阿藤幸太「長野県での「最低生計費試算調査」の取組み」

長野県労働組合連合会(長野県労連)で書記を務めている、阿藤幸太と申します。今回は、長野県労連の「最低生計費試算調査」の取組みについてご報告したいと思います。

 

①はじめに

「最低生計費試算調査」については、北海道では既に2016年に調査が実施されており、その概要についてはご承知の方も多いかとは思いますが、まずは、全国で調査のご監修を頂いている、静岡県立大学短期大学部准教授の中澤秀一先生による「最低生計費調査が示す全国一律最低賃金1500円の意義」(『前衛』2020年5月号)に依拠し、調査の持つ意義についてまとめます。その後、全国、そして長野県での取組みついて触れたいと思います。

 

②「最低生計費試算調査」の概要

「最低生計費試算調査」は、生活パターンを把握するための「生活実態調査」と、普段の生活で使っている消費財の数量を把握するための「持ち物財調査」とで構成され、主に労働組合員を対象にアンケートを行うことから始まります。

調査は、実態生計費の側面だけでなく、「生活とはこうあるべき」という理論生計費の側面も併せ持っています。「あるべき」普通の生活とは、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」と同義です。

「あるべき」普通の生活を机上の空論としないために、試算ではいくつかのルールを設けています。特筆すべきは、労働者の意見を採り入れる「合意形成会議」の開催です。アンケートから得られたデータを分析するに際し、分析者個人の主観を排し、例えば若年単身世帯(10~30代の一人暮らしの若者)の試算においては、一人暮らしをしている(あるいはその経験のある)若者に集まってもらい、アンケートから得られたデータと突き合わせながら、「当事者」が議論する会議です。組合員自身が試算過程に加わることで、組合側に強い確信が生まれ、その後の要求運動に活かされていくという「副産物」もあります。

さて、「あるべき」普通の生活の中身を考えるには、3つの段階を踏む必要があります。第1段階は、衣食住をはじめとする基礎的ニーズ、すなわち生命維持の要請です。「最低」という言葉のイメージからは、この段階がまず浮かんでくるかと思います。しかし、例えば食生活で言えば、単に必要な摂取熱量を満たすだけでなく、健康を維持・増進できるための身体をつくるためのバランスの取れた食事というのは、欠かせません。これが第2段階、すなわち、基礎的ニーズの「質」を確保するということになります。

では、「質」も含めたとしても、衣食住のみで、果たして「あるべき」生活が実現できるでしょうか。人間が人間たる以上、相互に支え合う「人間関係」による、「人間の尊厳」が実現されて、はじめて「あるべき」生活ということになると思います。これが第3段階です。「最低生計費試算調査」では、例えば、友人との会食費も生計費として計上しますが、その理由がここにあります。

このように、「あるべき」生活を追求していくと、どうしても「コスト」が発生しますが、憲法13条に掲げる「個人の尊重」のためには、「コスト」が必要であり、さらに、「質」や「人間関係」も必須であり、国家による生活保障策には、その「コスト」全てが想定されねばならないのです。
以上が、「最低生計費試算調査」の概要と、その根底にある理念です。

 

③全国の調査から見えてくるもの

「最低生計費試算調査」は、全労連の地域組織で全国的に実施されてきていますが、その調査から、現行の最低賃金制度の問題点が浮き彫りになってきています。

まずは、フルタイムで働いても、1か月の可処分所得が10万円ほどにしかならず、国が公表する相対的貧困線とほぼ同じラインに抑え込まれているという、水準の低さです。これでは若者が自立するのは困難で、実際、調査では、一人暮らしをしている若者を見つけるのに苦労します。

次いで、全国的に展開している調査だからこそ明らかになったのが、最低賃金の地域間格差の非合理性です。現行制度では、47都道府県をA~Dランクに分け、ランク間に格差がついています。すなわち、大都市では高く、地方では低く設定されています。これは、「大都市では生活費がかかるから賃金も高くなり、地方は生活費が安いから賃金は低くなる」という古い「常識」が背景にあります。しかし、調査の結果は、この「常識」を否定するものとなっています。確かに、例えば、住居費に関しては大都市の方が高いのですが、交通・通信費は、公共交通機関が発達しているため低く抑えることができます。一方、地方では自動車がないと生活が成立せず、車両代・ガソリン代等が必要です。結果、大都市と地方では、住居費と交通費で相殺され、全国どこでも生計費が同じような水準になるのです。

「生計費が同水準であるのに賃金は大都市の方が高い」という結果が、地方の人口流出の要因となり、ひいては地域経済の活力を失わせていると言えます。実際、最低賃金の水準と人口の流出入が密接に関連していることが統計的に確認されています。

 

④長野県労連の取組み

長野県労連では、2020年1月に中澤先生にご講演いただき、調査に関する認識を深めたうえで、2月からアンケート調査を開始しました。若年層を重視し同期ごとに学習会を順次開催した組合や、ストライキ集会後に100名以上が参加する学習会を実施できた組合などがありました。記入に大変手間のかかるアンケートです。中澤先生いわく、「調査の重要性がどれだけ回答者個々人の胸に落ちているか否かで成否が分かれる」という性質のものです。従って、本来であればその重要性を訴える学習会などをもっと充実させたかったところですが、不運にもコロナ禍に見舞われ、開催がままならない状況になってしまいました。

それでも、3686名から回答が得られ(回収率約36%)、とりわけ、「50ケースでも分析は可能だが、100ケース以上集まればある程度信頼してもらえる」とされる若年単身者の回答が748名分集まったことについては、中澤先生からも「貴重」との評価を頂きました。

中澤先生によるデータ分析を受けて、6月6日に、若年単身者を想定した、第1回の「合意形成会議」が開催されました。20~30代の組合員18名が参加し、「あるべき」生活を送るために必要な生計費について、活発な議論が交わされました。その結果、「25歳、大学卒業、新卒入社で勤続年数3年(正規とは限らない)」を対象モデルとして設定しました。

その設定から、「長野市で一人暮らしをする25歳独身男性の最低生計費」は、「時給換算で1699円」と導き出されました。長野県の2019年の最低賃金は「848円」でした。最低賃金は最低生計費より「851円」低く、「あるべき」普通の生活には到底及ばないことが明らかになりました。また、先行して行われた東京都(2019年の最低賃金は「1013円」)北区の最低生計費は、「1664円」と試算されており、前述の通り、大都市も地方も大差は無いことが裏付けられました。

全労連・長野県労連では、「全国一律」で「1500円以上」の最低賃金を求める運動を展開しています。今回の「最低生計費試算調査」は、その要求に科学的な根拠を与え、運動に確信をもたらすものとなりました。

コロナ禍「第1波」真っ只中の困難な状況でしたが、「やってよかった」と思える取組みでした。コロナ禍だからこそ、さらに広がっていってほしいと思います。

 

 

 

(中澤秀一氏の論文等)

中澤秀一「全国一律最賃制度をめぐる情勢と課題」『月刊全労連』第270号(2019年8月号)

「(インタビュー記事)低すぎる最低賃金が人手不足の真の原因」『日経ビジネス』2019年3月28日

 

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