小松康則「維新府政で大阪府はどうなったのか」

小松康則「維新府政下での大阪の命と暮らし」『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)pp.44-47

 

東京土建一般労働組合が発行する「建設労働のひろば」編集委員会編『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)に掲載された、小松康則さん(大阪府関係職員労働組合執行委員長)の原稿の転載です。どうぞお読みください。

 

 

1.はじめに─閉塞感の中、誕生した橋下徹知事─

2008年1月、橋下徹大阪府知事が誕生し、長く続いた「オール与党(日本共産党をのぞく)体制」が終わりを告げました。長引く不況、医療や社会保障の後退、長年に渡る大型開発優先の府政による財政危機など深刻な状況のもと、閉塞感の中にある府民は橋下知事の誕生に期待を寄せていたのではないでしょうか。

橋下徹氏は知事として初登庁した日に「みなさんは破産会社の従業員ということを厳に認識してください」「給料が半分に減ることなんて当たり前」「破産・倒産状況になれば職員の半数や3分の2カットなんて当たり前」と言い放つと同時に、「財政非常事態宣言」を出し、プロジェクトチームを立ち上げ、職員の給料カットや職員削減を強行し、閉塞感の中にあった府民に大きく歓迎されました。

これまでの府政の大型開発によるムダ使いを批判し、財政危機であることを最大限にアピールし、「将来のために」と「改革」を進めました。職員の給料カットや職員削減に続き、「痛みを分かち合う」と「財政再建プログラム(案)」を策定しました。このプログラムは「基本理念」として、「民間でできることは民間に委ね、府は民間ではできないサービスを担うことを基本に施策を選択する」「『住民に身近なサービスはできるだけ身近な市町村で』という原則を徹底する。府は広域的視点からの調整や補完など府域トータルで行うべき役割を果たす」「出資法人や補助対象団体に対する人的・財政的な府の関わりについて、それぞれの団体が自律性を発揮するよう抜本的に見直す」など、大阪府として行政サービスを縮小する方向を明確にし、次々と府民施策を切り捨てていきました。

 

 

2.コロナ死者数ワースト1

コロナ禍となってもう3年が経とうとしています。大阪では連日のように吉村知事がテレビをはじめマスコミに登場し、「大阪府モデル」など大阪のコロナ対策が注目を集めていましたが、大阪府のコロナ死者数は全国ワースト1を記録し続けています。大阪府のコロナ対策は果たしてどうだったのか。失敗と言わざるを得ない結果が明らかになっています。

保健所や医療現場など、最前線で対策にあたる現場の声にいっさい耳を傾けず、思いつきやマスコミ受け、「スピード感」重視でやってきた結果が、今日のコロナ死者ワースト1という結果に表れています。

コロナが拡大し、保健所がひっ迫し始めたころから、現場の保健師や医療従事者たちは、今日のこの事態を危惧し、「このままでは救える命が救えなくなる」と言い続けてきました。その声を聞かなかったことが今日の事態を招いた一つの要因だと言えます。

 

図① 【都道府県別】新型コロナウイルス死者数の推移
    https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/japan_death.html?s=y#date

 

9月18日現在、大阪のコロナ死者数は6,346人、全国の約14.5%を占めています。コロナでお亡くなりになった人の7人に1人は大阪府民です。人口100万人あたりの死者数でみると、その異常さはさらに際立っています。全国平均の2倍以上で東京の1.76倍です。人口が多い、都市部だから仕方ないという言い訳も通用しません。【図①】

第6波では高齢者施設のクラスターの発生や高齢者が自宅や施設に放置され亡くなっていく事態が続きました。しかし、第4波(昨年4月)の頃から保健師は「入院もできず、ホテルにも入れない高齢者もいて、不安に耐えながら家族で療養されていることを思うと心が痛みます。できることは毎日電話して状態の確認をすることだけ。いたたまれない気持ちです。」「基礎疾患のある高齢の患者さんが自宅療養となり、毎日体調確認をしていますが、家族から『早く入院させて』と。入院フォローアップセンターに伝えるも決まらず、夜中に呼吸苦で救急搬送、入院となりましたが、数日後に亡くなりました。亡くなる方が増え、やりきれない気持ちです。」と、今日の事態を危惧する声をあげていました。

そして、私たち大阪府職労も昨年7月に、大阪府に対して要請を行い、「療養ホテルを充実させ、必要な看護師を配置し、適切に医療や看護が提供できるようにすること。また、高齢者や障害者、外国人も療養できる体制にすること。クラスターが発生した高齢者施設に対し、適切な支援ができる体制にすること」を求めています。【図②】

 

図②

 

しかし、こうした声をことごとく聞き入れてこなかったのです。こうした声を真摯に受け止め、さらに現場の保健師や職員の声にもっと耳を傾けていれば、もっと準備すること、改善することはできたのではないかと思います。

 

 

3.維新府政で進められた職員削減

このような事態となった背景には、保健所や職員の削減、機能低下があります。1994年に保健所法が廃止され、保健所の削減は全国的に進められました。当時、大阪府が管轄する保健所は22保健所7支所、合計29ありました。これ以外にも大阪市、堺市、東大阪市はそれぞれ保健所を設置していましたので、大阪府内には61の保健所がありました。それが現在は3分の1以下の18か所へと減っています。もし、2000年当時の保健所があれば、大阪のコロナ死者数や感染者数も違う結果が出ていたのではないかと思うと、本当に悔やまれてなりません。

「保健所を減らしたのは維新のせいじゃない」「それ以前の府政が悪いんだ」という意見もあります。もちろん、保健所の削減や公衆衛生、医療の後退は、国の進めてきた政策に大きな問題があります。しかし、維新府政になって41年が経つもとで、維新府政に責任がないとは言えません。

橋下知事が誕生した翌年2009年には新型インフルエンザが大流行しました。それを受けて、厚生労働省の「新型インフルエンザ対策総括会議」は「新型インフルエンザを含む感染症対策に関わる人員体制や予算の充実なくして、抜本的な改善は実現不可能である」と指摘しています。それから13年が経ったいま、保健所体制は強化されるどころか府職員の削減政策に合わせて、保健所の職員もシーリングをかけられて減らされてきました。【図③】「全国一スリムな自治体をつくる」ことを目標に掲げ、人口あたりの職員数は全国ワーストとなっています。

 

図③ 保健所職員の増減(職員定数配置計画による増減数)※ただし、中核市移管に伴う原因は含まない

H20 H21 H22 H23 H24 H25
2008 2009 2010 2011 2012 2013
全保健所の職員増減数 ▲18 ▲6 ▲24 ▲14 ▲4 ▲16

 

 

4.現場の声を聞かないトップダウン府政

維新府政になっていろんな変化がありましたが、私が一番感じているのは「組織の空気が変わった」ということです。どう変わったかというと、これまでみんなで話し合って決めていたことが当たり前ではなくなり、自由にものが言えなくなり、トップダウン=上の言いなりで働かざるを得ない職員が増えてしまったのではないかと感じています。それは、職員個々の質の問題ではなくて、そういう組織の仕組みにされてしまったということです。

その根幹にあるのが、職員の手足を縛り、口をふさぐ3つの条例、「職員基本条例」、「労使関係条例」、「政治活動制限条例」だと思います。これらの条例はすべて、橋下徹氏が大阪府知事をやめて大阪市長になり、松井一郎氏が大阪府知事になったとき、大阪府と大阪市でほぼ同時に作られました。

「職員基本条例」の前文には「大阪がこれからの都市間競争を勝ち抜く」「新たな地域経営モデルが必要である」と書かれています。府民の命や暮らしを守るという一番大事なことは何も触れられていません。そして、条例では徹底した職員数の管理(5年ごとに職員の削減目標を決めて減らしていくこと)や職務命令の絶対化、毎年15%の職員に必ず低い評価をつけなければならない相対評価制度などが決められています。現場の意見が上には伝わらないトップダウンの仕組みが条例で作られていきました。

「労使関係条例」も大きな問題があります。この条例では「管理運営事項(※)」を交渉の対象外にするということが決められました。これによって私たち労働組合は、大阪府の施策や業務の進め方について要求したり、交渉することができなくなりました。

「府民のための仕事がしたい」という思いが要求として掲げられなくなってしまったのです。職員定数も管理運営事項になりますので、例えば「人を増やせ」ということは直接的に要求できません。「時間外勤務を減らせ」ということは要求できても、「そのために職員を増やせ」と言えなくなってしまいました。

今回のコロナ対策業務の進め方についても、本来であれば現場の意見も踏まえ、労使でよく話し合うべきだと思いますが、何もかもがトップダウンで決められるという事態となりました。その結果、コロナ対策が現場の意見を反映せずに進められ、知事が記者会見で発表し、初めて現場の保健師や職員が知るということも頻繁にありました。保健師からは「府民からの苦情や問い合わせで初めて知ることも多く、そのことでお叱りを受けることも多々ありました」という声も寄せられています。

 

※管理運営事項・・・・・・施策の企画、立案及び執行に関する事項/府の組織に関する事項/職員の定数及び配置に関する事項/人事評価に係る制度の企画、立案及び実施に関する事項など

 

 

5.新自由主義では命や暮らしは守れない

維新府政が大阪で進めてきたのは、まさに新自由主義の行政そのものです。公務員バッシングを行いながら、行政サービスを受ける人や行政の支援を必要とする人たちを攻撃し、あらゆるところで対立を煽り、分断することで支持を広げてきたと思います。そして、「身を切る改革」として、府議会議員の定数も削減、小選挙区化し、維新の会が過半数を占める体制もつくられました。

そして、もともと大型開発を批判していたにもかかわらず、これまで削り削って生み出した財源をIRカジノ建設や万博開催、それに伴う鉄道、高速道路建設などの巨大開発へと注ぎ込もうとしているのです。

コロナ禍を通して、経済成長優先、インバウンド頼りの社会では、命や暮らしが守れないことが明らかになりました。これまで「成長を止めるな」というスローガンのもと、自己責任を押しつけ、自立自助を求めてきたのが維新府政です。その結果が人口あたりのコロナ死者数が全国最悪という事態です。あらためて憲法25条の精神に立ち返り、公衆衛生の向上、福祉の増進、社会保障の充実こそが必要です。維新府政による公務員攻整とバッシングの中で、どうしても「公務員だから仕方ない」と思ってしまいがちですが、「公務員だからこそ声をあげる」ことが必要だと感じています。

 

 

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