川村雅則「制度改革のもとですすむ福祉職場、福祉労働の危機」『月刊福祉』第96巻第2号(2013年2月号)pp.32-35
はじめに
小論のねらいは、保育所で働く保育士や園長、特別養護老人ホーム(以下、特養)で働く介護職員や施設長を対象に筆者が行った調査データ[1]を使って、福祉職場で働く人たちが直面している諸問題とその背景や課題をまとめ、問題提起を図ることにある。
福祉職場の雇用──労働条件の悪化
子どもの貧困、養育困難など、子どもや親をとりまく状況の厳しさが保育関係者からはよく聞かれる[2]。あるいは介護分野では、終わりなき家族介護の日常に疲れ果て、介護殺人といった悲劇も後を絶たない。事態は深刻だ。だからこそ、福祉職の果たすべき役割に期待が集まる。
しかしながら、同時に現場で語られるのは、福祉職の雇用や賃金・労働条件の悪化だ。結果、人材の確保、育成が困難になっている。介護職場での高い離職率は以前から問題になっていたが、保育士の確保も困難になってきている。
1 保育所保育士の半数は非正規職員──広がる非正規雇用、働く貧困層
子どもの貧困の防波堤という役割が期待されている保育所で、働く貧困層という看過できない問題が広がっている。
保育士の雇用形態をみると、公営でも私営でも、半数は非正規雇用だ。正規保育士割合は公営で48.1%、私営で49.5%(残りはフルタイム型、パートタイム型などの非正規雇用)しかいない。子どもにはもちろんのこと、子どもを預ける親にも、目の前の保育士が正規か非正規かなどはわからないだろう。
しかも賃金水準は極めて低い。フルタイム型の非正規保育士であっても、公営では総収入で年間200万円未満が63.3%となっている。250万円まで範囲を広げると91.1%に達する(私営では32.9%、79.3%。なお、私営では正規でも30.3%は年収300万円未満)。「生活が苦しい」「責任ある仕事なのに賃金が安い」「社会的地位が低く扱われている」などの声が寄せられる。
「三位一体改革」などによる自治体財政の悪化、運営費や整備費の一般財源化にともない、公立保育所の民営化や保育士の非正規雇用化がすすんだ。私立でも、そもそも実態に合わない保育単価の設定で運営費は不十分であって、また官との格差是正のために設けられているはずの加算措置(民間施設給与等改善費加算)も、10年以上で12%という上限が設けられていることもあって、職員の正規化や昇給は難しい。
つけ加えれば、正規雇用への転換は、とりわけ公立保育所では、職場そのものが消えつつあるなかでの採用試験の合格という高いハードルが課されていて、事実上、不可能である。また、大きな処遇格差のもとで働き続けなければならないというその矛盾を意識させないためになのか、フルタイム型の非正規雇用者の勤務年数に上限を設けている保育所が公営で37.1%、私営で29.5%ある。保育士が突如職場を去らなければならない事態というのは、働き手はむろんのこと、子どもや親をも軽視したものではないだろうか。
2 過重労働という問題──介護を中心に
福祉職の働き方を巡る問題については、24時間・365日稼働する特養を中心にみていこう。
2009年に介護報酬が増額改定され、処遇改善交付金も設けられた。現場は一息ついたと思うが、それ以前の2回のマイナス改定を経てのことであり、なおかつ介護の仕事は、社会的な要請もあってその範囲も質も拡大している。例えば、重度化や認知症への対応、医療行為、あるいはユニットケアという手厚いケアの導入などがそれである。
仕事や労働条件等に関する満足度を介護職に尋ねたところ、DI(満足から不満足を差し引いた値)で「賃金」を上回るマイナス評価となっていたのが、「勤務・人員体制」である(前者はマイナス37.2%、後者はマイナス58.6%)。「次から次へと業務をこなしている」「いつも時間に追われている」「なにをしているのかわからなくなる」「身も心もボロボロ」などの訴えが切実だ。
しかも(多くは16時間の)夜勤を月に4~5回ないしそれ以上こなさざるを得ない(「4~5回」が全体の31.5%で、それ以上も合わせると59.0%を占める)。夜勤は日中と違い、人手が少なくなり医療職も不在のため、不安やストレスが増す。しかも休憩や仮眠をとれることは少なく、徘徊する方や配慮が必要な状態の入居者から目が離せず、ナースコールの鳴るなかで朝を迎える。
ここで改めていうまでもなく、非正規職員(フルタイム型)だからといって夜勤が免除されているわけではなく、基本的には正規職員と仕事内容は一緒だ。かつて非正規雇用は、パートタイム労働が主で、仕事は補助的で家計補助的な就労と言われてきた。しかしいまやフルタイムで正職員と同じ仕事(基幹業務)に従事し、しかもその収入で食べていかざるを得ない、そういうタイプの非正規の人が多く働いている。福祉職場もそのひとつだ。
閑話休題。仕事での身体の疲労や神経の疲労について調査したが、勤務負担を背景に、「とても疲れる」がどちらも半数に達した(50.9%、51.1%)。しかもその疲労が回復しないまま働くことが多いかという問いに対して、「もち越すことがよくある」「いつももち越し」が合計で46.2%に及ぶ。疲労がまん延した職場なのだ。こうしたなかでの職員の離職が、残された職員の勤務負担をさらに増やし、また離職を生み出すという負のスパイラルにつながる。
なお保育でも、待機児童に対する根本的な対策が図られず、定員の弾力運用などで対応してきたことで労働密度は増しており、なおかつ延長保育など保育サービスの充実が求められているなかで、人手不足、休憩取得の困難、不払い労働、もち帰り仕事などが発生している。
3 仕事の変容、福祉労働の目的の喪失
門外漢である筆者には、福祉労働の本質を語る能力はないが、福祉労働の目的は、福祉の受け手の内面的な要求から、生活のトータルまでを把握、理解し、その生存権や発達を支援することにあるのだと思う。だが、それを実現するうえでの時間的、人的ゆとりが欠如していれば、その実現は困難であり、やりがい感も早晩奪われることになるだろう。それどころか、例えばあってはならない虐待[3]の温床にもなるのではないか。しかも、現状のような、いわれなき雇用・処遇格差のもとで、職員同士の連携をベースとした集団的な力量の発揮は実現可能なのだろうか。
福祉職の「専門性」を強調するのであれば、その条件整備が不可欠と考える。
背景にある制度的な問題
以上みてきた福祉職場の疲弊ともいえる状況の根本的な背景には、必要なお金がかけられていないという問題がある(財源調達をめぐる議論は紙幅の都合で省略)。
社会福祉基礎構造改革とそれに基づく介護保険制度(の導入)、あるいは最近では、子ども・子育て新システムが議論されたところだが、改革を推進する側にしても、福祉労働者のこうした状況は果たしてどこまで把握されていたのか、あるいは改革で彼らの状態がどう改善されると考えているのか(そもそも意識されているのか)、みえてこない。
求められるべきは、財源を含め公的責任による施設増はむろんのこと、職員配置基準や施設設備基準の改善、あるいは運営費なり介護報酬の改善(公費投入)だったのではないか。
だが実際はそうした措置は図られず、一部ではむしろ悪化している(例えば、介護職員処遇改善交付金の廃止で施設収入は事実上減額となっている)。
職場レベルで労使に求められること――労働政策の動向を視野に入れて
これまで福祉職場で働く人たちの直面する問題をみてきた。語られる改革と福祉職場・労働の現状との間に大きな距離を感じ、なおかつこうした状況の放置に危機感をもつ。
さて、社会福祉や社会保障領域での、あるいは制度・政策レベルでの改善の必要性はいうまでもないが、小論では最後に、労働政策の動きを視野に入れつつ、職場レベルで労使が取り組むべき課題をあげておく。
第1は、有期雇用の濫用規制である。わが国では、仕事が恒常的でありながら、有期雇用を繰り返し活用することが問題視されてこなかった。それは、働く側の権利行使を困難にするなど、労使関係をゆがめる点でも問題である。
雇い止めが社会問題化するなかでようやくそこへの規制が設けられた。労働契約法の改正である(施行は2013年4月から)。労働契約法の改正は、多くの問題点が指摘されているものの、労働者側からの申し出で、5年間の継続勤務を経れば無期雇用化が実現する。処遇が正規雇用と同じになるわけではないが、雇用形態を理由とした不合理な労働条件の禁止という規程も設けられた。無期雇用化を前にした雇い止めで今後も「乗り切る」のではもちろんなく、法改正の趣旨を踏まえた取り組みが労使に求められる。
なお、労働契約法の対象外であり、労使対等の雇用関係ではなく「任用関係」と解釈されている公務の場合、雇い止めの撤回は困難(不可能)である。しかしながら、理念法であるものの、公共サービスに従事するものの労働条件などに配慮するよう定めた「公共サービス基本法」の制定や、いま全国で制定運動が展開されている「公契約条例」など、この領域で働く人たちへの関心の高まり、政策の動きがみられる。「民間並み」[4]のルールの整備が求められている。
第2に、処遇改善、均等待遇である。労働契約法改正も加わることで、正規職員と非正規職員の現下の処遇格差はますます正当性をもたなくなり、非正規職員の不満が増すことも危惧される。均等待遇に向けた実践が期待される。もちろんそれが、正規職員の賃金引き下げで実現されるものではないことはいうまでもない。そもそも私立保育所では正規職員でも賃金水準は低い。
官民格差の是正についても、官と民のどちらで働いていても、福祉職にふさわしい(統一的な)賃金・労働条件が整備されているというのがめざすべき基本方向であると考える。
以上は、結局は、安上がりの福祉からの脱却を求めるものであり、換言すれば、福祉職にそのツケを負わせている現状をなお黙止し続けるのかが私たちに問われている。
[1] 調査のまとめは筆者のホームページの「福祉・福祉労働(介護、保育)」を参照。http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/index 調査の有効回答数は、保育園n=321、保育士n=2455、特養n=81、介護職n=853である。
[2] 筆者の調査でも、保護者の収入などを知る立場にある園長で、よりそのことが強く意識されている。例えば、「親の就労不安定・低所得」が69.7%、「養育困難な保護者の増」が62.9%、「育児不安や育児ストレスに悩む親の増」が59.4%などである。
[3] 実際、2008年に行った調査(介護職1148人)では、利用者に対して、「つい憎しみを感じてしまう」「つい強い口調で対応してしまう」「つい小突いたりしてしまう」頻度をそれぞれ尋ねたところ、65.5%、81.2%、15.5%に及んだ(「いつも」「よくある」「ときどき」「たまに」の合計)。
[4] 「公務員は恵まれている」といった類の公務員バッシングがなお根強いが、非正規職員に関してはむしろその逆である。
川村雅則(2011)「介護現場の疲弊にどう向き合うのか」『まなぶ』第647号(2011年6月号)pp.27-30
川村雅則「北海道における雇用・産業の一断面(2006~2011年)」