西千津「突然の脳内出血~療養滞在を可能にするために」

特定非営利活動法人 移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)の発行する情報誌「Migrants Network (M-net) 」第211号(2020年8月号)に掲載された、西千津さん(カトリック札幌司教区難民移住移動者委員会)による原稿の転載です。どうぞお読みください。

提供:毎日新聞・山下智恵

 

ケースの概要

ベトナム人技能実習生Tさん(男性・19歳)は、鉄筋施工(鉄筋組立作業)を職種とする技能実習一年目、仕事を始めて半年にも満たない2019年9月17日に実習先で倒れ、病院へ緊急搬送された。いくつかの検査で「脳動静脈奇形」[1]という先天的な原因により脳内出血したことが判明した。緊急手術の必要性があると医師から告げられ、実習先の社長が手術に同意し、開頭手術が行われた。その結果、気管切開による人工呼吸器の装着が必要となり、脳内出血時に脳幹の一部を強く圧迫したため、体温調節機能を失った。容態は安定しているが、意識の回復は見込めず、医療面でも経済面でも帰国の道はかなり難しく、日本で療養する道を模索することになった。

入院にかかる医療費(約150万円/月)の支払いについては、高額療養費の申請を会社が行い、7割を加入していた「全国健康保険協会」が負担し、残りの3割を自己負担とした。更に傷病手当の申請も併せて行うなどして、結果として全体の1割(約15万円)以下の支払いが個人負担となった。加えて、会社が「外国人技能実習生総合保険」[2]に加入していたため、その中で補償されている「疾病治療費用~発症から180日以内、支払い限度額100万円」を利用すれば、個人負担がほとんどなく対応できる状況だった。つまり、会社や監理団体の協力が得られれば、在留資格のある2020年3月までなら何とか対応できるということは入院当初から予測ができた。しかし、その後のことは全く予測がつかなかった。

 

支援の経緯

Tさんが倒れた当日の夜にベトナム人から連絡が入り、Tさんがカトリック教会に通っていたことから、翌日の朝には教会関係者からも相談があった。翌日には東京に住んでいるTさんの親族Aさん(留学生)が駆けつけ、ベトナム人家族との通訳を担い、病院、会社及び監理団体との調整を行った。Aさんから親族の意向として最初に強く言われたのは、「万が一、亡くなった場合は、火葬せずに遺体をそのまま家族のところへ連れて帰りたい」ということだった。これについては前記「外国人技能実習生総合保険」の中にある補償「救援者費用等(支払い限度額200万円)」で「遺体搬送費用」が認められているため、それで対応可能である旨が監理団体から情報提供された。そして、この「救援者費用等」を利用して、Tさんの兄をベトナムから呼び寄せる手続きを監理団体と送り出し機関が連携して、対応してくれた。入院から2週間後、「短期滞在」の在留資格を得た兄は、毎日病院へ通い、意識の回復を祈りながら、声をかけ、ベトナムの家族に状況を伝えた。

「身元引受書・診療費等支払保証書」に誰がサインをするのか、治療に必要な説明を聞いた上で誰がその治療を了解するのか等、病院側は初めて受け入れた技能実習生という外国人に対して最初は戸惑ったと思う。病院に来ているのは親族と支援者で、支払いや手続きは全て会社であり、どうやらそこは繋がっていないことが感じ取られたらしい。医師からの説明は「皆さん一緒に」ということになった。

当初、「仕事中に倒れた」との情報だったので、労災の可能性も考えられ、担当医師との面談時に敢えてこの病気がきつい仕事やストレス等が引き金になって脳内出血を起こすことはないのかを確認したところ、その可能性を立証することは限りなく難しいと言われた。労災の可能性はないと捉えるのであれば、会社や監理団体と敵対する必要はなく、逆に今後の対応を一緒に考えるべきであると感じた。

 

課題

Tさんの今後について、移住連で技能実習と医療に関する担当者から助言を受けることにした。そこでわかったのは、労災で治療中の事例はあるが、労災ではない状況で日本に住み続け、医療を受けるという事例があまりないということだった。「治療を終えて、回復する」「在留資格を持たないため、移動可能であれば、強制送還される」もしくは「残念ながら、日本で命を失う」等の事例はあり、これらの中には本人や家族が医療費等の大きな借金を背負ってしまったケースもある。

Tさんの場合、日本に住み続けるために何よりも大きな課題は在留資格をどうするかであった。在留期限は2020年3月だが、「技能実習」の継続はできない。入国管理の相談窓口で提示されたのは、「短期滞在」と「医療滞在」。「どちらも申請ベースですから、まずは申請してみてください」と言われた。では、「短期滞在」に切り替えるのか?完治できる見込みがない状況で、しかも、「短期滞在」では国保に加入できないのだから、10割の医療費は賄えない。「医療滞在」も医療ツーリズムを対象としたもので、これも国保には加入はできず、医療機関からの受入証明や滞在に必要となる一切の費用を支払うことができる証明資料も必要となる。そして、個人負担としてかかる費用についてはどうするのか?

もう一つ大きな課題は、「人工呼吸器」を含む死生観の違いである。親族の意向として最初に強く言われたのは、「火葬せずに遺体をそのまま家族のところへ連れて帰りたい」ということだった。ベトナムでは家族の同意があれば、人工呼吸器を外せると言われ、Tさんも人工呼吸器を外して、ベトナムへ連れて帰りたいと強く言われた。しかし、日本では「人工呼吸器」を外すことは家族の同意があったとしても難しいという現実がある。家族の意向は、「日本で可能な限りの治療を望む」に変わり、そこには経済的負担はしたくてもできないという意味も含まれていた。家族にとって、それ以外の選択肢はなかったのである。

 

療養滞在を可能にするために

入院当初から療養滞在を模索する中で、札幌市に相談をしたところ、「さっぽろ外国人相談窓口」の立ち上げを準備していたこともあり、窓口と札幌市が全面的に関わってくださることになった。このことが結果として、事態を好転させた。札幌市が、札幌市出入国在留管理局、技能実習機構、北海道、病院、会社、監理団体、支援者及び家族を調整し、医療費も含めた支援計画を作成したのだ。しかも、様々な行政手続きを行う上で、どうしても求められる当事者との関係性を明確にするため、Tさんには市長申立てによる弁護士の成年後見人がついた。

在留資格は、国保加入を可能とする「告示外の特定活動(在留期間1年)」を取得した。障害手帳を申請し、障害年金を受給できるようにしたことにより、医療費の自己負担分と保険診療外の費用を賄うことができるようになった。そして、重度心身障害者医療費助成を申請すれば、医療費の自己負担分が更に助成される予定である。障害年金を受給するまでの短い期間ではあるが、Tさんがまだ20歳に満たないので、障害児福祉手当も受給できた。

多くの手続きを経て、Tさんは、これからも日本で療養滞在を続けることになるだろう。しかし、家族の思いを考えると、これが最良の道なのかどうかはわからない。今後、在留期間が長くなる人も増え、仕事以外で突然の事故にあったり、ケガや病気で入院したりするかもしれない。人を受け入れるということは、けっして労働力の受け入れだけではないということをTさんの事例を通して改めて考える機会になってほしいと思っている。

 

 

[1] 「脳動静脈奇形」

参考資料:http://www.nmh.or.jp/explanation/neurosurgery/ex05cerebral-arteriovenous-malformation.html

[2] 「外国人技能実習生総合保険」

https://jisshuseihoken.com/document/jisshu2018.pdf

 

 

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