川村雅則「労働組合を教えない学校の現状と労働組合への期待」『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)pp.26-30
「労働組合を教えない学校」といったテーマでの寄稿を本誌編集部〔東京土建一般労働組合〕から依頼されました。
労働組合について学校教育の中で積極的に教えられていない現状があるのではないか。働いて糧を得て生きていく子どもたちにとって、その権利を守る手段である労働組合が教えられぬとは、生きていく術を知らぬまま社会に出されるのも同然ではないか、といった問題意識に基づくものです。拙い労働教育実践をしながら、以前、『学校で労働法・労働組合を学ぶ』というタイトルで共著を書いたこともある大学教員として共感します。共著のタイトルが示すとおり、労働組合を扱わなければ、労働法は絵に描いた餅になってしまうという問題意識がありました。本稿では、若者(生徒・学生を含む)のおかれた状況や教育現場にみる問題点をまじえながら、広がりつつあるワークルール教育[1]のあり方や労働組合に期待することを皆さんと考えてみたいと思います。
なお、共著はすでに絶版となっていますが、筆者がそこに書いた問題意識などは、本稿で紹介する拙稿をご参照ください(拙稿は「北海道労働情報NAVI(以下、NAVI)」という情報発信・交流サイトに掲載)。
若者の雇用、働き方
図表1 新規学卒労働市場の全体概要
出所:厚生労働省「若年者雇用対策の現状等について」(厚生労働省「今後の若年者雇用に関する研究会」第1回研究会・2019年9月20日配布資料より)。
安心して働き続けられる仕事に若者が就くことの難しさは、人手不足下で就職状況が改善されても同様です。名ばかりの正規雇用や多様化(非正規化)する雇用が待ち受け、一方で、早期の戦力化が求められます。3年以内離職率も大きく改善することなく「安定」して推移しています(図表1)。初職を正社員として働くことを辞めた理由(複数回答可)を調べたJILPTによる調査[2]によれば(男性の回答)、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」(29.3%)、「人間関係がよくなかったため」(26.8%)、「肉体的・精神的に健康を損ねたため」(26.5%)が上位を占め、「賃金の条件がよくなかったため」、「自分がやりたい仕事とは異なる内容だったため」をわずかに上回ります。人間関係問題にも、働き方やノルマ問題がまとわりつくことをふまえるなら、広義の働き方問題が離職の背景になっていると見て取れます。過重労働と支援の不足によるメンタル不全の発症、当初示されていたのと異なる労働条件とパワーハラスメントなど、離職の相談で連絡をくれる卒業生たちの姿と重なります[3]。
大学生のアルバイト事情
学校でワークルール教育を進める必要性は生徒・学生のアルバイト問題に見いだすこともできます。
大学生のアルバイト問題に関する調査活動をゼミで毎年行っています[4]。基幹労働力としての働きを求められ、大学生活の中でもアルバイトが大きなウェイトを占めていながら、十分な構えや知識をもつ機会も与えられず、様々なトラブルを彼らが経験していることに端を発しています(勤務校では約9割がアルバイト経験者です)。
コロナ以前は人手不足を背景に、勤務シフトを増やすよう強く求められる、勝手に入れられる、などの相談が多かったのが、コロナで一転。シフトに全く入れなくなったり勤務時間・回数を減らされるなどの事態に直面することになりました。半数の学生がそうした経験をしていましたが、休業手当の支給を受けていたのはその半数でした。制度(雇用調整助成金制度を含む)の説明がされていなかったり、シフト制労働なのだから支払う必要がないと説明されていたり。セーフティネットの欠如、と同時に、アルバイト収入や奨学金が学生の修学を支えていることが露わになりました。
そして、コロナが収束に向かいつつある3年目の今。人手不足、労働負担を訴える声が聞こえ始めています。
過剰な適応を迫られる就職活動
ワークルール教育が必要だと感じさせるもう一つの理由が就職活動(就活)です。
これも大学生を例に話せば、コロナ後も前も、大学生の最も関心があるのは就職です。早い時期から就活が推奨され、個人差や程度の差はありますが、3年次にはインターンシップへの参加。それにあわせて自己分析や業界研究、適職探しも始まります。3年次が終わる頃からはエントリーシートの作成。あなたの長所・短所はまだしも、ガクチカ(学生時代に最も力を入れたこと)、入社後に力を入れたいこと、○年後には我が社で何をしていたいか/どう働いていたいか、これまでの人生で最も苦労したこととそれをどう克服したか(!)などなど、まだ入社前で、人生経験も短い彼らがそれらをひねり出すのは容易ではありません。新規一括採用の重圧の下、彼らが消耗していく様子がよく分かります。
「メンバーシップ型雇用社会」においては、当該組織のメンバーとして選ばれることが何よりも大事であって、疑問や批判的な意識がそこに入り込む余地は少ないです。本田由紀氏(東京大学教授)の整理に従えば、抵抗より適応(過剰適応)に彼らは走らざるを得ない。送り出す学校の側も、労働法やら労働組合などヘンな知恵をつけることよりも、内定率の向上に力を入れる──批判的な思考力の育成を掲げている大学の、当たらずといえども遠からずのこれが現状です。
ワークルール教育の担い手をめぐる問題
ワークルール教育は、遅くとも、高校段階から必要です。在学中にアルバイトを始める者がいて、少なからぬ者が卒業後には就職しているのですから(図表1)。しかし、その担い手たる教員自身が忙しすぎます。自らが過労死の危険性にさらされ、無法な状況下では──正確に言えば、定額働かせ放題が認められた法の下で働く状況にあっては、学校全体としてそのような余裕は得られないかもしれません。
加えて学校現場では、おかしな政治的中立主義──これも正確に言えば、実際には政権与党への批判になるような教育内容は許さぬ中立主義が広がっているように感じます。教育委員会や議会が目を光らせる中での教員の萎縮を感じます。
高校からの要請に応じて、出前講義(模擬体験授業)を行う機会に筆者は恵まれています。アルバイト問題を題材に、働く世界にもルールがあって、社長がルールではないこと、労働者と使用者との間で結ぶ契約が重要であって、生徒の皆さんも一方の契約当事者であることなどを知ってもらいます。消費者教育、シチズンシップ教育も念頭においています。このあたりまでは問題ありません。
しかしここからさらに話を進め、労使間のトラブル発生!問題の解決主体としての労働組合登場!と具体例もまじえながら話を展開していくと、微妙な空気が(授業参観している教員間に)流れます。限られた時間の中での端折った説明になってしまっている事情もあるとはいえ、職場における対立・抑圧構造とか、異なる利害関係の調整方法などは、学校文化では(というか管理職には)好まれないように感じます。
門外漢ですが、高校(公民)の学習指導要領(本文、解説)を文部科学省のサイトでめくってみました。「勤労の権利と義務、労働組合の意義及び労働基準法の精神について理解すること」などの一文や「労働組合」というキーワードはいちおう出てきます。また、トラブル解決のための「様々な相談窓口」を教える必要性には言及されていますが、労働組合がそこに位置づけられているかはよく分かりません。
そもそも使用者との間の、圧倒的な社会的・経済的力の格差という事実を前提に、団結力を背景に交渉や行動を通じて問題を解決/労働条件を改善していく──そのような主体性をもったアクターとしての労働組合は、学校現場に限らず社会でどこまで理解されているでしょうか。集団的に職場の問題を解決していくという発想を学ぶ必要性は若者に限ったことではありません。
ブラック校則という「教材」
横道にそれますが、学校は、ブラックバイトやブラック企業に馴致する能力を若者に育成していないでしょうか。髪色や髪型に加え、下着の色まで統制し、寄り道もカップルでの登下校も許さぬなど、近年注目を集めるブラック校則問題にその典型的な姿をみることができるでしょう。法的な考えを軽視して異論を封じ込める抑圧構造は、職場だけにみられるものではありません。
図表2 若者の意識に関する9カ国調査の結果
出所:日本財団「18歳意識調査 第20回社会や国に対する意識調査」2019年11月30日より。
若者の自己肯定感の低さ、自己効力感の低さ(図表2)にこうした学校文化が影響していると考えるならば、それを生徒たちがみんなで変えたりする経験は、アルバイト先や就職先でも活きると思うのです。アルバイトなど経験しておらず、労働問題の実感をもった理解が難しい高校生でも、対立する意見の収め方や物事の民主的な決定などは、特定の教科学習をこえて、足元の問題を「教材」に学ぶことができるのではないでしょうか。
ワークルール教育への労働組合の「参戦」
ワークルール教育を推進する法律の制定[5]。おかしな政治的中立性を排し労働法や労働組合を扱う学校現場での教育実践の拡充──本稿でみてきた状況をふまえるとこれらの早期実現は容易ではありませんし、そもそもメンバーシップ型雇用社会でのワークルール的発想の定着も難しいでしょうけれども、関連する法制度の前進は随所でみられます。例えば、過労死等防止対策推進法を根拠とした「過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業」の展開。働き方改革関連法の制定時における、ワークルール教育の推進に関する付帯決議[6]など。教育もまた社会や政治の影響下にあるわけですからその力を過信するわけにはいきませんし、これらの法制度には限界があります。そのことを意識しつつも、こうした、広義のワークルール教育に関する法制度に実効性をもたせる取り組みには意義があると考えます。勤労観・職業観の育成に終止しがちな現行のキャリア教育にワークルール教育を組み込むことも急がれます。
図表3 労働組合組織率、労働組合員数及び総争議・総参加人員数の推移
出所:厚生労働省「労働組合基礎調査」の時系列表及び同省「労働争議統計調査」の時系列表より作成。
労働組合には何ができるでしょうか。学校・教員との連携のほか、労働組合が主体となった教育運動があり得るでしょう。そこでは、扱われる問題も問題解決の方法もまさにリアルです。筆者も地元で、労働組合がどのような機能を果たしているのか、職場に労働組合が存在することにどのような意味があるのかを、労働組合を講師に学ぶ講義・ゼミや労組インターンシップを展開しています。成果は教材化もしています[7]。
平易な言葉で、労働組合の姿や意義を意識的に伝える運動も必要ではないでしょうか。そこでインターネットの活用は必須です[8]。そして、もちろんこれらの取り組みが、低下する労働組合の組織力と規制力(図表3)の回復運動とセットで行われる必要があるのは言うまでもありません。
実施主体や教育目標、内容など力点が異なる幾つかのワークルール教育が併走して当然。ぜひ労働組合の皆さんにもこの分野に「参戦」していただきたいと思います。
[1] ワークルール教育にも幅があり、扱う内容や方法などは論者によって異なります。ただ本稿をお読みいただければ、実践的な権利教育という趣旨でワークルール教育を組み立てることに大方の賛同が得られるのではないかと思います。なお、ワークルール教育についての論点整理や課題については、労使関係や労働法の第一人者である道幸哲也氏(北海道大学名誉教授)による論考を参照。
[2] JILPT「調査シリーズ No.191若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ」(厚生労働省「今後の若年者雇用に関する研究会」第1回研究会・2019年9月20日配布資料より)。
[3] 「さっぽろ 子ども・若者白書」をつくる会編集・発行の『さっぽろ 子ども・若者白書2020』(2021年3月発行)に所収の拙稿「卒業生たちの働き方──労働相談の現場から」参照。
[4] 調査の結果は『アルバイト白書』にまとめて発表。今年度の調査結果も連載で配信中。
[5] ワークルール教育の推進を図る法の制定に向けた機運は、2018年の国会でピークを迎え現在に至るようです。日本労働弁護団発行による『季刊労働者の権利』第326号(2018年7月号)を参照。
[6] 「多様な就業形態が増加する中で、経営者あるいは労働者自らが労働法制や各種ルールについて知ることは大変重要であることを踏まえ、ワークルール教育の推進を図ること」が第196回国会参議院付帯決議41項に盛り込まれました(2018年6月28日)。
[7] 最近の一例として、拙稿「あなたの近くの労働組合──仕事で困ったときには気軽に相談を」『NAVI』2022年3月18日配信。
[8] 若者の情報収集の実態について、詳しくは拙稿「伝える努力──情報収集行動にみられる世代間の断層をこえて(?)」『首都圏青年ユニオンニュースレター』第245号(2021年9月26日号)参照。
紙幅の都合で割愛した参考文献をご紹介します。
- 荻上チキ・内田良(2018)『ブラック校則』東洋館出版社
- 児美川孝一郎(2013)『キャリア教育のウソ』筑摩書房
- 新道宗幸(2016)『「主権者教育」を問う』岩波書店
- 濱口桂一郎(2021)『ジョブ型雇用社会とは何か』岩波書店
- 本田由紀(2009)『教育の職業的意義──若者、学校、社会をつなぐ』筑摩書房