義基祐正「福祉の担い手不足はなぜ? 保育士の実態から考える」

日本子どもを守る会編『子ども白書2020』かもがわ出版からの転載です。お読みください。

 

 

 

社会福祉を担う専門職の労働力不足は深刻です。担い手がいないために、必要な福祉サービスを提供できず、結果として福祉を必要としている人たちの権利侵害となっている実態があります。ここでは、特に保育士不足の問題を考えていきたいと思います。

2019年10月の保育士の有効求人倍率は3.05となっており、全職種1.60よりも大幅に高い水準となっています(厚労省『職業安定業務統計』)。2019年4月に発表された全国の待機児童数は16,772人であり(厚労省『保育所等関連状況取りまとめ』)、保育需要の高まりが解消されていないなかで、保育士を希望し就職する人たちが足りない現状をみることができます。

 

保育士不足の解消は大きな政治的課題

保育士不足は安倍政権にとって大きな政治的課題です。なぜなら待機児童を解消させ、安価な女性労働力を労働市場に供給することは、安倍成長戦略にとってかかせないことだからです。安倍政権は2015年に「保育士等確保対策検討会」を立ち上げ『保育の担い手確保に向けた緊急的な取りまとめ』を出しています。この内容をみると、①朝夕の保育士配置の要件弾力化、②幼稚園教諭及び小学校教諭等の活用、③研修代替要員等の加配人員における保育士以外の人為配置の弾力化など、規制緩和を行うなかで保育士不足を解消しようと提言されています。安倍政権の保育士不足解消策には規制緩和路線が絡んでいることが多く、注視しなければなりません。

 

低い保育士の賃金

なぜ保育士不足が深刻なのかを考えたとき、保育士の労働条件の劣悪さをあげなければなりません。特に低賃金と非正規化は深刻です。ここでは、賃金について少し詳しくみていきましょう。

 

出典:賃金構造基本統計調査各年版から作成。

 

図表は1990年から2019年までの保育士(女)の所定内賃金をみたものです。

労働者全体や女性労働者全体、同じ女性労働職の専門職である看護師(女)と比べてわかるのは、保育士(女)は1990年から2000年代に入るまでは女性労働職と同じか少し高い位置にあり、2000年代に入ってから大幅に賃金格差が拡がっている実態です。2000年代以降の労働者全体の賃金の伸び率は停滞していますが、それに比べて低賃金に位置するということは、保育士(女)の賃金がどれだけ低位にあるのかがわかります。筆者はかつて、1973年からの賃金の推移から、保育士(女)の賃金は歴史的にみて一貫して低かったが、そのなかでも1970年代は女性労働者よりも高い位置にあり、それが1980年代から1990年代にかけて同程度に落ち込み、2000年代以降に低位になってきたことを明らかにしました。そのことから筆者は、1960年代の「ポストの数ほど保育所を」といった国民の保育運動を背景にして保育士の賃金も引き上げられた歴史があり、それは憲法や児童福祉法に基づきながら賃金水準の公的基準といえるものを構築していった歴史だったのではないかと考えています。それが、1997年の措置制度の見直しを皮切りに、1998年の短時間保育士導入、2000年と2001年の保育所設置基準の規制緩和で営利法人の参入が認められ、2002年にそれまで上限2割までに規制されていた短時間保育士の規制緩和など、社会福祉の市場化・規制緩和・営利化路線が実施されるなかで、公的基準が破壊されてきたことが低賃金化へとつながっていったと考えられるのです。

 

非正規化が進行する保育士

また、非正規化の進行で雇用が安定してない問題も指摘しなければなりません。少し古い調査になりますが埼玉県保育問題協議会『埼玉保育者実態調査結果報告書』(2008年)では、公立保育所の57.5%、私立保育所の40.5%が非正規保育者となっています。また、全国保育協議会『全国保育協議会会員の実態調査報告書2016』によれば、雇用形態が非正規である保育者を配置している施設は91.6%を占め、保育士・保育教諭全体に占める非正規の割合は平均42.1%であり、特に公設公営では平均50.4%にのぼり、70%以上を占める公設公営も15.2%分布していることを報告しています。このように保育士の非正規化は深刻なのです。2020年4月1日より地方公務員法が改正され、会計年度任用職員という名称に非正規保育者が一本化されました。しかし、単年度雇用契約で雇止め規制になっておらず昇給がないなど、非正規雇用の固定化につながり処遇改善とはなっていないのが現状だといえます。

これまでみてきたように社会福祉の市場化・規制緩和・営利化は、人材不足を深刻化してきました。こうした路線は新自由主義的政治がもたらしたものと指摘しなければなりません。

 

専門性に見合った労働条件を

社会福祉労働はとても高い専門性を有します。その専門性とは、共感する専門性=相手を理解し思いを寄せる専門性、共生する専門性=あるがままのその人と共に生きる(共に在る)専門性、発達保障の専門性=その人が自らの力で歩みだすことを支援する専門性、だといえます。こうして人権を保障するのが社会福祉労働の専門性なのです。新自由主義的で効率優先の社会のなかで、社会福祉労働の専門性は一見して価値のないかのように映るかもしれません。しかし、お互いの尊厳と存在を認め合い、ケアの双方向性のうえに成り立つ専門性だからこそ、新自由主義の価値観に対抗できるのではないでしょうか。社会福祉労働者の人材不足問題を考えるうえでも、社会福祉の市場化・規制緩和・営利化の流れを断ち切り、社会福祉労働の専門性が発揮できる労働条件を整えていくことが大切なのだといえます。

 

 

(参考)

日本子どもを守る会

 

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