白石孝「公共サービスの復権こそが官製ワーキングプア問題解消の道」

『月刊社会民主』2021年11月号(特集:非正規社会からの脱却)に掲載された、白石孝さん(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)の論考です。官製ワーキングプア問題の解消には公共サービスの復権こそが必要である、と強調されています。お読みください。

 

 

40年間で日本の公共サービスは大きく劣化

「官製ワーキングプア」問題を二つのアプローチからみていきたい。

公共サービスの多くが市民の命、暮らしに直結している。それが縮小、劣化することで市民生活に大きな影響が出ることは、官製ワーキングプアと一体的関係だ。

働く人、公共サービスに関わる労働者の格差、不平等、貧困を生み出している「官製ワーキングプア」、これが相互に影響し合う相関関係にある。「狭い」意味で「労働問題」とだけ捉えてしまうと、真の解決には近づけない。

1981年から83年の第2次臨時行政調査会に源を発する「公共から民間」への流れをまずは注目したい。81年3月、土光敏夫を会長とする同会は「増税なき財政再建」を掲げて83年に国鉄などの分割、民営化や省庁統合などを内容とする最終答申を出した。

そして総評が89年解散、社会党も90年代後半には3党に別れ、戦後長く自民党との対抗勢力として存在してきた政党や労働運動は大きく後退していった。

その一方、政権は一時的に細川連立、自社さきがけ政権の時期もあったが、保守政権が続き、中曽根、竹下、海部、宮沢を経て、自民復権となった橋本政権が「行革プログラム」を掲げ、行革推進と規制緩和を進めた。そして2001年小泉政権は「聖域なき構造改革」を強力に推進していった。

 

住民の命と暮らしを守り、支える公共部門

1980年代から2010年代の40年間で日本の公共サービスはどうなっていったか。

コロナ禍でその存在が改めて注目された公衆衛生の拠点である保健所は、1991年度に全国で852カ所設置されていたが、20年度には469カ所とほぼ半減した。職員数は3万4,470人から2万7,886人と19%減。さすがにコロナ禍ではその方針を凍結しているが公立・公的医療機関の再編・統合計画で、厚労省は400以上の施設名を挙げていた。

公共サービス労働者も、保育士、放課後児童施設、家庭児童相談、婦人相談、消費生活相談、生活保護面接相談、生活困窮者自立支援など各種相談員や図書館など住民の命と暮らしを守り、支える公共部門では非正規職が激増している。

例えば家庭児童相談室相談員は全国855相談室に1,623人が配置され、うち非正規職が1,513人(93%)、さらに女性が83%を占めている(15年全国家庭児童相談員連絡協議会)。消費生活センターは、19年度で全国3,379人中正規職は63人、非正規職2,741人だ。

2016年総務省による非正規公務員調査では、一般事務17.6%、技能労務37.7%、保育士51.0%、教員・講師9.9%、給食調理59.9%など、福祉分野や現業職分野で非正規率が高くなっている。(公財・地方自治総合研究所上林陽治分析)

現業職種は、総務省が退職補充を正規職採用するなと、定数削減を自治体に強引に押し付け、非正規化が進んだが、外部委託化にも繋がった。外部委託すべてでサービス低下になっているわけではないが、調理、施設管理、清掃、警備などの受託事業者の中には労働環境や労務管理に適正さを欠く事例が散見されている。私も体験したが、労働組合敵視の事業者も多く、ある放課後学童事業受託企業では、労組役員の解雇が相次ぎ、訴訟や労働委員会提訴などが頻発している。労組による改善の取り組みも少数に留まっている。

業務委託や指定管理者の予算が低額設定され、低賃金構造が根を張っている実態も垣間見られる。

公共サービスを担う公的部門の労働者数の国際比較では、人口千人当たり「政府+政府企業+自治体」職員合計でフランスは86.0人、イギリス64.8人、アメリカ57.4人、ドイツ56.9人に対して日本は34.8人と極端に少ない。(内閣人事局)

総雇用者数に占める公務員・公的部門職員数はOECD31か国中最下位、トップのノルウェーが30.8%、平均が17.8%だから5.9%というのは余りにも少ない。(OECD2019)

「公務員が多すぎる」というのはデータからみれば事実ではないが、日本では長年かけて「世論」化されてきた。大阪維新の会はその「世論」をさらに煽り、一気に勢力を拡大させることに成功している。

2008年1月からの橋本、松井、吉村知事の維新府政では、大阪の医師、看護師など病院職員数が8,785人(07年)から50%減の4,360人(19年、総務省地方公共団体定員管理調査)だ。18年段階の感染症病床数は全国ワースト2位、保健師数もワースト2位となっている。(厚労省データを基に国公労連井上伸氏分析)コロナ禍での大阪維新府政の責任は大きい。

 

世界の労働法制に逆行する日本

労働分野全体では1990年代に入って、各国で格差拡大や貧困が問題視され、新自由主義的な規制緩和政策を是正する動きが始まった。国際労働機関(ILO)は94年総会で「パートタイム労働条約(175号)」を採択、①比較可能なフルタイム労働者との同等保護、②団結権・団体交渉権、③社会保障、母性保護、年休、疾病休暇の同等保障、④フルタイム・パートタイムの自発的相互転換措置などを定めた。99年には「ディーセントワーク(働きがいある、人間らしい仕事)」を21世紀の目標として提示している。

欧州連合(EU)は、①パート(97年)、②有期(99年)、③派遣(08年)の三指針を定め、標準的雇用との「非差別」原則を基本とし、加盟各国は、この原則に基づいて国内法を制定している。(官製ワーキングプア研究会『レポート』33号所収、龍谷大名誉教授脇田滋)

しかし、日本政府はこの流れに逆行する法制化を進め、なおかつ、公務部門には有期雇用を法定化する「会計年度任用職員制度」を20年度から実施した。

労働分野どころか、日本経済全般の低下も顕著だ。名目GDPこそ世界3位だが、国民一人当たりのGDPはOECD37か国でも中位以下で、平均値を下回った。1990年代をピークに2000年代で大きく落ち込み、17年以降はG7中最下位が続いている。購買力の伸びも低く、労働生産性もOECD37か国中26位。

勤労者平均年収も、例えば国税庁「民間給与実態調査」でみると、1990年代は400万円台後半だったのが、今や前半に下がっている。「世界主要国の小売販売量の伸び率」などを合わせてみると、日本社会の疲弊ぶりがよく分かる。因みに小売販売量は、20年のトップはノルウェーで前年比8.28%増、コロナ禍でも前年比プラスは34ヵ国中17ヵ国だが日本は28位の前年比-3.28%。

アベノミクスは日本社会全体の活性化には繋がらないどころか、大企業の内部留保増大、金融資産の増加を招いた。消費増税も法人税や所得税減収の穴埋めに使われる結果になり、社会保障制度は右肩下がり。

 

民間を超える地方自治体の非正規比率

国や自治体など公共団体に直接雇用(任用)されている「非正規公務員」だけでなく、財団、社団、NPOや社会福祉など各種法人、株式会社などが公共サービスを展開するなかで雇用されている「間接雇用労働者」についても「官製ワーキングプア」問題と捉える視点が重要だ。私たちNPO法人官製ワーキングプア研究会設立段階から位置付けてきた視点だ。

日本社会に定着している公務員像は、「定年まで安定して働ける」「給料や福利厚生が充実している」「残業も少なく、休みも取りやすい」といったところだ。これ自体は長年の労働運動の成果であり、欧米では当然のことだが。

しかし今や「役所」の実態は大きく変わっている。安定雇用どころか、1年と期間を区切った不安定雇用、政府統計の全勤労者平均年収の半分以下の200万円に届くかどうか、休暇も福利厚生も不十分、こういう「非正規公務員」が、総務省非正規公務員調査(2020年4月時点)で約112万人に達している。正規職公務員は約272万人(同)だから、地方自治体で勤務している公務員の3割になっている。

正規職公務員のうち、警察29万、消防16万はほぼ正規職で構成され、非正規職が多いのは一般行政、教育、福祉部門となっている。自治体規模では都道府県より市区町村が多く、一般市区43.5%、町村47.1%。20年総務省労働力調査で全体の非正規率は36%だから、市区町村は民間より非正規化が進んでいることになる。

もうひとつ大きな特徴は、女性比率が高いことで、20年調査で76.6%に達している。19年9月に実行委形式で開催したシンポジウム「「女性」から考える非正規公務問題」の開催趣旨は以下のように書いている。

「非正規公務員の増加が問題になっている。その4分の3は女性だ。多くが年収200万円そこそこのワーキングプア水準で、DV相談をはじめとした相談員や司書、保育士、学校給食調理員、女性関連施設職員等の公務で基幹的業務に従事している。その事実は、これまで正面から問題化されることは少なく、女性運動の中でも十分には焦点とされてこなかった。」

 

なぜ非正規化が進んだか

自治体非正規公務員はますます増えている。正規職公務員数のピークは1994年の約328万人だったが20年には約276万人と52万人減少している。一方、非正規職は人数をカウントする制度がなく、総務省として初めて実施した全国調査が05年で約45万6千人だった。以降08年49万8千、12年60万4千、16年64万3千人。20年はそれまでの調査対象をさらに短時間勤務者にまで拡大したことで、112万人となった。

増加要因として、一つ目は行財政改革による正規職定数抑制、削減による。業務自体をカットするのでなく、多くは正規職を非正規職に置き換える手法が取られ、さらに外部委託化との併用も目立つ。

二つ目は行政需要の増加に対して正規職配置でなく非正規職を充てるケース。介護福祉のように2000年の制度発足までは自治体直接雇用の家庭奉仕員を正規職配置していたのが、民間事業所のホームヘルパー主体になったが、相談業務や保育、学童などの子ども事業に非正規職を配置するケースが大半を占めている。過去に総務省や厚労省などが「非常勤職員配置を」などの通知を自治体宛に発したことも原因の一つだ。

 

ではどうするか~バイデンのアメリカ

 これまでみてきたように、自民党政権の経済、労働政策の誤りが、公共サービスの劣化と非正規公務員や不安定・低賃金委託労働者を生み出してきたことが明らかだ。市民、労働者個人の給与等所得が伸びないどころか下がり、生活は厳しさを増し、誤った税制がさらに追い打ちをかけることになった。だとすると、コロナ禍を機に新自由主義政策、緊縮政策の転換を進められている諸外国の政策に学ぶことが、日本社会の今後を考えるためのは重要だ。

アメリカのバイデン大統領は、3月に成立した「米国救済計画法」で、コロナ対策を軸とした短期景気対策として、1人最大1400ドルの現金給付(高所得者除く)や地方政府への支援などに総額1.9兆ドル(約210兆円)をで集中投下することにした。

「米国雇用計画」は8年にわたる長期経済政策で、支出と租税両面で方向転換を打ち出し、数百万人規模の雇用創出を見込んでいる。

4月に公表された「米国家族計画」は、10年間で8000億ドル(約196兆円)規模のプログラムが柱となる。子育てや有給休暇、教育などへの支出を大幅に拡大するが、財源の一部として富裕層対象増税総額を充てる計画という。

コロナ禍が小さな政府を打ち破ったと言える。米国雇用計画のキーワードはインフラ、雇用、格差是正、産業競争力拡大だが、コロナ感染症(パンデミック)に対して「公衆衛生、気候変動、格差拡大、経済金融の危機」を解消することを対置した。

自助や自国中心主義では解決できないから国際的連帯と協力を進める。個人や民間依存ではなく、社会的共通資本重視と公的部門の役割強化を図る。財政の意義と役割は、市民を守る公共的支出とそれを支える税収の確保。公正税制の実現と世界規模での連帯として、情報の公開と透明化、国際的課税ルールの大転換をめざすなどだ。

 

韓国から学ぶこと

2011年10月のソウル市長選挙での3大公約は、学校給食費完全無償化、市立大学授業料の半額化、公共部門非正規労働者の正規職転換だった。5大市政目標は、「堂々と享受できる福祉」「共に豊かになる経済」「共に創造する文化」「安全で持続可能な都市」「市民が主体になる市政」だ。詳記する字数はなく省略するが、公共サービスの強化、普遍主義政策の導入、労働者の処遇改善が一体となった政策である。

17年5月に3,400万市民の直接参加、非暴力の「キャンドル革命」で誕生した文在寅政権の100大公約にも「皆が享受する包容的福祉国家」「国家が責任を負う保育と教育」「国民の安全と生命を守る安心社会」「労働尊重、性平等を含む差別のない公正社会」が掲げられている。

公共サービスの復権こそが、官製ワーキングプア問題解消にもなる。そして、それが「非正規社会からの脱却~いのちの安全保障」だ。

 

 

(参考情報)

白石孝編著(2018)『ソウルの市民民主主義──日本の政治を変えるために』コモンズ

 

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