川村雅則(2025)「2025年の公契約運動を進めるにあたり」『建設政策』第219号(2025年1月号)pp.38-39
『建設政策』今号の特集は、「第30回全国建設研究・交流集会」です。
その他にも、韓国の労使関係と賃金/キプロスの建設産業・労働/公務員の採用・定員割れ問題/釜ヶ崎の日雇い建設労働者など多岐にわたる内容です。
各地で制定された公契約条例の調査を細々と続けている。そこで感じたことを、北海道における公契約運動の活性化を展望しながら、備忘的にまとめておく[1]。なお、このテーマについてはすでに川村(2023)にまとめており、本稿は加筆的な性格の文章である。
主体的な取り組みが必要
ある条例制定自治体の自治体労働組合からの聞き取りであらためて確信した。
当該労組が言うには、このマチの公契約条例は、1980年代にまで遡る委託労働運動の成果なのだという。当時、最賃をも下回る状況がみられた委託労働者──清掃業務、守衛、電話交換業務に従事する労働者の組織化に労働組合は取り組んできた。
もっとも、委託先の労働条件の改善を目指しても、根本には低い委託単価の問題があり、無い袖は振れないという委託事業者との交渉には限界がある。言い換えれば、ダンピング行為を防ぎ、適正な委託費を自治体に支給させることは、事業者にとっても切実に求められていることであった。一方の自治体自身も、ダンピング行為による破局(公共サービスの質悪化や事業の停止、事故などによる住民・利用者の被害)を望んでいるわけでは決してない。関係者の心情を見極め、創意工夫に満ちた委託労働運動を展開しながら、自治体・事業者・労働者・住民にウインウインの関係を築き上げ、そして、条例の制定も実現するに至った経緯を伺った。
全国の公契約条例の条文には、適正な予定価格の算出が掲げられている。これなくして労働者への適正な賃金支払いはできないのだから当然のことではある。但し、実効性を持たせるための取り組みが実際にできているかは、条文が設けられていることとは別の話だという当該労組の主張には説得力があった[2]。
条例制定後は審議会の役割が決定的に重要
公契約条例が制定されたからといって、設定された労働報酬下限額が遵守されるとは限らない。とりわけ重層下請構造という特徴を有する建設業で、条例の制定だけで事態が末端に至るまで改善されるとは考えにくい。実際、労働組合による調査で、報酬下限額割れが指摘されている自治体もある。
もっとも、公契約条例は労働法規とは異なり、「民法的契約、つまり納得、説得、合意によって政策の実施を図る」ものであり、「地方自治法とその運用による納得、合意を基本とする法規」[3]である。契約の不履行に対する罰則を条文に設けることによる効果を否定するものではないが、それだけで、構造的な問題が解決するとは思わないほうがよいだろう。審議会に集う労使団体を中心に、関係する情報を持ち寄って、関係者で共有し、問題解決に向けた取り組みが漸進的に行われることが求められる。
もちろんそのためには、この審議会に自律性(行政からの独立性)がなければならないし、審議会の合意や意見などが当該自治体の施策・政策に反映されるような性格を審議会にもたせることも必要になるだろう。旭川市における理念型条例の停滞の一因はこのあたり(審議会の未設置)にあるのではないか。
自治体の性格の変化と、取り組み拡大の必要性
自治体の発想を変えるのは容易ではない、ということも強く感じている。
遡ること、2000年代からのいわゆる三位一体の改革や平成の大合併、地方行政改革などで、自治体はやせ細らされてきた。公務員は大幅に削減され、公共サービスも削減の一途をたどってきた。兵糧攻めにあうなかで、自治体は構造改革をすすめる役割を担わされてきた側面がある。NPMという手法を通じたコスト削減という発想も自治体内に相当に浸透しているのではないだろうか。岡田(2019)によれば、第二次安倍政権下で始まった公共サービスの産業化政策は、部分的な市場化という段階を超えて、自治体の意思決定過程にまで民間資本が入り込んできているような状況にあるという。
公契約条例の意義を伝え、事業受託者・労働者は自治体にとってのパートナーであるなどという発想を広げていくのは容易なことではないだろう。だからこそ、運動を進める上でも広い共同が必要である。例えば、自治体議員との共同はその一つであると考える[4]。公契約領域における問題──我々の場合には、とりわけ労働者の現状──をしっかり把握した上で、議員・議会と共有し、実践的な学習会を開催するなど、議会という場を意識した実践が追求されるべきではないか。
関連して、公契約条例/公共民間の隣接領域であり、民間化の前段階でもある、直営で公共サービスを担う非正規労働者(非正規公務員)の直面する問題は視野に入れなくてよいか。本誌前号の川村論文に記載のとおり、非正規公務員の賃金が民間委託や指定管理の賃金の積算で使われてもいる関係に両者はある。「公共サービス基本法」の枠組み程度は念頭において運動を進める必要はないか。
地方を変え、地方から変える
昨今よく聞かれる公共の再生という言葉は、我々でいえば、公務非正規問題を切り口にして公共の立て直しを図る取り組みであり、公共を重視する首長や議員を選び育てる政治運動でもあるのだろう。そう考えると、簡単な取り組みではないと思うその一方で、「奥行き」とやりがいのある取り組みであると思う。もちろん、新自由主義政治・構造改革を押し進める国を変える必要もある。
今年(2025年)も、地方(地方政府、地方政治)を変え、地方から中央を変える取り組みとして、公契約運動を進めていきたい。
(かわむらまさのり 北海学園大学教授)
[1] 詳しくは、2025年3月ごろに本学の紀要で発表予定の公契約条例の調査・研究レポート2本を参照されたい。
[2] 札幌市の条例案にも、費用の適正な積算と適切な価格での発注が掲げられていたが、そもそも、(事情があったとはいえ)市と業界団体とでは没コミュニケーションの状況にあった。ふじわら(2014)を参照。
[3] 永山・中村(2019)pp.22-23。
[4] 2024年に筆者は、公務非正規問題をテーマに、自治体議員との仕事を本格化させ、議会質問を想定した学習会の開催、先行する自治体の情報共有・アーカイブス化などの取り組みを始めたところである。公務非正規問題 自治体議員ネットの活動を参照。https://roudou-navi.org/author/giinnet/
おもな参考文献
- 岡田知弘(2019)「新たな段階に入った公共サービスの「産業化」政策」『季刊自治と分権』第76号(2019年7月号)
- 川村雅則(2023)「公契約条例の制定で自治体を変える」『建設政策』第207号(2023年1月号)
- 岸本聡子(2024)『杉並は止まらない』地平社
- 永山利和、中村重美(2019)『公契約条例がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社、2019年
- ふじわら広昭(2014)「札幌市公契約条例提案から否決までの経緯」『北海道地方自治研究』第541号(2014年2月号)