川村雅則「労働法・労働組合を学ぶ教育実践の提起──大学生のアルバイト実態等に基づき」

川村雅則「労働法・労働組合を学ぶ教育実践の提起──大学生のアルバイト実態等に基づき」『建設政策』第214号(2024年3月号)pp.40-44

 

NPO法人建設政策研究所(略称、建政研)が隔月で発行している雑誌『建設政策』第214号(2024年3月号)に掲載された拙稿です。

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労働法・労働組合を学ぶ教育実践の提起──大学生のアルバイト実態等に基づき

 

川村雅則(北海学園大学)

 

1.はじめに

筆者のゼミナールでは毎年、本学の学生を対象にして、大学生のアルバイト問題や奨学金利用・学費負担をめぐる問題(以下、アルバイト問題等)についての調査・研究を行い、『アルバイト白書』というかたちにまとめて発表している。今年度(2023年度)は、アルバイトの実態やワークルールの認知状況に焦点をあてた聞き取り・アンケート調査を行い、『白書』(連載1~7)にまとめた。加えて、不定期で行っている、労働組合をリアルに学ぶ教育実践も行って記録をまとめた[1]。本稿では、これらの一部を紹介しながら、各地における労働教育実践を本誌読者に構想していただくことを目指す。その担い手には、教育関係者はもちろんであるが、建設・地域の労働組合を想定している。趣旨は以下のとおりである。

 

図1 建設業における若年層の規模及び全体に占める割合の推移等

出所:総務省「労働力調査(基本集計 第II-2-1表)」より作成。

 

周知のとおり、3K職場の代表例として紹介されることの多い建設業では、若年層の確保が課題となっている。深刻化する人手不足の中で、政府・業界をあげて様々な取り組みが進められているが、問題の解決にはほど遠い。総務省「労働力調査」によれば(図1)、2000年には134万人だった建設業で働く29歳以下の層は、2013年に底を打ってそれ以降は横ばいであるものの、23年には56万人にまで大きく減少している(前者を100とすると41.8)。建設業の就業者全体も同じ期間に653万人から483万人にまで大きく縮小しているが(同、74.0)、それをさらに上回る減り具合である。代わりに55歳以上の層のウェイトが増え続けている。

建設産業に限ったことではないが、働き方/働かせ方、賃金・労働条件の適正化のためにも、労働法や労働組合を職場・業界や市民社会に定着させること、とりわけ新たに入職してくる若手にそれを伝えることは、重要な課題の一つと思われる[2]

ただ、学校現場では、勤労観・職業観の育成に終止しがちなキャリア教育に対して、労働法や労働組合を扱う教育実践はまだまだ不十分で、問題意識をもった個々の教員任せになっているのが実態と思われる。

本稿では、以上のような問題意識に基づき、筆者の調査・研究や教育実践の一部を紹介しながら、労働法や労働組合を学生・若者に教えることの必要性や教育実践の共有を図りたい[3]

 

 

2.全建総連東京都連調査にみるワークルールの遵守状況など

ゼミでの調査結果に入る前に、全建総連東京都連合会から建設政策研究所が受託した賃金等の調査結果の一部を紹介したい(以下、東京都連調査)。学生アルバイトにみる問題も建設労働の現場にみる問題も地続きの一面があることを意識したいからである。

調査は毎年実施されているもので、今回紹介するのは、2023年の調査結果である。ただ、年齢別の集計は一部のみでしか行われていないため、紹介するのは、我々の関心事である若手建設労働者の実態ではない。

調査票は、「労働者・職人・一人親方記入用」と「事業主記入用」に分かれている。有効回答は合計で10,873人で、労働者(常用、手間請け、一人親方)が7,874人、事業主が2,291人である。残り708人は「見習い」で、本稿で紹介する結果には含まれていない。

筆者が関心をもったワークルール等に関する調査結果を表1にまとめた。労働者調査と事業主調査のそれぞれから2つずつ選んだ。

 

表1 ワークルール等に関する調査結果

労働者の回答
①契約状況 「雇用契約」20.4%、「請負契約」14.7%、「両方とも結んでいない」36.4%、「わからない」19.3%、不明9.2%
②有給休暇の取得状況 「取得した」22.6%、「していない」45.5%、「制度がない・有休をとる対象ではない」20.3%、複数回答・無回答11.5%
事業主の回答
③就業規則の有無 「ある」35.8%、「ない」42.6%、「わからない」18.5%、複数回答・無回答3.1%
④36協定の有無 「ある」23.1%、「ない」43.4%、「わからない」25.4%、複数回答・無回答8.1%

注:「②有給休暇の取得状況」の分析対象は、「常用」のみ(n=4574)。
出所:東京都連調査より作成。

 

例えば、①契約状況をみると、「雇用契約」が20.4%、「請負契約」が14.7%で、残りは、「両方とも結んでいない」が36.4%、「わからない」が19.3%などとなっている。建設の現場においては、雇用契約なのか請負契約なのかあいまいな実態があるが、どちらも結んでいなかったり本人が理解していない状況が広く確認される。なお、「常用(月固定給)」の回答者に限定しても、「両方とも結んでいない」が21.7%、「わからない」が25.1%と合計で半数弱を占めている。

②有給休暇の取得状況は、「常用(日給月払い、月固定給)」に限定して分析されている。過去1年間に「取得した」のは22.6%と非常に少なく、「していない」が45.5%と非常に多い。「常用(月固定給)」に限定しても、「取得した」は35.9%、「していない」が39.1%である。

事業主調査からは、③就業規則と④36協定の有無を取り上げた。就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する場合に作成・届出が義務づけられているものだから、回答が「ある」でなくとも必ずしも問題はないが、結果は、「ある」が35.8%、「ない」が42.6%、「わからない」が18.5%だった。

逆に、36協定は、法定労働時間を超えて時間外労働をさせる場合に過半数組合か労働者の過半数代表者との間で締結が必要になるが、「ある」は23.1%である。時間外労働は発生していないということだろうか。

建設産業の特性などはとくに考慮せずに調査結果の一部を紹介した。掘り下げた調査は今後の課題である。さて、それでは、ゼミでの調査に基づき、大学生のアルバイト実態やワークルールの認知状況をみていこう。

 

 

 

3.大学生のアルバイトトラブルやワークルールの認知状況など──ゼミでの調査結果より

まず1)で、学生がどのようなトラブルに遭遇しているのか知ってもらう上で、不払いの事例を紹介する。次に2)で、アンケート調査結果の一部を紹介する[4]

1)不払いの事例

学生Aさんの働く飲食店では、10時30分分に出勤をして開店に向けた業務をしているにもかかわらずタイムカードには11時から出勤したように記録するようお店から指示されていた。Aさんは、当初はそこまでの問題意識をもっていなかったようだが、やはりおかしいと思い直して、社員に不払い分の支払いを求めるも、社風がゆるいのをモットーに経営しているからなどと説明されて、要求は拒否された(ちなみにAさんの職場では、残業も、30分単位で計算されている)。

1日に30分とはいえ、積み重なると大きな金額になる。あるときその計算をしてみると、10万円を超えていた。納得ができないと、離職を機に、ゼミの教員の協力を得て、支払いを求めて労働基準監督署にAさんは申告をした。

労基署も親身な対応で会社の調査を行ってくれたが、結局は、Aさんが11時と記録していたことが裏目に出て、会社に開き直られ、不払い分は取り戻すことができなかった。

Aさんの不払い・金額は必ずしも特殊ではない。後でみるアンケート調査でも、「1分単位」で賃金が支払われているのは回答者の半数を下回る(46.9%)。「15分単位」が19.8%と多いほか、「30分単位」も1割ほど(10.3%)みられる。Aさんに限らず、積み重なる不払いの勤務時間数を計算すれば、それなりの金額になるだろう。

 

2)アンケート調査の結果

○ワークルールを知らぬままに働き始めている

表2 最初のアルバイトの際及び現在のワークルールの認知状況

最初 現在
280 100.0 280 100.0
よく知っていた/いる 8 2.9 30 10.7
まあ知っていた/いる 53 18.9 143 51.1
あまり知らなかった/ない 143 51.1 67 23.9
全く知らなかった/ない 76 27.1 39 13.9
無回答 1 0.4
(再掲)知っていた/いる計 21.8 61.8

注:対象は1部生。
出所:筆者作成(注を含め、以下、同様)

 

さて、アルバイトの「入口」部分に話を戻して、アンケート調査結果をみていこう。

第一に、最初のアルバイトを始めた際にワークルールを知っていたか尋ねたところ(表2の左)、約8割が知らなかったと回答している。ちなみに、最初のアルバイトを始めたのは、「高校生」という回答が27.9%(2部生では47.7%)、「大学1年生」が62.5%(同47.7%)である。

そして、おそらく、高校の授業では十分なワークルール教育は実施されていないと思われる。現在ワークルールを知っていると回答した者にどこで/どのようにそれを知ったか複数回答可で尋ねたところ、「高校の授業を通じて」はわずか8.1%に過ぎず、「大学の授業を通じて」が57.8%、「アルバイト経験を通じて」が43.4%であったことがその根拠だ。

なお、表2(の右側)に戻ると、「現在」は、ワークルールを知っているものが6割程度にまで増加している。ただ、ここでの「知っている」は、後述の調査結果から判断すると、字面どおり受け取ることはできない。

 

○書面を受け取っていても読んで/理解できているとは限らない

「入口」部分の話を続ける。現在のアルバイトで働き始める際に労働条件や雇用契約書などの書面を受け取ったか(インターネット上で確認できる場合も含む)は、「受け取った」は74.3%を占める。「受け取っていない」が9.6%、「わからない、覚えていない」が15.4%であるものの、まずまずの結果にみえるかもしれない。

しかし、書面を読んで、内容を理解できているかは疑問で、後日に、筆者の授業の受講生を対象とした別の調査で確認してみたところ(「連載6」を参照)、書面を受け取ったという学生のうち、最多は「読んで、内容もおおむね理解できた」であったが、その割合は59.7%にとどまった。言い換えると、書面を受け取ったことは、読んで理解できたことを意味するわけでは必ずしもない、ということだ(残りは例えば、「読んだが、理解できない部分もあった」が22.1%、「あまり読んでいない」も16.9%)。

求人情報と実際が違った経験が「ある」のは27.5%であったことを踏まえても、契約・入職時における労働条件のチェックを定着させることが必要である。

 

○ルールを知っていることと使えることとの乖離

表3 有給休暇制度の認知状況と、現在のアルバイト先で使用可能か/単位:人、%

280 100.0
学生アルバイトも条件を満たせば有給休暇を取得出来ることを知っているか よく知っている 118 42.1
まあ知っている 106 37.9
あまり知らない 32 11.4
全く知らない 24 8.6
無回答
280 100.0
現在のアルバイト先では学生アルバイトは有給休暇が使用できるか 使用できる 108 38.6
使用できない 42 15.0
わからない 129 46.1
無回答 1 0.4

第二に、ワークルールを知ることは大事であるが、一般論としてルールを知っているからといって、アルバイト先でそれを遵守させることができているわけでは必ずしもない。例えば、学生アルバイトも有給休暇を取得出来ることはおおむね知られているものの、一方で、自分のアルバイト先で学生アルバイトが有給休暇を使用できるかは、「わからない」が46.1%で、「使用できない」も15.0%となり、「使用できる」は38.6%にとどまる(表3)。ワークルールを知ることと職場で使える/守らせることとの間に乖離がみられる。

それは、(1)給料の支払い単位時間が1分単位でなければならないことを「知っている」が全体の3分の2に及ぶ(66.8%)ものの、実際に「1分単位」で処理されているものは、先にみたとおり46.9%にとどまることや、(2)制服への着替え時間にも賃金が支払われる必要があることを「知っている」が65.4%であるものの、制服への着替えに賃金が支払われていないという訴えが50.7%に及ぶことにも共通している。

 

○6割弱が、労働条件や労働環境を改善したいと思った経験あり

表4 過去のアルバイトを含め、アルバイト先の労働条件や労働環境を改善したいと思ったことはあるか、その際に、何か改善の行動を起こしたか/単位:人、%

280 100.0
改善したいと思ったことがあり、改善の行動を起こした 49 17.5
改善したいと思ったことはあるが、改善の行動は起こさなかった 112 40.0
改善したいと思ったことはない 114 40.7
無回答 5 1.8

 

以上のような状況に学生たちが批判意識をもっていないわけではない。アルバイト先の労働条件や労働環境を改善したいと思ったことがあるものは、改善の行動を起こしたかどうかはともかく、約6割に及んだ(表4)。

しかも、そのうち改善の行動を起こしたもの(49人)では、「店長や従業員に相談した」が46.9%、「アルバイト先にトラブル改善を訴えた」が28.6%などの結果がみられた(「アルバイトを辞めた」22.9%も改善の行動に含めた)。

「改善の行動」を選択している学生が思いのほかみられたという印象を筆者はもった。こうした意識にこたえて、労働法・労働組合を教えていくことが、我々の課題になるのではないか。実際、ワークルールを学ぶ必要性を四段階で尋ねたところ、「とても感じている」に限定しても43.2%であった(「まあ感じている」の47.5%とあわせると9割超)。

 

まとめに代えて──地域の関係者と連携して、労働教育・主権者教育の実践を

駆け足でみてきたが、在学中にこうした違法な状況を経験し、しかもそれが正される機会がなく就職をしていくことの負の影響は大きいだろう。仕事の世界にもルールがあるのだと最初に働く機会(アルバイト就労の機会)に学ぶことが重要である。

但し、労働法だけでは、あるいは、労働者個人の力では、問題の解決は容易ではない。労使の間の圧倒的に不均衡な力関係を是正する、労働組合というツールが欠かせないことを知る必要がある。労働法と労働組合はセットだ。そこで労働組合の出番である。集団でこそ問題を解決ができるという経験をリアルに労働組合から学ぶ意義は大きい(ゼミでの取り組みの記録も参照)。

本誌読者である建設労働組合の皆さんにも、大学教員(研究者)や高校教員、教職員組合、司法関係者と連携した、豊かな労働教育を構想していただき、働く者が主体となった働き方改革の土壌づくりを進めていただきたいと思う。

なお、こうした教育実践を進めるために、ワークルール教育を推進する条例づくりを試行している[5]。公契約条例の制定運動と同様に、地域におけるこうした活動は、主権者教育の一環にもなるのではないか。

 

資料 「ワークルール教育推進法」の条例版ができないか。アルバイト等に関する調査結果をもって札幌市議会各会派に要請(2024年2月14日)。

(かわむら まさのり 北海学園大学教授)

 

 

[1] 調査結果や記録は、ウェブサイト「北海道労働情報NAVI(以下、NAVI)」で配信をしているので参照されたい。

[2]「ワークルール教育」という言葉を使ってこのテーマに取り組まれてきた、労使関係や労働法の第一人者である道幸哲也氏(北海道大学名誉教授)による著書を参照されたい。関連して筆者も、労働組合を学校ではなぜ教えないのか、といった編集部からの問題提起に応答して、川村(2022)をまとめた。参照されたい。

[3] 大学生を対象とした筆者らの取り組みは、本誌読者の関心事とは少しずれがあると思う。とはいえ、アルバイトやワークルールに関する学生・若者の平均的な経験や知識などを知ることには意義があるのではないか。また筆者の勤務校には工学部が設置されており、建設業への入職は多い(2022年度実績で1453人中の6.8%が建設業に就職)。

[4] アンケート調査は、本学に在籍する全ての学生(8千人弱)を対象にして、ウェブ上で2023年11月に実施した。有効回答は410人である。そのうち「現在アルバイトをしている」368人(1部=昼間部280人、2部=夜間部88人)を対象に集計・分析を行った。1部生の結果を中心に報告する。この項は、「連載5」をベースにしている。

[5] イメージは、日本労働弁護団が中心に取り組まれている「ワークルール教育推進法案」の条例版のようなものである。同法案は、小島(2018)を参照。

 

(参考文献)

川村雅則(2022)「労働組合を教えない学校の現状と労働組合への期待」『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)pp.26-30

川村雅則ゼミナール(2024)「(学校で労働法・労働組合を学ぶ)さっぽろ青年ユニオンに聞いてみよう 労働組合ってどうすごいんですか?」『NAVI』2024年1月17日

小島周一(2018)「ワークルール教育推進法制定に向けた日本労働弁護団の活動と到達点及び今後の課題」『季刊労働者の権利』第326号(2018年7月号)pp.43-47

道幸哲也(2020)『ワークルール教育のすすめ』旬報社

 

 

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