川村雅則「公契約賃金(労働報酬下限額)の決定基準 ~2024年世田谷区調査などに基づき」

川村雅則(2025)「公契約賃金(労働報酬下限額)の決定基準 ~2024年世田谷区調査などに基づき」『建設政策』第220号(2025年3月号)pp.42-43

 

世田谷区公契約条例の調査結果の一部などを使って書きました。

タイトルは、「を考える」を付け加え、「公契約賃金(労働報酬下限額)の決定基準を考える」としたほうがよかったと反省。どうぞお読みください。

 

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1.はじめに──本稿の趣旨と留意点

本稿では、2024年に世田谷区の担当者へ行った聞き取り調査結果に基づき、世田谷区公契約条例で定められた労働報酬下限額(委託等)の考え方を紹介する。詳細は近刊の川村(2025b)を参照されたい。以下に本稿の問題意識を述べる。

報酬下限額はどのような考えに基づき設定されるべきだろうか。(1)建設工事の場合には、職種ごとに国が定めた公共工事設計労務単価があるから、それを基準に使うことができる。(2)委託や指定管理の場合はどうだろうか。濱野(2018)が書かれた当時によるが、「建築保全業務労務単価、地域別最低賃金額、生活保護水準、自治体職員の給与額、自治体内の同種の労働者の賃金、当該職務の標準的賃金(厚生労働省『賃金構造基本統計調査』における賃金額等)等」が勘案された下限額が算定されているという。

ここで、強調したいことが2点ある。(1)そもそもの前提として、公契約領域で働くかどうかに関わらず、全ての労働者の賃金で最低生計費がクリアされる必要があるということである[1]。これを一階・基礎部分とした上で、当該労働者の従事している仕事に応じて、職務給的な要素を二階部分として上乗せすることが必要ではないか。もっとも、現実にはそのようなレベルにはまだまだ達しておらず、これは長期目標である。(2)公契約条例が制定されていない自治体でも、何らかの基準を用いて賃金額を決めて予定価格を作成している。いわば、賃金哲学とでもいえるこの基準(及び金額)が妥当かどうかを検証するのは、労働組合や議員など関係者の重要な仕事である、ということだ。

 

 

2.東京都内公契約条例制定自治体の公契約賃金情報

さて、表は、全建総連東京都連が作成した資料の一部を加工したものである。工事と委託の労働報酬下限額情報をまとめた。(1)工事では、設計労務単価の90%を使っている自治体が多い。(2)委託では、当該自治体の職員の給与や会計年度任用職員の給与を主な勘案基準に使っている自治体が多いようである。下限額を複数設定している自治体もある。表に掲載された下限額の金額をみると、本稿が対象とする世田谷区が一番高いようである。では、世田谷区はどのような考えでこれらを設定しているのだろうか。調査結果の一部を紹介する。

 

多摩市 渋谷区 国分寺市 足立区 千代田区 世田谷区 目黒区 日野市 新宿区 杉並区 江戸川区 中野区 北区 墨田区 台東区 文京区 品川区
工事(熟練) 前年度(令和5年度)設計労務単価の90% 設計労務単価90% 設計労務単価90% 前年度(令和5年度)設計労務単価の90% 設計労務単価90% 設計労務単価85% 設計労務単価90% 設計労務単価85% 設計労務単価90% 設計労務単価90% 設計労務単価90% 設計労務単価90% 設計労務単価90% 設計労務単価90%
委託 主な勘案基準 最賃見込額+α 行政職(二)1-19 最賃見込額+α 会計年度任用職員給与 行政職(二)1-19 行政職(一)1-15 会計年度任用職員給与
※対象は2職種
最賃見込額+α
※対象は3職種
行政職(二)  1-19 会計年度任用職員給与 ①会計年度任用職員
②特別区人勧の1級改定率
②都最賃の上昇率
会計年度任用職員給与【用務】 会計年度任用職員給与 会計年度任用職員給与 会計年度任用職員給与 東京都最低賃金及びその他公的機関が定める基準等 地域別最低賃金
行政職給料表(二)
金額 1,169円
(業種別設定あり)
1,240円 1,139円
(業種別に設定)
1,219円
保育士+100円
1,200円 1,330円 1,191円 1,169円 1,245円 1,231円 1,220円 1,310円 1,191円 1,210円

注1:2024年度の労働報酬下限額の実績などを掲載。
注2:自治体は、条例の制定日順に並べた。条例の施行日が2025年4 月1 日である台東区、文京区、品川区はまだ実績がない。
注3:建設工事の下限額は、「熟練」のみ。「熟練以外」の情報は割愛。
注4:委託の下限額は、複数設定された自治体もあるので注意されたい。
出所:全建総連東京都連作成資料(2025年1 月16日更新)を加工。

 

 

3.世田谷区の業務委託等における労働報酬下限額の考え方と、同下限額の変遷

世田谷区では、区の基本的な考え方として、そもそも、区の仕事を請負うというのは、区の仕事を代わりに行っていただいているという観点で、(1)まずは、区の職員の高卒初任給水準はクリアする必要がある。(2)その上で、委託先の業務内容に近い業務を行っているのは会計年度任用職員であるから、会計年度任用職員の賃金水準や賃金動向を踏まえるという考え方になる。以上を端的に言えば、区の仕事を区に代わって行っていただく上で、区の職員の高卒初任給と会計年度任用職員の手当支給の状況を参考にするという考え方が採用されている、とのことが担当者から聞くことができた2[2]

その結果、2024年度は、前年度から100円を引き上げて1,330円となった。2023年度の特別区人事委員会勧告に基づく高卒初任給の引き上げと会計年度任用職員の賃金の改善(2020年度からの期末手当の支給、2024年度からの勤勉手当の支給)が考慮されたことが背景事情にある。

ポイントは、区側の説明ですでにみたように、会計年度任用職員にも期末手当や勤勉手当の支給が始まったことを受けて報酬下限額を引き上げていること、一方で、区財政や事業者の経営を考慮すると、目標金額まで一度に引き上げるのは難しいから、段階的な引き上げを行っていることである。基本的な考え方(賃金哲学)をまずは整理し、その上で、情勢などを考慮しながら、目標値に向けて、計画的に、段階的な引き上げが行われている点には示唆を受けた。

 

 

4.まとめに代えて

会計年度任用職員の賃金を、委託や指定管理など公共民間労働者の賃金決定基準に使っている自治体は少なくないと思われる。会計年度任用職員の賃金動向は踏まえられているだろうか。そもそも、世田谷区からの聞き取りで語られたとおり、区の仕事を区に代わって行ってもらっているのだから、という発想をしっかりもつことができているのだろうか。公契約条例が制定された自治体に学ぶことは多い。

 

 

(謝辞)

全建総連東京都連合会には貴重なデータをご提供いただきました。記して感謝申し上げます。

 

(かわむらまさのり 北海学園大学教授)

 

【注】

[1] その金額は中澤秀一氏(静岡県立大学短期大学部准教授)らによる調査・研究の成果を参照。

[2] 永山(2023)にその「枠組み」の要素が示されているので参照されたい。

 

【参考文献】

川村雅則(2025a)「2025年の公契約運動を進めるにあたり」『建設政策』第219号(2025年1月号)

・川村雅則(2025b)「世田谷区公契約条例に関する調査・研究(1)」『北海学園大学経済論集』第72巻第3号(2025年3月発行予定)

・永山利和(2023)「世田谷区の公契約条例から考える「公共」再形成の可能性」『KOKKO』第53号(2023年11月号)

濱野恵(2018)「(資料)公契約条例の現状――制定状況、規定内容の概要」『レファレンス』第812号(2018年9月号)

 

 

 

バックナンバー

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川村雅則(2024)「札幌市の公共調達及び総合評価落札方式に関する中間報告(2)──2024年調査に基づき」『建設政策』第216号(2024年7月号)pp.36-43

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