川村雅則「名古屋市非正規保育士雇い止め事件からみえてきた国と自治体の共犯関係」『NAVI』2024年12月26日配信
全労連・建交労・自治労連・愛労連主催で「非正規公務員の雇用を守る東京・国会と愛知 同時緊急記者会見」が衆議院第一議員会館 第4会議室と愛知労働会館をつなぐかたちで、2024年12月23日に開催された。10月の記者会見に次ぐもので、名古屋市で非正規公務員(会計年度任用職員)として働く保育士ら1200人の雇用を守ること[1]が第一義の目的の記者会見である。筆者もオンラインで参加して発言をした。
ところで、語弊があるかもしれないが、雇い止めの規模や不誠実なふるまいで名古屋市の一件が目立ったものの、現行の制度が維持される以上──公募制の問題だけでなく、実効性ある雇い止め規制が欠如している以上──同種のことはどの自治体でも起こりうるし、すでに起きていると推測される。任命権者である名古屋市の責任とあわせて、制度設計者である国の責任を問う必要がある──当日に述べた以上のことを簡単にまとめておく[2]。
※本題に入る前に、現在、当事者・労働組合らによって行われている署名「保育者1200人を一斉に雇い止めしないで!2025年4月以降も #名古屋市で保育を続けたい」を紹介し、会見に参加した一人として、ご協力をひろく呼びかけます。
画像はリンク先より。
国は制度設計者としての自覚を欠いていないか
まず取り上げたいのは、制度設計者としての自覚を持たない国の責任である。
2024年12月17日参議院総務委員会 伊藤岳議員からの質問への村上総務大臣答弁(1時間34分30秒頃)。画像はリンク先より。
記者会見に先立つ12月17日、参議院総務委員会にて、名古屋市非正規保育士雇い止め事件を取り上げた議員からの質問に対して村上総務大臣は、(1)雇い止めするかどうかを最終的に決定するのは各地方自治体であること、(2)地方自治体もそれぞれの財源や財政需要があるため、その判断について我々(政府)がどこまで言えるかは限界がある、といった趣旨の答弁を行った。
答弁に違和感を覚えた。もしこれが民間企業で起きた雇い止め事件であれば、(答弁者は厚生労働大臣になるが)このような答弁はできないと思われるからだ。先の答弁中の「自治体」を「企業」に置き換えてみればそのことが理解されよう。なぜなら民間では、雇い止めに関するルールや無期転換に関するルールが設けられているからだ(労働契約法第19条、第18条)。よって、これらのルールに基づき大臣答弁が行われるはずである。
放置しておけば一方的な雇い止めが起きてしまうから使用者に対する規制(労働規制)が必要なところを、それをせずにいて、雇い止めの最終決定者は任命権者の自治体であると強弁している国の姿勢に違和感を覚える。
民間の政策動向はなぜ踏まえられなかったのか─有期雇用の濫用の制度化
図1 会計年度任用職員制度の何が問題か──民間非正規(無期転換)制度との比較で
注:公務におけるaの墨塗箇所は、条件付採用期間(試用期間)。bの点線は勤務実績に基づく能力実証が認められた箇所。cの実線は、公募制による能力実証が必要とされる箇所。
出所:筆者作成。
図1の上段に示したとおり、民間であれば、非正規(有期)雇用者は、一定条件を満たせば無期に転換できる。加えて、図では示されていないが、雇い止めへの規制がそもそもある。それに対して会計年度任用職員(同図の下段)は、
- 任用は会計年度ごとに厳格化され
- 任用期間終了後の「再度の任用」は民間でいう「更新」ではなく「新たな職に就く」という解釈がなされ
- それゆえ、条件付採用期間(試用期間)も毎年設けられる制度設計となった。
- 加えて、スマートに雇い止めするにはそれでもなお不十分と考えられたのか、平等取り扱い原則や成績主義の原則を強調して、一定期間ごとに公募を行うよう各自治体に総務省は助言する、という念の入りようであった。無期転換権のはるか以前の問題である。
仮に不合理な雇い止め[3]に対して当事者から批判があがっても、法的には問題にならない。巧妙な制度を設計した国とそれを活用する自治体の共犯関係にあると言えよう(名古屋市にしてみれば、当市は国が設計した制度の下で任用行為を行っているだけだ、と反論したいところかもしれない)。
それにしても、2017年の法改定に基づき会計年度任用職員制度が導入されたのは、2020年である。労働契約法が改定され、先にみた第19条(雇い止め法理の法定化)、第18条(無期労働契約への転換)が設けられたのは、それより前の2012年である。さらに、雇い止めに関するルールが法律の条文に明文化されたのはこのときだが、判例で雇い止め法理──契約期間が満了したからといってそれで好き勝手に雇い止めができるわけではないという法理──が形成されたのはそれよりはるか以前のことである[4]。
会計年度任用職員制度の導入にあたり、民間のこうした政策動向はなぜ無視されたのか。そもそも、労使対等の雇用関係ではなく、任命権者による任用行為なのだから、雇い止めの責任など問われることはないと(令和のこの時代でも)考えられたのか。先に述べたような仕組みを念入りに設計したのだから「大丈夫」と考えられたのか。
雇用の安定は、ディーセントワーク[5](働きがいのある人間らしい仕事)──国や自治体が高らかに掲げるSDGs17の目標の一つでもある──実現のための最重要条件である。決して十分な内容とはいえないが、民間では、有期雇用の濫用に対して徐々に規制が強化されて今日に至っている、のに対して、公務(会計年度任用職員制度)では、その成果が活かされないどころか、逆行する制度設計がなされたことになる[6]。
2020年4月1日を基準日とする総務省調査によれば、会計年度任用職員は90万人に達していた。立法の不作為が指弾されるべきではないか。
表1 政令各市(20市)における会計年度任用職員数/単位:人
自治体名 | 人数 | 自治体名 | 人数 | 自治体名 | 人数 |
札幌市 | 3,586 | 新潟市 | 4,957 | 神戸市 | 6,056 |
仙台市 | 5,222 | 静岡市 | 4,096 | 岡山市 | 3,386 |
さいたま市 | 4,116 | 浜松市 | 3,032 | 広島市 | 7,488 |
千葉市 | 4,668 | 名古屋市 | 8,420 | 北九州市 | 3,213 |
横浜市 | 10,849 | 京都市 | 4,229 | 福岡市 | 6,055 |
川崎市 | 4,177 | 大阪市 | 9,999 | 熊本市 | 4,031 |
相模原市 | 5,527 | 堺市 | 2,544 | 合計 | 105,651 |
出所:2023総務省調査より算出(一般行政、教育、消防、公営企業各部門の人数を合計)。
ちなみに表1は、名古屋市を含む政令各市(20市)における会計年度任用職員の人数をまとめたものである。このうち全職種で公募が行われていないと回答しているのは、広島市だけである[7]。
残りの各市ではどのような公募・選考が行われているのだろうか。名古屋市と異なり、目立つことなくスマートな雇い止めが行われている可能性はないだろうか[8]。
会計年度任用職員への公募・選考は何でもありなのか
それにしても、名古屋市のふるまいをみていると、会計年度任用職員制度に対する公募・選考とは文字どおり何でもあり(いかようにでも操作可能)なのだと思わざるを得ない。
ここで取り上げる名古屋市のふるまいとは、
- 職場に欠員が生じているなかでも機械的に大規模に公募を行ったことや、
- 今年6月に出された人事院・総務省通知を一顧だにせず(したのかもしれないが)公募を行ったこと、
- (以上は、行政の民主的かつ能率的な運営や公共サービスの質保障にも反するおそれがあること)、
ではない。
- 労働組合からの団交の申し入れや情報提供の要求に誠実に対応しなかったこと、
でもない。
もちろん以上のことは問題だとは思うが、ここで取り上げたいのは、個々の職場レベルで行われている公募や選考過程にみられた、次のような問題である。
詳細は、労使交渉を通じてこれから明らかにされると思われるが、公募・選考過程で次のような問題のあったことが記者会見などで労働組合から指摘されている。
すなわち、
- ある保育施設では、公募を経ての採用予定人数として「募集要項」で示されていたのは、任期が切れる(公募を受けなければならない)20数名の会計年度任用職員の人数にはるかに満たない「8名程度」であった。
- その採用予定人数が示された時点で、必ず誰かは不合格になることを当該職員らは自覚することになった。
- それゆえに公募に応募をしなかった職員もいる。
- 採用選考の面接では、再度任用の断念に追い込むような質問が面接者から行われたり(職場の異動は可能かどうかが尋ねられたり)、圧迫面接のような言動があったことが報告されている。
- ところが、この雇い止め事件が報道や国会で繰り返し取り上げられ、なおかつ、再びの記者会見に臨むことなど労働組合による強い抗議の意思が示され続けたことで、急遽、採用予定人数が20数名であることが非公式に(記者会見の数日前に)組合側に示唆されるに至ったという。
- そして実際、合格者の発表の日には、欠員補充に充てる待機合格者と合わせて25名が最終合格者として発表されたという。当初示されていた「8名程度」の3倍である。
合格者枠が拡大されたのは、労働組合の取り組みの成果だというのは間違いなく、それは高く評価できるものの、では一体、当初に示されていた「8名程度」という数値は何だったのか。職の廃止にともない詳細に検討した結果「8名程度」に採用枠がしぼられた、わけではどうやらなかったようである。どうも、定年後の再任用の職員を職に就けるために、現職は雇用を追われることになっていたようである。現職(受験者)が強い違和感を覚えたという面接も、その線に沿って行われた出来レースだったということが強く推認される。
もちろん、今後の労使交渉で、組合側に名古屋市がどのように回答・説明するかは分からない。当初から25名を合格させる予定であった/選考・合否判断を行う上で面接も適切に行った/25名の合格はその結果である、と名古屋市は強弁することはできるだろう。圧迫面接で受験者のどこをどうみて評価をしたのか、という思いは禁じ得ないが、決定的な証拠でもなければ市の「説明」を労働組合側が覆して事実を明らかにすることは容易ではないだろう。
いずれにせよ、今回の一件から浮かび上がるのは、民間・非正規雇用制度であれば、雇い止めの合理性が争われるところを、公務・会計年度任用職員制度では、公募・選考内容の操作を「合わせ技」として用いればいかようにでも雇い止めはできる、ということである[9]。「厳正なる選考、面接試験によって合否を判断しました」──労働組合によってストップがかけられなければ、こうして雇い止めは粛々と行われていたことだろう。
二点補足する。
一つは、この保育施設以外でも、現職を雇い止めに追い込むさまざまな方策がなされている可能性はないだろうか、ということだ。公募の対象はおよそ1200人であって、全ての情報が労働組合に集約されているわけではない。今回明らかになったのは氷山の一角と考えるのはそう無理な発想ではないだろう。
もう一点。この点はまだ明確になっていないが、再任用職員(正職員)の職を確保するための調整弁として会計年度任用職員はとらえられているのではないか、ということである。このことを我々はどう考えるのか。
いや、正規雇用者の雇用を守るために非正規雇用者を先に切ることは民間でも広く行われているのだから、驚くことは別にないのでは、と言われるかもしれない。なるほど、全国で90万人に達する会計年度任用職員(2023年調査では97万人)をそういう調整弁としてストックしようとしたのであれば、複雑怪奇な制度設計にも、国と自治体の「連繋」にも──それを容認するものではないが──合点がいく。そういうことだったのか、と。
さいごに
子育てに悩むお母さんたちへのサポートがいかにやりがいのある仕事であったか、ところが、採用枠が示されてからは椅子取りゲームのように同僚と競い合う関係になってしまい、いかに精神的に辛かったか、しかも、採用枠がなぜ大きく減らされたのかについて園長をはじめ誰一人納得のゆく説明をしてくれなかったことなどが、記者会見では当事者から語られた。
パワハラ公募[10]──会計年度任用職員制度のモデルとなった国の非正規公務員制度で先行して起きていたパワハラ公募が全国の自治体に広がり当事者を苦しめていることが示唆される。
国は、立法の不作為をいつまで続けるのか。また、それをよいことに、自治体は、任命権者としての自覚を欠いたふるまいをいつまで続けるのか。先に紹介した東芝柳町工場事件からおよそ50年が経つ。せめて民間並みの雇い止め規制の導入が急がれる[11]。
[1]名古屋市非正規保育士雇い止めの事件については、以下の記事などを参照。(1)伊藤舞虹「非正規保育士ら「雇い止めやめて」 名古屋の1千人超に雇用期限迫る」『朝日新聞』デジタル2024年10月4日16時47分。(2)「名古屋市の非正規保育士ら1200人雇い止めの恐れ 来年3月に期限 国は更新上限撤廃したのに… 「流れに逆行」指摘も」『東京新聞』朝刊2024年10月5日付。(3)古川晶子・ライター「名古屋市が保育士ら1200人を雇い止め 市長は責任放棄か」『週刊金曜日』第1493号(2024年10月18日号)。
[2] とくに目新しい指摘ではなく、10月と11月に配信した以下の記事内容をこえるものではない。(1)川村雅則「会計年度任用職員の雇用安定を目指して──東京集会実行委員会・北海道の取り組みから」『NAVI』2024年11月9日配信。(2)川村雅則「会計年度任用職員にも民間並みの雇い止め規制を」『NAVI』2024年10月11日配信。
[3] ややこしいが、当該自治体が公募制を採用している以上、公募に応じさせる時点で職員の雇い止めは必ず生じる。その上で、再度任用されなければ、実際に雇い止めとなる。前者を「仮の雇い止め」と言えば、後者は「実際の雇い止め」となる。ここでは後者の雇い止めを指す。
[4] 例えば、短期で雇用を繰り返してきた有期雇用労働者への雇い止めに対して、労働者への期待の有無や契約手続きの実態から認められないとした東芝柳町工場事件の最高裁判決は1974年に出されている。
[5] 「働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、全ての人のための生産的な仕事」「権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事を意味します。それはまた、全ての人が収入を得るのに十分な仕事があることです」。ILO駐日事務所の説明を参照。
[6] ちなみに、労働契約法改定が審議されていた当時、第18条だけでは不十分だから第19条も設ける必要があるといった審議が行われていた。会計年度任用職員制度の設計との落差を感じる。第180回国会 厚生労働委員会第15号(2012年7月25日㈬)での厚生労働大臣(当時)の答弁を参照。「やはり、今回の無期転換ルールの趣旨からしましても、五年のところで雇いどめが起きてしまうと、この狙いとは全く違うことになってしまいますので、先ほども答弁させていただきましたように、何とか円滑に無期労働契約に転換させていく、これが一番大きな課題だというふうに思っています。/このため、制度面の対応といたしましては、今回の法律案の中で、判例法理である雇いどめ法理、この法制化を盛り込んでいます。これによって、五年の時点でも雇いどめが無条件に認められるわけではないということが法文上も明確にされていると思います。」衆議院ウェブサイト(会議録)より。
[7] 広島市以外の自治体では、公募が行われていないのは、一部自治体の一部職種のみである(仙台市の「教育部門(教員・講師)」、京都市の「公営企業部門(技能労務職員)」、北九州市の「公営企業部門(技能労務職員)」)。川村雅則「(暫定版)総務省・会計年度任用職員制度等の2023調査データの集計」『NAVI』2024年1月15日配信を参照。なお、(1)広島市会計年度任用職員の任用制度などについては、2024年に労使双方からヒアリングを行い、取りまとめた。順に発表予定である。(2)あまり考えづらいが、独自のちゃんとした制度設計がされている可能性は否定されるものではない。
[8] 雇い止めではなく離職の状況だが、政令市のうち札幌市の離職状況は継続して調べている。会計年度任用職員全体の1割程度に及ぶ離職が発生している。川村雅則「北海道における会計年度任用職員の年度末の離職者数は何人か(暫定版)──北海道及び道内市町村から2024年に提出された大量離職通知書の調査結果に基づき」『NAVI』2024年7月29日配信を参照。
[9] 実際、東京都のスクールカウンセラーの大量雇い止め事件もそうである。注釈2の拙稿を参照。
[10] 国公労連(日本国家公務員労働組合連合会)が作成したパンフレット『非正規公務員を差別しないで! 国の非常勤職員の手記』を参照。
[11] 日本労働弁護団「非正規公務員制度立法提言」(2024年11月8日)の「6 雇い止め制限」部分を参照。