【新刊紹介】『書棚から歌を 2015-2020』田中綾著、北海学園大学出版会、2021年

田中綾です、いつもコラムをご笑覧ありがとうございます!

この秋、北海学園大学出版会「しまふくろう新書」から、ブックガイドが刊行される運びとなりました。

その「あとがき」で、「北海道における労働情報の発信・交流プロジェクト」にも触れていますので、転載させていただきます。

「埋め草こそ、社会の大切な一構成員。」――これを、心のキャッチフレーズに。

 

 

あとがき 「埋め草」という生

 

2015年。その年は、大学の人文学部に勤める者として、危機意識を抱いた年でもありました。初夏、国立大学文系学部の見直しを迫るようなニュースが配信され、知人からもさまざまなメールが転送されてきました。実際には、文系学部廃止や不要論ではなかったわけですが、個人的な危機感は強く、シラバスなどを見直す機会にもなりました。

 

目の前の学生たちや、高校生ら若い世代に、「人文系の学びっておもしろいよ!」「人生究極の『実学』が、人文系の学問なんだよ!」と伝えたく、出前講義や講演、短歌ワークショップを積極的に行うようになったのも、この時期からです。

 

2017年には三浦綾子記念文学館の館長に選任され、いっそう文学の大切さ、読書の魅力を広めなくてはと、ほぼ毎月、講演に出かけていたような記憶があります。そのため、移動中のJRの車内で本を読むことが多くなり、本書で紹介した何冊かも、「ああ、あそこに行ったときに読んだものだ」など、出張の思い出とセットになっています。

 

読書の愉しみ。それは、読んだ分だけ強くなれる、ということ。自己肯定感が極端に低かった十代の私にとって、読書は、心を強くする漢方薬のような存在でした。高校生のころは乱読そのもので、文学よりも、立志伝や心理学の本をよく読んでいた気がします。もちろん、文学が一番のあこがれのジャンルで、古書店のグラシン紙やパラフィン紙でカバーされた本を見上げ、「あれを読むころには、強くなっていますように」などと願ってもいました。

 

日ごろ接している学生、ゼミ生たちは読書好きで、図書館司書として働く元ゼミ生も増えてきました。授業で「ビブリオバトル」(5分間で本を紹介するコミュニケーション・ゲーム)を楽しむと、画集や映画の原作本、海外SFなど、多方面から本を紹介してくれるので、私の「よみたい本リスト」は増える一方です。

 

若い世代の読書離れが深刻と言われていますが、コロナ禍の巣ごもり生活で、読書(漫画も含めて)の時間は少し増えたようです。また、読むというより、「聴く」読書という形態も増えてきました。私自身もYou Tubeの朗読チャンネルや、オーディオライブラリーなどに親しんでおり、いつも耳にイヤホンをつけている若者に、「聴く」読書の楽しみを伝えていくのも一つの方法かと前向きに考えています。

 

さて、このコラム「書棚から歌を」は、気がつけば、10年以上もの連載となっています。2017年3月から隔週の掲載となり、幸いネタに困ることもなく、楽しく続けさせていただいています。現在、掲載の場が日曜版に移り、書影をカラーで紹介してもらえることもありがたい限りです。

 

本紙から日曜版に掲載の場が移ったとき、実は何人かから「本紙じゃなくて残念ですね」と声を掛けていただいたのですが、私の「埋め草人生」的には、場所があるだけで何よりも幸せ。ずいぶん前ですが、こんなエッセイを書いたこともありました。

 

私が薦めるこの1冊=「複数の新聞」

 

お薦めは、新聞。しかも、複数紙を読み比べること。

 

インターネット時代だからこそ、あえて「紙」媒体の力を思います。個人的には二紙を購読していますが、一つの情報でも。記事の書き方は新聞によってさまざま。時に感心しつつ、あるいはニヤリとしつつ、複数の角度からものごとを見る眼を養っています。

 

新聞は情報を得るためだけのツールではない、というのが持論。着目すべきは「埋め草」と呼ばれる存在です。埋め草は、余白を埋める短文という意味で、社会面のごく小さな記事や、地方のちょっとした話題などをさします。日々発行つづけるには、トップニュースに加え、埋め草的な記事は欠かせません。むしろそういう小さな記事にこそ、より良い明日を生きるためのヒントが書かれているのです。

 

そんな記事をスクラップしながら思うことは、私自身が埋め草だなあ……という感慨。15年近くフリーで文筆業をしてきて、書いたものの9割は埋め草でした。でも、埋め草がなければ紙面は成立しないのです。肩の力は抜いても、手を抜くことの許されないのが埋め草。

 

分(ぶ)をわきまえつつ、構成員としての役割を果たす在り方は、生の指針といえるかもしれません。(以下略)

北海学園大学附属図書館「図書館だより」2010年4月1日発行

 

 

そう、「埋め草」がなければ、社会は成り立たないのです。埋め草こそ、社会の大切な一構成員。冒頭の「文系学部見直し」の話題が出た折も、人文系の学問や文学こそ社会の大切な構成員なのだから、自信を持ってそのおもしろさを伝えていけばいいのだ、と自分に言い聞かせていました。目立たず、少数派の「埋め草」の立場でも、より良い明日を作り、生きるためのヒントは発信できると考えています。

 

話は戻って、本書の内容ですが、前著『書棚から歌を』に比べると、手に取りやすい新刊を多く紹介してきたように思います。引用歌も、意識的に若い世代の作品を取り上げるようにしましたが、現代口語短歌の癒やしの力や、可能性にもあらためて感じ入っています。

 

・進路調査票は風に添付して海に送信しておきました

 木下龍也

・きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

  萩原慎一郎

・さかみちを全速力でかけおりてうちについたら幕府をひらく

  望月裕二郎

 

ジャンルとしては、評伝や女性史、昭和の戦争に関する書物、時代小説、歌集や歌書などさまざまですが、労働に関する拙稿は、本学教員らが運営するサイト「北海道における労働情報の発信・交流プロジェクト」に転載していますので、こちらもぜひご覧ください。

 

お礼を申し上げたい方々は、たくさんおられます。まず、北海道新聞文化部の方々、いつもありがとうございます。毎回の入稿のたび、アドバイスやねぎらいの言葉をかけていただき、このコラムが10年以上も続いてこられたのも、ご担当の方々のおかげです。さらに、前著の刊行記念会でもお世話になった古家昌伸さま(元文化部長)に、本書の刊行を報告できたことも嬉しいことでした。

 

そして、末筆ながら、本書が北海学園大学出版会から刊行され、研究成果刊行経費の交付も受けられましたこと、関係各位に深く感謝申し上げます。

 

安酸敏眞学長のもと、この出版会が設立された年から、新書での刊行を願っておりました。「しまふくろう新書」レーベルからは、今後も多くの刊行が続くと思いますが、その第一冊目となったことが誇らしく、この上ない喜びです。

 

丁寧に仕上げてくださった、株式会社人力社の及川紀子さま、伊藤秀倫さま、ありがとうございました。また、日ごろお世話になってばかりの本学教職員各位、三浦綾子記念文学館を支えてくださる方々、そして本書を手に取ってくださったみなさまに、心より御礼申し上げます。今後も、大切な一冊を紹介していきたいと願っています。

 

2021年11月

田中 綾

 

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