加藤丈晴「LGBTとSOGIハラ-SOGIハラの実態や裁判例について-」

北海道労働情報NAVI寄稿

LGBTとSOGIハラ-SOGIハラの実態や裁判例について-

日本労働弁護団北海道ブロック 弁護士 加藤丈晴

 

 

1 LGBTとは

LGBTという言葉は、性的マイノリティの総称として使用されることが多いですが、Lはレズビアン(女性同性愛者)、Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシュアル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(出生により割り当てられた性と自認する性が一致しない人)を意味します。

このうち、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは、恋愛や性的興味の向かう対象、すなわち性的指向により区別されますが、トランスジェンダーは、自分自身の性自認、性同一性の問題です。この性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)を合わせてSOGI(ソジ)と呼ぶことがあります。

なお、性的マイノリティのすべての人が、L、G、B、Tのいずれかに分類されるわけではなく、「性のグラデーション」と言われるように、性のあり方は人それぞれ異なり、多様です。例えば、誰に対しても恋愛感情や性的興味を抱かない人(「アセクシャル」又は「Aセクシュアル」と呼ばれます)や、性自認が男性でも女性でもいずれでもない人(「ノンバイナリー」又は「ジェンダーノンコンフォーミング」などと呼ばれます)もいます。そのため、それら多様な性のあり方も含め、LGBTQ(Qは、「クィア」や「クエスチョニング」の頭文字で、性の多様なあり方を指します)とか、LGBTQ+と表現することもあります。

電通グループが2023年に行った調査[1]では、自分がLGBTQ+当事者層に該当すると自認する人は、回答者全体の9.7%との結果が出ており、このことは、性的マイノリティの人たちが、どの職場にも必ずいるといっても過言ではないことを示しています。

2 LGBTの人たちが職場で直面する困難

このように、LGBTの人たちは、どの職場にも当たり前にいるにもかかわらず、その存在は、ほとんど認識されていません。令和元年度に厚生労働省が行った職場におけるダイバーシティ推進事業の報告書[2]によれば、社内に性的マイノリティ当事者がいることを認知していると回答したのはわずか13.4%であり、41.4%がいないと思うと回答しています。その一番の理由は、職場でカミングアウトしているLGBT当事者が少ないことにあります。

日本では、欧米と異なり宗教的な理由による差別は顕著ではありませんが、LGBTに対する無知や偏見、性別規範や社会の強い同調圧力があり、LGBTの人たちには、自らの性的指向、性自認を明らかにすることにより、社会から排除されるのではないかという強い恐怖感があります。また実際に、性的マイノリティであることを理由とした、職場での差別的言動や不利益取り扱いが行われています。

その一方で、LGBTの存在は不可視化、つまり「いないもの」とされていることから、これらに対する対策は、十分になされていないのが現状です。

3 SOGIハラとは何か

SOGIハラとは、性的指向や性自認に関するハラスメントのことをいいます。「なくそう!SOGIハラ」実行委員会のウェブサイト[3]の分類に従うと、①差別的な言動や嘲笑、差別的な呼称、②いじめ・無視・暴力、③望まない性別での生活の強要、④不当な異動や解雇、その他不利益取り扱い、⑤性的指向や性自認について本人の許可なく公表すること(アウティング)の5つに分けられます。

(1)差別的な言動や嘲笑、差別的な呼称

NPO法人虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターが2016年に行った調査[4]によると、現在の職場で性的マイノリティに関する差別的な言動を見聞きしたことが「よくある」「ときどきある」と回答したLGBT当事者は、全体の69%にも及んでいます。

具体的内容としては、「あいつホモなんだって?襲われちゃう。」「レズってエロいよね。」「いい年して独身なんて、そっちの気があるの?」「俺はそういう趣味ないから。」といった性的指向を揶揄するもの、「あの人、オネエ系だよね。」「オカマじゃあるまいし、もう少し男らしくしたら?」「あの人、男?女?」など性別固定観念に合致しない外見や言動の人を嘲笑する発言、「うちの職場にLGBTなんていないよね。」「LGBTを受け入れない自由もある。」といった、LGBTの存在を否定したり、拒絶する発言などの例が挙げられます。

同性愛者を笑いものにする、いわゆる「ホモネタ」「レズネタ」の多くは、LGBT当事者がその場にいないことを前提に話題にされることが多くなっています。自分の性的指向や性自認を隠している当事者にとっては、その発言が自分に直接向けられたものではなくても、自分の存在を否定されているように感じ、その精神的苦痛は大きいものです。

また、悪意のある差別的言動だけでなく、マイクロアグレッションと呼ばれる、何気ない日常の中で行われる言動に現れる無意識の偏見や差別に基づく見下しや侮辱、否定的な態度にも注意が必要です。例えば、男性に「彼女はいるの?」と聞くことは、相手が異性愛者であることを当然の前提としています。また「LGBTじゃない普通の人」という発言は、LGBTが普通ではない異常な人であるというニュアンスを含意しています。さらに、「男っぽいからゲイに見えないね。」という発言は、ゲイは女性っぽいという偏見に基づいた発言であるといえます。

(2)いじめ・無視・暴力

いじめ、無視、暴力は、性的指向や性自認にかかわらずハラスメントとして問題となるものですが、性的指向や性自認にかかわるものは、より深刻な例が見受けられます。

例えば、「あいつはホモだ」と噂されて仲間外れにされた、「レズビアンは女が好きなんだろう」と言われ男性向けポルノ雑誌を無理やり見せられた、職場に女性の格好で出勤したら「オカマ」などと言われ個室のトイレに入っている時に水をかけられた、「本物の女じゃないからいいだろ」と言われながら胸をもまれた、などの例が報告されています。

(3)望まない性別での生活の強要

個人が自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、個人の人格的生存にとって不可欠のものであり、個人の尊厳に関わる問題です。

ところが、出生により割り当てられた性と自認する性が一致しないトランスジェンダーの人たちが、職場から自認する性別での取り扱いが認められず、望まない性別での生活を強要されるケースが多くみられます。

例えば、女性職員にだけ制服がある職場でトランスジェンダー男性(出生により割り当てられた性は女性だが性自認は男性である人)も制服の着用を義務付けられる、男性の長髪や化粧が禁止されている職場でトランスジェンダー女性(出生により割り当てられた性は男性だが性自認は女性である人)が自認する性に応じた身だしなみができない、自認する性別と異なるトイレや更衣室の利用を強いられている、職場で自認する性別に応じた通称使用を認めてくれない、などのケースがあります。

(4)不当な異動や解雇、その他不利益取り扱い

LGBTであることを理由に、解雇・降格・配置転換などをされたというケースも、数多く報告されています。連合が2016年に実施した「LGBTに関する職場の意識調査」[5]によれば、LGBTに対するこのような差別的な取り扱いを経験したこと、または直接、間接に見聞きしたことがある人は、11.4%にのぼっています。

例えば、トランスジェンダー女性が上司から女性の服装での出勤を禁止され断ったら解雇された、トランスジェンダー女性が化粧をして接客したら顧客からクレームが出たと言われ事務職に異動になった、性別を記載しない履歴書で採用され採用後にトランスジェンダーであることをカミングアウトしたら内定を取り消された、同性パートナーの介護を理由に転勤を拒否したら解雇された、などの例が挙げられます。

(5)性的指向や性自認について本人の許可なく公表すること(アウティング)

性的指向や性自認は、多くの人が公表を望まない高度のプライバシー情報であり、それを公表するかしないか、公表するとしてどの範囲で公表するかは、専ら本人の意思決定に委ねられなければなりません。それにもかかわらず、本人の許可なく性的指向や性自認を他人に伝えたり、その公表を強制したり禁止することは、信頼関係を破壊するだけでなく、人としての尊厳を大きく傷つけることになります。

アウティングの例としては、仲のよい同僚にゲイであることをカミングアウトしたらみんなに言いふらされ仲間外れにされた、というものが代表的ですが、自認する性に応じたトイレや更衣室の使用を求めたら条件として全社員の前でトランスジェンダーであることをカミングアウトするように求められた、というように、性自認の公表を強いられたケース、自分がゲイであることを同僚や顧客にもオープンにしていたら上司から誰にも言うなと注意された、など、逆に性的指向の公表を禁止されたケースなどもあります。

実際に訴訟になった例としては、性同一性障害者特例法に基づき戸籍上の性別を男性から女性に変え、大阪市内の病院で看護助手として働いていた女性が、看護部長から、「元男性」と明かしていいかを聞かれ、女性がこれを断ったにもかかわらず、同僚たちの前で明かされたというものがあります。その後、この女性は、同僚らから中傷されるなどして精神疾患を発症し、自殺未遂を起こしました。この女性は、2019年8月に、病院を運営する医療法人に対して損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に提起するとともに[6]、茨木労働基準監督署に労災申請をし、2021年2月には、労災認定がなされています[7]

4 SOGIハラに対する法的規制

SOGIハラそれ自体を単独で規制する法律や規則は存在しませんが、近時の法律や規則の改正により、従前のセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)に含まれるものとしてSOGIハラに対しても法的規制が及ぼされています。

まずセクハラに関しては、男女雇用機会均等法に基づく「事業主が職場における性的言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(セクハラ防止指針)の2013年改正において、職場におけるセクハラには同性に対するものも含まれることものとされ、2017年改正では、被害を受ける者の性的指向や性自認にかかわらず、これらの者に対する職場におけるセクハラも対象となることが明記されました。そして2016年12月に発出された「人事院規則10-10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について」の一部改正では、人事院規則が定めるセクハラに「性的指向若しくは性自認に関する偏見に基づく言動」が含まれることが明記されました。

次にパワハラに関しては、2019年5月に労働施策総合推進法が改正され、これに伴って発出された「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ防止指針)において、「相手の性的指向や性自認に関する侮蔑的言動」及び「労働者の性的指向・性自認等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」がパワハラの例として規定されるに至りました。

また、SOGIハラに直接関連するものではありませんが、2023年6月に成立した「LGBT理解増進法」(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)では、事業主は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する労働者の理解を増進するために、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を自ら行い、さらに国又は地方公共団体の施策に協力する努力義務が定められています。

5 SOGIハラに関する裁判例

(1)S社(性同一性障害者解雇)事件(東京地裁平6.20決定・労判830号13頁)

SOGIハラに関するリーディングケースといえるのが、S社(性同一性障害者解雇)事件です。

この事件は、戸籍上は男性ですが、性同一性障害と診断され、ホルモン療法により精神的肉体的に女性化が進んでいたXさんが、配転を機に、女性の服装での勤務と、女性用トイレの使用、女性用更衣室の使用をY社に申し出、女性としての扱いを求めたところ、Y社はこれらを認めず、Xさんが女性の服装をすることを禁止したにもかかわらず、Xさんが女性の服装で出勤を続けたため、Y社がXを懲戒解雇としたものです。

裁判所は、Xさんが性同一性障害であり、他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると、多大な精神的苦痛を被る状態にあったとして、Xさんの求めには相当の理由があるとし、これに対し、Y社はそのような事情を理解し、Xさんの意向を反映しようとする姿勢もなかったし、女性の容姿で原告を就労させることが、Y社の企業秩序又は業務遂行に著しい支障を来すとは認められないとして、Y社による懲戒解雇を権利の濫用として無効としました。

(2)淀川交通事件(大阪地裁令7.20決定・労判1236号79頁)

この事件は、トランスジェンダー女性であるタクシー乗務員Xさんが、乗客からの苦情(Xさんに男性器をなめられそうになったというもの)やXさんが化粧をしていることなどを理由に、タクシー会社Y社から就労を拒否されたことから、XさんがY社に対し、民法536条2項に基づき、賃金仮払いの仮処分を申し立てた事案です。

裁判所は、まずY社が苦情の内容の真実性について調査を行った形跡がないことなどから、苦情の内容や存在がXさんに対する就労拒否を正当化することはできないとし、Xさんが化粧をしていたことについても、Xさんは性同一性障害であり、外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ、女性として社会生活を送ることは、自然かつ当然の欲求であるとして、Y社による就労拒否に、必要性も合理性も認めることができないとして、Xさんが賃金支払請求権を有することを認めました。

(3)国・人事院(経済業省職員)事件(東京地判令12.12労判1223号52頁(第一審)、東京高判令3.5.27判タ1479号121頁(控訴審) 、最三小判令5.7.11民集77巻5号1171頁(上告審))

この事件は、トランスジェンダー女性の経済産業省職員Xさんが、2階以上離れた女性トイレか障害者用トイレを使用すること、人事異動にあたって性同一性障害であることをカミングアウトすることを求められたこと等によって精神疾患を発症したとして、国を提訴したものです。

この事件において一審の東京地裁は、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法的利益であり、トイレの使用を制限することは、その制約に当たるとした上で、他の女性職員に対する相応の配慮も必要であることを指摘し、Xさんの具体的な事情や社会的な状況の変化等を考慮した緻密な利益衡量によって、本件トイレに関する処遇に国家賠償法上の違法性があると認め、Xさんの請求を一部認容しました。

しかし控訴審において、東京高裁は、経産省と事業主の判断で先進的な取組がしやすい民間企業とは事情が異なること、経産省は他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益も併せて考慮し全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っていることなどを理由として、トイレの使用制限が国家賠償法上違法であるとはいえないとしました。

そして最高裁は、Xさんにトイレの使用制限による不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらず、これを是とする人事院の判断は、具体的な事情を踏まえず他の職員への配慮を過度に重視し、Xさんの不利益を不当に軽視するもので、違法であると結論づけました。

6 職場のSOGIハラを防止するために

前述の連合が2016年に実施した「LGBTに関する職場の意識調査」によれば、職場のSOGIハラの原因として、59.5%が「差別や偏見」を挙げ、43.3%が「性別規範意識」、すなわち、「男」はこうあるべき、「女」はこうあるべき等の規範意識を挙げています。実際にSOGIハラの相談を受けた際に、相談者から職場の状況について聴取すると、男性社員が顕著に多い職場であって、数少ない女性社員に対するセクハラが横行している職場であるというケースにしばしば遭遇します。このように、SOGIハラもセクハラも、ジェンダー差別や性別規範などに起因するものであって、根は同じであるといえます。そのためSOGIハラに対する対策も、従前のセクハラ等に対するものと大きく異なるところはありません。

男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法、これらに基づく厚生労働大臣の指針(セクハラ防止指針、パワハラ防止指針)においては、事業主にハラスメントの防止措置義務を課しています。具体的には、①事業主の方針の明確化と周知・啓発、②相談体制の整備、③ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応、④プライバシーの保護、不利益取り扱いの禁止などです。

これをSOGIハラについて具体的にみていくと、まず①事業主の方針の明確化と周知・啓発については、性的指向・性自認に関する倫理規定や行動規範を就業規則等で策定することが重要となります。また、社内の理解促進に関する取組みとして、経営層や管理職、人事労務担当者、社員それぞれに向けた研修や勉強会の開催、ポスター・リーフレット等の配布や掲示なども必要となるでしょう。

次に②相談体制の整備については、社内のハラスメント規定にSOGIハラも含める形で規定した上で、社内及び社外に、性的指向・性自認に関して相談できる窓口を設置したり、性的マイノリティに対する相談対応ガイドラインを策定することも有益であると思われます。

③ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応については、SOGIハラ特有の配慮が求められることはありませんが、④プライバシーの保護、不利益取り扱いの禁止については、とりわけ性的指向や性自認が高度のプライバシー情報であることに鑑み、調査の過程で第三者に相談者の性的指向や性自認が知られることのないように細心の注意をすることが求められます。

最後に、SOGIハラの被害者に相談対応する弁護士や労働組合担当者としては、本稿で述べたLGBTをはじめとする性的マイノリティに関する基礎知識を頭に入れた上で、SOGIハラの内容や特質、それがどのように性的マイノリティ当事者を傷つけるのかについて、十分に理解する必要があります。そうでなければ、担当者の無知、偏見によってさらなる二次被害を招くおそれがあるからです。

 以上

 

[1] https://www.group.dentsu.com/jp/news/release/001046.html

[2] https://www.mhlw.go.jp/content/000673032.pdf

[3] http://sogihara.com/

[4] https://nijibridge.jp/report/date/2016/

[5] https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20160825.pdf

[6] https://digital.asahi.com/articles/ASM8K3JX6M8KPLZB001.html

[7] https://digital.asahi.com/articles/ASP9C66KDP9CPTIL00C.html

 

 

 

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