是村高市「「産業政策提言」の具体化と賛同を広げるために」

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』第722号(2014年1月号)に掲載された、是村高市氏(全印総連顧問)による同タイトルの論文です。お読みください。

 

 

 

問題の根幹は総需要の低迷と低単価放置すればさらなる経営悪化に

古い話で恐縮だが、36年前の1978年、全印総連(全国印刷出版産業労働組合総連合会)は、「適正単価確立の提言」を世に出した。これを契機に、全印総連が産業政策課題について、より積極的に展開することになるが、印刷産業における「単価問題」は根が深い。

いや、印刷に限らない。すべての製造業、とりわけ下請け構造を持つ産業では、「低単価」が切実な問題になっている。「デフレからの脱却」を掲げた安倍首相の「アベノミクス」は、到底印刷産業には及んでいない。それどころか、印刷単価の下落は、留まるところを知らない。

全印総連と出版労連、それに元・三省堂印刷社長の月岡正雄氏が呼びかけ人になって毎年開催をしている印刷出版フォーラム21「円卓会議」では、毎回、参加している多くの経営者から印刷関連産業で問題になっている「短納期」「低単価」「過度な品質要求」「理不尽な値引き要求」「後指値」「長期の手形決済」などの深刻な実態が、報告されている。

これらの問題点は、2010年に公表した「産業政策提言」でも指摘し、改善するための提起をしている。この提言の中心も「単価問題の解消」である。官公需印刷物と民間印刷物の適正単価の確立を提言している。しかし、実際に民間の印刷単価の改善-適正化をすることは、容易な問題ではない。

全印総連で、この民間単価の一つとして、出版印刷の単価問題で、出版労連(日本出版産業労働組合連合会)に対して、懇談の申し入れを行っており、共通認識を一致させるための会議を近々開催する予定になっている。

その他の民間単価では、商業印刷物やインターネットを使った「印刷通販」、パッケージや包材などがあり、これらの適正化については検討課題だが、現状の印刷単価が、どのようになっているのかを調査していこうと考えている。特に、「印刷通販」の低単価が業界で大きな問題になっており、これについては、別途対策が必要だと考えている。

 

印刷業者の倒産

帝国データバンクより引用

 

単価問題を放置することは、さらなる経営悪化を招き、労働条件の改悪や賃金下落につながる。最悪は、倒産や廃業の事態に及ぶ。2013年には、500人規模の中堅印刷2社が倒産したことは、衝撃的だった。いよいよ、中堅印刷にも倒産の波が押し寄せていることを印象づけた。民事再生で生き残れるところはまだ良いが、なくなってしまった印刷関連会社は、いくつもある。記憶に新しいのは、東陽印刷所、技報堂印刷、大美堂印刷などだ。

以前、倒産の要因の一つとして、「放漫経営」が挙げられていた。しかし、近年では、印刷総需要の低迷と低単価が、大きな要因になっている。私たちは、「産業政策提言」の主要な柱として、単価問題とともに、文字活字文化の振興を掲げている。つまり、端的な言葉で言うと、「本を読もう、新聞を読もう、印刷物に触れよう」ということだ。

書籍や雑誌、新聞などの紙メディアをもっと宣伝し、私たち自身が積極的に触れていこう、という提起だ。当たり前の提起だが、現状は「活字離れ」が進み、紙メディアの衰退がある。一方、コミックやハウツウものは、電子メディアで読まれるケースが増えている。2010年は、電子書籍元年などと騒がれたが、まだ紙メディアを駆逐するほどの勢いはない。しかし、コンテンツが電子メディアにいってしまったら、間違いなく紙メディアは、博物館送りになる。

電子教科書が採用されたら、従来の紙の教科書は間違いなく歴史上から消えていく。過渡期の選択肢として、紙と電子の共存はあると思うが、電子教科書が国の方針となれば、義務教育では間違いなく紙の教科書は消え、いずれは、義務教育以外でも電子教科書になるだろう。印刷総需要として、相当のシェアを占める教科書と付随する学参書籍が電子化されると、それを生業としていた印刷会社や製本会社は、経営が成り立たなくなる。

私たちは、「産業政策提言」の改訂版で電子教科書の拙速な導入に反対し、子供や教育に与える影響についての研究と調査を国に要請し、全印総連としても調査研究をしていくことを考えている。

筆者は、文京区にある全印総連の事務所に新幹線で通っているが、車内で本を読んでいる人は少なく、パソコンやタブレット、特に携帯電話やスマートフォンを忙しなく操作し見ている人が多い。地下鉄でも同様で、文庫本や新聞を読んでいる人が、少なくなっている。自宅でもそうなのだろうか。電子教科書になれば、子供たちが紙の本に接する機会は、益々遠のく。近未来のSF映画のような光景は、目にしたくない。

「産業政策提言」の賛同を広げ、具体化するのは、私たちの責務である。2014年は、これを具体化していくためのステップの年にしたい。そのためには、この提言を共通認識にするために、職場や地域、そして産業で広く知らしめるために、宣伝と啓蒙を旺盛にしていきたい。それなしに、具体化の道は遠い。機会あるごとに、言葉に出し、文章にし、訴え続けていきたい。

 

続く価格破壊〜「デフレ」からの脱却はあるのか

印刷関連産業は、需要と単価の狭間で、揺れ動いている。需要が好転するのは、日本経済の動向に関わるが、一方で電子メディアと紙メディア、という産業構造に関わる大きな端境期の問題がある。これは、日本経済の動向とは関係なく、紙メディアの振興は、私たちの能動的・主体的な啓蒙と運動に関わる課題であり、このことはあれこれ言わずに、「やるしかない」産業課題である。

他方、デフレからの脱却と日本経済の立て直しを標榜する「アベノミクス」と称する経済政策は、本当に印刷出版関連産業に効果がある政策なのだろうか。基幹産業や大手企業では、その効果が出ているというが、中小企業では、そういう話は聞かない。印刷関連産業では、前述のように大変厳しい状況が続いている。

「アベノミクス」を賞賛する経済学者や評論家は、いずれ時間差で中小企業にも、そして国内需要の根幹を握る国民消費にも、効果が出る、と言っている。しかし、4月には消費税が増税され、一部所得の高い勤労者への増税や軽減措置の撤廃など、国民の購買力に水を差す事態が待ち構えている。特に、消費税増税分を価格に転嫁できない中小企業や小売商店は、自らが被るしかない。

既に、原材料費の値上げを印刷単価に転嫁できずに、身を削って経営している経営者の深刻な話を聞く。消費税増税分も、そうなるだろうと話している。国の政策で増税したのだから、増税分は価格転嫁するのが当然だが、それを許さないのが、大企業本位の経済政策をとる現政権である。

また、価格転嫁をしたら仕事がなくなる、商品価格に転嫁したらモノが売れなくなる、と考えてしまうのは、経営者だけの取越し苦労ではない。消費者だって、生活防衛上、買い控えをすることは必至である。消費税増税前の駆け込み消費の増加は、そのことの裏返しでもある。

私たちは、私たちのやり方で現在の経済政策-「アベノミクス」を批判し、より良い国民本位、中小企業本位の経済政策を求め、提起していきたいと考えている。その一歩が、官公需印刷物の適正単価の確立でもある「公契約条例」の制定である。条例は、全国の自治体に広がっている。東京でもいくつかの区や市で制定されている。また、世田谷区や文京区でも、全印総連も関わって制定に向けての取り組みが行われている。京都では、京都地連が府知事選の争点に公契約条例の制定を打ち出したいと考えている。全国に広がっている公契約条例制定の運動が広がるよう、私たちも動きを加速したいと考えている。

 

印刷通販の最大手プリントパックに全印総連加盟の組合が発足

先に、「印刷通販」の単価問題を指摘したが、この業界の最大手プリントパックに全印総連の労働組合ができた。2010年3月、プリントパックでは、入社してわずか1カ月半の26歳の青年が菊全判8色大型印刷機のデリバリ部分(排紙部分)に頭を挟まれ、死亡する労災事故が起きた。

その後、全印総連は2013年4月22日、京都のプリントパック本社工場の視察を行った。この日は、丁度、死亡事故と同じ22日だったが、視察には、木村進社長、木村信治副社長はじめ、弁護士や労務コンサルタントらが対応し、懇談後に工場視察も行われた。京都地連の役員と共に、筆者もこの視察に同行したが、その時の懇談で木村社長の「従業員が何十年も働き続けられる会社にしたい」との言葉が今も心に留まっている。

 

印刷通販市場規模推移と予測

矢野経済研究所より引用

 

2013年10月20日、プリントパック京都本社に労働組合ができた。今や年商150億円を超え、従業員も500人の大所帯に成長したプリントパックに組合ができるのも時間の問題だったのかも知れない。印刷の業界団体にも加盟していると聞く。

急激に成長した企業は、内部の組織体制がその速度に追いつかず、ともすれば、労務倒産になることも指摘されているが、健全で民主的な労使関係を作ることができれば、社長が言う「従業員が何十年も働き続けられる会社」になるはずだ。その手伝いが、全印総連にはできると思うし、そのための協議には万難を排したい。

インターネットをツールとした「印刷通販」という業態を確立したプリントパックの先見の明には、驚いた。かくいう筆者も、国外の印刷通販の会員になっている。そんなに低価格とは言えないが、楽しい商品があり、たまに利用している。さらに、送料無料の告知に「魅力」を感じてしまう一ユーザーになってしまうのだが、この「無料」が曲者なのだ。配送業者は決して無料ではない。どこかで無理が生じているはずだ。

ネット入稿で、デリバリ営業もプリプレスもいらないが、低価格が故に、利益率も低いはずである。それが勢い働かせ方などの労働条件や賃金に反映してしまうと、離職率が高くなり、スキルも高まっていかない、などの弊害も大きいはずだ。そして、何よりも一部のIT業や飲食業、アパレル業で言われている「ブラック企業」のレッテルを貼られることになりかねない。流行語大賞にノミネートされた「ブラック企業」は、そのレッテルを貼られるとユーザーから「倍返し」のしっぺ返しを食らうことを肝に銘ずるべきだ。

さて、プリントパックは顧客向けパンフレットの中で自社を次のように紹介している。「新しい印刷のカタチを開発する。従来高品質であるがゆえに価格も高く、敷居の高かった『オフセット印刷』の世界にインターネットをはじめとするIT技術を活用することで圧倒的な低価格を実現。これによりデザイン・印刷関係などのプロフェッショナルユーザーには『受注競争に勝ち抜く価格』を、また一般企業のクライアントには『印刷経費の激減売上アップ効果』を提供すべく取り組んでいる。こうした評価として業界屈指のリピート利用率や年間100回以上利用のヘビーユーザーも多い。また個人顧客からの利用も急増しており『オフセット印刷の感動を広める』『誰もが気軽にオフセット印刷を利用できる』ことを志している。現在会社を挙げての『日本一安い価格』への挑戦を続けている」、と。

全印総連は、「日本一安い価格」が、「日本一働きにくい企業」や「日本一低賃金の企業」にならないで欲しい、と願っている。それは、木村社長の言葉ともプリントパックの経営理念とも、相反するものだからである。今後も私たちは、「印刷通販」の雄、プリントパックの動向には注目していきたい。

 

結成60周年と佐久間貞一

昨年、全印総連は、結成60周年を迎えた。2013年11月22日、60周年のレセプションを多くの組合員と友誼団体、経営者の皆さんの出席により、祝うことができた。

 

    

11月22日に開催された全印総連・東京地連結成60周年レセプションには、印刷出版労働運動の大先輩である99歳の杉浦正男さん(左=一番手前)をはじめ、多くの経営トップの皆さん(中)も出席し、印刷業界の新興、発展に尽力することを誓い合った。右は挨拶する筆者

 

この場には、私たちの大先輩の杉浦正男さんが出席していた。99歳になる印刷出版労働運動の大先輩である。GHQにより、解散を余儀なくされた産別会議(全日本産業別労働組合会議)の最後の事務局長である。印刷関連の労働組合の歴史は長いが、日本で最初にできた組合は、明治20年代の活版工の組合だったと言う。当時、鉄道と鉄鋼(鉄工)にも組合ができ、労働組合期成会に加盟し、労働者の地位向上のために動き出していた。この労働組合期成会の評議員に秀英舎(後の大日本印刷)の創業者、佐久間貞一がいる。労働組合の役員になぜ経営者がなっていたのか、今日の常識では考えられないが、当時まだ封建時代の思想が色濃く残っていた時期、まだ、労働者の自覚や思想が未熟だったので、良心的な経営者や有識者が組合の役員をやっていたのだろう。

2013年の『印刷界』8月号で、佐久間貞一についての鼎談を矢作勝美先生と元・三省堂印刷社長の月岡政雄氏と筆者とで行った。佐久間の偉業については、たまたま学生時代に知っていたが、鼎談をするまで、改めて考えてみる機会も少なかった。

佐久間は、徳川の幕臣だった。決して、坂本竜馬のような倒幕の志士でもなく、自由民権運動を行っていたのでもなかった。徳川幕府を守ろうとしていた、いわゆる保守派だった。その佐久間が、明治時代になって、なぜ労働者保護を打ち出し、当時最先端の産業だった印刷の経営に携わったのかは、2013年の『印刷界』8月号に譲るとして、比較的短い人生を印刷産業と労働者保護のために尽力した。それは、沼津兵学校時代に、培われたと言う。印刷経営に関わる中で、印刷の職工が短命であり、長時間労働が当たり前だった時代にあって、「このままで良いのだろうか」という問題意識を持ち、その解決のために身を呈して、労働問題に取り組んでいた。こういう先人達の先駆的な取り組みがあって、今日の全印総連がある。

本部同様、結成60周年を迎えた東京地連は、労使合同研究集会を2013年10月18日、開催した。矢作勝美先生の佐久間貞一に関する講演と経営者によるシンポジウムを行った。私たちは、この印刷界の先駆者、佐久間貞一の生涯を再認識し、彼の思想を再評価しようと考えている。大日本印刷の創業者、佐久間貞一が何を考え、何を実践してきたか、日本の印刷産業と印刷労働組合にどのような影響を残したか、私たちは真摯に学ぼうと思う。

そして、彼がやり残したことは何か、彼はこの日本の未来像について、どのように考えていたか、もっと知りたいと思う。知は力なり、である。

余談だが、知る権利や情報公開に反する動きが、年末にあった。日本雑誌協会や日本書籍出版協会は、特定秘密保護法の強行採決に対して、抗議声明を出した。出版の業界団体はこの暴挙に反対したが、印刷の業界団体からはまだ声が上がらない。佐久間貞一だったら、どう考えただろうと、2013年が終わる年末にそう思った。

さて、2014年、どうなるのか、どうしていくのか、私たち次第である。

 

 

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