川村雅則「旭川市発注工事に従事する労働者の賃金調査の再整理」

NPO法人建設政策研究所(略称、建政研)が隔月で発行している雑誌『建設政策』第213号(2024年1月号)に掲載された拙稿です。

川村雅則「旭川市発注工事に従事する労働者の賃金調査の再整理」『建設政策』第213号(2024年1月号)pp.36-40

なお、同号では、第35回定期総会と同日に開催された記念シンポジウム「公契約条例の現状と課題を考える」も収録されています。

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旭川市発注工事に従事する労働者の賃金調査の再整理

川村雅則(北海学園大学)

 

Ⅰ.はじめに

本誌第212号の拙稿(2023b)で紹介したとおり、理念型公契約条例が制定されていた旭川市において、条例が制定されて以降、都合4回が実施されてきた、市の発注する工事に従事する労働者の賃金等の実態調査(工事賃金調査)が一旦休止されることになった。労働者に支給されている賃金の改善が工事賃金調査で確認されることや、業界秩序や労働条件・働き方などの改善がみられることによるというのが市からの説明であった。

「公契約に係る業務に従事する者の適正な労働環境を確保すること」(条例の「基本方針」)の基礎的な作業に賃金調査は位置づけられることを考えても、市のこうした判断は適切であっただろうか。拙稿(2023b)にも記したとおり、調査の対象や内容を改善して、必要な情報収集ができるようにしていくべきだったのではないか。実際、調査では、公共工事設計労務単価(以下、設計労務単価)と支払い賃金には乖離がみられた。積雪寒冷地で労働者の雇用を(通年で)維持するためには設計労務単価通りに賃金を支払うことはできない(均さざるをえない)、という事業者の回答を、掘り下げて考えるための調査の改善・継続が必要だったのではないか。本稿では、旭川市の工事賃金調査の結果に基づきながら考えてみたい。サンプル数の多い職種である「普通作業員」を分析の対象とする。

 

 

Ⅱ.公共工事設計労務単価と公共事業労務費調査

図1 北海道における普通作業員の設計労務単価の推移

出所:国土交通省「設計労務単価」より作成。

 

図1は北海道における普通作業員の設計労務単価の推移をまとめたものである。2011年度に10,700円にまで落ち込み、その後は、政策の変更にともない、全国全職種平均値の推移と同じように引き上げられ、最新の2023年3月以降に適用される単価では19,100円に達している。およそ1.8倍もの増加である。

この設計労務単価と実際の支払い賃金との間に乖離がみられることが問題になっている。旭川市の工事賃金調査においても、改善がみられるとはいえ、支払い賃金──市の調査では「労働賃金単価」(国が実施している公共事業労務費調査の算出方法に準じて算出されたもの)と設計労務単価との間には乖離があり、労働賃金単価は、4回の調査の中で、設計労務単価の7割前後を推移してきた。

公共事業労務費調査連絡協議会がまとめた「公共事業労務費調査の手引き」(以下、手引き)であらためて確認をしたが、第一に、設計労務単価は、公共工事の発注の際に工事費の積算に使用するため、毎年、公共工事に従事する労働者の賃金を都道府県別及び職種別に調査し──この調査が公共工事労務費調査である──その調査結果に基づいて決定されたものである。

第二に、調査は、調査月に調査対象となった公共工事に従事した建設労働者の賃金について、労働基準法に基づく「賃金台帳」から調査票へ転記することにより賃金の支払い実態を調べるものである。関係資料の提出も求められ、信頼性が担保されない調査票は棄却されている。あるいは、調査票の記入内容が現場の状況を的確に反映しているか確認するため、事前には現況調査も実施されている。「手引き」を読む限りでは、現場の実態(数値)が正しく把握される設計になっているように思うのだが、どうなのだろうか。

なお、以下の図2は、調査の流れを整理したものである。調査は、オンライン調査、書面調査、会場調査が用意されている。

 

図2 公共事業労務費調査の流れ

出所:「手引き」p.4より転載

 

第三に、調査対象工事は、農林水産省及び国土交通省(独立行政法人、特殊会社等を含む)、都道府県及び政令指定都市等所管の公共工事等であり、原則として10月の賃金が調べられる。そして、調査対象労働者は、調査月において調査対象工事に従事した労働者で、元請企業、下請企業を問わず、調査対象職種(51職種)に該当する全ての労働者が対象となる。

確認しておきたい要点は、元請/下請に関わりなく、該当工事に従事していて、かつ、対象職種に該当する労働者であれば対象となること、10月の実際の支払い賃金が調べられていることである。素朴に考えれば、支給されている賃金が労務費調査で把握されそれによって設計労務単価が設定され、それが予定価格の積算で使われているのだから、その通りの賃金が支給されていることが期待される。

なお、まったくの余談であるが、この膨大な賃金情報は、建設労働者の賃金実態を把握して政策を考える上での貴重なデータとして活かされるべきであると「手引き」を読んでいて思われた。

 

 

Ⅲ.旭川市の工事賃金調査にみる普通作業員の賃金

旭川市の工事賃金調査の結果は、過去の拙稿でもまとめてきたが、ここでは、冒頭で述べたとおり、普通作業員の調査結果をまとめた(表1、表2)。

 

表1 旭川市工事賃金調査にみる普通作業員の賃金情報等

調査の年度 労働者数 平均年齢 平均経験年数 労働賃金単価 設計労務単価 設計労務単価比 1時間当たり
平均額 最高額 最低額 平均労働賃金単価 設計労務単価
(人) (歳) (年) (円) (円) (円) (円) (%) (円) (円)
2019年度 290 49 18 13,006 32,555 6,489 16,900 76.96 1,626 2,113
2020年度 256 50 18 12,199 21,300 6,235 17,300 70.51 1,525 2,163
2021年度 201 49 17 12,268 22,727 6,506 17,300 70.91 1,534 2,163
2022年度 236 47 16 12,478 21,041 7,148 18,000 69.32 1,560 2,250

出所:旭川市「工事賃金調査」より作成。

 

表2 同、設計労務単価比別にみた普通作業員の人数/単位:人、%

全体 90%以上 80%以上90%未満 70%以上80%未満 60%以上70%未満 50%以上60%未満 40%以上50%未満 30%以上40%未満 全体 90%以上 80%以上90%未満 70%以上80%未満 60%以上70%未満 50%以上60%未満 40%以上50%未満 30%以上40%未満 (再掲)70%未満計 (再掲)60%未満計
2019年度 290 65 31 70 61 47 13 3 100.0 22.4 10.7 24.1 21.0 16.2 4.5 1.0 42.8 21.7
2020年度 256 27 38 70 56 39 19 7 100.0 10.5 14.8 27.3 21.9 15.2 7.4 2.7 47.3 25.4
2021年度 201 27 28 41 56 32 14 3 100.0 13.4 13.9 20.4 27.9 15.9 7.0 1.5 52.2 24.4
2022年度 236 29 31 53 50 44 28 1 100.0 12.3 13.1 22.5 21.2 18.6 11.9 0.4 52.1 30.9
合計 983 148 128 234 223 162 74 14 100.0 15.1 13.0 23.8 22.7 16.5 7.5 1.4 48.1 25.4

出所:表1に同じ。

 

2019年度の調査結果では、設計労務単価比「90%以上」のウェイトが22.4%にのぼり、設計労務単価比は平均値でも76.96%(金額では13,006円)に達したが、その後は70%前後にとどまる。

平均で70%であっても、当然、70%に満たない者も存在する。2021・22年度は、全体の50%以上が設計労務単価比70%に満たない。22年度は、60%(金額にして10,800円)に満たないものも全体の3割を占めている。一方で、逆に、「90%以上」が1割を超えている。

問題は、なぜ、低い労働賃金単価にとどまるのか、ということに加えて、低い労働賃金単価ケースがある一方で、他方で、高い労働賃金単価が実現しているのはなぜか、ということである。これらを明らかにすることは、事業者側の回答をより掘り下げて理解し、そして、必要な政策を展開する上でも不可欠のことではないか。

話を戻すと、こうした差には、例えば、経験年数の違いが理由として考えられるだろう。図3は、2022年度の調査結果を使って経験年数別にまとめた普通作業員の賃金情報(平均値)であるが、人数が最も少ない「1年未満」群では、労働賃金単価は9,333円、設計労務単価比は51.9%であるのに対して、「30年以下」群では、それぞれ13,773円、76.5%にまで増加している(それでも76.5%にとどまるのであるが)。

 

 

図3 経験年数別にみた普通作業員の労働賃金単価及び設計労務単価比(2022年度)

注:対設計労務単価比は、労働賃金単価と設計労務単価(18000円)に基づき算出。

出所:表1に同じ。

 

表3 元請/下請別にみた労働者の分布(2022年度)/単位:人、%

全体 元請 1次下請 2次下請 3次下請以降
普通作業員 236 150 66 17 3
100.0 63.6 28.0 7.2 1.3
(参考)全職種 659 278 287 80 14
100.0 42.2 43.6 12.1 2.1

出所:表1に同じ。

 

あるいは、元請/下請など、請負構造における当該労働者の働く位置の反映が考えられる。

もっとも、旭川市の工事賃金調査に回答している多くは、元請事業者と下請事業者である(調査の設計上、2次下請以下が排除されているわけではない)。

表3のとおり、普通作業員の6割以上が「元請」で働いており、2次下請や3次下請はわずかである。参考までに労働賃金単価の平均値を書いておくと、元請では12,641円、1次下請では12,348円、2次下請では12,071円である。

なお、旭川市の発注する工事では2次下請以下の活用は多くないのであろうか。一般的に、より下位の下請ほど賃金・労働条件が低くなることを考えると、そういった層の労働者賃金の把握もまた工事賃金調査の課題ではないかと思われる。

最後に、そもそも、当該労働者の働く工事の落札状況(落札率)の違いが賃金額の高低に反映されてはいないか、なども検討してみたいが、そういった情報は工事賃金調査では残念ながら調べられていない。

 

 

Ⅳ.まとめに代えて

惠羅(2023)は、論文のタイトルどおり、賃金をめぐる建設産業政策の新たな展開を紹介している。そこでは、廉売の行為を制限することで適切な賃金が労働者に行き渡るイメージが描かれている。「適切な労務費が下請契約等において明確化されるルールを導入しつつ、不当な安値での受注を排除していくことで、技能労働者の能力や経験に応じた適切な賃金の支払いや処遇の改善(賃金の行き渡り)を実現する。」というのである(中央建設業審議会・社会資本整備審議会産業分科会建設部会基本問題小委員会「中間取りまとめ(概要)」2023年9月19日のうち、「2.適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保」より)。適切な賃金を労働者に行き渡らせることが課題なのである。

もっとも、中抜きなどの不当な廉売行為が旭川市の工事賃金調査で明らかになっているわけではない。冒頭に述べたとおり、旭川市では、積雪寒冷地で雇用を(通年で)維持するためには、賃金を設計労務単価通りに支給することは難しい、と考えられているのが、さしあたり検討、克服すべき課題であると思われる。

ただ本稿でみてきたとおり、旭川市の工事賃金調査の結果をみた際に、相対的に高い設計労務単価比で賃金が支給されているケースもみられる。経験年数で説明ができる部分もあると思われるが、仮にそうであったとして、では、その賃金原資はどのように確保されているのか。差はなぜ生じているのか。そこを明らかにする必要があるのではないか。また、より下位の下請で働く労働者の賃金を明らかにすることも課題と思われる。

公共工事設計労務単価には、積雪寒冷地であることを配慮した措置は何か可能なのか。あるいは、冬の間の雇用を維持するために労務単価を100%支払うことは難しいという考え方は妥当だろうか──設計労務単価の照会先である国土交通省建設市場整備課に尋ねてみた(2023年12月18日)。

同課からの回答は、設計労務単価はあくまでも10月の実勢賃金単価に基づくものであって、積雪寒冷地であることなどは考慮されていない。積雪寒冷地にともなうコスト負担増は、例えば、歩掛かりで調整をすることになるのではないか、といったニュアンスの回答であった。

通年雇用の維持を理由に設計労務単価以下に賃金を抑えて支給することは適切なのだろうか。入札・契約制度や工事手法の改善なども組み合わせながら、設計労務単価どおりの支払いを積雪寒冷地でも支給可能とする道はないのか。そもそも、支給が困難であるなら、公共事業労務費調査で示されている設計労務単価とは何であるのか──こうした一連の疑問の解明に取り組んでいきたい。

 

(参考)図 都道府県別にみた普通作業員の設計労務単価(2022年)

注:岩手県、宮城県、福島県の数値は、入札不調の発生状況等に応じた単価を採用している。

出所:国土交通省「設計労務単価」より作成。

 

 

(参考文献)

惠羅さとみ(2023)「賃金をめぐる建設産業政策の新たな展開──国交省「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」のとりまとめをうけて」『建設政策』第209号(2023年5月号)

川村雅則(2023a)「旭川市及び札幌市における労働者賃金調査(工事)結果の紹介」『建設政策』第210号(2023年7月号)

川村雅則(2023b)「旭川市公契約条例に関する聞き取り調査(2023年7月)の結果」『建設政策』第212号(2023年11月号)

 

 

 

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