労働安全衛生活動の歴史と職場での労安衛活動の進め方/職場のパワハラ防止をめざして


2020年オンライン労働安全衛生学校
パネルディスカッションの記録
「職場のパワハラ防止をめざして」

 

パネラーからの報告

コーディネーター
川村 雅則氏(北海学園大学経済学部教授)
パネラー
村山百合子氏(過労死を考える 会・家族の会)
吉根 清三氏(札幌ローカルユニオン「結」)
佐々木 潤氏(弁護士)
木村 憲一氏(全労働北海道支部)
岩佐 雅寿氏(特別養護老人ホーム副施設長)

川村雅則さん(北海学園大学教授)

川村 「職場のパワハラ防止をめざして」と題したパネルディスカッションを行います。

今回の目的は、第1にパワハラは被害を受けた労働者にとどまらず、職場全体に大きな被害を及ぼすことを理解すること、第2に「パワハラ防止法」が施行されましたが、その意義と職場での活かし方を考えること、第3にパワハラを無くすための取り組みを学び交流することです。

パネラーを5人にお願いしています。私はコーディネーターを務めます北海学園大学の川村雅則です。
各パネラーの皆さんには報告の際に簡単に自己紹介をお願いいたします。それでは報告をよろしくお願いいたします。

〇労災認定の厚い壁

村山百合子さん(過労死を考える 会・家族の会)

村山 私は2013年9月に新卒で勤務してわずか6ケ月で息子を亡くしました。職場のパワハラが原因です。労災補償を求めてたたかっています。村山百合子です。北海道過労死を考える会・家族の会の世話人代表です。

息子が亡くなり、2015年9月に労災申請しました。不支給決定となり2017年11月に再審査請求も棄却され、現在不支給決定取り消し裁判を行っています。

現在、裁判係争中ですがパワハラ問題への対応は難しいと感じています。

その理由は、病院職員にかん口令が敷かれているため、「なぜ自死したのか?」証拠探しが非常に困難です。手術室の勤務で医師から「お前はこの病院のお荷物だ」と言われたと遺書に書かれていました。この医師のパワハラ被害者は他にもいると聞いていますが、命を救う医療現場で、同じ人物によるパワーハラスメントが繰り返されている現状があります。そして、いじめがあるにもかかわらず、職員は口を開いてくれません。事実を話してくれそうな元同僚も、8年経過してもフラッシュバックを起こす状態で証言や証拠が得られず立証が困難です。

二つ目には、労災の精神障害.認定基準では、精神的負荷の判定は新人と経験者は同一で判断されます。初めていのちと向き合う新人という属性も加味されるべきと思います。

また、息子の職場では、仕事でのミスやパワハラを無くすための手だてはどうだったのか。「ヒヤリハットは本人が落ち込むので書かせない」と、「今までにないミスをする看護師だ」という評価にもかかわらずヒヤリハットが記録された用紙は1枚しかありませんでした。ミスや事故を防ぐために日常的に手だてをとっていたとは思えません。

三つめは、相談窓口や協力者が被災者家族には分からないことです。自分や家族はもちろんのこと、周囲でもこのような経験をした人は誰もいなかったので、弁護士や行政、支援団体など相談窓口が分らず時間がかかってしまいました。労災申請、裁判などの弁護士費用なども多額である現実を実感し、労災申請や裁判を諦めてしまう人がいるのではないでしょうか。

以上のことから今現在、証言が得られず大変苦労していますが、支援者、協力者の重要性、情報発信の重要性を日々感じながら、裁判に立ち向かっています。

川村 深刻なハラスメント被害の実態と、労災補償を受ける上での厚い「壁」の存在の指摘がありました。貴重なご報告をありがとうございました。

〇労働相談にみるハラスメント被害

吉根 清三さん(札幌ローカルユニオン「結」)

吉根 私は札幌ローカルユニオン「結」、個人加盟の労働組合の顧問をしております。日頃は札幌地区労連の労働相談員として相談を受けています。
痛感するのは「退職強要」などメンタル不全になる労働者が増えていることです。三つの事例を紹介します。

一つ目は、営業マンのOさんの事例です。

グループリーダーのSさんは、面倒見がよく会社の違法性を直談判してくれる存在でした。ただ彼は、支店長と犬猿の仲でした。そして、Sさんが退職するとOさんはこの支店長から執拗な退職勧奨を受けることになり、「結」に相談に来られました。Oさんは最終的に一方的に解雇されることになるのですが、精神障害で労災申請をして「労災認定」を勝ち取り、現在損害賠償訴訟で争っています。

二つ目は、国産材の買い付けや調査の総合職のFさんの事例です。

東京に本社があり大阪勤務も経験、2015年札幌支社へ転勤。札幌支社長と折り合いが悪くなりパワハラを受けて2016年にうつ病を発症しました。5月から休職し2017年4月に復帰プランに基づき復職。復帰後の配置転換、長時間労働、役員のパワハラ、退職勧奨を受けて、弁護士に相談し「結」を紹介されて団体交渉を行い、職場復帰を目指しています。同時に労災申請を準備しています。

三つ目は、現在の会社の専務に引き抜かれて正社員で入社したGさんの事例です。

パソコンを使った仕事は経験がない旨を面接のとき告げて採用になりました。しかし、入社後も研修が行われず、業務内容の周知もなく放置され、あげくに、仕事での失敗を大声で叱責されるなどハラスメントを受けるようになりました。2020年に上司のミスの責任を負わされ、専務や社長から退職を強要され、パワハラによるうつ病でメンタル不全が続いています。弁護士に相談して「結」を紹介され、労災申請や金銭解決による交渉を続けていますが、パワハラによる傷は深い状態です。

三つの事例に共通するのは、職場の中では労基法上の労使対等原則が存在しないことです。労働者は、職場の中で弱い立場に置かれハラスメントが広がっています。簡単に言えば、利潤追求で合理化が進められて、能力主義の導入でより競争を強いられています。会社の評価で、「能力がない」、「仕事が出来ない」など、多くの労働者が傷つけられています。

相談の中では、精神的に追い詰められた状態になっていることに相談者自身が気づいていないこともあり、こちらから、一度病院に行ったらどうかと助言しています。何故、こんな状況になったのか。職場の中で助け合いが出来ない。労働組合の組織率は16.7%と大変低くなっています。また組合のある職場でも安全衛生活動が行われていません。

3つの事例の中のFさんは、会社のパワハラでメンタル不全になりながらも望まない業務を続けています。症状悪化を懸念して、会社に対して損害賠償請求を徹底して追及出来ない状態です。Gさんは、労災認定できるか分からないリスクがあり、和解せずにたたかうことで症状の悪化が懸念されます。現状の労災認定の基準を大きく下げないと、労働者の健康を守ることは出来ないと痛感しています。

この3つはほんの1例にすぎません。メンタル不全の労働者がとどまることなく増えています。背景には1995年に日経連が出した「新時代の日本的経営」があります。経営の効率化と称して労働者を分断して派遣や非正規雇用者を増やし成果主義賃金の導入を促進しました。労働基準法や労働安全衛生法を、骨抜きにする動きが強まりました。こうした動きを跳ね返すことが必要だと思います。

川村 「新時代の日本的経営」が方針として打ち出されたことは、労働者の選別や「使い捨て」を強化する契機になったと思います。新卒採用の若者たちは、即戦力としての働きを期待され、一方で、支援が弱い状況に置かれています。そうした中でこそパワハラ対策が必要となるわけですが、では、今年6月から施行された「パワハラ防止法」について、弁護士の佐々木先生お願いします。

〇パワハラ防止法の概略と評価

佐々木 潤さん(弁護士)

佐々木 弁護士の佐々木潤です。いの健道センターが受けた相談のうち、対応が必要な事例を、いの健道センターに関わる弁護士たちと相談しながら担当しています。

施行されたパワハラ防止法の正式名称は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(略称:労働施策総合推進法、通称:パワハラ防止法)と言います。施行は大企業、2020年6月1日ですが、中小企業は2022年4月1日です。まだ、1年半あると悠長に考えている人がいますが、施行に向けた整備をすることが必要です。

この法律では、パワハラの定義が明示されました。①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、③労働者の就業環境が害されるものとされました。法律で示されたことも重要ですが、事業者に対してパワハラ防止の責務と義務があると明確にしている点が重要です。厚生労働省は、2020年1月15日に「パワーハラスメント防止のための指針」を告示しました(以下、指針)。

常に問題になるのは、定義の②「業務上必要かつ相当な範囲内で行われる適正な業務指示や指導」を巡る問題です。指針では典型的なパワハラ類型を「身体的攻撃」「精神的攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個への侵害」とし、その具体例を挙げていますが、限定列挙ではないとしている点が重要です。労働者側としては、事業者に責任と義務を課していることをメリットとしてとらえることが大事です。

事業主側への罰則がないことが不十分との意見があります。しかし、法に基づいて、事業主は職場の安全配慮義務や職場環境を適正にする義務などなどが細かく提示されています。罰則がないからとないがしろにするのではなく、行政と一緒に、事業主に理解をさせるための取り組みを労働者側から働きかける必要があります。

指針の中でも、労働者や労働組合が参画して安全衛生委員会など活用するのが望ましいと明示されています。事業主は体制を整え、マニュアルの作成、研修や啓発活動を行う責任と義務があります。

実際にハラスメントの事案が起きた場合は、事業主は事実関係の調査を行い、ハラスメントが認められたときにどう処分するのか判断しなければなりません。問題は、認められなかった時にどうするのか、職場の中では被害者又は加害者の関係が継続しています。被害を訴えた人、行為を行った人、加害者と認められなかったが一時は目された人に対して、事業主として、どのようにするのか考えて対応しなければなりません。

相談する場がなければ人事部を活用することも一案です。有効に機能しない場合は、行政、労働組合、いの健、弁護士等に相談するなど、都度、一番よい方法を活用することが必要です。

繰り返しになりますが、パワハラ防止法が施行され運用されても、矛盾点や問題点が出てくると思います。しかし、法律で事業主の責務は明確に示され、国から指針も出ているのだと積極的に捉えて活用していくことが重要です。社内にちゃんとした制度を作っている会社もあれば、何かあったらトップが対応する慣例しかないところもあり、千差万別であると思いますが、今回の指針を受けて組織的に整備していく出発点と理解して取り組みを進めることが必要です。

川村 加害者への対応などが難しい問題はあると思いますが、事業主にパワハラ防止の責務と義務があり、それを果たさせる立場から積極的にこの法律を受け止める必要があるということですね。では、労働行政の側での対応はどうなっているのでしょうか?

〇労働行政の立場からの助言

木村 憲一さん(全労働北海道支部)

木村 全労働省労働組合北海道支部の木村憲一です。パワハラ防止法に関して私が大切だと思っていることについてお話しします。まず、第1にパワハラ防止法は禁止法ではないということです。

3つのポイントにしぼってお話しします。国に言えばパワハラを止めさせられるのか?そうではありません。

一つは、パワハラが定義されましたが、パワハラであることの認定やパワハラ行為を直接止めることはできません。罰則もないし、逮捕することもできません。

二つは、事業主にパワハラ防止の雇用管理措置義務があり、防止する義務があるということです。

三つは、相談者への不利益取り扱いは禁止されているということです。

行政を使うという観点から言えば、事業主にはパワハラ防止の雇用管理措置義務があり、相談者への不利益取り扱い禁止規定があります。パワハラ防止法ができたからとパワハラが無くなることはありません。行政の権限には限りがありますが、これらの二つのルールを積極的に使う視点が必要です。

パワハラだと行政に訴えても、行政は認定できません。パワハラはこういうものだと定義はできますが、これはパワハラだとは言い切れません。パワハラ行為を直接止めなさいと命令はできません。繰り返すとおり、罰則もないし、監督官が逮捕をすることもできないのです。

そこで、雇用管理措置義務と相談者への不利益取り扱い禁止を目いっぱい使いましょうというのがポイントで、事業主がパワハラ対策をしないことは止めさせられることができるのです。パワハラ対策をしなさいと国は指導ができます。行政に「パワハラが酷いので取り締まって欲しい」と言っても、「パワハラかどうか分からないので止めることは出来ない」と返ってくる。でもこれを、「事業主に相談しても取り合ってもらえないので取り締まって欲しい」と言葉を変えて言えば、行政は対応しなければならなくなります。

不利益を受けている場合も、「パワハラを受けているので取り締まって欲しい」では対応が難しいけれども、「事業主に相談したら、同意なく未経験業務に回された」と不利益を受けていることを明確に伝えれば、不利益取り扱い禁止に当てはまるので指導ができるということになります。

個別紛争解決援助制度も活用できます。①労働組合があれば、労働局長の助言・指導・勧告、②労働組合など使わずに個人で行う場合は、労働局に相談すると第3者による調停会議になります。事業主がどう対応しなかったのか明らかにすることが大事です。

中小企業の法施行は2022年4月からです。パワハラ防止の雇用管理措置義務だけ2022年4月からですが、①パワハラの定義と③相談者への不利益取り扱い禁止はすでに活用できます。相談したことで不利益があれば、この時点で違法と訴えることができます。我慢せずに「パワハラ防止法」を活用することをすすめます。

川村 事業主がパワハラ対策をしない、そのことをやめさせることができるという説明は分かりやすかったと思います。この法律はILOが採択したハラスメント条例と比して不十分であるという意見が多く聞かれますし、実際その通りだと思います。一方で、できた法律を現場でどう活用していくかという視点が大事です。吉根さん、この点どうでしょうか?

〇ハラスメント問題の解決で労働組合が果たす役割

吉根 被害を受けた労働者が、法律を活かして労働行政に持ち込んだとしても、後で逆恨みされてかえって酷い目に合うことが心配です。個人では無理で、労働組合として取り組むことが必要だと思いながらお話を伺いました。

川村 吉根さんのところにはメンタル不全で倒れた人が数多く相談に来ています。その場合、法律の活用は個人ではなく労組としての対応になりますよね。

吉根 メンタル不全の方には、個人での対応は困難ですので、まず労組に入ってもらい団体交渉を行います。安全配慮義務を果たせ、と使用者に対して申し入れます。事実関係を質して会社の出方を見ながら対応しています。労働者本人を守ることが第一で、本人が攻撃を受けないように対応を図っています。

川村 不誠実団交は許さない、という点でも、労働組合には会社に立ち向かうことができる機能とパワーがありますね。佐々木先生、弁護士の立場からはどうでしょうか?

佐々木 ハラスメントで会社に対して問題提起するのは、労働組合の団体交渉が一番と思います。団体交渉は拒否できませんので、労働組合の申し入れは有効な手立てであり重要です。弁護士の立場では、ハラスメントの被害を受けた労働者が、その職場で働きながら解決するのは困難であると思っています。労働組合を通じて解決することが近道です。

川村 組合の無い職場の労働者は、個人加盟の労働組合に入って解決を目指す。組合がある職場では法を活かしてパワハラ防止へ対応を強めるということですね。他にご意見いかがでしょうか。

木村 北海道労働局に寄せられる労働相談は、昨年度、37,800件でした。その内、3分の1は「いじめ・嫌がらせ」で、10年前から最多が続いています。この相談の中で「助言・指導」と「あっせん」は合わせて600件くらいでこれも増加傾向です。しかし、個別労働紛争の解決は困難です。北海道労働局では担当者はわずか2人で、実務的にも厳しい状況です。労働行政が役割を果たせるようにしなければなりませんが、同時に、労働組合の活用が不可欠です。

川村 それではここで、介護現場でのハラスメント問題と対策についてご報告をお願いします。

介護現場におけるハラスメント問題と対策

岩佐 雅寿さん(特別養護老人ホーム副施設長)

岩佐 勤医協福祉会 特別養護老人ホームもなみの里に勤務している岩佐雅寿です。私は介護現場におけるハラスメント問題について報告します。

介護現場では、利用者や家族等による介護職員への身体的暴力や精神的暴力、セクシュアルハラスメント(以下セクハラ)が少なからず発生しています。その背景としては、①介護サービスは直接的な対人サービスが多く、②利用者宅への単身の訪問や利用者の身体への接触も多い、③職員の女性の割合が高い、④生活の質や健康に直接関係するサービスであり安易に中止できないことなどが指摘されています。

利用者・家族等からのハラスメント対策については、職場におけるハラスメントとは異なる対応が必要です。

ハラスメントは介護職員への影響だけでなく、利用者自身の継続的で円滑な介護サービス利用の支障にもなり、生活の質や健康が害される恐れがあることから、厚生労働省では「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を作成し、周知を図っているところです。

2019年度に実施された全国の介護職員を対象とした実態調査では、利用者や家族等からハラスメントを受けたことがあると回答した職員の割合は利用者本人からが54.0%・家族等からが18.8%でした。内容別では、身体的暴力64.3%・精神的暴力71.3%・セクハラ38.7%・その他が3.2%でした。利用サービス別では、①訪問系サービスは、「精神的暴力」の割合が高い傾向がみられ、②入所・入居施設は、「身体的暴力」及び「精神的暴力」のいずれも高い傾向となっています。

ハラスメントを受けたことにより、けがや病気になった職員は12.9%、仕事を辞めたいと思ったことのある職員は、29.7%でした。介護職員がセクハラを受けた際の対応は訪問介護の87.1%を筆頭に、多くの職員が上司に相談したと回答しています。しかし、4~6割が「変わらなかった」と回答しています。事業所が「ハラスメントは発生していない」と回答した場合でも、その事業所で働く職員は「ハラスメントがある」と回答していた例も非常に多いのが実態です。

事業所の対応が難しい理由のひとつに、「認知症」の問題があります。認知症の人は本人に悪意があるかどうかを認定することが困難です。止めるよう利用者に促したとしても、効果があるかどうかは不透明です。

介護職員の多くは、目の前の利用者の暮らしをより豊かにするために、利用者第一の精神で向き合っています。事業所は、そんな職員に甘えることなくきちんと対応していかなければ、事業所をやめられるだけでなく、介護業界から去られていくことが後を絶たなくなると危惧されます。

これまで介護現場でのハラスメント問題は、職員個々のケアの力量不足によるものとされる傾向にありましたが、パワハラ防止法成立等の動きの中で、組織的な対応が必要だとの認識となっています。国の役割は、介護人材を安定的に確保し、介護職員が安心して働くことのできる職場環境・労働環境を整えることにありますから、介護現場におけるハラスメント対策は国としても緊急な課題であると言えます。

私たちの職場でも「在宅医療介護現場でのハラスメントに関するアンケート調査」を実施しました。利用者や家族等からハラスメントを受けたことがあると回答した職員の割合は、セクハラ34%・パワハラ33%でした。自分以外がハラスメントを受けているのを見聞きした割合は、セクハラ36%・パワハラ24%でした。つまり、60%を超える職員が利用者または家族からのハラスメントに関わったということになります。

調査結果を受け、勤医協福祉会では、利用者や家族等からのハラスメントは職員個人の問題ではなく、施設・事業所及びこれを運営する法人の問題として位置づけ、2019年12月に「在宅サービス提供現場におけるハラスメント対応ガイドライン」を作成しました(下表を参照)。

1.ガイドラインにおけるハラスメントの定義
2.ハラスメントレベルの例
3.ハラスメント防止策として事業者が取り組む事
4.発生時の対応
①ハラスメント発生時の初期対応
②ハラスメント発生後の対応
③ハラスメント発生後の警察対応が必要な場合
5.ハラスメント後の被害職員のフォロー
6.日常的な対応

事例検討を行っていますが、職場で重要だと思うのは、多くの介護職員は、支援が必要な方々に出来るだけ寄り添い、可能な限りの支援を、知恵を絞りながら提供し、人間としての豊かさを保つことが仕事のやりがいで、それらの実現を目指しているがゆえに、職員は自己犠牲の精神が助長されるリスクもはらんでいるとも言えます。支援を必要としている方々は、様々な疾患等により、正常な判断や行動ができない方も少なくありません。

ハラスメントに該当する事態になっていることに気づかずに、個人または事業所で対応できる状態を逸していても、なお自分達の力で何とかしなければと考える事例が多々あるというのが現実です。日常的にハラスメント事例は発生していても、表立って組織的に相談や報告がされるケースは少ない状況にあります。これは業界特有の課題だと思っています。

ですから、組織的な実態把握を推進していくためには、「相談しやすい組織体制の整備」が課題なのですが、利用者・家族からのハラスメントに対して、職員は「つい我慢してしまう」という心理が働きやすい状況にあります。

この心理的な壁を崩さない限り、「相談窓口の設置」など形だけの体制を整えても、十分に機能させることは困難です。必要なのは、介護現場からの発信を待つだけの姿勢ではなく、報告・連絡・相談が組織に確実に届くための仕組みづくりにあると考えます。

川村 利用者からのハラスメントという事実は、上司・同僚の間で理解しやすいのかと思っていましたが、むしろ、共有が難しい状況にあることを知りました。その上で、問題を見えるように組織的な対応を検討しているということでした。なんでも安心して話すことのできる環境は重要ですよね。

 

パワハラ防止法をどう活用していくか

 

川村 各パネラーの皆さんの報告が終了しました。参加者の皆さんからもご意見などを出していただき、「パワハラ防止法」に関してさらに理解を深めていけたらと思います。私から弁護士の佐々木先生への質問です。先生がもし企業の顧問弁護士だとした場合、法の施行にあわせてどのように対応されますか?

佐々木 私が事業主に助言をする機会がもしあったら、「指針」に沿って事業者の取り組みを一つずつ、できるかどうかチェックしてみましょうとすすめます。指針に沿ってない場合は、どうしますかと事業主に尋ね、きちんと対応しなければ今後、新しい職員は入ってきませんよ、と伝えます。悩みを持った職員のことを考え、きちんと対応したほうが良いですよ、と助言します。

川村 ハラスメントとはっきり認定された場合ではなくとも、働きやすい職場づくりと合わせて、職場の安全衛生委員会を活用することが考えられます。また、各職場で相談窓口が設置された場合でも、どうすれば使われるようになるか、参加者の中で経験などありましたら発言をお願いします。

菱木 高教組の菱木淳一です。先月、組合の若い先生を対象にハラスメントや防止の仕組みづくりを話す機会がありました。質問では「ハラスメントに該当するかどうか、該当しないケースにはどんな対応が必要か」、「モラルハラスメントへの対応はどうするのか」、「ひどいことを言う人に対して指摘ができても改善にはならない」などが出ました。

思想家の内田樹さんのブログで、ハラスメントは古いフランス語のハレイス=追跡に由来するとありました。獲物に追いかけられて追い詰められ、倒れるまでそれが続く状況とのことです。パワハラ被害を受けている人は尊厳が傷ついて人権感覚がマヒする状況にあることを踏まえることが必要であると思います。高教組では、パワハラの定義を書いたグッズを各職場に届けて相談のきっかけになるよう対応しています。

川村 学校職場は労働時間管理がされていません。最近、ようやくタイムカードの導入が進んでいますが、ただ、仕事自体は減っていませんので、労働時間も減っていません。女性の場合、結婚や妊娠、出産で、男性のように働くことが出来ないケースがありますが、長時間労働が当たり前の職場では、そういう人たちは「一人前」ではないとみられがちで、パワハラの温床になると思いますが、いかがでしょうか。

菱木 育児・介護が必要な人が増えてきていますが、制度を使うと「自分は役に立っていない」と悩んでいるケースがみられます。北海道では変形労働時間制の導入が全国に先駆けて提案されています。しかし、育児や介護が必要な人はこの制度下では働けなくなります。そもそも仕事が8時間では終わらないことが当たり前の状況になっています。今の学校の大きな課題です。

川村 育児や介護のための制度を使う場合に「申し訳ない」と当事者が思わざるを得ない状況をどう変えてゆくのか。根本的には教員の定数を増やすなど、周りも安心して、当事者を育児や介護に送り出せる職場にしなければと思います。もっとも、雇用の非正規化という点でも、職場は安心して働くことができない状況です。この点について全労働の取り組みはどうでしょうか。

木村 「パワハラ公募」という問題があります。ハローワークで専門知識を持ち国家資格を持った人が、予算上の制約は何もないのに、非常勤職員という立場ゆえに3年の雇用期限で「公募」を課せられています。公募に落ちれば職場を辞めざるを得ず、同僚や新しく受験する人たちと「争う」ストレスで追い詰められています。

育児や介護の負担と同じで、当事者でなければ気づかない辛さがあり、毎年12月末から非常勤職員は恐ろしい思いをしている、ハラスメントを受けています。こうした現状を無くすために、この法律の一番のポイントである「防止」を強調したい。予防しない限りこの問題は解決しません。

川村 貴重な報告でした。非正規労働者の置かれた立場全般に言えることですが、当事者でなければ見落としてしまいがちな問題があります。結果、ハラスメントが構造化されてしまう。組織された労働者も人権の感度を強めていかなければなりません。吉根さん、次々とまいこむ労働相談に対応されていますが、今後の課題はどうお考えですか?

吉根 問題状況の広がる背景に労働法制の規制緩和があります。労働安全衛生委員会も労働組合の力が弱くなり、企業側が統括労安委員会の責任者を握っています。これだけ働く人が病み、命を奪われる状況に対して、労組は市民とも対話して、この問題をいろんな場面で取り上げる必要がある。例えば、建設工事や業務委託など自治体発注の仕事で結ばれる「公契約」の領域で働く労働者のテーマとして取り上げることなども必要であると思います。過労死を無くすことが本当に必要で、こうした状況を止められないことを危惧しています。

川村 公契約条例の話が出たので補足しますと、さっぽろ青年ユニオンの皆さんが、コールセンターでの「過密な労働環境」がコロナ感染症を広げていると札幌市に対して改善を申し入れました。札幌市は助成金でコールセンターの誘致をしていることを踏まえてのことです。公契約条例というと賃金のことに注目が集まりますが、働く人の命や健康を守ることも重要なテーマです。今後も市民的課題として議論してゆければと思います。

職場の中でパワハラ防止の予防と解決のルールを可視化して取り組んでいると勤医労の田村さんからチャットにコメントが入りました。田村さんお願いします。

田村 北海道勤医労の田村優実です。法人のハラスメント防止規定を組合員手帳に掲載し、毎年更新しています。相談が来たら、パワハラ相談に対するフローチャートに沿って対応しています。スムーズに対応できていると思います。

共通して出てくるのが、相談した後の行為者との関係悪化の恐れです。ハラスメントと認定されなくても不愉快な思いが残ることです。行為者から「悪かった」と一言、言ってもらえればいいのですが、行為者へのフォローを法人側とも対応しながら、働きやすい職場づくりをと思っています。

賃金のことで他の病院の職員から相談を受けた際、実はハラスメントの問題もありました。その職員は退職してしまったのですが、病院では、ハラスメント規定について検討をしたいから提案して欲しいということがありました。労使で積極的に取り組めたらよいと思います。

川村 フローチャートを見ながら問題や問題解決方法を当事者と一緒に考えて対応するというのはいいですね。可視化というのは大事なキーワードだと思います。岩佐さん、今後の課題についてお話してください。

岩佐 田村さんから話がありましたが、パワハラ問題が「報告書」で見える形になりました。取り組みが進み、再発防止にどうつなげてゆくのか、法人と労組の間でお互いに力を尽くすことが必要だと思います。経営側と労働側とで立場の違いはありますが、働きやすい職場づくり、働く者の権利擁護に向けて労使で協力し合うことが必要と思っています。

川村 ハラスメントが発生する職場は総じて生産性が低くなります。事業主にとってもそれはマイナスでしょう。気軽に発言できる職場、不安を感じずに働ける職場を作り、「パワハラ防止法」を活かしてゆくこと。そのためには労使が協力し合って、労働安全衛生委員会活動の具体化などを進めていくことが必要であると思いました。

村山 今日のパネルディスカッションでの皆さんのお話を聴いて同感しました。亡くなった息子は戻ってきませんが、職場が変わって欲しい、パワハラを根絶して欲しいとの思いで裁判をたたかっています。これからも皆さんと頑張ってゆきたいと思います。

木村 今回の法制定に関わった労働政策審議会の人と話す機会がありました。法律に「労使ともに」、「労組・労働者の参画を得て」との文言が入っていますが、このことを大事にしてゆきたいというのが一致した見解だったとのことでした。この視点を大事にしてゆきたいと思います。

川村 参加・参画というのは民主主義の基本です。民主主義が軽視される動きがある中で、働く者が意見を言える、発言の力を強めていけるようになることが、よりよい職場づくりを進める上でも大切です。パワハラ防止に向けて貴重なディスカッションになったと思います。皆さんのご協力に感謝します。

 

 

(参考)

厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)」

 

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