よしね室長の労働相談!最前線⑫ 新社会人の皆さん、長時間労働・不払い労働にご用心

札幌ローカルユニオン「結」の吉根です。

4月から働き始める新社会人の皆さんからの労働相談で多いのが長時間労働や不払い労働をめぐる問題です。

今日はこの問題についてお話しをします。

 

 

根絶されない「ただ働き」

厚生労働省は、20年以上前から各都道府県労働局長に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」と題する「ただ働き(サービス残業)」根絶を目指す通達を発し、使用者の指導にあたってきています(2017年に「ガイドライン」)。しかし、現在に至るもサービス残業は野放しのままで過労死が後を絶ちません。

厚生労働省は毎年、監督指導による賃金不払残業の是正結果を発表しています。令和3年度(2021年度)の結果は次のとおりです。

 

令和3年度の監督指導による賃金不払残業の是正結果のポイント

(1)         是正企業数          1,069 企業(前年度比 7企業の増)

うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは、115 企業(同 3企業の増)

(2)         対象労働者数      6万 4,968 人(同 427 人の減)

(3)         支払われた割増賃金合計額             65 億 781 万円(同 4億 7,833 万円の減)

(4)         支払われた割増賃金の平均額は、1 企業当たり 609 万円、労働者 1 人当たり 10 万円

出所:厚生労働省「監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)」

 

この数値は、あくまでも不払いが明らかになったものであり、かつ、支払額が1企業で合計100万円以上となった事案に限られたものであることに注意が必要です。それでもこれだけの不払いが存在するのです。

コロナ禍で経済活動が萎縮し(休業や営業時間の短縮)、以前ほど長時間労働がみられなくなっているようですが、それでも、「ただ働き」は無くなりません。

 

居酒屋で働いて20年になるという女性店長からパワハラの相談を受けました。

相談では、受持店がコロナで休業になり、他店舗へ臨時に配属されたけれども、休業している受持店の保守点検(清掃・改善)と、他店の助っ人を並行して行うよう命じられている。労働時間は減ったものの、退職勧奨の暴言を浴びせられ精神的に参っている。ボーナスも支給されず生活が厳しい、という内容でした。

話を聞くと、コロナ禍前は、月80時間以上(過労死ライン)の時間外労働でもまともに時間外手当が払われずにいたそうです。それがコロナ禍で暇になったら今度はパワハラで追い詰められ、寝られない日々が続く、と涙声になります。診療内科受診を勧めたところ、「うつ病」で1ヶ月の療養を要すると診断されたと後日に連絡がありました。

この相談者の方は、当相談室に来る以前から長年の過重労働によって既にメンタル不全になっていたのではないかと思います。それが、コロナ禍による賃金減少やオーナーによるパワハラで病状が我慢出来ないほど悪化したのだと思います。

「ただ働き」は、民間職場に限らず、公務員を含む日本の職場全体に蔓延しています。政治・厚生労働省による不作為がもたらした災害と言えます。「ただ働き」は、本来は支給されるべき賃金が支給されないというだけでなく、「ただ働き」ゆえに長時間労働をもたらし、労働者の健康を脅かし、過労死を増大させている元凶です。

結は、この事案で未払い賃金を請求する準備を進めています。

 

 

 

割増金が払われない営業マン

2022年12月7日、事務機器販売会社で勤務する30代の男性から相談がありました。

この相談者Aさんの仕事は、2月に入社して既存取引先をまわる「ルート営業」を中心に、飛び込みでの新規開拓も並行して行うこと。ところが、経験が浅く営業成績がなかなか上がらずに上司からかけられるハッパが酷いと言います。

Aさんの具体的な相談内容は、「毎月30時間以上残業しているのに時間外手当が払われない。タイムカードも電子記録も無く、労働時間が全く管理されていない。企業は営業社員には時間外手当を支払わなくても問題ないのか」と言うものでした。

聞いてみると給与明細は、基本給21万円のほか、住宅手当と通勤手当だけの記載で、営業マンの賃金に良くある「固定残業手当(月に〇〇時間の残業があるものとみなして、毎月一定額を支払う制度)」の記載も無いとのことでした。

私は、(1)使用者は、労働時間を適正に管理する義務を負っており、労働日数や労働時間数、時間外や深夜労働時間数などを賃金台帳に記録しなければならないこと(労働基準法108条及び労働基準法施行規則54条)、(2)記録しなかったり、嘘の記録をしたら30万円以下の罰金刑が科されること(労働基準法120条1号)、(3)記録の3年間保存義務があること(労働基準法第109条)*など、一般的な使用者の労働時間管理義務をAさんに伝えました。

*2020年の改定労働基準法で賃金台帳の保管期限は3年から5年に延長。ただし、「当分の間」は経過措置として3年が適用(労働基準法第143条1項)。

 

その上で、(1)時間外手当の支給は強行法規だから労基法37条違反として労基署に申告すれば、支払われる可能性が大きいこと。(2)しかしながら、労基署の指導を受けても会社がごねて民事訴訟になる場合も多いことや、会社が怒って嫌がらせをする可能性もあることなどをAさんに伝えました。

Aさんの場合、働き始めてからまだ10ヶ月程度ですから、割増金請求額は45万ほどになります。計算式は、21万円÷173.8時間×割増率1.25×30時間×10ヶ月です。

なので、訴訟費用を考えた場合、一審で決着した場合でも手元には20万円程度しか残らないでしょう。

Aさんは、この会社で長く勤務する気はないが、他の会社で働く目処もたっていないし、家族もいるので我慢をしているが、会社都合での退職になるならいつでも辞めたいと考えている、と言います。

とはいえ実際には、判断をつけることは容易ではありません。そこで私は、(1)会社に割増金の支払いを求めて拒否され、逆に嫌がらせで退職を強要されたなら、それを理由に退職した場合、特定受給資格を認められる可能性が大きいことを伝えた上で、(2)とはいえ、労基署に申告して会社と敵対関係になるよりも、「預金」のつもりで労働時間の記録を自分でしっかりつけて、仮に民事訴訟を起こした場合でも「ペイ」するまで我慢して働いてはどうかと助言しました。

もちろん、団体交渉で問題を解決する方法がありますから、個人加盟が可能な労働組合「結」に加入して交渉の方法を学習してはどうかというお誘いもしました。

 

 

自分の働き方がおかしいなーと思っていても、毎日、長時間の仕事に追われているといつの間にか思考停止状態になってしまうのはよくあることです。

労働組合への早めの相談をおすすめします。

皆さんも職場でトラブルにあったときには、労働組合にご相談を。

札幌ローカルユニオン「結」 は皆さんの力になります。

 

以上、札幌ローカルユニオン「結」機関紙「よしね室長の労働相談!最前線」no.84、91より。

 

 

(関連記事)

吉根清三(札幌ローカルユニオン「結」顧問)の投稿記事一覧

 

川村雅則「あなたの近くの労働組合──仕事で困ったときには気軽に相談を」

竹信航介「労働者のための労働法トラブルの解決方法」

 

 

参考:本稿で紹介された法律の条文

労働基準法 第百八条 使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。

 

労働基準法施行規則 第五十四条 使用者は、法第百八条の規定によつて、次に掲げる事項を労働者各人別に賃金台帳に記入しなければならない。

一 氏名
二 性別
三 賃金計算期間
四 労働日数
五 労働時間数
六 法第三十三条若しくは法第三十六条第一項の規定によつて労働時間を延長し、若しくは休日に労働させた場合又は午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの間に労働させた場合には、その延長時間数、休日労働時間数及び深夜労働時間数
七 基本給、手当その他賃金の種類毎にその額
八 法第二十四条第一項の規定によつて賃金の一部を控除した場合には、その額
② 前項第六号の労働時間数は当該事業場の就業規則において法の規定に異なる所定労働時間又は休日の定をした場合には、その就業規則に基いて算定する労働時間数を以てこれに代えることができる。
③ 第一項第七号の賃金の種類中に通貨以外のもので支払われる賃金がある場合には、その評価総額を記入しなければならない。
④ 日々雇い入れられる者(一箇月を超えて引続き使用される者を除く。)については、第一項第三号は記入するを要しない。
⑤ 法第四十一条各号のいずれかに該当する労働者及び法第四十一条の二第一項の規定により労働させる労働者については第一項第五号及び第六号は、これを記入することを要しない。

 

労働基準法 第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。

一 第十四条、第十五条第一項若しくは第三項、第十八条第七項、第二十二条第一項から第三項まで、第二十三条から第二十七条まで、第三十二条の二第二項(第三十二条の三第四項、第三十二条の四第四項及び第三十二条の五第三項において準用する場合を含む。)、第三十二条の五第二項、第三十三条第一項ただし書、第三十八条の二第三項(第三十八条の三第二項において準用する場合を含む。)、第三十九条第七項、第五十七条から第五十九条まで、第六十四条、第六十八条、第八十九条、第九十条第一項、第九十一条、第九十五条第一項若しくは第二項、第九十六条の二第一項、第百五条(第百条第三項において準用する場合を含む。)又は第百六条から第百九条までの規定に違反した者

 

労働基準法 第百九条 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。

 

 

 

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