川村雅則(2010)「介護労働は持続可能か」『生活協同組合研究』第414号(2010年7月号)pp.23-29
『生活協同組合研究』第414号(2010年7月号)の「特集:介護保険10周年をむかえて」に掲載された拙稿です。
はじめに
介護の社会化/硬直的で恩恵的な措置制度から利用者の自由な選択による契約制度へ/競争原理を通じた高い質の介護の実現など鳴り物入りではじまった介護保険制度も、10年を経過した。たしかに、介護サービスの利用は大きく増加し、家族介護の負担から解放されたというケースも少なくないだろう。また介護という仕事が専門職として社会的に認知されるようになったことの意義も大きい。
しかしながらその一方で、介護・社会保障費の抑制路線のもとで、「介護崩壊」「介護地獄」など物騒な言葉が日常的に実感をもって使われているのもまた事実である。介護利用をめぐる問題に限っても、要介護認定場面での軽度判定、とりわけ低所得者層における利用料1割負担、認定上限額を超える部分の全額自己負担など問題は多岐にわたる。
小論で扱う介護労働についても、介護の持続可能性を大きく左右するものでありながら、事態は深刻だ。介護需要の伸びを考えると労働力の確保は急がれる課題である──2025年度には現在の倍近くの労働力が必要である[1]──にもかかわらず、制度導入当初の状況は一変し、介護の仕事を目指す若者は激減し、例えば専門学校でも定員割れが続いている。
表1 介護労働者の離職率
現場でも、介護労働者の定着率は低く、離職率は、全産業平均を上回る(表1)。介護分野への労働力(失業者)の誘導が行われているものの、有効求人倍率は全産業平均を上回る状況にある。介護の仕事に人が集まらないのだ。
背景にあるのは、マスコミ等を通じてよく知られるようになった賃金水準の低さがまずあげられる。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」で算出した福祉施設介護員(男性)の年収は、全産業平均(男性)と比べると200万円近い差がある。
小論では、介護保険制度の持続可能性が高まったという主張に対して、介護労働の実態から批判的な検証を試みる。用いるのは、特別養護老人ホーム(以下、特養)で働く女性介護職員899人のデータである[2]。
1.むくわれない努力、みえない将来展望
表2 仕事・労働条件等の満足度DI
表3 月収および年収
介護労働者が何に不満をもっているのかはじめに概観する(表2)。DI(Diffusion Index)の値がプラスなのは、(ア)仕事の内容・やりがいと、(サ)利用者との人間関係という二つのみで、その他はマイナス値(▲)である。中でも(イ)賃金(水準の低さ)については、多く(36.6%)が不満足と回答しており、DIで▲57.7という値である。
その金額を具体的にみると(表3)、年収で300万円に満たないのが全体の4分の3を占める。正規に限っても半数は300万円未満だ。
若年期に賃金が低くても定期的な昇給等が保障されているのであればまだ救いがあるが、施設の経営自体が介護報酬に規定される以上、経験や勤続が給与水準に反映される保障はない。
中でも展望がみえないのは非正規労働者だ。すなわち、特養施設においても多くの非正規労働者が働いている[3]が、働き方・勤務ローテーションや仕事内容等が正規となんら違いのないものは少なくない。人件費の制約があるために、正規化することが困難なのだ。
同じ仕事をしていながら、かたや(金額は十分とはいえないまでも)ボーナス・諸手当・昇給等があり、かたやそれらに差があり─あるいはそもそも、一切ないどころか、給与の支払い形態は、休めば無給になる日給制で働き─雇用契約期間も1年きざみといういわれなき格差を一身にひきうけながら両者が混在したチームで働くこと、そのことがもたらす弊害は小さくない。正職員の人数枠が決められていて、空き(正職員の離職)が発生しない限り、いつまでも非正規で働き続けなければならない自らのおかれた現状を「気持ちがくさってしまう」とある職員は表現していた。以下は、2008年に特養で実施した調査からの引用である(次節以降も同じ。なお、文末注2を参照)。
「介護福祉士を取るために最低賃金で3年間頑張ってきた。仕事内容は正職とほとんど変わらないのに給料は5、6万円違うし、ボーナスも3、4倍違う。どんなに頑張っても反映されず。いいように使われている。コツコツ今まで貯めた貯金を崩しゼロになってしまった。毎日生活するのに本当に必死です。こんな生活から早く救ってください。」
「経営上、正職員にはなれない。家賃手当や寒冷地手当、退職金積立、ボーナスなど何もない。一ヶ月の生活はぎりぎりの状況だ。当然貯蓄はできるわけがない。」
2.疲弊する介護労働者
施設の朝は、起床介助にはじまり、トイレ介助、食事介助、その後は、入浴介助など、あわただしく時間は過ぎていく。もちろんその中でも、一律的な集団処遇ではなく、個々の心身の状況やニーズにあわせた処遇が職員には求められる。
国は特養施設の人員配置基準(利用者数に対する職員数)を常勤換算で3対1と定めている。しかしながら施設では、入所者の重度化や、手厚い介護を提供するために、それを超える人員を配置している(当然それは施設経営を圧迫することになる)。
表4 働き方に関する不安や不満
だが、それでも人手は足りない。ましてや、利用者の事故など想定されていない事態が発生すると、現場はたちまち「てんやわんや」の状況になる。結果(表4)、(キ)人手不足で適切な介護ができないという訴えが多く聞かれる。
しかも、いうまでもなく、施設では、24時間・365日、入所者の生命と暮らしを守る役割が課せられているため、いきおい、職員の勤務は不規則になる。一例をあげると、日勤9~ 17時、早番8~ 16時、遅番11時半~ 19時半、そして夜勤17 ~翌朝9時半、のように。しかも、入所者の生活が優先であって、職員の生活や健康は犠牲にされがちである。
ちなみにこの、すこぶる長い夜勤について一言いえば、深夜労働においては本来その負担軽減措置が必要なわけだが、逆に、職員数が手薄となって、例えば職員1人で入所者20人もの対応をしなければならず、しかも入所者からの頻発するコールでフロア全体への目配りができなくなり、夜勤時の不安を訴える声は多い。仮眠どころではない(表4の(コ)、(サ)を参照)。
表5 有給休暇の取得状況
表6 疲労の回復・蓄積状況
さらに、現場の人手不足を考えると、有給休暇の取得もままならず(表5)、疲労を翌日に持ち越して働くケースはじつに半数に及ぶ[4](表6)。また、黙認されてよいことではないが、不払い労働も、いちいち気にしていては仕事にならない状況にある(不払い労働が「ある」という回答は65.5%)。
そして、ある施設長は、表4の(ス)の点を知ってもらいたいと強調する。すなわち、入所者に対する虐待が社会にひろく知られてその解消が目指されているその一方で、現場ではむしろ、人手不足の慌しい中で、入所者が不穏な状態になってしまい、職員に危害を加える、それでもじっと我慢して職員は働いている、彼らの人権にも配慮を求めたい、というのである。
「世間では、大変な仕事と言われているが、実際は利用者に杖で叩かれたり、ひっかかれ出血、あざ、暴言など精神的にも体力的にも、超がつくほど過酷である。その中で頑張っていても会社からは高圧的なことを言われ、世間的に低く見られる。人数の少ない中で仕事をしているので見守り切れないのが現実。転倒等事故が起きると怒られる。その繰り返しで仕事をする気力をうしなってしまう。」
3.つけは入所者に──仕事のやりがいの喪失
こうした状況下で介護労働者の疲労やイライラ感は増すばかりである。介護労働の専門性とは何かを論ずる能力は筆者にはないが、入所者(利用者)との人間関係・信頼関係が仕事のベースに存在しなければならないことは理解できる。だがそれも時間的あるいは心理的なゆとりがあってはじめて可能なことである。
表7 不適切処遇の発生状況
常に仕事に追われている/あれこれしてあげたいなと思ってもできない/「ちょっと待ってて」というのが口癖になってしまった/職員側の都合が優先されてしまう/書類業務に忙殺される(以上は聞き取りでよく聞かれた言葉)というような現場では逆に、入所者に対してつい憎しみを感じたり、つい強い口調で対応してしまう場面が少なくない(表7)。
そしてそのことを後悔したり自責の念にかられて思い悩み、同僚同士で助け合う余裕もないまま、介護という仕事にやりがいを見出せなくなり、離職にいたるケースが少なくない。
「介護保険が導入され、現場は大きく変わりました。『身体拘束』になるということで、ベッドのサイドレールが減り、車いすの安全ベルトは廃止。そのため、ベッドから転落するもの、車いすから転落するもの、本当に現場を知らない人達がつくりあげたのだと思います。いつも利用者の側についていてあげられない! 業務があり、その中で起きる事故は目が届かない所で起こってしまうのです。ケース記録にケアプランに会議と時間をとられ介護が疎かになりそうな現実。記録したくとも利用者と触れ合う時間もない! 余裕が欲しいです、いつも廊下を走り回っているような毎日です。」
4.過酷なグループホーム夜勤、在宅ホームヘルパーの悩み
ここまで、特養施設で働く介護職員をとりあげてきたが、現在、予備的な調査を進めているグループホーム(以下、GH)やホームヘルパーで働く女性たちの姿もみてみよう。
第一に、過酷な働き方という点では、火災による惨事[5]で夜勤時の手薄な人員配置がクローズアップされたGHも負けてはいない。女性Aさんの例をあげると、彼女の働く施設では、早番9~ 18時、遅番10 ~ 19時、夜勤17 ~翌朝10時の勤務が組み合わさっている。月に6、7回担当するという夜勤はもちろん1人体制で、朝はそのまま1人で入所者の起床介助やトイレ介助、食事の準備と「ほんとに戦争のよう」である。夜勤時に名目上は2時間設けられている仮眠も実際にはとれない。「うとうとはしているので、それを仮眠というのであれば仮眠になりますけれども」という程度だ。
とりわけ寝不足で「ハイな状態」になっている朝には、ミスが許されない服薬管理という仕事があり、「細心の注意をしているけれども、本当に酩酊状態なので、ぼーっとして名前を間違って別の入所者の薬のケースを取り出してしまう」こともある。
親のために介護の資格をとって働き始めたものの、こうした過酷な勤務で自分のほうが先に要介護状態になるのではないか、と笑えない状況にある。不規則勤務で不眠症となり、睡眠薬を服用している職員もいる。
ちなみに、正職員として働く彼女らの処遇についても一言ふれておくと、基本給は12万円で、夜勤手当が5千円支給される程度である。この、月の夜勤手当3万~ 3.5万円を含めても、年間で200万円に満たない。その金額で高齢者の生命や尊厳を守っていることの理不尽を感じるという。
第二に、在宅介護の担い手であるホームヘルパーからも、利用者の希望に応じてあげられないという悩みはよく聞かれる。Bさんも、介護保険サービスの「適正化」、新予防給付の設置などの制度「改正」で利用者と向き合うことがより困難になったという。
「でも、時間が短くなったからといっていままでのサービスをやめられるかというとそうはいかないんです。だから短い時間の中で急いで介護をしなければならない。お部屋に入ったときに全体の状況の把握はするとはいえ、じっくりと利用者さんと向き合って、体調面などの話やいろいろな訴えをちゃんと聞かなければならないはずなのに、それをする時間がない。」
制度上の制約にも支障を感じている。例えば、通院時に途中で買い物が出来ない、散歩に連れていってあげられない、医療行為との境目が難しいときがあるなど、現場での裁量が許されず、自分たち自身でもまた、「これはやってもいいんだろうか」と自己規制をかけてしまい、利用者に申し訳なく思うときがあるという。
なお制度改正にともない、Bさんの賃金(時給)は、「生活援助」でも「身体介護」でも1100円に下方修正で統一された。おまけにホームヘルパーは、利用者が入院するなどの事態で仕事がなくなるなど、収入は安定していない。移動や待機時間の賃金保障もごくわずかである。それでも、自分たちのことを待っている利用者のため、この仕事が好きで働いているという。
5.報酬改定は労働条件の改善にいかほど貢献したか
介護現場の労働条件の改善を目的に、2009年度には介護報酬の、初の増額改定が行われ、また、介護職員の「処遇改善交付金」制度も設けられた。社会保障費の抑制路線からの転換と喜ばしいことではあるものの、後者はあくまでも時限措置であり、しかも使い勝手の悪さが現場から聞こえてくる。また前者については、3%という増額の水準が十分ではなく、全体の底上げではないことなどに不満が多く聞かれる。特養施設を対象に行った簡易な調査[6]からも次のような結果が得られた。
すなわち、一つには、報酬増率がそもそも3%に達していない施設が少なくない。全体でみると3%に達している(3%以上の)施設は、4割弱(38.9%)にとどまる。とくに、地域単価が改定された札幌を除くと、その割合は3割(30.9%)にまで低下する。加算措置による対応は、人材確保の困難な地方で、厳しい結果を生むことになったようである。
いま一つには、今回の報酬増分の、どの位の割合を直接的な人件費部分に使うか尋ねたところ、「半分以下」が45.8%を占めた。「全額」は全体の4分の1に過ぎない。
不当な溜め込みで労働者への配分を怠ることは許されるものではないものの、そもそも、現時点ですでに赤字が発生しその補塡が必要なほど、施設運営において余裕がないのもまた事実なのである。
「これまでの報酬改定のマイナス分を、グループ企業の支援という形でなんとか調整してきたので、全額を人件費にまわすことは無理である。」
「ハードの老朽化。補助金等の削減により、自己資金(内部留保)の積立が必要であり、安直に給与には反映できない。」
「例えば食材費の高騰や備品機具類の更新、施設の修繕など日常的な費用への対応にあてる。借入金の返済や次の投資に備えて収支差額(利益)を少しでも確保しておきたい。」
「借入金の返済、建物減価償却に伴う剰余金(積立)を考慮し、かつ、介護設備の充実、送迎車両の増車も行ったため。」
「平成20年度においてすでに収支差率はマイナス。今、全額を人件費分にまわすと来年度以降、定期昇給すらできない状態になってしまう。」
経験年数を積んだ介護労働者の賃金・労働条件が今後どう確保されていくのか、その財源も含め、使用者にとっても不透明な状況がいまもなお続いている。
6.まとめに代えて
介護の担い手である介護労働者の労働条件の整備は、介護問題の根幹に関わる。
いま、雇用情勢が悪化する中で、介護など社会保障分野での雇用創出や経済効果を強調する考えがみられる。現政権の「新成長戦略」においても、「医療・介護サービスの基盤強化」で「医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出、新規市場約45兆円、新規雇用約280万人」という目標が掲げられている。
だがそれも、みてきたような厳しい労働条件を放置したままでは、実現は困難だろう。またこれらの主張に垣間見える、公的責任を後退させて、介護分野の営利化を進めようとする考えには危惧を覚える。
とはいえ、この介護労働問題は、自分たちがどんな介護を受けたいかという、利用者サイドの願いとも密接に関連している。昨年の政権交代の背景にあったのも、介護や社会保障の不安の払拭を求める広範囲な国民の声だ。その意味では利用者との共同さらには労使の共同も可能である。
介護労働者の苦労が報われる制度構築に向けて、問題の可視化という地道な作業がまずは急がれる[7]。
【注】
[1] 介護職員数は2008年度の推計値で約130.9万人だが、2025年度には約211.7 ~ 255.2万人のマンパワーが必要であると推計。厚生労働省「介護分野における人材確保について」2009年6月1日より。
[2] 調査の結果(男性を含む有効回答は1148人)については「介護・介護労働をめぐる問題(Ⅰ)」『北海学園大学経済論集』第56巻第3号、2008年にすでにまとめている。
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/index からダウンロード可。
[3] 介護労働安定センター(2008)によれば、非正社員は訪問系で26.9%、施設系(入所型)で35.4%、施設系(通所型)で57.9%である。
[4] 参考までに述べると、他の職種群を対象にこれまでに行った調査の結果に比べても、この疲労高蓄積群の割合は大きい。
[5] 2010年3月、札幌のグループホームで火災が発生し、利用者7人が死亡するという惨事があった。火災は安全に対する施設側・職員の意識が薄かったことによると片付けることはできまい。厚生労働省によるその後の調査でも、スプリンクラーが設置されているのは全体の約40%で、設置義務がある施設に限っても設置は半数に満たなかった。また1ユニットのグループホームではほぼ100%の施設で夜勤時の職員が1人という、火災等が発生しても、対応困難な人員体制が常態化していることが浮き彫りとなった。厚生労働省「認知症高齢者グループホームにおける防火安全体制に関する緊急調査の暫定集計値」(2010年4月23日発表)より。
[6] 北海道内の特養296施設を対象にして、2009年4月初旬に、施設長宛に調査票を発送。有効回答は78施設。
[7] 小論で扱えなかった財源問題については、予算の拡充は言うまでもないが、その方法としては、給付の拡充が保険料負担に連動してしまう現行の社会保険制度方式を見直し、いずれは税方式に転換することを視野にいれて、当面は公費負担の割合を増やしていくことが必要ではないだろうか。
【参考文献】
沖藤典子『介護保険は老いを守るか』岩波書店、2010年
介護労働安定センター『平成20年版 介護労働の現状Ⅰ/Ⅱ』介護労働安定センター、2008年
社会保障国民会議「中間報告」及び「最終報告」、2008年
結城康博『介護─現場からの検証』岩波書店、2008年
(かわむら・まさのり)
(関連記事)
川村雅則(2011)「介護現場の疲弊にどう向き合うのか」『まなぶ』第647号(2011年6月号)pp.27-30
川村雅則「制度改革のもとですすむ福祉職場、福祉労働の危機」『月刊福祉』第96巻第2号(2013年2月号)pp.32-35