瀬山紀子「非正規公務員の現場で起きていること—働き手の視点から—」

公務非正規女性全国ネットワーク(通称:はむねっと)の副代表である瀬山紀子さんが、一般社団法人生活経済政策研究所が発行する『生活経済政策(特集:公共崩壊~自治体はくい止められるか)』第283号(2020年8月号) に執筆された論文です。お読みください。

 

 

はじめに

今年の春、非正規職員として11年働いた地方行政機関の仕事を辞めた。1年毎の雇用更新を繰り返していた仕事だったため、任期満了に伴う退職となった。仕事は、男女共同参画の推進を目的とするその施設での講座、相談、広報、市民活動支援といった事業全般への関わりと、広域行政機関であったため、市町村などの基礎自治体の職員や学校の教職員に対する研修の実施などと幅広かった。その施設で働く前に、東京23区内の2つの公立女性関連施設であわせて8年ほど働いたため、私の非正規公務員経験は20年弱になる。

私自身は、大学、大学院で社会学をベースに、女性学を学び、特に社会福祉領域でのジェンダー不平等の課題や、障害のある女性たちの複合差別をテーマに調査研究を行ってきた。そして大学院在学中に複数の大学や看護学校で非常勤講師の仕事をはじめると同時に、公立の女性関連施設で「コーディネーター」などの名称で事業全般の企画・運営に関わる「専門職」として働く機会を得てきた。大学や看護学校でジェンダー論などを教えると同時に、主に社会人を対象に、地域にあるジェンダーに関わる課題を見つけ、共に課題解決に向けた学びの場を作ることや、地域で生活している人が抱えている課題を、相談等を通じて共に解決していくことを目指す仕事に、一定の役割と可能性を感じてきた。ただ、そこで働きながら、常に、同じ場所で働く相談員や専門員の多くが女性で、かつ短期的な任用を繰り返しながら働いている不安定な立場の非正規公務員であること、そして管理職である正職員は、短い期間での異動を繰り返していくという仕組みに、疑問や課題を感じてきた。

本稿では、こうした行政直営の「女性関連施設」で働いてきた自分自身の経験をもとに、はじめに、主に女性を担い手として広がってきた非正規公務員の現状と、その人たちの任用条件、正規職員との待遇格差などについて確認すると同時に、今年度(2020年度)から始まった会計年度任用職員制度という新たな非正規公務員に関わる制度についてもその概要を記したい。その後、非正規公務員として働く中で感じてきた課題を伝え、最後に、今後に望むことを記してみたい。

今、世界は、新型コロナウイルスパンデミックへの対応で大混迷の中にある。そうした中で、保健所や生活・労働相談、DV被害者支援などを行う公務職場は、まさに、最前線を担う場の一つとなっている。そこには、多くの短期任用の条件で雇われた非正規公務員が様々な不安を抱えながら働いている。この論考は、そうした今起きている現場での課題を念頭に、非正規公務員問題の流れを振り返り、この先の公務領域のあるべきかたちを考えていくために記していきたいと思う。

 

非正規公務員問題

日本では、2000年代初頭から、非正規公務員が急増してきた。その背景には、次のような要因があると言われている*1。一つに、「行政改革」として2005年から2010年にかけて国が、「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針(集中改革プラン)」を示し、正規公務員の削減と民間委託、指定管理者制度の推進を掲げたこと。これにより、正規公務員は大幅に削減された。実際、地方公務員は1994年に320万人を越えピークを迎えた後、2019年には約274万人となり、その間に約54万人減少した。背景には、景気の悪化や高齢化等による歳出の増加に伴う地方財政のひっ迫があるとされる。そして財政がひっ迫した中で、正規公務員に代わって非正規公務員が公務現場の担い手となっていった*2。ただ、原則、公務員は正職員であることが前提となってきたため、法律上、非正規公務員の存在は見えにくい位置に置かれてきた。

非正規公務員の急増を受け、国(総務省)は2005年から実態把握を行う調査を始めた*3。それによれば、2005年には45万人だった非正規公務員の数は、2016年には64万人に増加している。またその男女比を見ると、2016年の数値で女性が48万人で約75%となっている。正規公務員は約6割が男性だ*4

また、上記調査では、10年以上同じ非正規の人を繰り返し任用している自治体が、保育所保育士で4割、消費生活相談員や事務補助職員、給食調理員で約3割、看護師や図書館職員でも2割を超えている実態も明らかにされた。さらに、別途、厚生労働省が行った調査からは、市町村で児童虐待の対応にあたる職員は、業務経験年数が長くなると非正規率が高くなるという結果も明らかになっている*5

現場では、短期任用を繰り返しながら長期間働いている非正規職員が、短期間で異動しながら働いていく正職員に代わり、より多くの知識や経験をため専門職として職場を支えるという構造ができている。

ただ、非正規公務員は、もともと、財政のひっ迫による人員削減という流れの中で増やされてきた存在であり、待遇面では低い位置に置かれてきた。給与については、一般事務職員の非正規公務員の例で、時給換算で正規公務員の3分の1から4分の1程度の収入*6。そして、何年働いても昇給制度がない自治体が多く、賞与や退職金も支払われてこなかった。また、傷病休暇等の制度も正規と非正規とでは大きな格差が設けられてきた。

国は、こうした状況を受け非正規公務員の任用根拠の明確化と待遇の見直しを進めてきた*7。その結果2020年4月からスタートしたのが「会計年度任用職員制度」だ。この制度によって位置付けが曖昧だった非正規公務員の多くは、新たに「会計年度任用職員」という枠組みに位置付けられた。

会計年度任用職員とは、この名称が意味するように、1会計年度、つまり1年毎に任用する短期任用職員のことを指している。その意味では、これまで1年毎に任用の更新を繰り返してきた非正規公務員を、法律上も1年毎任用の職員として位置づけなおしたのが今回の制度になる。

国は、これまでの非正規公務員が1年毎の任用を繰り返しながら5年、10年と継続して働いてきた実態を知りながら、あくまでも、常時必要となる職については正職員がそれを担うべきとし、会計年度任用の職は1会計年度毎にその職の必要性が吟味される「新たに設置された職」と位置付けられるべきものとした。

総務省が地方自治体に向けて出した総務省自治行政局公務員部(2019)『会計年度任用職員制度の導入等に向けた 事務処理マニュアル(第2版)』には、「会計年度任用の職に就いていた者が、任期の終了後、再度、同一の職務内容の職に任用されることはあり得るものですが、『同じ職の任期が延長された』あるいは『同一の職に再度任用された』という意味ではなく、あくまで新たな職に改めて任用されたものと整理されるべきものであり、当該職員に対してもその旨説明が必要」(41頁)という驚くべき記載がある。また、同マニュアルの中で、公募によらない任用は原則2回までとする国の「期間業務職員制度」を例に挙げ、会計年度任用職員の採用の際にも公募を行うことが望ましいと記した。

待遇改善という側面では、国は、会計年度任用職員のうち、フルタイムの職員については、給料及び旅費と、期末手当(賞与)などの各種手当、および退職手当を支払うことができることを明確にした。また、短時間の会計年度任用職員については、報酬及び費用弁償(通勤費等)と、期末手当の支払いができることとした。

ただ、すでにわかっている範囲でも、制度改正による実質的な給与の改善はなされず、賞与が支払われる代わりに月額報酬が減額される自治体が少なくないことや、フルタイムになる選択肢はなく、短時間の会計年度任用職員になるため、少なくとも退職手当については支払われる見込みがないことなど、制度改正後も引き続き課題が大きく残っている現状が見えてきている。また、これまであった、更新を繰り返しながら長期的に働いていくという働き方も、難しくなったのが今回の改正だと言えるだろう。

 

現場で働いた中で感じてきたこと

私は、複数の公立女性関連施設で働いてきた中で、たくさんの非正規公務員の人たちと出会ってきた。そこには、長く相談員として女性相談の現場で働いてきた人や、図書館司書、男女共同参画関連の事業を担う専門員など、様々な働き手がいた。

彼女たちの多くは、さまざまな経歴を経ながら、その仕事にたどり着いていた。彼女たちの担っている仕事は、困難を抱えながら生活している人たちからの相談を受ける仕事であり、DV被害を受けた人に情報提供を行う仕事であり、働きづらさを抱えている人たちに向けた自立支援のための講座開催の仕事であったりした。いずれの仕事も、公共サービスという枠組みの中で、困難を抱えた人たちや、生き方を模索している一人ひとりの暮らしを下支えするような仕事だ。

そして、これまで出会ってきた非正規公務員の人たちは、自分がやりたい仕事として今の仕事にたどり着いたという人が多かった。すでに一定の職務経験を持ち、民間での仕事や活動の中で自身のキャリアを磨きながら、自分自身の経験や知識が活かせる場所として今の仕事場に行き着いたという人たちだ。

彼女たちは、賞与や退職金などのインセンティブはなくとも、1年毎の任用と更新を繰り返しながら、公的な領域でこそできる相談支援や講座企画などの職務に一定のやりがいをもってあたっていた。人によっては、正規公務員と比較すると少ない給与であっても、自分にとっては、これまでで最もよい収入を得ている、また、やりがいも得られていると語る人もいた。

もちろん、非正規で働く人たちは、仕事の正当な評価と、それに見合った報酬を求めてはいる。それは、同じような仕事をしている正職員の報酬という比較対象があると明確にはなる。ただ、そうしたことは、日ごろは、あまり意識されることがなく、正職員の報酬額を知る機会もない。それでも、自分たちの給与が、一定働いているにも関わらず、それだけでは暮らしが成り立つか、ぎりぎりのレベルのものであることはわかっている。実際、生計を立てるために、仕事の掛け持ちをしている人もいた。

相談員が、「DV被害から逃れようとする人が抱える経済的な不安は自分もわかる。夫が稼いでいるから、この待遇で働けているけれど、自分一人では、とてもこの待遇では生活が成り立たないことを考えると複雑な気持ちだ」と話されたこともあった。

また、すでに現場で働いている人たちの中には、こうした待遇や条件では、将来、この職に就く人、特に若い世代がいなくなってしまうと心配している人も多かった。

そして、報酬と同じか、それ以上に、非正規の人たちが気にしていたのが雇用の安定に関わる問題だ。短期で異動を繰り返していく正職員とは異なり、自分なりのキャリアを積み重ねながら、それまでの経験を生かせる仕事として今の仕事にたどり着いている人たちは、せめても安定して仕事をしていきたい、と感じている人が多かった。私が以前働いていた場所は、一年毎の更新ではあっても、基本、更新の回数に制限がなかったため、長期継続的に働いている人も少なくなかった。

会計年度任用職員制度は、非正規公務員の担い手が、最低限の願いとして持っていた雇用の安定という希望からもかけ離れた制度となったことは確かだ。

 

今後に向けて

公務現場では、これまで、正規と比較すると非常に低い条件で、かつ、不安定な立場の非正規職員が、短期間で異動しながら働いていく正職員に代わり、短期の任用を繰り返しながら職場を回している実態があることを述べてきた。しかし、今年からはじまった会計年度任用職員制度によって、こうした実態は見過ごされ、非正規職員は、あくまで、1会計年度毎に必要性を判断して置く職、つまり、継続した雇用は前提としない職として位置付けられることになってしまった。

本来、正規公務員がやるべき仕事は、非正規公務員がやるべきではなく、正規公務員がやるべきだという理屈は一見するとわかりやすい。ただ、実際には、相談をはじめとする行政の本来業務を、単年度任用の非正規が担うという構造は変わっておらず、そうした職の担い手が正規雇用に移行するような道筋は見えていないのが現状だ。そして、会計年度任用ということを根拠にした大きな待遇格差も続いている。そこに新型コロナウイルスのパンデミックと感染リスクを抱えながらの職務という過酷な状況が加わった。

このままでは、公務サービスの現場は、これまで以上に矛盾を抱え、疲弊し、不安定化していくことが予想される。それによってもたらされるのは、公共サービス自体の不安定化と、それに伴う私たち一人ひとりの暮らしの不安定化に他ならない。

民間では、課題はありつつも、有期雇用労働者の無期転換などの流れも生まれている。まず、公務でも、非正規公務員の無期化が検討されるべきだ。それは、すでに明らかにされていた長期継続的に公務現場に存在し、公共サービスを担ってきた非正規公務員の存在と、その人たちによって担われてきた仕事を正面から認めるところからはじまる。そして、同一価値労働同一賃金という点から、非正規公務員の報酬等の見直しが進められる必要がある。

私たちの暮らしを支える公務サービスの担い手の問題を考えることは、私たちの暮らしのあり方そのものを考えることだ。現場は待ったなしの状況のなかにある。■

 

《注》

*1 非正規公務員増大の要因については、主に、上林陽治(2013)『非正規公務員という問題』岩波書店を参照した。また、昨今の非正規公務員問題の広がりについては、労働教育センター発行の『女も男も-自立・平等―』No.133(2019 年春・夏号)が特集「知っていますか?あなたのそばの非正規公務員」を組み、女性非正規公務員の問題をはじめ、広範な課題を扱っている。

*2 同時に、この時期、民間委託等の手法も広がっていくことになるが、今回は、非正規公務員の問題に焦点を絞ることにしたい。公務の民間委託化については、竹信三恵子(2019)『企業ファースト化する日本』岩波書店でその流れを追うことができる。

*3 この調査についても、調査基準日が4月1日となっていること、また、調査対象範囲が週19時間25分以上、6 か月以上勤務者と限定されていることから、全体把握が行われてきたとは言えないことが白石孝(2019)「非正規公務員と正規公務員との絶望的格差は解消できるか」『女も男も』労働教育センター、No.133 所収論文等で指摘されてきた。

*4 『平成30 年 地方公務員給与の実態』(総務省)によると、平成29 年時点の地方公務員総数は、2,738,755 人で、うち1,084,556 人が女性で割合は39.6%。

*5 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課虐待防止対策推進室「虐待対応担当窓口の運営状況調査結果」(平成29 年度調査)で虐待対応担当窓口職員の正規・非正規別業務経験年数が明らかになっている。

*6 分析は、上林陽治(2017a:11-12)、及び「欺瞞の地方公務員法・地方自治法改正」、Web 論座(2017 年04 月24 日)(2020 年7 月7 日アクセス)による。

*7 総務省が、地方自治体で働く非正規公務員が増えていく中で、2016 年に設置した「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」が検討を進め、2017 年に地方公務員法と地方自治法の改定、2020 年度に施行されることになったものだ。

 

 

《参考文献》

上田洋子(仮)・木村道子(仮)(2019)「人命にかかわる仕事だが、求められる役割と待遇に大きなギャップ」『女も男も』、133、75-80 頁。

戒能民江(2018)「「非正規」婦人相談員について」『生活協同組合研究』、512、14-20 頁。

笠松鉄平(2018)「公共部門で無期転換はどのくらいすすんでいるか」『KOKKO』、32、21-28 頁。

鎌田一(2018)「非常勤職員の処遇改善の道のりと今後の課題について」『KOKKO』、32、5-15 頁。

川村雅則(2017)「官製ワーキングプア問題の現状と課題」『社会政策』 8(3)、47-61 頁。

上林陽治(2018)「非正規公務員という差別構造」『生活協同組合研究』、512、5-13 頁。

ーーーー(2017a)「欺瞞の地方公務員法・地方自治法改正(上)— 総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会報告書」

(平成28 年12 月27 日)読解」『自治総研』、463、1-30 頁。

ーーーー(2017b)欺瞞の地方公務員法・地方自治法改正(下)— 官製ワーキングプアの法定化」『自治総研』、465、1-25 頁。

ーーーー(2013)『非正規公務員という問題 問われる公共サービスのあり方』岩波書店。

白石孝(2019)「非正規公務員と正規公務員との絶望的格差は解消できるか」『女も男も』、133、4-10 頁。

瀬山紀子(2019)「< 生きる> を支える仕事 : 非正規労働の現場から」『月刊社会教育』、63(3)、19-25 頁。

ーーーー(2013)「公立女性関連施設における公務非正規問題を考える」『労働法律旬報』、1783・1784、138-145 頁。

竹信三恵子(2019)「ジェンダー差別としての非正規公務員問題」『女も男も』、133、22-27 頁。

ーーーー(2019)『企業ファースト化する日本—虚妄の「働き方改革」を問う』岩波書店。

戸田緑(仮)・河西友子(仮)(2019)「男女共同参画社会実現の拠点である職場でこそ同一価値労働同一賃金を」『女も男も』、133、70-74 頁。

 

 

 

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