川村雅則「札幌市の公共調達等に関するデータ(2)」

NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第203号(2022年5月号、特集:岸田政権下の建設産業の動向)に掲載された拙稿の転載です。川村雅則「札幌市の公共調達等に関するデータ(1)」を読んだ上で、お読みください。

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1.はじめに

本誌前号の拙稿では、①札幌市の公共調達(建設工事、関連業務、役務、物品購入等、指定管理事業)の金額規模などを概観した。合計で年に1,700~1,900億円近い金額だった。公共調達の適正化を通じて、当該分野で働く人たちの労働条件を適正化し、さらにはそれを民間の仕事で働く労働者にも波及させていきたい(もちろんその波及の「経路」の理論的な検討や構築は、課題である)。

さて、本稿以降では、これらの公共調達の現場の、雇用や労働条件に関する情報を整理する。その情報はさしあたり、②自治体によって把握されたものと、③自分たちで調べあげたものとに二分される。直営分野と異なり公共民間分野の情報は整備されていない自治体が少なくないと思われる。その場合、たとえ規模が小さくても効果的な調査結果を得ることで、自治体の取り組みを後押しすることが必要になる(③によって②を実現する)。

本稿では、事業者から提出されたデータを札幌市が整理した調査の結果を紹介する。いずれも情報照会で札幌市から提供されたものである。調査の概要などは、本誌バックナンバーに掲載された拙稿ですでに紹介しているので参照されたい(本稿では、本誌の号数のみを表記する)。

なお、支給されている賃金水準の評価にあたっては、最低生計費に基づく最低賃金引き上げ運動で掲げられている時給1500円や、人件費の積算で使われている国の労務単価(公共工事設計労務単価、建築保全業務労務単価)を念頭におかれたい。

 

2.札幌市工事請負契約に係る労働者賃金実態調査とその結果

札幌市でも、公共工事に従事する労働者の賃金調査が2020年度から開始されることになった(詳細は、本誌194,195号を参照)。名称は「札幌市工事請負契約に係る労働者賃金実態調査」(以下、工事賃金調査)である。

以前の札幌市では、建設工事分野については、支給賃金額までの把握はされていなかった。「元請・下請関係実態調査」という調査で把握されていた賃金に関する項目・内容は限定的で、我々が知りうるのは、技能労働者の賃金を事業者が引き上げたかどうか(予定を含む)、引き上げていない理由はいかなるものか、という程度だった(本誌187号)。

さて、20年度と21年度の「工事賃金調査」結果を札幌市から提供いただいた。調査対象となった工事は、いずれも設計金額3億円以上の工事で、20年度は土木系工種4件、営繕系工種6件で、21年度はそれぞれ5件ずつである。調査結果の概要は表1のとおりである。

 

表1 「工事賃金調査」結果の概要

2020年度

2021年度

回答件数

141社(うち対象外45社)

122社(うち対象外47社)

有効回答数

296人・25職種

241人・28職種

調査平均額(時間額)

1871円

1857円

北海道の設計労務単価

2476円

2621円

設計労務単価に占める割合

75.6%

70.9%

注:調査平均額も設計労務単価も、提出のあった職種(20年度は25職種、21年度は28職種)の加重平均。
出所:札幌市「札幌市工事請負契約に係る労働者賃金実態調査結果概要」より作成。

 

労働者に(10月に)支給された賃金の平均額は、20年度は1871円、設計労務単価と比較すると75.6%だったのが、21年度には順に1857円、70.9%と下がっている。

次に、25職種(20年度)、28職種(21年度)の中から主な職種別の結果をとりあげたのが表2である。

21年度の一職種(軽作業員)を除き、いずれも設計労務単価を下回る水準である。単純平均の値でみると、20年度は70.8%、21年度は75.7%である。

 

表2 主な職種別にみた調査平均額と設計労務単価との比較

単位:円,%

職種 2020年度 2021年度
調査平均額 設計労務単価 設計労務単価に占める割合 調査平均額 設計労務単価 設計労務単価に占める割合
1時間当たり 1日当たり 1時間当たり 1日当たり
特殊作業員 2,265 18,120 21,100 85.9 1,783 14,264 21,100 67.6
普通作業員 1,732 13,856 17,300 80.1 1,769 14,152 17,300 81.8
軽作業員 1,104 8,832 14,400 61.3 2,011 16,088 14,500 111.0
とび工 2,029 16,232 23,700 68.5 1,878 15,024 23,700 63.4
鉄筋工 1,979 15,832 24,200 65.4 1,991 15,928 24,200 65.8
運転手(特殊) 1,941 15,528 20,700 75.0 1,859 14,872 20,900 71.2
運転手(一般) 1,591 12,728 17,600 72.3 1,488 11,904 17,600 67.6
型わく工 1,914 15,312 23,300 65.7 2,551 20,408 23,300 87.6
大工 2,135 17,080 25,100 68.0 該当者なし 25,100
左官 1,707 13,656 25,100 54.4 1,591 12,728 25,100 50.7
交通誘導警備員A 1,226 9,808 13,900 70.6 1,355 10,840 14,600 74.2
交通誘導警備員B 1,214 9,712 11,800 82.3 1,372 10,976 12,000 91.5

注:「設計労務単価に占める割合」は、調査平均額(1日当たり)を設計労務単価で除した値。
出所:札幌市「工事賃金調査」結果(職種別)と、国土交通省「公共工事設計労務単価」より作成。

 

3.同調査結果の分析や公表方法に対する疑問

ところで、本誌200号の「追記」に書いたが、20年度の札幌市による調査結果の分析や公表内容は限定的であった。職種別の人数情報さえ示されておらず、かつ、それを調べようにも、データはすでに破棄済みと回答された。

今回については、破棄される前に市からデータを提供いただいて詳細集計・分析ができればと考え、21年度の調査結果が業界紙によって報じられた日のすぐ後に、札幌市に照会をかけたが、提供されたのは、20年度同様に、結果の概要のみであった。データもすでに破棄されていた。そもそも、調査結果が市のウェブサイト上にも掲載されていない状況である。

さすがに疑問に思って尋ねてみたところ、このような限定的な公表やデータの処理方法は、業界団体との調整の結果であると筆者は理解した。なるほど、回答事業者にしてみれば、事業者の特定が懸念されるがゆえに、限定的な調査結果の公表を望んでいる、ということなのかもしれない。しかしながらこうした分析・公表方法(内容)では、事実・実態に基づく政策立案は困難ではないだろうか。表2の結果も、職種別の人数が示されていないこともあって、変化の背景を検討するのは難しい。調査対象となる件数を増やしたり、設計金額3億円以上という調査対象の範囲を拡大することで、事業者の特定は避けられるのではないだろうか(事業者特定の回避以外にも理由があるのかもしれないが、これ以上は不明である)。

 

4.役務契約における労働者の賃金調査

次に、役務契約における労働者の賃金調査の結果である(調査の詳細は本誌186号を参照)。対象となる業種・職種は三つで、建物清掃業務従事者、建物警備業務従事者、建物設備運転・監視等業務従事者の支給実績賃金(以下、実績賃金)が把握されている。表3に調査の概要をまとめた。

 

表3 建物清掃業務、建物警備業務、建物設備運転・監視等業務従事者の実績賃金に関する調査の概要

年度 建物清掃業務 建物警備業務 建物設備運転・監視等業務
件数(件) 業務従事者数(人) 受注業者数(社) 件数(件) 業務従事者数(人) 受注業者数(社) 件数(件) 業務従事者数(人) 受注業者数(社)
2019 154 642 65 65 332 28 26 118 14
2020 143 610 53 60 322 24 25 113 12
2021 135 549 48 53 262 23 26 117 12

出所:札幌市から提供された資料(各業務の「従事者支給賃金状況」)より作成。

 

労働者に対して(7月に)支給された賃金額の分布をまとめたのが表4である。(1)表中の「最低賃金額」とは、19年度は835円で、20年度と21年度は861円である。(2)建物清掃業務従事者の賃金には、総合評価方式で働く者のそれも含まれる。ちなみに、総合評価方式が導入された業務が資料に掲載されており、その件数を数えると、19年度から21年度にかけて順に、13件、14件、21件である(労働者数は記載されていない)。

 

表4 建物清掃業務、建物警備業務、建物設備運転・監視等業務従事者の実績賃金(時間給)の分布

単位:人,%

最低賃金 ~900円 901円~950円 951円~1000円 1001円以上
建物清掃業務 2019 189 244 46 86 77 642
29.4 38.0 7.2 13.4 12.0 100.0
2020 149 194 81 61 125 610
24.4 31.8 13.3 10.0 20.5 100.0
2021 106 91 91 56 205 549
19.3 16.6 16.6 10.2 37.3 100.0
建物警備業務 2019 105 138 41 22 26 332
31.6 41.6 12.3 6.6 7.8 100.0
2020 134 96 40 26 26 322
41.6 29.8 12.4 8.1 8.1 100.0
2021 90 79 48 22 23 262
34.4 30.2 18.3 8.4 8.8 100.0
建物設備運転・監視等業務 2019 4 4 9 14 87 118
3.4 3.4 7.6 11.9 73.7 100.0
2020 1 14 7 11 80 113
0.9 12.4 6.2 9.7 70.8 100.0
2021 2 18 8 13 76 117
1.7 15.4 6.8 11.1 65.0 100.0

出所:表3に同じ。

 

さて、結果は、建物清掃業務と建物警備業務では、「最低賃金」での支給が多く、前者では2割から3割、後者では3割から4割を占める。「~900円まで」を含むと5割から7割を占める。

但し、建物清掃業務の2021年度の数値に限っては、「1001円以上」が4割を占め、「最低賃金」「~900円まで」を足し合わせた数値は35.9%にまで低下している。総合評価方式の拡大が反映された結果だろうか。

なお、建物設備運転・監視等業務では、「~1001円以上」での支給が多く、全体の3分の2から4分の3を占めている。

 

表5 建物清掃業務、建物警備業務、建物設備運転・監視等業務従事者の実績賃金(時間給)の平均額、最低賃金との比較、建築保全業務労務単価との比較

単位:円

建物清掃業務 建物警備業務 建物設備運転・監視等業務
2019 2020 2021 2019 2020 2021 2019 2020 2021
実績賃金 945 980 1004 900 907 925 1143 1183 1194
880 906 918
最低賃金 835 861 861 835 861 861 835 861 861
建築保全業務労務単価(1時間当たり) 1,113 1,150 1,175 1,238 1,275 1,300 1,700 1,738 1,763
支給賃金マイナス最低賃金 45 45 57 65 46 64 308 322 333
実績賃金マイナス建築保全業務労務単価 ▲ 233 ▲ 244 ▲ 257 ▲ 338 ▲ 368 ▲ 375 ▲ 557 ▲ 555 ▲ 569
(参考)建築保全業務労務単価(日額) 8,900 9,200 9,400 9,900 10,200 10,400 13,600 13,900 14,100

注1:建物清掃業務の「実績賃金」は、上段が総合評価方式を含むデータで、下段が総合評価方式を除くデータである。
注2:建築保全業務労務単価は、順に、清掃員C、警備員C、保全技術員補のそれを使った。
出所:表3に同じ。

 

表5は、実績賃金の平均額を、最低賃金や建築保全業務労務単価と比較してみたものである。建物清掃業務の実績賃金は、上段が総合評価方式を含むものであり、下段が含まないものである。最低賃金や設計労務単価との比較は、後者で行った。

結果は、当然のことながら、いずれの実績賃金も最低賃金は超えているが、設計労務単価と比較するといずれも大きくマイナスである。建物清掃業務では200円台、建物警備業務では300円台、建物設備運転・監視等業務では500円台の差がそれぞれみられた。また。19年度の差と21年度の差とを比較すると、後者で差が大きくなっている。

以上、札幌市が把握している、工事契約と役務契約で働く労働者の賃金についてみてきた。紙幅の都合で、指定管理に関するデータは次号で紹介する。

 

(かわむらまさのり 北海学園大学教授)

 

 

川村雅則「札幌市の公共調達等に関するデータ(3)」『建設政策』第204号(2022年7月号)へ。

 

 

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