田中綾「(書評)萩原慎一郎歌集『滑走路』」

 

『北海道新聞』朝刊2018年8月26日付「書棚から歌を」からの転載です。

 

 

・きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

萩原慎一郎

 

昨年(2017年)初夏、32歳で世を去った作者の遺歌集が版を重ねている。新聞やテレビ番組で話題となり、角川書店の総合誌「短歌」7月号でも特集が組まれた。20代、30代の心を揺さぶる、次のような歌がある。

 

・ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる

 

若い世代の4割近くが非正規雇用であり、「も」のリフレインに現実感が濃厚だ。「きみ」は、職場の同僚ともとれるが、牛丼店の従業員のことかもしれない。

 

・「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣な眼差しがいい

 

飲食店などで「研修中」のバッジをつけていた「あなた」が、数カ月後、独り立ちしたことにエールを送っている。働く若者同士のささやかな連帯感と、寄り添う「眼差し」に、体温がある。

 

・ぼくたちの世代の歌が居酒屋で流れているよ そういう歳だ

 

一人称の「ぼく」を歌っても、おのずと同世代の「ぼくたち」を歌うことにつながる。居酒屋で耳にしたなじみの曲は、同世代が通勤中でも聞いている曲なのだろう。

 

真摯に労働し、生き抜いているが、輝かしい将来像をなかなか描けずにいる「ぼくたち」の肉声。それらが、歌集からひりひりと伝わってくる。

 

掲出歌の「きみ」は、同世代であり、自分自身でもあるのだろう。「滑走路」は用意され、あとはただ前を見て一歩飛び出せばよいのだが――夭折が惜しまれてならない。

 

◇今週の一冊 萩原慎一郎歌集『滑走路』(角川書店、2017年)

 

 

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