アメリカのバイデン新政権は果たして「最低賃金 時給15ドル」を実現できるのか?
その中で、実現にむけて労働組合が果たしている役割について解説します。
1月20日、米国でバイデン大統領が宣誓式を行い、トランプ政権からの政権交代が実現しました。1月6日にトランプ支持者が連邦議会に乱入して暴動騒ぎを起こし、米国の民主主義が危機に立たされる中での就任となりました。
気候変動に関するパリ協定への復帰や世界保健機関(WHO)への脱退の取り消しなどを進める大統領令に、就任初日に署名したことは、日本でも報道されました。そしてコロナウイルスワクチン開発に各国が共同出資・購入する枠組み「COVAX(コバックス)」への参加も表明。コロナ対策において途上国と共にあることを宣言したとも言えます。
また、連邦政府の職員、委託の職員を含めた全ての職員の賃金を時給15ドル以上とする大統領令にも署名しています。
連邦政府のいわゆる公契約に当たる職員を含め、選挙期間中から訴えてきた時給15ドル以上の最低賃金の実現を、足元から実施したものです。
バイデン大統領は多くの労働組合の支援を受けた民主党の大統領ですが、米国の労働者と労働組合にとってはどのような変化をもたらし、今後労働者要求が実現する可能性があるのでしょうか。バイデン新政権と労働者課題について紹介します。
労働者課題実現の条件はそろった
政策実現には連邦議会の構成が重要な意味を持ちますが、今回下院は議席を減らしたものの引き続き民主党が多数に。上院も結果が出ずに再投票となっていたジョージア州で民主党が取り返し、民主、共和の議席が50対50で同数に。カマラ・ハリス副大統領が上院議長を兼ねるために多数は民主党になりました。
このことは労働者の要求を実現する上で可能性を拡大したことになり、労働運動の中からも強い期待の声があがっています。
ホテル・レストラン労組(UNITE-HERE)のテイラー会長は「選挙運動が終わったから運動を止めることはしない。民主党に実行を迫らなければならない」と述べ、共和党が議会で多数だからという過去の言い訳は通用しないと釘を刺しています。
労働長官に組合出身者を指名
自らを「労働組合のなかま」と呼んでいるバイデン大統領は連邦政府の労働長官にマーティー・ウォルシュボストン市長を任命しました。
ウォルシュ市長はもともとレイバラーという大工職人組合の出身で、ナショナルセンターのAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)はこの人事に賛成しています。
一方で進歩的な組合関係者は大統領候補予備選挙を争ったバーニー・サンダース上院議員を労働長官に求める声が強くありました(上院予算委員会の議長に就任)。
それでもトランプ政権下の労働省が行ってきた、数々の反労働者的な政策、省令などが今後取り消されるのではないかと期待されています。この中にはオバマ政権下で進んだ残業代規制の強化(=ホワイトカラー・エグゼンプションの縮小)を取り消した、トランプ政権下の一連の省令の取り消しも含まれます。
また集団的労使関係の問題や労使関係法の解釈などで判断を下す全国労働関係委員会(NLRB)の人事では、バイデン大統領は就任早々ピーター・ロブNLRB議長に辞職を勧告し、事実上更迭しました。
トランプ前大統領が指名し、組合関係者から「ユニオンバスター=組合つぶし」と呼ばれていたロブ会長の下、持ち株会社としてもマクドナルドの使用者性を認めない判断など、この間NLRBは使用者寄りの判断を繰り返してきました。
現在NLRBの委員には一つ空席があり、8月にもう一つ空席が出ることがわかっており、使用者寄りではない委員をバイデン大統領が指名することにも期待が高まっています。
連邦最賃時給15ドルへの道
バイデン大統領の1兆9000億ドルの「コロナ対策政策パッケージ」の中には、連邦最低賃金を時給15ドルに引き上げるプランが含まれています。これは特にSEIU(国際サービス従業員労組)などサービス業を中心とした「時給15ドルへのたたかい」の運動がこの間前進してきたことの反映でもあります。
「週40時間働いている人が貧困であってはならない。時給15ドル以下では、週40時間以上働いても貧困から抜け出せない」とバイデン大統領自身が演説し、現在7.25ドルしかない連邦最低賃金の引き上げの意義を強調しています。
従来から最低賃金引き上げに抵抗してきた共和党から連邦議会で多数を奪還したことで、実現の展望は広がっているという見方が強くなっています。
特に昨年11月の大統領選挙と同時に行われた州民投票で、フロリダ州ではバイデン候補がトランプ前大統領に票数で負けていますが、州の最賃時給15ドルへの引き上げは多数の支持で承認されました。
最賃時給15ドルが共和党支持層の米国民も含めて支持を得ていることの証左でもあります。
フロリダ州が最賃時給15ドルに移行することで、全米の約40%の労働者が時給15ドルの州、群、市などで働いていることになります。
このような状況もあり、バイデン大統領は連邦最賃引き上げを重視しています。
前回の引き上げは2009年の時給7.25ドルへの引き上げでした。2019年には議会下院で2025年までに時給15ドルへの最賃引き上げが可決していますが、共和党多数の上院では同法案は審議されてきませんでした。
前述のように50対50という僅差の議席構成の上院では、最賃引き上げの連邦法改正には10人以上の共和党議員の賛成が必要です。単純な賛成多数では予算調整が必要で、時間がかかってしまいます。
時給15ドルへの期待と運動
米国の最低賃金は1912年にマサチューセッツ州が女性と児童労働者の差別を防ぐ目的で決めたのが始まりで、その後主に北東部の13の州が次々と州最低賃金を制定します。
連邦レベルでは1938年にルーズベルト大統領の時代に公正労働基準法が定められ、その中に連邦最賃が初めて時給25セントと決められました。
最低賃金の経済効果について米国では、1970年代まで研究が進んでいませんでした。
80年代に最低賃金は経済に悪影響があるという言説が広まります。しかし1992年に東部のニュージャージー州で最低賃金が時給4.25ドルから5.05ドルに引き上げた際、同州とその隣の州のファストフード労働者の雇用状況を比較し「雇用への否定的影響はない」と結論付ける研究が出されます。
それを契機に雇用や賃金に関する調査が進みますが、論争も続きます。しかし今では段階的な引き上げが経済の及ぼす否定的影響は小さいと多くの研究は示しています。
米国では州や連邦の議会構成に応じてある意味「政治的力関係」で最低賃金が決められてきました。
前回の09年の連邦最賃引き上げはブッシュ(息子)政権の時で、物価上昇に最賃が追い付いていないことを理由にした引き上げでした。
今年1月1日には、全米で52の州、群、市などで最賃が引き上げられ、今年中に23の自治体で引き上げが見込まれます。
パンデミック下でこそ最賃を引き上げるべきという世論を、貧困や人種差別に取り組む運動とともに労働組合がどれだけ後押しできるかが、最賃引き上げのカギになると思います。
全労連国際局長 布施 恵輔
(月刊全労連2021年3月号掲載/はてなブログ「zenroren1989’s diary」より転載)
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