理化学研究所では職員の80%以上が非正規職員、研究系に限れば90%以上が非正規職員という状況下で2012年に労働契約法が改正され、理研経営陣は当然のごとく、労働契約法18条による無期雇用権獲得前に多くの非正規雇用職員の雇止めを行うことを選択しました。理化学研究所労働組合はこの雇止めの回避のために交渉を行い、何とか大量の雇止め(事務系職員)は回避して来ていますが、2023年3月末には研究系の大量雇止めが待っています。
この間の理研労の活動と現状について概略を報告させていただきます。
1 理化学研究所とは
理化学研究所(以下 理研)は財団法人として設立され、株式会社、特殊法人、独立行政法人を経て、現在は国立研究開発法人理化学研究所として科学技術(2021年4月からは人文社会科学も含まれる)の総合研究所という形をとっています。
1980年代までは定年制職員(600名程度)を中心とする研究所でしたが、国によるプロジェクト研究を次々と受け入れ、現在では、直接雇用5000名程度(内常勤 3500名程度、ここでの常勤はフルタイム勤務者という意味で使用)の規模の研究所となっています。多くのプロジェクト研究を受け入れてきましたが、定員枠の獲得を行わなかった(できなかった)ために、いわゆる正規雇用職員数は1000名程度で、残りの約4000名の職員は非正規雇用職員です。
2 2012年の労働契約法改正前
プロジェクト研究自体は、数年間で終わるものから10年、20年と続くものまでさまざまなものがあり(例えば、脳科学総合研究センターは1997年10月から2018年3月まで20年以上続き、その後も看板のかけ替えを行い脳神経科学研究センターとして現在も存続)、研究、事務を支える職員は単年度契約を繰り返して、長く有期雇用職員として理研を支えてきました。もちろん、その待遇はバラバラで問題がなかったわけではありませんが、理研では「何年以上雇用できない」などという規則はなく、10年、20年と雇用される職員も多数いました。
3 労働契約法改正後の理化学研究所の対応:雇止めを決定
2012年に、国は、労働者の雇用安定のために、①無期労働契約への転換、②「雇止め法理」の法定化、③不合理な労働条件の禁止 を三本柱とする労働契約法の改正を行いました。
労働契約法改正の趣旨、特に第18条の趣旨(上記①)に則れば、単年度契約を繰り返して長く理研を支えてきた多くの研究系、事務系職員は無期雇用権を獲得して、期限の定めのない契約を行うことができるはずでした。ところが、理研経営陣は労働契約法第18条の趣旨とは真逆の対応を行いました。つまり、無期雇用権を獲得する前に雇止めすることを決定したのです。具体的には、事務系では「通算5年を超えて雇用を行わない(以下 5年の雇用上限)」、研究系では「通算10年を超えて雇用を行わない(以下 10年の雇用上限)」を2016年度に不利益変更で就業規程に導入しました。さらに、この「5年/10年」の起算日は就業規程の施行日(2016年度)ではなく、3年も遡って、改正された労働契約法第18条の施行日2013年4月1日とされました。就業規程の施行日を起算日とすると、労働契約法第18条により多数の職員が無期権を獲得してしまうからです。
この報告で取り上げている「大量雇止め」とは、「5年/10年の雇用上限」による雇止めを指します。
4 理化学研究所労働組合の対応
労働契約法改正に対する理研経営陣の対応は許されるものではなく、それまで理研の研究、事務を支えてきた多くの職員を、「業務があり、予算がある場合でも雇用の通算年数が5年、10年で雇止めする」ことは許されません。そもそも、多くの職員は、最初の契約時に、「5年/10年の雇用上限」は示されていませんでした。
理化学研究所労働組合(以下 理研労)は、このような違法な雇止めは当然認めず、上部組織の科学技術産業労働組合協議会(以下 科労協)と連帯し、雇止め回避のため、「5年/10年の雇用上限」の撤廃を要求し理研側との交渉を行いました。
団体交渉では、なぜ「5年/10年の雇用上限」が必要なのか、予算などの具体的な数字を示して説明するように要求しましたが、「就業規程に従い行う」と言うのみで、就業規程を変えた理由を説明することはなく、団体交渉が成立しませんでした。形式的な内容のない不誠実な団体交渉を繰り返すことで、雇止めの時期は近づいていました。このまま何も行なわずに2018年3月末の大量雇止めを待つわけには行かないと、理研労執行部は顧問弁護士とともに今後の方針を検討(2017年10-11月)し、科労協とともに、不当労働行為(不誠実団交)救済命令の申立てを2017年12月18日に東京都労働委員会(以下 都労委)に行いました。また、都労委の場では、不誠実団交の原因である不法な雇止め問題の解決が必要であることも主張しました。
さらに、理研の雇止めの実態をマスコミ、国会議員、多くの労働組合に発信し連帯を呼びかけました。この中では、雇止め対象の当事者(理研労組合員)が理研労執行部とともに表に立って活動しました。当事者の生の声はマスコミ、国会議員から大きな共感を呼びました。
また、大量の雇止めにより業務遂行上の問題が発生することを危惧する管理職からは、当事者の雇止め回避のための活動に対して好意的な動きもありました。
2017年末以降、東大をはじめとする多くの大学で、雇用上限を就業規則から外すなど雇止め回避の動きが出ており、外部の多くの労働組合でも理研の雇止め問題を取り上げる集会を企画していただくなど支援の輪は広がっていました。しかしながら、都労委の場で理研側は雇止めの正当性を主張し、2018年2月に参議院予算委員会で理研の雇止め問題が取り上げられた際にも理研側は雇止めの正当性を主張していました。また、団体交渉(実体が伴わないものでしたが)でも雇止め回避の方向には向かっていませんでした。理研労と当事者は、このまま3月末を迎えることはできないと判断し、雇止め当事者と顧問弁護士の相談を経て2月初旬に裁判への準備を始めました。
この状況の中で、理研側は2018年2月中旬に、それまでの態度を一変し、雇止めを回避する案を提示してきました。
5 2018年3月末の大量雇止め回避
理研労は「5年/10年の雇用上限」の就業規程からの撤廃を要求していましたが、理研側は就業規程は変えずに、一部の職員に対して、「5年の雇用上限」の適用を除外するという案を提示してきました。理研労は、雇用上限撤廃を全面的に認めさせるのは時間的にも困難であると判断し、適用除外の範囲を拡大する交渉に入りました。
交渉の結果、2016年に就業規程に「5年の雇用上限」(この時の交渉内容が2018年3月末に雇止めとなる事務系職員であったため、「5年の雇用上限」の適用除外の交渉であった)を導入する以前から雇用されている職員に対しては「5年の雇用上限」を適用しない、つまり5年を超えての雇用契約を行う、との内容となりました。この結果、2018年3月末での「5年の雇用上限」による雇止め(500名以上)はほとんど無くなりました。しかし、この決定が2月であったため既に退職されている職員も多く存在しました。理研労は、理研側の雇止めの方針がなければ退職しなかったはずの職員が復職する際に不利益にならないようにする交渉を2018年2月から10月にかけて行い、契約していない期間が6ヶ月以上あっても(労働契約法では6ヶ月以上の空白期間を挟んだ前後の雇用期間は通算しなくても良いことになっています、いわゆるクーリング)その前後の契約期間を通算し、その年数が5年を超えた場合には無期雇用権を認める形を勝ち取りました。(2016年3月以前から就業している職員の場合)
理研側が不誠実団交を行ったという事実がなくなったわけではありませんが、「2018年3月末での大量雇止めを回避する」という大きな目的が達成できたので、理研労と科労協は理研側と和解し、都労委への申立を2018年12月に取り下げました。取り下げに際して理研側に、事務系では「5年の雇用上限」が不利益変更で就業規程に導入された2016年度よりも前(つまり2016年3月以前)から雇用されている職員には「5年の雇用上限」を適用しないという対応を行ったのであるから、同じ理由で、研究系でも2016年3月以前から雇用されている職員に対しては「10年の雇用上限」を適用しないことを和解条件とすることを要求しました。しかし、理研側はこの条件を呑まず、また都労委も、不誠実団体交渉として申立を行った団体交渉の内容は事務系の「5年の雇用上限」であり、研究系の「10年の雇用上限」を和解条件に入れることはふさわしくないとの見解を示したため和解条件としては、「5年及び10年の雇用期間の上限規定及び雇用条件について、誠実に団体交渉を行う」との文言を入れるにとどまりました。
6 理研ネットの結成
2018年3月末での大量雇止め回避の後、2018年11月に理研本部のある和光市において、「理研の非正規雇用問題を語り合う集い」が開催されました。その場では、2018年3月末の大量雇止め回避の運動から学んだこと、今後の問題点などの議論が行われました。この集会に参加した研究系職員からの、「10年の雇用上限」による雇止めを止めてもらいたいという切実な訴えに答える形で、この集会に参加した和光周辺の市民、地区の労働組合(北足立南部地区労働組合協議会とその傘下の労働組合)、理研労執行部により理研の非正規雇用問題を解決するネットワーク(略称 理研ネット)が結成されました。
理研ネットでは、理研の非正規雇用問題、特に「5年/10年の雇用上限」による雇止め回避のために、地域住民への広報活動、署名活動、国会への要請活動を繰り広げています。(詳細は 8 理研ネットとの連帯 で述べます)
7 「2021年3月末からの事務系職員の雇止め」・「2023年3月末からの研究系職員の雇止め」の回避に向けて
2018年3月末の雇止め回避は、「5年/10年の雇用上限」の文言が就業規程から消えたわけではなく、2016年3月以前から雇用されている事務系職員には「5年の雇用上限」を適用しない、という形で行われました。そのため、2016年4月以降に雇用開始された事務系職員の「5年の雇用上限」による雇止めが2021年3月末から、2023年3月末から研究系職員の「10年の雇用上限」による雇止めが始まります。
2021年2月現在の雇用上限のある職員数は、事務系で582名(全有期雇用事務系職員1,047名の55.6%)、研究系で2,268名(全有期雇用研究系職員 2,838名の79.9%)に上り、これらの職員が「業務も予算も存続する場合でも雇用上限で雇止め」となる危険性があります。
理研労は、「5年/10年の雇用上限」は合理的な理由がなく、労働契約法第18条により認められる無期雇用権獲得を逃れる目的の違法な内容であるから撤廃するように要求し続けていますが、「5年/10年の雇用上限」の撤廃を即座に認めさせることは困難であり、部分的な「適用除外」の拡大の方向が交渉の中心となっています。
2019年度には、2016年3月以前から雇用されている研究系職員のテクニカルスタッフ等(研究補助業務等)について、「10年の雇用上限」の適用除外とすることを獲得できましたが、研究員・技師(主体的に研究、開発を行う職)については残念ながら進展がありません。
2018年3月末の雇止めのときには、同時に500名以上の職員が対象であり、多くの対象組合員が組合事務所で情報交換、話し合いを行っていました。しかしながら、2020年以降、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、理研労組合員の横のつながりがとりにくくなり、また2021年3月末から起こる事務系の雇止め人数が毎月末に10名程度であるため、雇止め回避の運動の盛り上がりが欠けていました。このまま、2021年3月末での事務系職員の雇止めを容認してしまっては、今後に発生する事務系の大量(毎月末に10名程度、5年間で最大で500名程度)の雇止めとその先の、2023年3月末の研究系の雇止めを回避できなくなるため、まずは目前の2021年3月末の雇止め回避を目指した交渉を行い、理研ネットに対して理研外からの支援を仰ぎました。
2020年に入り、事務系の事務業務員(週30時間勤務の短時間労働職、事務現場での業務)については2016年4月以降に雇用開始された職員でも、業務が継続する限りにおいて選考により「5年の雇用上限」の適用除外とする、を認めさせることができました。「選考により」は問題ではありますが、今後、業務も予算もあるのに選考で落とされた事例が発生した場合には個別に理研労が交渉を行うことになります。
「5年の雇用上限」がかけられている職ではアシスタント(主に常勤で女性のみ、研究現場の事務、秘書業務)、パートタイマー(事務補助、研究補助)が「5年の雇用上限」の適用除外になっておらず、今後も交渉を継続し、「5年の雇用上限」の全面的な撤廃を目指します。
研究系については、2019年度に一部のテクニカルスタッフ等の「10年の雇用上限」の適用除外の獲得以降は進展がありませんでしたが、2023年3月末で雇止めされる研究系職員の実態が徐々に明らかとなってきました。2023年3月末に雇止めとなる研究系職員数は300名弱おり、その中には研究室・研究チームを主宰する研究管理職が含まれます。研究管理職が「10年の雇用上限」で雇止めになるとその研究室・研究チームは廃止となり、そこに属す職員は本人が「5年/10年の雇用上限」を迎えていなくても雇止めされます。その数も300名程度です。つまり、2023年3月末には最大で600名程度の研究現場の職員に雇止めの危険があります。このような大量の職員が一度に職を失うという労働問題だけではなく、研究現場からこのような大量の職員が抜けることは、理研の研究遂行上で大問題です。
研究系・事務系職員の雇用を守るために、また、理研における研究の継続性と長期的な研究ができる環境を守るため理研労は「5年/10年の雇用上限」撤廃の交渉を続けています。
8 理研ネットとの連帯
理研労は理研側との交渉を継続性していますがそれと並行して、地域住民・国会・監督官庁・マスコミに対して理研ネットと連帯して、「理研の違法な雇止め」を阻止するための活動への支援を働きかけています。
理研ネットでは結成以来、理研の非正規雇用問題を取り上げたNewsを発行し、地域住民、地域の労働組合、理研職員に配布(理研の門前、和光市駅頭での配布など)しています。
2021年3月末の「5年の雇用上限」による雇止めが目前に迫り、その後に、2023年3月末の研究系の「10年の雇用上限」による雇止めが控えている状況で、理研ネットは、理研の松本紘理事長に対して「①職員・研究員の使い捨てをやめること、②雇用上限を撤廃すること」を求める署名活動を2020年10月から展開しました。署名は5,717筆(ネット署名 611筆,紙での署名 5,106筆)集まり、要請文とともに2021年3月11日に理研に提出しました。この要請に対する理研の回答(3月25日付け)は、雇止めは仕方がないものだという、当事者意識のないゼロ回答でした。これを受けて理研ネットは、3月26日に理研を管轄する文部科学大臣に対して、「①雇用上限を撤廃するように理研に求めること、②労働契約法第18条に則って無期転換した職員の人件費の増額分を確保できるよう」に要請を行い、同時に記者会見を行いました。この記者会見では、理研の雇止めに限らず、大学、研究機関の不安定な非正規雇用の増加は博士課程進学率低下、日本の研究力低下の一因となっており、日本の研究力低下をくい止めるためにも雇止めを阻止することが必要であるとの主張も行っています。
文科大臣への要請に対して、文科省の理研担当者は理研ネットとの面談(6月2日)で、「①理研に対しては違法なことは行わないように言っている、②予算の執行は理研の裁量で行える」(このような趣旨)と回答し、文科省としては指導等は行わず理研が独自の判断で行うものであるとしています。
更に、理研ネットでは5月20日付けで、内閣委員会、文教科学委員会、文部科学委員会、厚生労働委員会等に属す国会議員に対して「①無期転換を逃れる目的での雇止めを禁止するような労働法制の見直し、②労働契約法に則って無期転換した場合の人件費の増額分の確保」の要請を行いました。これを受けて、科学技術・イノベーション推進特別委員会(2021年5月27日)、衆議院厚生労働委員会(2021年6月11日)では理研の雇止め問題が取り上げられていることを述べておきます。
文科省の理研担当者の回答、国会での文科省、厚労省の回答内容を理研労は団体交渉の場で取り上げて、雇用上限による雇止め阻止の闘いを継続しています。
以上
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