川村雅則「地方自治体における公共サービスの提供に従事する非正規労働者のおかれた現状」『生活経済政策 』第296号(2021年9月号)pp.23-28
一般社団法人生活経済政策研究所から発行されている『生活経済政策』第296号(2021年9月号)に掲載された原稿の転載です。お読みください。
はじめに
パンデミックは、私たちの暮らしを支え社会の再生産に不可欠なエッセンシャルワーカーの存在を「発見」する契機になった。医療・福祉、小売、交通・物流など様々な領域で、仕事の社会的な有用性に反して、低位な労働条件(賃金を含む)が広がっている。その一つが公務・公共サービスの世界である。「官製ワーキングプア」という言葉に示されるとおり、働いているのに経済的に困窮する事態が国や自治体によって作り出されている。本稿では、自治体に直接雇われた非正規公務員と、自治体が発注する仕事で働く民間労働者(公共民間労働者)の現状を取り上げる[1]。概略を先に示すと、日本は公務員の増大を抑制してきた結果、人口当たりの公務員数が少ない国である。定員の適正化が繰り返し求められ、1994年の328.2万人をピークに正職員の人数は50万人以上減少している(図1)。一方で、公共サービスへの増大・多様化する需要に対応する者は必要である。安価な非正規公務員や公共民間労働者がそこで活用されている。
非正規公務員制度問題[2]
図1 地方公共団体における正職員数及び非正規職員数の推移
注1:各年4月1日現在。
注2:非正規職員は、臨時・非常勤職員。任用期間が6か月以上、かつ1週間当たりの勤務時間が19時間25分(常勤職員の半分)以上の職員が対象(色の薄い棒)。2020年度調査では短期間・短時間勤務者も別枠でカウントされている(色の濃い棒)。
出所:総務省「2020年地方公共団体定員管理調査結果の概要」及び各年度の「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」より作成。
地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律(2017年法律第29号)に基づき、新たな非正規公務員制度である会計年度任用職員制度が2020年4月に導入され、今年で2年目を迎えた。
制度導入時にあわせた最新の総務省調べ(2020年4月1日現在)によれば、非正規公務員の人数はおよそ69.4万人。別枠でカウントされている短期間・短時間勤務者(43.1万人)まで含めるとじつに112.6万人に及ぶ。前者[3]のうち62.2万人が会計年度任用職員で、その4分3を女性が占める。人数ベースでは一般事務員、技能労務職員、保育所保育士などが多いが、当該職種に占める非正規割合を自治労(2021)でみると、消費生活相談員で95.0%、学童指導員で94.5%、婦人相談員で85.2%と非常に高いほか、図書館職員、学校給食関係職員、学校用務員で7割前後、保育士で半数を占めている。女性向きとみなされている職、ケア職に非正規公務員が多い。ジェンダーの問題をはらんで公務の非正規雇用化は進んでいる。
彼らは、民間分野の非正規同様に、補助的業務ではなく基幹的業務に従事する労働者である。そもそも、こうした人数規模やその役割に反して、法に適切に位置付けられることなく、なし崩し的に増やされ活用されてきたその現状を正し、任用を適正化することが今回の法改定の目的と説明されていた。非正規公務員にも賞与(期末手当)の支給が可能になることが強調された。しかし、2年目にしてすでに様々な問題が噴出している[4]。そもそも新たな制度は多くの問題を内包するものであった。民間非正規制度と比べてみよう。
有期雇用の濫用と不公正な賃金決定の合法化──民間非正規制度との比較
非正規雇用制度をめぐる問題とは何だろうか。一つには、仕事が恒常的であるにも関わらず有期で雇われ続けること、いわゆる有期雇用の濫用である。もう一つは賃金に関する問題で、水準が低いことと(その低さに象徴されるとおり)決定基準が不公正であることだ。低さは決定基準の問題でもある。民間非正規では不十分ながらこれらの克服が目指される制度が導入された。有期雇用の濫用に対しては、2012年の労働契約法改定で、契約期間が通算で5年を超えると無期に転換することのできる規定が第18条に設けられた。賃金の決定基準(格差)問題に関しては、不合理な労働条件の禁止をうたった労働契約法第20条とパートタイム労働法を前身とするパートタイム・有期雇用労働法が2020年4月から(中小企業は2021年4月から)施行されている。
もちろん、どちらの課題も、問題の大きさからすると緒に就いたばかりであるが、制度改定に後押しされ前に一歩進んだのは事実である。しかしここにみる考えは、新たな非正規公務員制度には盛り込まれなかった。むしろ逆行した制度設計になっているというそしりも免れないだろう。
有期雇用の濫用
そもそも公務員の勤務関係は、民間における労使対等の雇用関係と異なり、任命権者の意思が優先される公法上の任用関係にあるとされる。この任用関係においては一方的な雇い止めも撤回させることはできない。そうした中でも、長期で働き続けることによる任用継続への期待権は認められていたものを、今回の制度設計は念入りに奪うことになった。
任用期間後の再度の任用は、民間でいう雇用更新とは異なり、会計年度ごとに新たな職に就くことと解され、ゆえに、1か月の試用期間が毎年設けられることになった。しかも、厳格な能力実証のためと称して、国の非正規公務員にならい、少なくとも3年ごとに新規求職者とともに公募に応じさせる制度設計が総務省によって助言された。北海道では半数の自治体が再度任用にあたり毎回の公募を行うと総務省に回答している。しかも、能力実証が恣意的に行われないという保証はなく、雇い止めを告発する声がすでにあがっている。
不公正な賃金決定
民間の動きに対して会計年度任用職員制度では、そもそも、勤務時間がフルタイムかパートタイムかによって賃金格差が正当化された。給与・諸手当・退職金が支給されるフルタイム型と異なり、人数で約9割を占めるパートタイム型に用意されたのは、報酬・費用弁償・期末手当のみが支給可能という条件であった。しかも1分でも差があればパートタイム型に位置付けられるのだから、コスト削減を志向する自治体でパートタイム型への置き換えが進んだのも自然なことだった。こうして、勤務時間数によって異なる処遇体系が合法化された。基本給や賞与などのあらゆる待遇について、不合理な待遇差を設けることが禁止され、賃金格差の根拠の説明義務が使用者に課された民間非正規制度とは乖離している。
なお、年収200万円に満たない者が多数を占める彼らの賃金は、「職務の内容や責任、職務遂行上必要となる知識、技術及び職務経験等の要素を考慮して」決めるべき、と一見すると職務評価に基づく職務給を思わせるが、そうはなっていない。
以上のとおり、駆け足でみてきたが、こうした不条理な現状を自ら変えていく上で、彼ら非正規公務員はその手を縛られている(労働基本権を制約されている)点も、強調される必要がある。
公共民間領域における問題
公務分野における雇用の非正規化は、もう一つの回路で進む。公共サービスの担い手の多様化を掲げつつ、コスト削減さらには公共サービスの営利化をねらう民間化[5]である。
自治体は、公共サービスの提供にあたって、直営、すなわち自ら雇う公務員に加えて、民間事業者・労働者の存在を不可欠とする。業務委託・指定管理のほか、自治体が調達する公共サービス(工事、物品購入)分野で彼らは働いている。非正規公務員数が少ない自治体でも、民間化という手法が活用されている可能性がある。
会計年度任用職員制度の導入を奇貨として、民間委託の推進等を通じた簡素で効率的な行政体制の実現が政府に強く求められ、それに呼応するように、労務管理の煩雑さの解消を売りに事業者側から営業攻勢がかけられている状況にある。その意味では、公共サービスの担い手が直面する問題に関心をもつ者は公共民間労働者にも射程を伸ばす必要があるが、その労働条件、労働実態はより一層つかみづらい。基本的に、「自治体はあくまでも発注者に過ぎない」、「労働条件の決定は、労使間でなされるべきこと」などと自治体の関与が回避されてきたことによる。
公共民間労働のワーキングプア──北海道内での調査に基づき[6]
業務の発注において民間事業者の選定は原則として一般競争入札制度によって行われる。指名競争入札の廃止・縮小や予定価格の公表、電子入札の導入など、入札制度のより一層の競争促進政策によって発注価格が抑制されてきた。民間化においても、公共施設の建設・維持管理・運営等を、資金調達から含め、民間の手にゆだねる「PFI(Private Finance Initiative)」事業や、従来の管理委託制度と異なり、施設利用の許可を含む、施設の全般的な管理運営を可能とする「指定管理者制度」など新たな手法が導入された。いずれの施策・政策も、「最少の経費で最大の効果」という行政運営のモットーで正当化される。
こうした公共民間の領域で何が起きているか。時期を遡り、北海道内や札幌市をフィールドに筆者らが行ってきた、ここ10年の調査経験から述べると、(1)建設工事:近年でこそ通年雇用化が進んできたが、積雪寒冷地である北海道で働く建設労働者は、冬の間は失業(や出稼ぎ)を余儀なくされる季節雇用者であり、その年収は200,300万円台にとどまる。国や自治体発注の工事で働く労働者への支払い賃金が公共工事設計労務単価(後述)を下回る状況にあり、工事平準化とあわせて公共工事現場の労働条件が問われた。(2)業務委託:コロナ下でエッセンシャルワーカーとして注目されたごみ収集労働者であるが、札幌市の民間委託では、労働密度は高いにもかかわらず、年収は直営の半分であった(非正規雇用者に限定すればさらに低い)。(3)業務委託:高齢の労働者が多く働く自治体の庁舎清掃の賃金水準は最低賃金にはりついた状況であって、しかも、入札で受託者が変わるたびに、雇用は引き継がれるものの、勤続はゼロからのスタート(ゆえに有給休暇の付与日数もゼロにリセット)となっていた。(4)指定管理:400超の公の施設に指定管理者制度を導入し2006年からの4年間で66億円の財政削減効果を実績として掲げていた札幌市だが、労働者の3分の2の雇用は非正規で、正職員を含め賃金水準は抑えられていた。フルタイム型の非正規でも年収は200,300万円台であった、などなど──以上の状況は、自治体自身によって行われ始めた雇用、賃金調査データでも裏付けられている。
公契約における賃金算出根拠をめぐる問題
図2 公契約領域で起きている問題・悪循環と公契約条例の制定で期待される好循環
出所:連合「(パンフレット)公契約条例で地域の活性化」2016年2月発行より。
自治体が発注する仕事でこのような事態が生じていてよいのか──自治体(や国)を一方の契約当事者とする「公契約」を適正化することで、当該領域で働く労働者の労働条件の適正化を目指す「公契約条例」が2009年に野田市で制定されたのを皮切りに、全国各地で求められているのは、以上のような背景がある(図2)。
ところで自治体は、予定価格の積算に際して、根拠となる様々な資料を使う。では、人件費の積算には何が使われているだろうか。建設工事では、「公共工事設計労務単価」が使われている。同単価は、建設事業者が協力する毎年の公共事業労務費調査によって、職種別に決定される。また委託業務のうち、庁舎清掃や保全技師・保全技術の業務には、同じく国によって定められる「建築保全業務労務単価」が使われている。だが予定価格の積算で使われたこれらの単価は、労働者への支払い賃金を拘束するものではないことが強調され、現場でも実際には支払われていない。妥当だろうか。
さらに業務委託や指定管理の人件費の算出では、上記のような、自治体で広く使用されている根拠(単価)と異なり、当該自治体の非正規公務員の賃金が使われたり業者の合い見積もりによる結果などが使われている。前者では、当該委託業務・指定管理事業で働くことが予定されている職種の賃金には、当該自治体の、同じか類似の臨時・非常勤職員の賃金が使われることになり、後者の場合、平均額や最低金額が使われたり、そもそも人件費部分の金額が不明なケースもある。いずれも妥当だろうか。積算・発注段階で適正な賃金額を算出しようとする発想が乏しいのではないかと感じる。
公的産業のサービス化、公共私のベストミックスなど、国の自治体戦略をみると民間化のさらなる推進が予想される。こうした動きに対して、第一に、労働条件の競争の手段化に歯止めをかける策が必要である。公契約条例はその有力な一つと考える。第二に、公共サービスの品質と同様に担い手の状態・労働条件に対しても適切なモニタリングや関係当事者の参加(意見表明や交渉)の保障が欠かせない。労働条件を実質的に支配する事実上の使用者の顔を持ちながら、自治体は、労使関係から逃れてきた。公契約条例では、自治体発注の仕事で働く労使団体の代表を構成メンバーとした審議会が設置されている。労使関係の枠組みとは異なるが、関係当事者の参加・協議を通じて、公共サービスのあり方を民主的に統治する契機になりうるのではないか。少なくとも、発注後のことはあずかり知らぬという自治体の姿勢を打破することになろう。
最後に
ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現という大目標を掲げつつ、有期雇用の濫用を食い止めること、賃金の底上げと職務分析に基づく同一労働同一賃金の実現が急がれる課題である。非正規公務員には民間非正規並みの制度設計が必要である。格差是正で待望されている職務分析に基づく賃金設定は、野放図な民間化を食い止める手段にもなろう。
当事者が声をあげる仕組みはどうか。非正規公務員には、公法上の任用関係や労働基本権の制約の解消が求められるだろう。彼らの低位な労働条件水準や業務の特性から労働基本権の制約を導くのは困難ではないか。一方での民間化が行われた分野では、労使関係が空洞化している。発注条件にまで遡って労働条件決定への実質的な参加機会が保障される必要がある。それは自治体労組の課題でもある。本稿では十分に言及できなかったが、議会の責任も重い。
≪注≫
[1] 筆者は、労働組合の協力を得ながら非正規公務員や公共民間労働者の実証研究のほか、札幌市が2012年に条例案を議会に上程した(が翌年に否決された)公契約条例(本文参照)の制定に取り組んでいる。本稿は、そこでの経験に基づくものである。なお、参考文献にあげた拙稿と内容は重複している。
[2] この問題については、第一人者の上林陽治氏(公益財団法人地方自治総合研究所研究員)やNPO法人官製ワーキングプア研究会(理事長・白石孝氏)の研究や実践を参照されたい。
[3] 民間でも短期間・短時間勤務者が少なからず存在することを前提にすると、前者に限定するのは適切ではないが、総務省の分析が前者を中心に行われているのであわせる。
[4] 当事者団体として設立された「公務非正規女性全国ネットワーク(略称、はむねっと)」による調査やNHK非正規公務員取材班による報道などを参照。
[5] 民間化とは、自治体が行っていた事務そのものを民間事業者にゆだねる民営化と、自治体の事務として残したまま業務の一部を民間事業者にゆだねる民間委託等を包括する概念として用いている。
[6] 川村(2019)や筆者研究室ウェブサイト内の拙稿を参照。
(参考文献)
川村雅則(2019)「公契約条例に関する調査・研究(Ⅲ)札幌市の取り組み・資料の整理」『北海学園大学経済論集』第67巻第2号(2019年9月号)
川村雅則(2021a)「道内の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員の任用実態──総務省2020年調査の集計結果に基づき」『北海道自治研究』第626号(2021年3月号)
川村雅則(2021b)「地方自治体における非正規公務員・公共民間労働問題」『働くもののいのちと健康』第87号(2021年5月号)
上林陽治(2021)『非正規公務員のリアル─欺瞞の会計年度任用職員制度』日本評論社
全日本自治団体労働組合(2021)『2020年度 自治体会計年度任用職員の賃金・労働条件制度調査結果(最終報告)』2021年1月発行
竹信三恵子、戒能民江、瀬山紀子編著(2020)『官製ワーキングプアの女性たち──あなたを支える人たちのリアル』岩波書店
山谷清志・藤井誠一郎編著(2021)『地域を支える エッセンシャル・ワーク──保健所・病院・清掃・子育てなどの現場から』ぎょうせい