田中綾「(書評)奥村知世歌集『工場』」

『北海道新聞』朝刊2021年7月18日付「書棚から歌を」からの転載です。

 

 

 

・鈍色のスクリューパーツをひとつずつブラシでこする子の歯のように   奥村知世

 

「工場」という新刊歌集に惹かれた。小山田浩子の第42回新潮新人賞受賞小説と同じタイトルである。

 

小山田の小説には、書類をひたすらシュレッダーにかけるなどのマニュアル労働が描かれていたが、この歌集は、工場で研究開発を担当する女性の労働詠である。

 

1985年生まれ。現在は二児の母で、産休・育休をめぐる現場の歌も多い。

 

・3Lのズボンの裾をまるめ上げマタニティー用作業着とする

 

京浜、京葉などの地名も歌われており、首都圏の、女性の少ない工場なのだろう。作業着も軍手も間に合わせのもので対応するしかない。他方、冒頭の歌のように、子どもの歯を磨くような丁寧な「ブラシ」使いに、仕事への愛着もうかがえる。

 

職場では旧姓を使用しているそうだ。

 

・「責任者・現場立会」旧姓のままの印鑑まっすぐに押す

 

「まっすぐに」という表現には、自分そのものへの「責任」も感じられる。

 

・「育休」と名簿に斜線は引かれつつ斜線のままの後輩がいる

 

しだいに女性の後輩も増えていったようだが、男性にとっても女性にとっても「育休」がごく普通の歌語となるのは、いつのことだろう。生き生きと職場復帰する「後輩」たちの姿も、ぜひ読ませてもらいたい。

 

今週の一冊 奥村知世歌集『工場』(書肆侃侃房、2021年)

 

 

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