竹信航介「パタゴニア・権利闘争の焦点」『NAVI』2025年9月27日配信
パタゴニア事件の事件報告を日本労働弁護団北海道ブロック団員の竹信航介さんにご執筆いただきました。どうぞお読みください。
1.事案の概要
本件は、当初から5年未満の更新上限を告知されて複数回雇用契約を更新してきた有期雇用労働者が、更新上限直前に雇止めをされたため、更新上限の設定による無期転換逃れは不当であるとして雇用契約上の地位確認を求めて提訴した事案である。
結論としては、地位確認は認められなかったが、訴訟上の和解により口外禁止条項なしで14万円の解決金を得るという成果を得た。
担当弁護士は、小野寺信勝、氷見谷馨、竹信航介(筆者)である。
2.当事者
被告会社は、アウトドアウェアの製造販売で有名なパタゴニア・インターナショナル・インクである。アメリカ合衆国カリフォルニア州に本社を置き、日本国内に23の直営店を持つ。
原告は、2019年4月1日に、被告が運営する札幌北ストアに販売員として採用された。賃金は月額7万円程度である。また、原告は札幌地域労組の個人加盟組合員であるほか、被告社員で結成されたパタゴニアユニオンの組合員である。
3.契約締結からの経緯
(1)2019年4月、原告は被告と雇用契約を締結した。
その後交付された労働条件通知書によれば、契約期間は次のとおり。労働条件通知書には、「有期雇用契約期間は、契約を更新する場合であっても、……本契約並びに本契約以前を通算して、原則として最大5年未満を限度とします」と記載されていた。
①4.1〜2019.6.30(3ヶ月)
②7.1〜2019.9.30(3ヶ月)
③10.1〜2020.4.30(7ヶ月)
④5.1〜2021.4.30(1年)
(2)雇用契約の更新
①5.1〜2021.10.31(6ヶ月)
②11.1〜2022.4.30(6ヶ月)
③5.1〜2022.10.31(6ヶ月)
④11.1〜2023.6.30(8ヶ月)
⑤7.1〜2023.12.31(8ヶ月)
(3)雇用契約の終了
2024年4月1日以降も雇用契約が継続していれば労働契約法18条1項によって無期転換が可能になったのだが、その直前の2023年12月31日で雇用契約は打ち切られてしまったために、無期転換ルールはとりあえず使えないことになった。
(4)団体交渉
これに先立ち、原告は被告から雇止めを予告されたため、提訴前に、パタゴニアユニオンによる団体交渉を被告と行って、雇止めの撤回を求めた。しかし、被告は評価が基準に達しないといった理由を掲げてあくまで撤回を拒んだ。また、団体交渉の中では、フレッシュな人材を定期的に採用したいから更新上限を設定しているという趣旨の発言もあり、労働者を使い捨てのように見ていて人間として見ていないという印象を持った原告側の怒りを生じさせた。
4.訴訟提起
(1)2024年2月14日 訴訟提起
請求の趣旨(抜粋):「原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。」
(2)契約が打ち切られたのに、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める主張
①労働契約法19条2号に該当するので、労働契約は更新されている。
②更新への期待があること(原告の主張)
ア 業務内容が基幹的。
イ 更新期間は4年9ヶ月、更新回数は9回で、長期かつ多数回。契約更新手続きは形式的になっていた。
ウ 5年以上継続雇用されているパートタイマーが多数存在する。
エ 被告の企業姿勢
被告は「公平で安全な就労環境を保証することをミッション」としていることを自認している。
(ここは本件の特殊なところではある。被告のウェブサイトには、以下のような記述がされているページがある。このような高尚な宣言をしている企業が、無期転換逃れのような労働者の地位を尊重しない行動に出ることが、果たして首尾一貫しているといえるだろうか。
「原材料から織物、裁断から最終製品の縫製まで、私たちが製造するすべての製品の陰には人間の重労働が存在します。しかし世界中で6千万人の労働者を有する衣類製造工場で働く人びとは、歴史的に標準以下の職場環境に晒され、問題を報告できません。1996年、パタゴニアがアパレル産業の労働慣行を向上させることに献身する〈公正労働協会(FLA)〉に創設メンバーとして加盟したのはそれが理由であり、私たちの製品の陰に存在するすべての人びとのために、公平で安全な就労環境を保証することをミッションとする理由です。それでも私たちは上意下達でこれを達成することはできません。パタゴニアのサプライチェーンの労働者のために正しいことを本当に行いたいなら、私たちは彼ら自身に、発言するより多くの機会を与える必要があります。」)
オ 雇用期間の上限設定は、雇止めを容易にする以外の目的はない。
③更新拒絶に合理的理由がない
④以上によって契約が更新された結果、通算雇用期間が5年を超えるから、無期転換ルールが適用可能になる。
(3)被告の反論(被告第1準備書面)
①更新への合理的な期待はない
ア 更新上限は5年で、それ以上働く場合は正社員試験を受けなければならないとの説明を入社前の面接でしている。契約書にも記載がある。
イ 2022年2月1日の時点で5年を超えていたパートタイマー101名は全員、人事制度が変わって契約期間を原則5年未満と定める前に入社した者である。2023年5月1日時点で4年以上5年未満のパートタイマーは34名で、そのうち5年を超えて更新予定のパートタイマーは20名超だが、この20名超は被告が定めるパフォーマンスの水準に達していた者である。
ウ 更新手続きは形式的になっていない。
エ 企業姿勢について、「記事が対象としているのは、『歴史的に標準以下の職業環境に晒され』た『衣類製造工場で働く人々』であり、本件とは無関係である。」。
②更新拒絶の合理的理由
原告のパフォーマンスは被告が定める水準に達していない。
(4)訴訟の見通し
もとより容易ではなかった。当初契約時から更新上限が設定されている場合、更新への合理的期待は否定されるのが裁判例の相場だった。本件でも当初契約時から更新上限が設定されていたから、裁判例の相場からいけば更新への合理的期待が否定され、通算契約期間は5年超にまで延びないから、無期転換ルール適用の前提を満たさず、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認は認められないと見込まれた。
5.訴訟上の和解
その後一通り反論が交わされた後、裁判所から和解の打診があった。
上記のような訴訟の見通しがあって、それを大きく覆す事情も出てこない以上、裁判官も棄却心証なのだろうと原告代理人も考えていた。
裁判官がはっきり心証を開示したわけではなかったが、被告は当初50万円を支払い雇用契約終了を確認する(+口外禁止等)という和解案を提示した。
50万円という金額は、雇用契約上の地位確認訴訟の解決金としては少額であり、つまり被告としては地位確認は認められない前提で和解案を提示してきたものと思われた。この点では原告代理人と被告代理人の認識はおそらく一致していた。そうした前提からすれば、50万円であっても金銭を払わせる和解に応じることは、原告としてもメリットのあることであった。
しかし、今回見通しが厳しいのに提訴したのは、社会に無期転換逃れの問題を訴えるためでもあった。口外禁止条項が入ってしまえば、それは難しくなる。
そうして交渉していたところ、被告から裁判所に別案の提示があり、それが口外禁止条項などをつけずに14万円(給料2ヶ月分相当)を支払って雇用契約終了を確認する、という案であった。
そして、2025年4月18日、訴訟上の和解に至った。
6.本件の意義
(1)本件は、当初から5年未満の更新上限が設定されていた事案であり、このような事案においては更新についての合理的期待が生じていないとされることが多い裁判例の傾向からすると、地位確認が認められる可能性は低かった。
(日本労働弁護団『新・労働相談実践マニュアル』416ページにも、次のような記載がされている。
「……④最初に有期労働契約を締結する時から、更新の回数や期間について上限が定められているタイプ……については、当初から更新回数や期間の上限が明示され、そのとおり説明されていた場合には、合理的期待は生じないことになろう。しかし、上限を超えて働く有期契約労働者が存在したり、使用者が上限を超えて働けることがあるなどの説明をしている場合、合理的期待が生じていると評価できることもあろう。このように、更新の上限設定が形骸化し、合理的期待が生じる場合もあることに注意すべきである。その点を指摘するなど労働組合による団体交渉で解決した事例もある。」)
そのような中で、少額ではあるが解決金の支払いを受けることができたことは、一応の成果であるといえる。
(2)しかし、労働者の地位の安定を図るために無期転換ルールが法定されたにもかかわらず、立法当初から無期転換逃れの可能性が指摘されていたところ、契約自由の原則の下、更新上限が当初から定められることにより無期転換逃れが可能になることを裁判所も認めてしまうという状況にあり、本件でも裁判闘争によってこの傾向を打破することはできなかった。
労働者の地位の安定を図るという目的を実質化するためには、団体交渉による圧力の強化や、立法による無期転換逃れの規制が必要である。本件で口外禁止が課せられなかったことを最大限活かして、今後の運動につなげていく必要がある。
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