佐藤誠一「KKR札幌医療センター 新人看護師過労死事件和解成立」

働くもののいのちと健康を守る全国センターが発行する『働くもののいのちと健康』第92号(2022年8月・夏季号)に掲載された佐藤誠一さんの報告です。どうぞお読みください。

 

 

2012年12月、新卒看師の杉本綾さん(享年23歳)はわずか8カ月の勤務で自死しました。遺族(母親)が請求した労災は不支給となりましたが、取り消し訴訟中の18年10月、国が「自庁取消」し、労災が認定されました。病院に対する民事裁判は提訴して2年10カ月後の22年5月、裁判所の「和解勧試」を得て「和解解決」に至りました。いの健道センターは遺族から相談を受け、医労連などとともに「支援する会」を結成して労災認定、民事裁判を支援してきました。

 

<労災認定への取り組み>

遺族(母親)が全国過労死家族の会を経て当センターに相談に来たのは2013年8月でした。この事件はどこでも起こりうる深刻な事件であると考え、起こった事実を広く知らせなければと「いのち」(A5版ブックレット51頁)を発行し、約1万2千部普及しました。併せて、道医労連と連携し、15年1月に「新卒看護師の過労死を考える集い」を行い、その場で「支援する会」を結成しました。以後、適宜「通信」を発行し、医労連は各職場で学習会を行いました。この間、新聞、TVの報道も相次ぎ、民放の「新人看護師の過労危機」特集などには大きな反響が寄せられ、SNSでの発信も広がりました。

しかし、労災請求は棄却され、16年12月に不支給取り消し裁判を提訴しました。第7回期日後の18年10月、国は突然、「自庁取消」を通知し労災が確定しました。理由は、裁判への対応で労基署が実施した再聴取で同僚などが労災時とは違って「仕事は大変、休憩取れない、持ち帰り残業はあった」と当初の供述を覆し、時間外労働が労災認定基準を満たすことになったためです。事件がメディアなどで取り上げられ、新人看護師の過酷な労働実態が明らかにされる中で、同僚たちが真実を語ることが出来たためと思います。この間、支援する会は裁判所に対する「公正判決を求める署名」活動をすすめ、1,248団体、37,087筆を集約し裁判所に提出しました。

 

<民事裁判の取り組み>

労災認定を受けて母親と弁護団は病院を経営するKKR(国家公務員共済組合連合会)に対して、謝罪、再発防止、損害賠償の支払いを文書で求めました。しかし、KKR側からは、「病院の責任はない。訴訟において立証する」と話し合いを拒否してきました。そのため、19年7月、民事裁判を提訴しました。

裁判は7回の期日、原告準備書面は(十一)まで提出しました。21年9月、裁判長は「和解勧試」を提起し、原告弁護団は「和解協議についての意見」を提出しました。その基本は「被告の安全配慮義務違反を確認し謝罪と再発防止策を実施する、原告に対する損害賠償金を支払う」ことです。これに対して被告はKKR本部役員会での検討を経て、精神科医師など4人の意見書を提出してきました。内容は「亡綾のうつ病発症の証拠は無い」など、一切の責任を拒否する内容で「和解」に向き合うものではありませんでした。原告弁護団は直ちに「被告の証拠申し出に対する意見」を提出し、裁判長に「被告の意見書は採用するべきでない」と主張しました。22年1月の「進行協議」で裁判長は「被告の『申し出』は採用しない。和解協議を続ける」とし、5月24日に「和解」が成立しました。内容は、被告は①哀悼の意を表す。②労働時間の管理、特に新卒看護師の過重労働を防止する。③損害賠償を支払う。などです。綾さんが亡くなって、9年半が経過していました。

「勝利和解報告集会」で遺族(母親)は「先月、娘は33回目の誕生日でした。生きていれば結婚し子供もできて実家に遊びに来ていたと思います。10年になろうとしていますが、何とか今日を迎えられたのは、弁護団をはじめ支援してくださった皆さん、職場の人達、友人の支えがあったからです。また、報道関係の皆さんに感謝します。綾がなぜ亡くなってしまったのか、それを知りたくて労基署に行き、医療現場の実態を知りました。今回の結果が医療現場の人達の仕事へのやりがいや生きる力となることを願っています」とお礼の言葉を述べました。

 

<支援する会の活動>

支援する会は綾さんが勤務していたKKR札幌医療センターの労組関係者、道医労連、道労連、いの健道センターなどで結成され、約10人の共同代表が運営を担いました。毎年、総会を開催しましたが、今年はコロナ禍で開催を見合わせました。共同代表と事務局の合同会議(役員会)を、この間22回開催しました。また、メーリングリストで情報の共有と意見交換を行ってきました。

会員は団体76、個人220で、会費は年一口千円で運営してきました。全会員に届ける「通信」(A4版4ページ:A3両面)は、27号まで発刊しました。

弁護団は5名でそれぞれの別の事務所に所属していましたが、支援する会から事務局メンバーが弁護団会議に参加させていただき、事案の全経過を把握できることが出来、その動きに合わせて役員会を開催してきました。

裁判期日のたびに傍聴支援を続けてきました。裁判後の報告集会はメディアも含めて多数が参加しました。フリーのジャーナリストが毎回参加し、SNS等に投稿してくれました。

遺族(母親)は多忙な仕事の中、支援する会の会議にも参加しました。遺族の姿勢に励まされながら、支援する会は結束してたたかいました。弁護団は集団議論を繰り返し、特に看護業務、新人看護師問題について検討を重ね、その内容は準備書面で明らかにしました。今回は、遺族(母親)、弁護団とともに歩んで貴重な「勝利和解」を勝ち取ることが出来ました。今後に生かす貴重な経験でした。

いの健道センターでは他に2件の新人看護師過労死事件を支援しており、それらの勝利と看護現場の改善に医労連など労組とともにたたかいをすすめることとしています。

 

資料:新卒看護師杉本綾さん過労死事件の経過

<過労死から労災認定まで>

2012年12月2日 杉本綾さん自死。

2014年1月28日 遺族が札幌東労基署に労災申請。

2015年1月20日 「うばわれた新卒看護師のいのち」いの健ブックレット発刊。

1月29日 新卒看護師の過労死を考える集い開催。「支援する会」結成。

10月17日 新卒看護師の育成を考えるシンポジウム開催。後日、「シンポジウムの全記録」発刊。

2016年6月24日 労働保険審査官が再審査請求を棄却。

12月15日 遺族が国に対して労災不支給処分取り消し請求訴訟を提訴。

2018年10月17日 国が「自庁取消」。26日に労災支給が確定。

<民事訴訟から和解解決まで>

2019年7月29日 原告が民事訴訟を提訴。

2021年9月17日 裁判所から「和解協議」の提案(和解勧試)。

10月14日 原告が上申書「和解協議についての意見」提出。

2022年4月14日 裁判進行協議で「和解解決」で基本合意。

5月24日 和解成立。

7月16日 「綾さんのいのちを未来につなぐ」勝利和解報告集会開催。

 

 

 

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