特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)の発行する情報誌「Migrants Network (M-net) 」第222号(2022年6月号)に掲載された西千津さん(カトリック札幌司教区難民移住移動者委員会)による原稿の転載です。どうぞお読みください。
「移民女性の妊娠・出産」について、移住連では2021年11月に行われた省庁交渉の際に「技能実習」と「医療・福祉・社会保障」、二つの分野で取扱い、Mネット220号で特集を組んで報告している。外国人技能実習機構(以下、機構)等による注意喚起も行われているが、私が出会った女性たちの周りはまだまだ日本で子どもを産んで育てる環境ではないように感じている。今回は「特定技能」で働く女性が妊娠し、帰国した事例を通して、日本社会で移民女性が妊娠・出産することの難しさを問いたい。
迷惑をかけたくない
2021年になって間もなく、教会に来ていたベトナム人女性から前年の夏、日本へ来たばかりの技能実習生Aさんが妊娠をして寮を出たという話を聞いた。Aさんは帰国を希望しているが、コロナ禍でいつ帰国できるかわからない状況なので、市内に部屋を借りて住んでいるらしいという話だった。Aさんと状況を伝えてくれた女性は、同じ会社と言っても一緒に働いていたのは半年程度である。特段仲が良いわけでもなく、寮を出されたことを外部の人に言ったとなると、私たちに話をしてくれた女性が会社から怒られる可能性があったため、私たちはAさんに接触できずにいた。
すると、程なくして同じ会社で働いているBさんも妊娠していることがわかった。会社に妊娠を伝えたら、Bさんも同じように寮を出されるだろう。帰国することは決めているようだったので、何とか帰国まで寮で暮らせるようにしたかったが、やはり私たちはBさんに接触できないまま、Bさんが寮を出されたことを知った。
その後、何とかBさんと連絡が取れ、やっと会えた彼女は「実は妊婦検診を受けたいと思っていたが、どうしていいのかわからなかった。」と言った。私たちはすぐに国民健康保険に加入して母子手帳をもらうことを決め、車の中でBさんの現状を確認しながら、区役所へ向かった。彼女は技能実習3年を終えて帰国したかったが、コロナ禍で帰国できない状況だったので、もう一年だけ働こうと思い、「特定技能」の在留資格を得ていた。他の仕事も探してみたが、そのまま同じ会社で同じ仕事を続けることにして、ほんの少しだけ給与があがったらしい。妊娠がわかった時、相手の男性は北海道にはいなかったが、彼とは結婚するつもりだったので、帰国して出産することを決めた。
Bさんによると、入国前に署名した書類の中に妊娠したら解雇というような内容があったらしい。また、日常生活の中で、事あるごとに男性との付き合いを禁止するような表現があったという。そのため、彼女は自分が妊娠したことによって会社に多大な迷惑をかけてしまい、後輩たちには肩身の狭い思いをさせてしまったと感じていた。
Aさんは、監理団体から二つの選択肢を出されていた。帰国まで管轄する東京の寮に無料で入居するか、管轄する札幌の部屋に有料で入居するかのどちらかだった。Aさんは、札幌の部屋を選び、相手の男性が費用を監理団体に支払う約束をして、生活費も日本語のできない彼女の病院への付き添いも彼が担った。
Bさんはこれまで働いたお金があったので、Aさんと同じように札幌で部屋を借り、帰国まで生活できるかもしれないと思い、会社に妊娠を告げた。すると、会社は、集まった後輩たちの前にBさんを立たせ、見せしめのように「このようになってはいけない。」と言って、Aさんと同じように寮を追い出した。そして、会社も監理団体も「特定技能」であることを理由にBさんに関わることができないとし、自分で全てするように告げたという。監理団体から派生した登録支援機関と思われる担当者も自己責任であることを全面に出し、何もしてくれなかった。彼女は、途方に暮れ、Aさんを頼って、監理団体には内緒でAさんの部屋に身を寄せて、帰国便を待っていた。AさんもBさんも相手の男性は日本にいて、同じ送り出し機関を経由して日本へ来ており、監理団体も同じだった。彼らはこれからもしばらく働く予定だから、これ以上監理団体に迷惑をかけず、彼らに不都合がないようにしたいと思っていたのだ。
私たちはBさんの話を受け、注意喚起が活かされていないと機構に連絡を入れた。しかし、ここでも「特定技能」の壁にぶつかった。Bさんは「特定技能」である以上、機構はBさんに関わることができず、Aさんは技能実習生なので、機構は保護する責任があり、帰国費用も会社側に全額払うよう伝えると言った。
Bさんは3年間技能実習生として働き、技能実習制度の目的である、技能を身につけるまでに至ったため、「特定技能」になったのである。技能実習の時と同じ会社で同じ仕事を続けていたにも関わらず、在留資格が「特定技能」になっただけで、自己責任を問われ、帰国費用は一切出してもらえないという現実に唖然とした。
妊婦だと知っていながら、寮を追い出すという対応は、人道的に許されるのかと機構に訴えた。しかし、機構は「特定活動」であれば対応できたとして、建前上の管轄の違いを理由に相手にせず、機構ではなく、会社側に訴えることを提案した。Bさんは相手の男性の立場を考え、もうこれ以上惨めな思いはしたくないと諦めた。そして、自分で帰りの飛行機を準備し、働いて貯めたお金の一部を使って、帰国した後、無事赤ちゃんを出産し、今はお父さんである男性の帰国を赤ちゃんと二人で待っている。
予期せぬ妊娠
ベトナム人女性Cさんは、熊本での技能実習3年を終えて、一度帰国し、「特定技能」で北海道へ来たばかりで妊娠が発覚した。妊娠の相手は、技能実習から一緒だった男性で、帰国中は離れて暮らしていたが、一緒に「特定技能」で再び日本へ来て、5年間働くつもりでだっただけではなく、彼と一緒に楽しい時間を過ごせると思っていた。そのため、妊娠がわかった時、Cさんはとても迷った。自分の家族は、自分の仕送りを待っており、彼と離れることにも不安を感じていたからだ。結局、Cさんは帰国して、出産することを選んだが、出産したら再び戻ることを想定していた。
Cさんが会社に妊娠を告げると、すぐに寮を出るように言われ、登録支援機関もすぐに自分たちがいるところに移動して、管轄している寮に入るよう指示した。Cさんにとっては誰も知らない所へ行くことと、彼から離れることに大きな不安を感じて、私たちに相談があった。登録支援機関が知っている団体でもあったため、直接交渉をして、帰国便が決まるまでCさんが今いる寮にいることができるようにした。しかし、彼女もやはり「特定技能」であるため、登録支援機関はもちろん会社は何も責任を負うことはなく、自己責任を問われ、他には何もしてもらえなかった。そのため、周囲の支援者が彼女の生活を支え、帰国便の費用も準備した。Cさんは彼のそばにいること以外、何も望まず、ただ帰国便が飛ぶのを待っていたが、彼がどこまで彼女を支えていたのかは定かではない。
いよいよ帰国便が決まりそうだとなった時、彼女は妊娠7カ月になっていた。この間、健康保険料を支払う余裕はなかったので、国民健康保険の加入の手続きはしておらず、病院へも行っていなかった。しかし、彼女は妊婦検診をして赤ちゃんの状態を確認してから帰国することを望み、再び相談が来た。大急ぎで関係機関に連絡を入れ、国民健康保険に加入し、母子手帳を発行してもらい、病院で無料の妊婦検診を行った。彼女は順調に育っている赤ちゃんの姿を超音波検査で見て、感動し、安心したと写真を見せながら嬉しそうに話してくれた。一方で、妊娠の相手との関係性が微妙であることも話してくれた。「彼の両親が怒っているから、彼も大変だと思う。」そう寂しそうに言った。
Cさんは帰国して無事出産した。落ち着いたので、赤ちゃんを自分の家族に預けて、また北海道で働くため、受け入れ先を探していると連絡があった。本当は彼がいる所へ戻りたいが、登録支援機関はもう手伝ってくれないだろう。そして、彼も手伝ってくれないことを彼女は知っているのかもしれない。
予期せぬ妊娠はいろいろなことが起こる。生理の遅れに気づきながら、忙しさの中で、あるいは誰にも言えず、病院へも行けず、突然の出血により流産したケースもあった。流産による身体の不調と心の痛みの相談もある。
妊娠の自己責任を問われ、誰にも相談できないような社会は誰が作っているのだろうか。子どもを産み、育てながら働き続けることの難しさは、女性だけの課題だろうか。そして、それは移民女性だけの課題だろうか。日本社会の働き方を変えることなく、労働力の受入を模索するのはもうやめて欲しい。
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