定内賃金が把握できるように調査様式を一部変更したため,2012年度調査との間に完全な連続性はない。
注2:主な変更点は,①基本給及び手当の記載を月支給額に変更(2012年度は月額・日額・時給の選択式),②所定労働時間を日,週及び月の3区分記載に変更(2012年度は上記①の選択に応じた区分の選択式)。
注3:建物清掃業務従事者支給賃金状況調査では,2015年度の調査から,総合評価方式による清掃業務が実施。当該データについては2段書きとしている。「全体」は総合評価方式を含むデータ,「総評以外」は総合評価方式を除くデータである(2018年度現在の総合評価方式は,交通局駅舎清掃10件,総務局本庁舎清掃3件である)。以上の注1~注3は札幌市の説明による。
注4:図表の下部に示した建築保全業務労務単価(日額)を8時間で除して1時間当たりの金額を算出し,比較の対象として掲載している。札幌市から提供された別の資料では,実績賃金(日額)と建築保全業務労務単価との比較が行われていたが,時間給の実績賃金の資料(この図表を作るのに使った資料)には掲載がなかった。ただし別資料でも,建物設備運転・監視等業務従事者には,労務単価の記載がなかったので,「保全技術員補」のデータを用いた。
出所:札幌市提供資料(「役務契約における労働社会保険諸法令遵守状況確認実施方針」に基づく調査結果)より作成。

 

図表5-3 同,時間給の分布(2018年度)

単位:人,%

810円 811円~850円 851~900円 901~950円 951円以上
建物清掃業務従事者 224 203 103 21 77 628
35.7 32.3 16.4 3.3 12.3 100.0
建物警備業務従事者 101 99 38 26 44 308
32.8 32.1 12.3 8.4 14.3 100.0
810円 811円~950円 951円~1100円 1101円~1250円 1251円〔以上〕
建物設備運転・監視等業務従事者 3 14 45 31 24 117
2.6 12.0 38.5 26.5 20.5 100.0

出所:図表5-2に同じ。

 

これらをまとめたのが図表5-2である[23]。支給賃金(表中では実績賃金と表記)と最低賃金額とが比較されていた。そこに,建築保全業務労務単価(日額)を8時間で除して算出した1時間当たりの賃金額も追加で掲載した。比較対象に用いた労務単価は,いずれの業務においても,技能水準ごとに設定されているうちの最も低いもので,具体的には,「清掃員C」,「警備員C」,「保全技術員補」のそれである。

後者の図表5-3は,実績賃金(時間給)の分布(2018年度)である。

結果は,(a)建物清掃業務における時給額では,平均の支給実績賃金は931円である。ただしここには,支給賃金の高い総合評価方式が含まれるので,その分を除くと865円である。過年度は20円台から30円台で推移してきた最低賃金額との差が拡大している。

もっとも,分布でみると,当時の最低賃金額である810円の支給実績が224人(全体の35.7%)を占め,続く「811~850円」203人(32.3%)を足し合わせると,全体の3分の2強が850円以下である。しかもこれは総合評価方式分を含めた数値であるので,その分を除くと低賃金の割合はさらに大きくなる。

第二に(b)建物警備業務における時給額では,2018年度の支給金額は876円で,最低賃金との差は66円である。過去には金額差は80円台から110円台の間で推移してきたのが,2018年度は差が逆に縮まった。また,分布でみると,全体の3分の2弱が850円以下に位置している。

第三に,(c)建物設備運転・監視等業務における時給額では,支給実績が最低賃金を大きく上回っている。金額にして200円台の後半から300円台の前半の間を推移している。分布でみても,951円以上が全体の⚘割超を占める。

第四に,以上のとおり,(a)~(c)の実績賃金のいずれも,当然のことではあるが最低賃金は上回っているものの,建築保全業務労務単価と比較をすると,実績賃金は,労務単価を大きく下回っている。その差は(a)は185円,(b)は312円,(c)は524円のマイナスである。

札幌市の調査のうち建物清掃業務にみられる結果,つまり,最低賃金及びその付近に多くの労働者が分布している状況は,公契約条例案が札幌市議会に上程されていた当時の状況[24]と比べても,そう大きくは変わっていないとみて差し支えないのではないか。

 

(3)札幌市指定管理者調査

図表5-4 札幌市の指定管理者施設における雇用形態別職員数(2017年4月1日現在)

正規職員 非正規職員 合計
実数(人) 1,305 2,465 3,770
構成比(%) 34.6 65.4 100

出所:札幌市提供資料(札幌市による調査結果)より。

 

図表5-5 同,指定管理者の施設内容の区分ごとの正規職員及び非正規職員の時間当たり平均賃金(2017年度)

施設内容区分 代表例 全体 正規職員 非正規職員
1 レクリエーション・スポーツ施設 農業体験交流施設、区体育館、温水プール、ジャンプ競技場等 851人 188人 663人
1,103円 1,859円 888円
2 産業振興施設 産業振興センター、コンベンションセンター等 86人 39人 47人
1,387円 1,837円 1,013円
3 基盤施設 都市公園、駐車場、市営住宅等 354人 78人 276人
1,095円 1,530円 968円
4 文教施設 区民センター、地区センター、芸術の森、コンサートホール、青少年科学館、生涯学習センター等 871人 234人 637人
1,079円 1,437円 948円
5 社会福祉施設 老人福祉センター、養護老人ホーム、健康づくりセンター、児童会館、保育所等 1,608人 766人 842人
1,189円 1,352円 1,040円
全体 3,770人 1,305人 2,465人
1,140円 1,465円 967円

注1:2017年4月1日において指定管理者の職員であった者の2017年度中の賃金について作成したものである。
注2:施設内容区分は,総務省が2012年5月に実施した「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査」の施設区分による。
注3:次の者については,時間当たり平均賃金を算出するに当たり賃金が捕捉できない等の理由により対象から除外している。派遣労働者,勤務時間の定めのない職員。
注4:それぞれの時間当たり平均賃金は,賞与や諸手当を除くいわゆる基本給を基礎に算出したものである。
出所:図表5-4に同じ。

 

札幌市総務局改革推進室推進課から提供いただいた,指定管理事業に関するデータをまとめたのが図表5-4,図表5-5である。特徴は,第一に,施設で働く者のうち正規雇用者は,雇用全体のおよそ3分の1にとどまることである。残りは,フルタイム型あるいはパートタイム型の非正規雇用者である。

第二に時間当たり平均賃金をみると(市から提供されたのはこの平均値のみであって,分布は不明である),全体で1140円,非正規雇用者に限ると967円という水準である。注釈7に書いたように,最低生計費の試算に基づく目標値は1500円である。正規雇用者の平均値である1465円もそれに満たない。

なお,正規雇用者で金額が最も低いのは「社会福祉施設」の1352円である(同施設の非正規雇用者の平均賃金は1057円で逆に最も高い)。

これらの結果─正規雇用者が雇用全体の3割程度にとどまることや賃金水準の低いことなどは我々が過去に行った調査結果[25]と符合する。先にみた役務契約(とくに建物清掃と建物警備)同様に,フルタイムで働いても自活は容易ではない賃金水準である。

 

2)公契約条例制定前の旭川市での経験・調査事業

建設工事を対象にした札幌市の調査では,金額こそ不明であったが,ほぼ全ての事業者で引き上げが実施・予定されていた。ただこの結果を額面通りに受け止めてよいものだろうか。そのことを考える上で,方針から条例の制定に移行した旭川市の経験を紹介する。

(1)旭川市「建設工事下請状況等調査」の概要

旭川市では,方針に基づき2011年から「建設工事下請状況等調査」が実施されていた。

第一に,『実施要領』によればその目的は,旭川市が発注する建設工事において,元請負人と下請負人等との間における契約状況及び下請代金の支払状況を把握し,元請負人と下請負人等の契約関係の適正化を図ることにある。

第二に選定の対象となるのは,次に掲げる工事である。すなわち,(1)旭川市建設工事等低入札価格調査要領に定める調査基準価格を下回る価格により落札した工事。(2)次に掲げる(ア)から(オ)までの工事のうち,施工体制台帳の提出を求める工事で工事規模等を考慮して抽出した工事。(ア)「積算労務単価報告書」(様式1)において,積算労務単価が公共工事設計労務単価と比較して10%を上回る乖離のある工事,(イ)落札価格と調査基準価格との差が僅少な工事,(ウ)前年度の下請状況等調査において改善報告を求めた者が請け負っている工事,(エ)元請負人又は下請負人等が社会保険等(健康保険,厚生年金保険及び雇用保険)に未加入である工事,(オ)その他市長が必要と認める工事,である。第三に調査は,別表の項目に基づき,事業者への面接で行われる。では項を改めて,その結果をみてみよう(図表5-6)。

 

図表5-6 旭川市の建設工事下請状況等調査の結果

単位:件

2014年度 2015年度 2016年度 2017年度
元請負人注1 一次下請 元請負人注2 一次下請 元請負人 一次下請 元請負人 一次下請
調査実施件数 74 4 78 48 2 50 30 1 31 31 0 31
指導事項 元請負人が社会保険等に未加入であったもの 2 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0
下請負人が社会保険等に未加入であったもの 10 0 10 8 0 8 3 0 3 2 0 2
労務費の設定が公共工事設計労務単価から乖離があったもの注3 12 0 12 10 1 11 16 1 17 8 0 8

注1:2014年度の元請負人には,他の工事の一次下請負人としての調査をした5者を含む。
注2:2015年度の元請負人には,他の工事の一次下請負人としての調査をした1者を含む。
注3:設計労務単価の9割を下回るもの。
出所:旭川市「建設工事下請状況等調査の実施結果について」各年度より作成。

 

(2)旭川市による調査結果と現場調査結果との違い

指導事項のなかに,「社会保険等に未加入であったもの」とあわせて「労務費の設定が公共工事設計労務単価から乖離があったもの」があげられている。

乖離とは,設計労務単価の9割を下回るものである。調査件数が年によってばらつきがあるが,当該の件数は(2014~17年度),78件中12件,50件中11件,31件中17件,31件中8件となる。

逆の見方をすれば,(16年度は該当件数が半数を超えているが)残りの調査対象事業では,労務単価の9割以上が支給されていたことになる。年度によるばらつきがあるが,労務単価の9割以上が支給されているのであれば,良好な結果と言えるだろう。

しかし,旭川市発注の工事現場を対象にした我々の調査[26]─13現場を訪問して101人の労働者から回答を得た調査の結果からは,7割超が基本賃金に変化はなく,労務単価についても,その多くが遵守されていないという状況が明らかになった。

むろん,我々の調査も実施規模は小さく,また,重層的な請負構造の下部まで把握できているわけではない。

ただ,ここでの教訓は,「方針」を策定するなどこの分野で先駆的な自治体に位置づけられていた旭川市においても,こうした状況が確認されたことである。より正確に,かつ網羅的に現状を把握するためには,調査の方法や内容の検証が必要である。

 

(3)公契約条例制定後の旭川市の動向

公契約条例が制定された後の旭川市では,条例の附則事項に従い,旭川市契約審査委員会による,条例ならびにその運用状況の検討が行われ,その成果が『「旭川市における公契約の基本を定める条例」に関する検討結果報告書』に結実した(報告書の公表は2018年11月下旬)[27]

理念型条例から賃金保障型条例へ移行・発展させることについては,委員会内で合意が得られなかったものの,条例の実効性を確保し適正な発注行政を行う上でも,賃金支払いの実態把握を進めるべきである,と報告書にまとめられたことなどは評価できる。

以上のように,理念型条例が制定された旭川市でも,賃金実態の把握はなお未解決の課題なのであり,各自治体も,そのことの自覚は必要ではないだろうか[28]

 

 

6.まとめに代えて

札幌市の情報を中心に,自治体の取り組みや自治体が行っている調査結果など,公契約運動を進める上で有用と思われる情報の整理を行ってきた。

最後に,我々の調査・研究課題を意識しながら本稿で明らかにしてきたことを整理する。

 

1)本稿で明らかにしてきたことと課題

第一に,自治体の発注する仕事に関する情報の整理が必要である。

政令市である札幌市の場合,民間への仕事の発注規模は,金額でも件数でも非常に大きかった。金額は,全体でおよそ1900億円に達し,多くが人件費に費やされると思われる役務に限っても約500億円に及んだ。また件数でも,工事契約・建設関連業務も役務契約も物品購入等も,いずれも2000件を超えていた。

民間利用の方針には差があるだろうが,財政難や後でみる新たな次元の地方行財政改革を背景に,民間利用は各自治体でさらに進むことが予測される。発注者責任の履行という観点からはもちろんのこと,逆に,横浜市の例に示されるとおり,中小企業政策や地域の経済・産業政策を発展させるという立場からも,必要な情報の収集・分析は欠かせないと思われる。

第二に,公契約に関する方針の策定や関連する調査の実施が必要である。

公契約に関するルールが多くの自治体で整備されていない状況(公契約WT調べ)下で,札幌市では,建設工事でも役務契約(建物清掃業務,建物警備業務,建物設備運転・監視業務)でも,方針が策定されていた。事業者・受託者ルートではあるものの,賃金調査も行われており,とくに役務契約と指定管理事業では,支給賃金額まで把握されていた。政策の必要性を議論する上で,現場の実態把握は欠かせない。調査が実施されていることは高く評価できる(我々の運動の成果も反映しているのではないかと思っている)。今後,役務契約では,範囲を広げた調査活動が期待される。

それに対して,国の設定する労務単価の大幅な引き上げが続いている建設工事で実施されている調査(元請・下請調査)では,賃金額の把握にまでは至っていない。

同調査によれば,ほぼ全ての回答事業者で,賃金の引き上げが実施ないし予定されており,引き上げを実施・予定していないのも,すでに相場より高いか相場並みの水準の賃金を支払っているからだという結果だった。賃金額を調べない理由は何であるのか。技術的な理由なのか(しかし建設労組等では実施できている)。政策効果の測定にはこの調査内容で十分であると判断されているのだろうか。また,「相場」とはいくらなのか。設計労務単価の金額が実際に支給されているかどうかが重要なのではないか。

いずれにせよ,公契約に関する先駆的な取り組みをしてきたと評される旭川市や函館市の現状を踏まえても,札幌市の元請・下請調査結果には疑問が残る。金額の把握なくしてこの疑問は解消されないし,設計労務単価の引き上げという政策効果の測定のためにもその作業は行われるべきと考える。加えて,建設工事の重層的な請負構造という特徴をふまえても,より下層に位置づけられた事業者・労働者の実態把握も必要ではないか。

第三に,関連して,調査で把握されていた支給賃金の水準についてふれる。

役務契約の分野や指定管理事業の分野で把握されていた支給賃金額は,当然のことながら最低賃金は上回っているものの,全般的に低いと言える。役務契約のなかではとくに清掃業務が低い。総合評価方式を含む全体のうち3分の2弱が850円以下だった。また支給賃金はいずれも,建築保全業務労務単価を下回っていた。

指定管理事業の分野では,雇用全体に占める正規雇用の割合は3分の1だった。しかも,彼ら正規雇用者を含め,時間当たり平均賃金は,全体で1500円に達していなかった。賞与や諸手当を除く基本給を基礎に算出したとはいえ,総じて,低い金額と言えるのではないか。

以上のような状況は発注者にどう評価されているのか。現行最賃額を上回っていれば問題なしと考えられているのか,それとも,積極的に改善すべき課題ととらえられているのか[29]

第四に,賃金のこうした低さを制度的に規定している賃金算出根拠・金額の把握と検証作業が必要である。公共工事設計労務単価は大幅に引き上げられているが,建築保全業務労務単価では,最も低い清掃員Cでようやく1000円を超えた程度にとどまる。また,自治体臨時・非常勤職員の賃金が賃金算出根拠に使われていたり,内訳とくに人件費のウェイトが分からない見積もりがあるなど,労働者の適正な賃金支払いを確保するという観点から課題は少なくない。行政組織内で使われている賃金算出根拠・金額の検証が必要ではないだろうか。

参考までに,公契約条例が制定された自治体の委託等の報酬下限額の一覧を図表6-1に掲げる。800円台から900円台も散見される。条例が制定された自治体においてもなお,設けられた報酬下限額(賃金水準)の妥当性は検証が必要であると言えよう。

 

図表6-1 公契約条例が制定された自治体における委託等の報酬下限額

委託等(2018年度)の賃金下限額 地域別最低賃金額(2017年度)
千葉県野田市 建築保全業務労務単価の80%、市の発注実績、市職員給与等を勘案して得た額
職種等により異なる(例:設備・機器の保守点検 1,570 円)
868円
東京都渋谷区 職員給与条例に定められた額を勘案して得た額
一律 993 円
958円
東京都目黒区 職員給与条例に定められた額を勘案して得た額 958円
東京都日野市 最低賃金額、公共工事設計労務単価、建築保全業務労務単価、市に勤務する臨時職員の賃金単価等を勘案して得た額 958円
神奈川県川崎市 地域別最低賃金額を勘案して得た額
一律 995 円
956円
東京都多摩市 当該業務の標準的な賃金と認められる額(当面の間、生活保護水準を下回らない額を勘案して決定される額)
職種により異なる(例:下水道管渠清掃等作業 1,290 円)
958円
神奈川県相模原市 地域別最低賃金等を勘案して得た額
一律 1,000 円
956円
高知県高知市 高知市の生活保護水準を勘案して得た額
一律 784 円
737円
東京都国分寺市 当該業務の標準的な賃金と認められる額(厚生労働省『賃金構造基本統計調査』を参照)を勘案して得た額
職種により異なる(例:設備の保守点検 986円)
958円
神奈川県厚木市 地域別最低賃金額その他公的機関が定める労務単価の基準を勘案して得た額
一律 988 円
956円
東京都足立区 建築保全業務労務単価、生活保護水準、区の臨時職員の賃金単価等を勘案して得た額
一律 1,000 円
(平成29 年度足立区臨時職員単価(事務補助A)と同額)
958円
福岡県直方市 直方市行政職給料表1 級5 号給を下回らない額
一律 865 円
789円
東京都千代田区 公的機関の指標等を勘案して得た額
一律 1,042 円
958円
兵庫県三木市 地域別最低賃金額、その他公的機関が定める労務単価基準及び市職員給料単価等を勘案して得た額
一律 890 円
844円
埼玉県草加市 地域別最低賃金額等を勘案して得た額
一律 913 円
(草加市現業職員の初任給及び他自治体の賃金水準を勘案して得た金額)
871円
東京都世田谷区 区職員(高卒初任給)、地域別最低賃金等を勘案して得た額
一律 1,020 円
958円
千葉県我孫子市 我孫子市臨時的任用職員取扱要綱に定める事務補佐員の時間給の額、地域別最低賃金額を勘案して得た額
一律 869 円
868円
兵庫県加西市 職員給与規則、市内の同種の労働者の賃金等を勘案して得た額
一律 875 円
844円
兵庫県加東市 地域別最低賃金、その他公的機関が定める労務単価の基準、市職員の給料単価等を勘案して得た額
一律 880 円
844円
愛知県豊橋市 地域別最低賃金、その他公的機関が定める労務単価の基準等を勘案して得た額
一律 886 円
871円
埼玉県越谷市 地域別最低賃金、生活保護水準、その他公的機関が定める労務単価の基準等を勘案して得た額
一律 960 円
871円

出所:濱野(2018)より転載。

 

2)作業の担い手は誰か

以上のような作業を進める主体として,まず第一に,議員・議会があげられる。

議会の存在意義や取り組みに対する有権者からの懐疑を払拭するために全国の地方議会で議会改革が進められている。札幌市議会でも,「札幌市議会基本条例」(2013年2月26日制定,同年4月1日施行)が制定されている。条例に掲げられた崇高な精神や各条項(「市民参加」,「広報及び広聴の充実」,「政策の立案及び提言」)の具体化が,公契約条例の審議においても求められているのではないか[30]

第二に,とはいえ取り組みの中心となるべきは,労働組合ではないか。自治体発注業務で使われている賃金算出根拠の検証作業など,本稿でみてきたような諸問題への対応を想定すると,とりわけ,公契約の現状や課題に熟知しているはずの自治体の労働組合・組合員に期待をしたい。

国主導で進められる地方行財政改革で職場からゆとりが失われ,なおかつ,自治体自身が改革の担い手にならざるを得ないなど自治体労働組合の置かれた状況は厳しい。ただこの状況を放置すれば,発注者である自治体(自治体職員)と受託事業者・労働者とが反目するような事態に拍車がかかるのではないか。

今日,成長戦略,地方創生などを掲げ,人口減少時代を踏まえた新たな次元の地方行財政改革[31]が進められようとしている。自治体のリストラ,公共サービスの産業化に拍車をかけるこうした野放図な改革に歯止めをかけるためには,公契約領域における労働条件の整備が必要ではないか(整備されていないから野放図な改革が可能になっていると言えないだろうか)。

以上のことは,自治体を,住民の暮らしを守る砦とする取り組みでもある。自治体労働組合は具体的な作業に着手すべきではないだろうか。

 

 

(謝辞)

札幌市には多くの資料提供をいただきました。記して感謝申し上げます。ただし本稿の内容の誤りに関する一切の責任は筆者にあります。

 

<注>

[1]運動の主体は,札幌市公契約条例の制定を求める会(代表:伊藤誠一弁護士)と,旭川ワーキングプア研究会(代表:小林史人弁護士)である。川村(2018a)などを参照。なお筆者は,NPO法人建設政策研究所と,公益社団法人北海道地方自治研究所非正規公務労働問題研究会にも籍を置いて仕事をしている。本稿にはそこでの成果も反映している。

[2]建設政策研究所の発行する『建設政策』にその都度,情勢や経験などを短い文章でまとめてきた(本稿の下敷きにもなっている)。本文で適宜紹介する。

[3]日弁連貧困対策本部のメンバーに同行して実施した,公契約条例を全国で先駆けて制定した野田市での視察・調査の結果と,札幌市と同じく政令市である川崎市での視察・調査の結果を,それぞれまとめている。足立区の視察・調査結果も近刊予定である。ほかに,非正規公務労働問題研究会でともに仕事をしている正木浩司が多摩市と高知市の公契約条例についてまとめているので参照されたい。

[4]ちなみに札幌市では,本稿執筆時点でも業界団体からの賛同は得られていない。2019年4月に市長選,市議選を終えたところであるが,市長も議会の多数も,公契約条例の制定には前向きではない。同選挙結果や選挙時に我々が行った公開質問の結果をまとめた拙稿「公契約条例が問われた札幌市長選,市議選が終わる」『建設政策』第185号(2019年5月号)を参照。

[5]自治体議員にその役割を期待してまとめた拙稿「公契約条例の制定に向け,議員・議会の調査機能に期待する」『建設政策』第155号(2014年5月号)を参照。

[6]『建設政策』第176号(2017年11月号)から第183号(2019年1月号)までに,「自治体発注業務における賃金算出根拠を調べる(Ⅰ)~(Ⅷ)」と題して連載した。参照されたい。

[7]労働者には最低限いくらの時間あたり賃金額が支給されるべきか。この点について我々は,最低生計費の調査結果に基づき1500円という数字を念頭に置いている。その意味では,公契約領域における(職種ごとの賃金額への注目はもちろんのこと)賃金額全体の低さ・底上げの必要性についても関心をもつ必要がある。最賃問題の詳細については後藤ら(2018)を参照。

[8]公契約WT(2018)を参照。札幌市以外の34市に対してアンケート調査を行い,夕張市,赤平市,北斗市を除く31市から回答が得られている。

[9]公契約条例案が否決された後,札幌市からのヒアリングと提供資料でまとめた拙稿「公契約の適正化に向けた札幌市の取り組み」『建設政策』第160号(2015年3月号)も参照。

[10] 同基本方針は,札幌市のウェブサイト(「契約関係規程類」)に掲載されている。

[11]旭川市の方針については,拙稿「公契約に関する旭川市の取り組み─旭川市の資料より」『建設政策』第163号(2015年9月号)を参照。また旭川市で制定された公契約条例の評価は,川村(2017a)を参照。

[12] 永山利和監修『公共事業の適正な執行を求める行政指導/函館市・小樽市における実践(建設政策研究所・東京土建一般合同調査報告書)』建設政策研究所・東京土建一般労働組合,2004年12月5日発行。

[13]函館市のウェブサイトで「適正な工事の施工を!─工事,委託の施工上の留意事項─」を参照。

[14]川村雅則,鈴木亙「公共工事設計労務単価改善下の建設労働者の賃金実態(Ⅲ)」『建設政策』第167号(2016年5月号)。

[15]拙稿「公共事業データ分析に着手しよう─公共事業を足下から考える」『建設政策』第144号(2012年7月号)を参照。

[16]拙稿「公共事業データ分析にみる公共事業と雇用の関係─雇用創出効果は事業規模の小さい工事で高い」『建設政策』第147号(2013年1月号)を参照。

[17]横浜市の経験を知ったのは,地域経済・地域再生に関わる対談論文である岡庭一雄×岡田知弘「住民自治を生かした地域経済の発展」『経済』第230号(2014年11月号)である。

[18]このことについて例えば,前掲・後藤ら(2018)のうち,岡田知弘の論文「最賃引き上げと地域内再投資」,「中小企業も地域経済も元気にする道」などを参照。

[19]札幌市のウェブサイト(「中小企業振興条例」)で閲覧が可能。なお,本文にあげた以外の札幌市の責務として,「基本理念にのっとり,中小企業振興施策を総合的に策定し,及び実施しなければならない」ことや国など関係機関との連携などがあげられている。

[20]実際,我々の聞いた範囲でも,公契約条例が制定された自治体では,設定される労働報酬下限額まで臨時・非常勤職員の賃金水準が引き上げられている。

[21]公契約条例が制定された自治体でも,職員が労働現場の直接の把握を行っているわけではない。行われているのはあくまでも事業受託者から提出された台帳等を通じた現場の把握である。そのため,重層的請負構造となっている建設工事現場ではとくに,条例で定められた報酬下限額が支給されていないのではないかという疑義が当該地域の労働組合から出されている。公契約条例が制定されても,それで終わりではないのだ。

[22]この項は,拙稿「自治体の建物清掃・警備・設備運転業務従事者の賃金─札幌市の調査結果に基づき」『建設政策』第186号(2019年7月号)を参照。

[23]札幌市の説明によれば,いずれの調査においても,2013年度調査から,より正確な所定内賃金が把握できるように調査様式を一部変更したため,2012年度調査との間に完全な連続性はないことに留意されたい。その主な変更点は,①基本給及び手当の記載を月支給額に変更(2012年度は月額・日額・時給の選択式),②所定労働時間を日,週及び月の3区分記載に変更(2012年度は上記①の選択に応じた区分の選択式)である。

[24]建設政策研究所の研究員である佐藤陵一は,幌市議会で公契約条例案が審議されていた当時に,北海道ビルメンテナンス協会の会員企業を対象に網羅的な調査・研究を行い,その成果を配信している。氏の「「最賃」に張り付いた清掃員の賃金から公契約条例を考える!」2013年7月発行と,「札幌市の「履行調査」に対する受託企業の「報告書」を検証」2014年⚑月発行を参照。

[25]データはやや古いが,筆者は,札幌市内の指定管理者導入施設の施設長を対象にした調査と,児童会館施設に対象をしぼった調査とを過去に行っている。後者の調査では,働く人たちを直接の対象としたアンケートも実施した。拙稿「北海道における失業・不安定就業問題(Ⅳ)指定管理者分野における雇用・労働」『北海学園大学経済論集』第59巻第3号(2011年12月号),「北海道における失業・不安定就業問題(Ⅴ)指定管理者制度が導入された施設で働く人たちの雇用・労働」『北海学園大学経済論集』第60巻第4号(2013年3月号)を参照。

[26]旭川ワーキングプア研究会の名でまとめた『2015年度旭川ワーキングプア研究会旭川市の公共工事現場調査報告書』2016年6月発行を参照。

[27]報告書の内容や報告書に対する評価については,拙稿「札幌・旭川で公契約集会が開催され,旭川市では公契約の検討結果が出される」『建設政策』第184号(2019年3月号)を参照。

[28]紙幅の都合で省略するが,帯広市の取り組みも参考になる。帯広市では,(1)「市の業務委託に関する実態調査」と「下請契約の適正化等の実態調査」が実施されている。前者だけでなく建設工事である後者の調査でも,賃金に関する項目があり,具体的には,公共工事設計労務単価に比べてどの位の賃金を支払っているかが尋ねられている。(2)函館市同様に,市の発注する工事の施工や委託業務等の履行にあたって,雇用の安定と就労の促進を図ることを目的とした留意事項が作成され,事業者への周知が図られている。以上の詳細は,帯広市ウェブサイトの「入札情報」のページを参照。

[29]国任せではなく,こうした分野の政策立案・拡充を,地方自治体自身が積極的に進めていくことが求められているのではないか。その点で注目を集めているソウル市の取り組みについて上林(2017)を参照。

[30]札幌市議会に公契約条例案が上程されていた当時(2013年)も,条例案が「継続審議」扱いになりながら,審議が進んでいないこと(「賛成派も反対派も,意義や課題を議場でぶつけ合い,市民に伝える努力を」していないこと)が地元紙で批判的に報じられた。「(議会ウォッチ)市政のほころび次々/追求不足,疑問積み残し」『北海道新聞』朝刊2013年3月29日付。

[31]総務省・自治体戦略2040構想研究会の報告を参照。

 

〈参考文献〉

・小畑精武(2010)『公契約条例入門─地域が幸せになる”新しい公共”ルール』旬報社

・川村雅則(2017a)「旭川市における公契約条例の制定と今後の課題」『北海道自治研究』第576号(2017年1月号)掲載

・────(2017b)「公契約条例に関する調査・研究(Ⅰ)野田市の公契約条例に関する調査・研究」『北海学園大学経済論集』第65巻第3号(2017年12月号)掲載

・────(2018a)「社会的な賃金制度の確立めざす」『労働情報』第974号(2018年10月号)掲載

・────(2018b)「公契約条例に関する調査・研究(Ⅱ)川崎市の公契約条例に関する調査・研究」『北海学園大学経済論集』第66巻第3号(2018年12月号)掲載

・────(2018c)「官製ワーキングプア(Ⅷ)総務省「会計年度任用職員制度の準備状況に関する調査」にみる,北海道及び道内自治体等における臨時・非常勤職員の任用状況等」『北海学園大学経済論集』第66巻第3号(2018年12月号)掲載

・上林陽治(2015)「公契約条例ならびに公契約基本条例をめぐる論点」『自治総研』第41巻第1号(2015年1月号)掲載

・────(2017)「市民の人権を守る地方自治体の労働政策─韓国・ソウル市の取り組み」『北海道自治研究』第584号(2017年9月号)掲載

・────(2018)「公契約条例の現状と要件」『北海道自治研究』第594号(2018年7月号)掲載

・公契約条例を社会に広げることをめざすワーキングチーム(2018)「入札・契約に関する道内全市アンケート調査の結果について」『北海道自治研究』第592号(2018年5月号)掲載

・後藤道夫ら(2018)『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし─「雇用崩壊」を乗り超える』大月書店

・田中孝男,木佐茂男(2016)『自治体法務入門新訂』公人の友社

・永山利和・自治体問題研究所(2006)『公契約条例(法)がひらく公共事業としごとの可能性』自治体研究社

・永山利和・中村重美(2019)『公契約条例がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社

・濱野恵(2018)「公契約条例の現状─制定状況,規定内容の概要─(資料)」『レファレンス』第812号(2018年9月号)掲載

・正木浩司(2018)「多摩市公契約条例の特徴と制度運用の現状について─2018年調査の結果に基づき」『北海道自治研究』第598号(2018年11月号)掲載

・────(2019)「高知市公共調達条例の特徴と制度運用の現状について─2018年調査の結果に基づき」『北海道自治研究』第602号(2019年3月号)掲載

 

 

(関連記事)

三苫文靖「ALTの現場で何が起きているか(2021年度第2回札幌市公契約条例の制定を求める会連続学習会の記録)」

宇夫佳代子「学童保育指導員の働き方と労働の実態(2021年度第3回札幌市公契約条例の制定を求める会連続学習会の記録)」

林亜紀子「民間共同学童保育と自治体の役割(2021年度第3回札幌市公契約条例の制定を求める会連続学習会の記録)」

境君枝「コロナ禍から見えてきた、様々な制度上の問題点(2021年度第4回札幌市公契約条例の制定を求める会連続学習会の記録)」

 

 

 

>北海道労働情報NAVI

北海道労働情報NAVI

労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

CTR IMG