小坂直人「書評:加藤やすこ『再生可能エネルギーの問題点』緑風出版、2022年」

小坂直人さん(北海学園大学名誉教授)による、加藤やすこ『再生可能エネルギーの問題点』緑風出版、2022年の書評です。どうぞお読みください。

 

 

今年(2022年)8月に、岸田首相が「原発の新増設や再稼働推進」の姿勢を明らかにしたことで、わが国も「原発回帰」に向かうことになるという報道が駆け巡った。その背景には、ロシア・ウクライナ戦争を直接的契機とするロシアからEU諸国への天然ガス供給の大幅削減という、いわば、第三の「エネルギー危機」がある。EU諸国におけるエネルギー価格の高騰には及ばないものの、わが国のガス・原油等のエネルギー価格も急激に昂進し、それがひいては諸物価高騰へとつながり、国民の消費生活はますます厳しい事態に直面している。

このように、国民がエネルギー供給に大きな不安を抱えている状況であれば、原発再稼働や新増設を提起しても、受け入れられるとの首相の読みがあると推測される。まして、「地球温暖化対策」「脱炭素政策」としての再生可能エネルギー拡大政策と整合性がとれるとするならば、「原発回帰」を提起する機会は、今をおいてないと考えても自然である。

本書は、エネルギーをめぐる以上のような国際情勢やわが国政府の短期的エネルギー対策等も見据えながら、現下の「再生可能エネルギーの問題点」を明らかにしている。「脱炭素社会の実現」と「再生可能エネルギーの開発」は不可分であり、ほとんど同義となっているといってよい。したがって、「再生可能エネルギー」に少しでも疑念を挟むことは、「脱炭素社会」に抵抗する者とみなされることになる。「脱炭素社会」が化石燃料の消費削減や使用停止という意味で使われる限り、われわれにも分かりやすく簡明な概念であるが、それが「持続可能な地球環境」「持続可能な社会」と同義に扱われるのは、いささか疑問である。風力発電や太陽光発電が再エネとして、この「持続可能な社会」実現の救世主のごとく推奨され、開発拡大してきているが、その裏で進行している「地域の自然破壊」や「地域住民の健康破壊」の実態を直視するならば、ことはそう単純ではないことが分かる。本書は、「再生可能エネルギー」をめぐる、パラドクスともいうべきこうした「二面性」に注意喚起を促すものである。

本書の構成と主たる内容は次のとおりである。

 

第1章 気候変動と再生可能エネルギーの問題点

 COP26では、2030年までに世界全体の二酸化炭素排出量を、2010年に較べて45%削減し、今世紀半ばには実質的にゼロにすることで合意された。(p.14-15)

わが国も、これに呼応する形で、「脱炭素社会」を実現するためのエネルギー政策、具体的には再エネ拡大と石炭火力等の削減や廃止、さらには原発再稼働が企図されようとしている。この政策の中心に再エネが位置づけられているのはいうまでもない。

しかし、これまでに、水源涵養保安林であっても保安林指定を解除され、樹木が伐採され、山を削り、谷を埋め立てて大規模な太陽光発電所が設置されているし、山の尾根や砂浜、洋上には大規模な風力発電所が設置され、景観が破壊され、健康被害も起きている現実がある。

再生可能エネルギーを導入するにしても、本当に地球温暖化ガスの削減につながるのか、そして環境や地域住民に過剰な負荷が発生しないか、人権侵害が起きていないかなどを多角的に検討し、バランスのとれたた開発を進める必要がある、と著者は述べる。(p.16-18)

 

第2章 風力発電所から発生する音と電磁波の影響とは

1年を通じて強い風が吹き、風車を設置しやすい場所は、北海道、東北、九州に集中しており、これらの地域ではすでに風力発電所が多数設置され、景観破壊やバードストライク、健康被害などさまざまな問題が起きている。

利尻礼文サロベツ国立公園特別地域に四方を囲まれた一角にも、定格出力4300kWの風車を14基設置する浜里ウィンドファームが設置される予定であるが、周辺にはラムサール条約登録湿地であるサロベツ原野や、国・道指定の鳥獣保護区があり、自然保護の上で非常に重要な地域である。(p.25)

風車設置によって、バードストライクが起きることはよく知られているが、風車周辺の死亡率のパターンやメカニズムはまだ明らかになっていない。(p.28)

しかも、驚くべきことに、昆虫も風車によって大量に死亡していると指摘する研究もある。(p.30)

風車による騒音問題では低周波音が深刻であることが知られるようになってきている。 

身近な低周波音の発生源として、エコキュートやエネファームなどのヒートポンプ給湯器がある。消費者庁は、症状の発生には個人特性も影響すると考えられるので、音圧レベルだけで判断するのではなく、「参照値以下であっても慎重な判断が必要な場合があること」を明確に周知すべきだ、と述べている。(p.35-37)

一方、環境省は2016年に報告書「風力発電施設から発生する騒音等への対応について」を発表し、風車から発生する超低周波音は知覚できないレベルであり、風車騒音は可聴音の範囲で議論すべき、と結論した。しかし、各国で行われた研究では、低周波音や超低周波音による人体への影響として、心血管系(血圧、心拍数など)の変化や、集中力の欠如、めまい、倦怠感、睡眠障害、鼓膜の圧迫感、振動感などが報告されている。(p.38-40)

久留米大学医学部の石竹達也教授らによると、風車から1.5km以内の住民は、2km以上離れた住民より睡眠障害を訴える率が2.06倍高くなり、音の影響を考える時は、距離だけではなく、周辺環境の様々な要因も検討する必要があるとしている。(p.40-42)

環境省の委託を受け、千葉工業大学などが、2010~12年に全国の風力発電施設周辺で

行なった疫学調査では、風車音の強さが41dB以上だと、睡眠障害を訴える人が統計学的に有意に増え、風車音の強さと睡眠障害に関連性があった、とされる。(p.43-44)

 

また、近年は、風車の大型化が進んでおり、それだけ影響範囲も広がる傾向にあるが、発電出力数十kW程度の小型風力発電所の周辺でも、睡眠障害が起きていることが指摘されている。

風車による健康被害については、わが国では、まだ調査自体が進んでいないという状況であるが、諸外国では、一定、調査がなされているようである。たとえば、ニュージーランド、オークランド工科大学のダニエルファード博士らは、風力発電所周辺の住民の健康状態を調査し、風車周辺の住民は、風車から離れた地域に住む住民より、主観的な健康指標である「健康関連QOL」(QOL=生活の質)が統計的に有意に低い、と報告している。2km以内に住む住民は身体の健康と環境に関するQOLが低く、睡眠の質も有意に低く、「くつろげない」環境であるという結果が出たとされている。(p.50-51)

風車の導入が最も進んでいるヨーロッパでは、風車の60%以上が、大陸棚で水深が浅い北海に設置されている。2020年までに、12カ国の企業が116の洋上風力発電所を導入し、風車数は5402基に達した。平均離岸距離は、30~60kmであり、水深は30~44メートル程度で、沖合でも水深が浅いヨーロッパ特有の地形を活かしているといえる。

一方、日本は海底の地形が急峻であり、着床式洋上風力発電に適した水深20メートル以内の海域は全国で10%しかなく、沿岸から平均約0.9kmの範囲に限られている。(p.62-64)

 

第3章 太陽光発電とバイオマス発電の問題点

アメリカ、ノースカロライナ州立大学の調査によると、結晶シリコンパネルの部品を固定するハンダには鉛が使われており、1枚当たり13gの鉛が含まれている。廃棄されたパネルから酸性雨で地中に溶け出す可能性がある、と指摘している。また、セルを結ぶ金属線は主に銀で構成されており、結晶シリコンパネルのうち銀は47%、アルミニュームが26%、シリコンは11%、ガラスは8%含まれているという分析もある。金属の埋蔵量は限られている一方で、再生可能エネルギーや電気自動車の需要が高まって、近い将来、資源が枯渇するといわれているのに、リサイクル方法が確立しないまま、大量のパネルが廃棄されるのは問題である。(p.83-84)

直流から交流に変換する際に、電力の10%が失われ、周辺ではスイッチングノイズと呼ばれる電磁波が漏洩する。このスイッチングノイズは、直流電流を運ぶ電線を通じて太陽光パネルに達して周辺に放射され、電磁波被曝を発生させる。3~4mGの超低周波磁場に被曝すると、小児白血病の発症率が倍になることがわかっており、国際がん研究機関も超低周波磁場を「発がん性の可能性があるかもしれない」と認めている。世界保健機関は2007年に、超低周波磁場に関する「環境衛生基準」を発表し、予防原則に則った対応をするよう求めているのである。(p.86-87)

わが国の場合、2012年以降、ミドルソーラーと呼ばれる中規模の太陽光発電所が増えている。発電容量は10kWから1MW未満で、大規模なメガソーラーよりも狭い土地に設置でき、そのため住宅地への設置も進んでいる。(p.91)-

政府は、再生可能エネルギーの導入量を増やすため、農地を発電所に転用することも推進している。また、営農型発電といって、農地に支柱を立てて頭上にパネルを設置し、パネルの下で農作物をそだてる方法もある。2007年度に太陽光発電に転用された農地は0.7haだったが、2019年度までに合計で1万1946haに達した。地球温暖化を防ぐために再エネの導入を増やす必要はあるが、国内の食料自給率を高める必要もあるはずであり、バランスのとれた開発が必要である、と著者は指摘している。(p.95-96)

近年、再エネ普及による電力価格の上昇が大きな問題となってきているようである。ドイツでは人口の5~23%、ハンガリーでは21%、ポーランドでは約12%がエネルギーの貧困に直面している。ドイツでは2010~2018年に大幅に電力料金が上昇し、2017年には34万人以上が電気料金をはらえなくなった、と指摘されている。(p.104)

FIT制度の買取価格は、建築資材廃棄物が1kWhあたり13円であるが、間伐材などを使う木質バイオマスは40円という、洋上風力発電と同じ高い価格が設定されている。日本で多く利用されているのは、海外からの輸入材による木質バイオマス発電である。樹木を伐採した際に発生する枝などの林地残材を集めて燃やすのは手間がかかるので、コストも嵩み、一定の量を常時供給できるとは限らないからである。その結果、日本は主にカナダとベトナムから木質ペレットを輸入しているのである。(p.108)

さらに、木質ペレットを補うべく、ヤシ殻も生産地であるインドネシアやマレーシアから輸入されている。2019年には、245万トンものヤシ殻が輸入され、FIT導入時の2012年と比べると輸入量は92倍に達している。(p.109-110)

木材を燃やすと二酸化炭素が発生するが、伐採された後に樹木が成長していけば、成長過程で二酸化炭素は樹木に吸収されるので、実質的に二酸化炭素排出量はゼロになると考えられてきた。この考え方を「カーボンニュートラル」という。

欧州連合(EU)は2021年1月に発表した報告書のなかで、木質バイオマスは化石燃料よりも多くの温室効果ガスを発生させ、その後数十年にわたって排出量が増えるので、カーボンニュートラルでないと述べている。エネルギー生産量が同じ条件で比較すると、木材は無煙炭より10~15%、ガスよりも100%多く二酸化炭素を排出するというのである。(p.111)

 

第4章 デジタル機器の増加と電磁波被曝

情報通信技術(ICT)を多用する社会では、データ量が劇的に増えることになる。国際エネルギー機関(IEA)も、運輸、建築、産業部門のエネルギー効率を改善する可能性がある一方で、デジタル機器や収集したデータを収めるサーバーが増加し、「慎重に管理されなければ、エネルギー使用の大幅な増加をもたらす可能性がある」と指摘している。(p.118-119)

ICTによる電力節約の可能性が過大評価されており、2030年までにICTインフラの電力消費が増えると報告されており、メリーランド大学のレニー・オブリンガー博士らは、サーバーやデータ危機を収納するデータセンターの電力消費は世界のエネルギー需要の1%を占め、これはオーストラリアの年間消費量に相当すると報告している。(p.119)

脱炭素社会への意向を提唱するフランスのシンクタンク「シフト・プロジェクト」も、ICTに関わる電力消費が今後増加すると警告している。とりわけ、ICT(情報通信技術)の過剰消費は、先進国で発生しており、平均的なアメリカ人は平均10台のICT機器を所有し、毎月140GBのデータを消費しているが、平均的なインド人はICT機器を1台しか持たず、消費データは毎月2GBであるという。

この報告書では、機器の生産に必要なエネルギー消費にも注目している。スマートフォンを2年間使用した場合、製造から消費の過程で消費されるエネルギーの90%以上が、ノートパソコンの場合は80%以上が製造段階で発生しているのである。(p.121-122)

著者によると、近年の無線通信環境の展開も要注意であるという。たとえば、アメリカのスペースX社のCEOイーロン・マスク氏は、4万機を超える小型の5G通信衛星を、高度350~550kmの低軌道に打ち上げて、地球を取り囲むように配置し、地球上のどこからでも無線通信が利用できるようにするといっているが、利便性を追求し続けるのではなく、環境や社会に与える負荷を再評価して、宇宙利用のあり方も見直すべきではないかと指摘するのである。  (p.134-136)

わが国では、2025年からは次世代スマートメーターの導入が始まる見込みであるが、次世代スマートメーターでは、スマートメーターと家庭内のHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)を結ぶBルートの利用が本格的に始まる。これは便利なようではあるが、サイバー犯罪・攻撃への脆弱性を高めることにもなり、外出先からスマホ一つで簡単に家電を操作できる環境は、悪意のある第三者が容易に侵入できる状況を作り出すことになるのであると指摘する。

さらに、スマートメーターが利用する周波数帯は、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)が「がんを起こす可能性があるかもしれない」と認めた無線周波数電磁波であり、この面からも要注意であるという。(p.138-139)

自動車交通分野では、「環境にやさしい」と言われる電気自動車の導入、さらにはICTの発展による「自動運転システム」の導入が進められている。

総務省は5G基地局を信号機に設置する方針であり、自動運転が本格的に始まれば、周辺の車や道路状況のデータを収集するため、車と車、車と路上に設置されたセンサーなどとの無線通信が行われるようになる。路上の電磁波はますます強くなると予想されるのである。(p.152)

2021年7月、欧州議会の下部機関「欧州議会科学技術選択評価委員会(STOA)」が、5Gの安全性を検証した報告書『5Gの健康影響』を発表し、5Gで使われる電磁波の有害性を認めた。さらに、欧州市民が政策提案を行う制度「欧州市民イニシアティブ」の一つとして、法案「ストップ(((5G)))―つながっても保護される」(原文ママ)が10月に登録された。 (p.152-154)

欧州連合は、2050年までにEU域内の温室効果ガス排出をゼロにする「欧州グリーンディール」を掲げており、その行動計画において、有線および低エネルギーの解決策を優先することによって、デジタル通信技術で生じる大量の電力消費を削減することも提案している。さらに、環境への悪影響が解消されるまで、世界中の大規模な5G衛星の即時モラトリアムを求めている。地球温暖化を抑止するためにも、電力と重金属を大量に消費し、環境を悪化させる無線通信網ではなく、省エネで環境負荷の少ない有線通信に切り替えるべきであるということである。(p.155-156)

 

第5章 環境アセスメントは機能しているか?

風力発電所や太陽光発電所など再生可能エネルギーの設備を建設するには、建設工事や稼働後の影響を予測する環境アセスメントが必要である。風力発電所の場合、出力5万kW以上の発電所が、太陽光発電所の場合は出力4万kW以上が、必ず環境アセスメントを行なう第一種事業になる。これより小規模なものは、環境アセスメント実施を個別に判断する第二種事業になる。

現在、環境アセスメントの手続き中の事業の90%は風力発電所が占め、2021年1月現在で、その数は313件に達している。環境アセスメントを行う際は、場所の選定から設置許可が降りるまで、陸上風車の場合3~4年かかり、数億円規模の費用が必要である。

地域住民が意見を述べる機会は「配慮書」「方法書」「準備書」などの環境影響評価図書が発表されて1カ月半程度の期間である。ただし、参考にされるだけで、住民の声を取り入れて事業が行われるわけではない。地方自治体の声すら反映されないことがままある。また、これらの環境影響評価図書は事業者のホームページでも公開されるが、縦覧期間は法律で1カ月と定められ、期間が過ぎると削除されることがほとんどであり、十分な情報公開がされている状況とはいえないであろう。( p.164-166)

風車周辺住民に不快感やめまい、頭痛、不眠などの症状を起こすことが各国の疫学調査で報告されており、欧州諸国は1990年代から、事業前に「環境影響調査(EIA)」を行なうだけでなく、風力発電所による環境と健康への影響を調査する「健康影響調査(HIA)」の必要性が指摘され、HIAは一定の効果をあげているという。(p.173-174)

海洋生物や海鳥への影響を調べる方法を確立し、磁場の影響を減らすなど、ダメージを最小限に抑えるべきであり、また、大規模化が進む洋上風力発電の低周波音の影響を調査し、地域住民の健康を守る必要がある。(p.175-176)

再エネ開発をめぐるわが国の現状は、さまざまな問題を抱えたまま、ゴールだけをめざして、やみくもに進められている感が強いように思われる。著者は、再生可能エネルギー事業の発展にだけ、集中しすぎていないであろうか。農地を潰して太陽光発電に転換するのは賢明なのであろうか、と疑問を提起するのである。

エネルギー問題といっても、発電がすべてではない。処分方法が確立していない太陽光パネルを全ての建物に設置するよりも、既にある技術を活かして高断熱の建物を増やせば、冷暖房費を大きく削減できるし、また洋上風車や陸上風車を設置し、周辺住民を健康リスクのある低周波音や超低周波音に曝してつくった電気は「クリーン」だといえるのだろうか。5G基地局は4Gよりも2~3倍多くエネルギーを消費し、スマートシティのように情報通信技術を多用する社会は、エネルギー消費を大幅に増やす可能性があり、サイバーセキュリティの面でも問題がある。再生可能エネルギーを導入するにしても、自然環境や地域住民に及ぼす影響を検討し、経済的利益を追求する事業者の都合だけでなく、地域住民との合意形成の上に建設されるべきである。

少数者や人口の少ない地方に環境破壊や健康被害などの負担を負わせて、たくさん電気をつくって消費する生活を続けるのではなく、真に持続可能な社会とは何なのかを多角的に考える時が来ている、と著者は指摘しているのである。(p.179-182)

 

以上、本書の内容について、概略紹介してきた。紙幅の制約と評者の関心の向きや理解の浅さから、一定のバイアスがかかっていることを恐れるところではあるが、最後に、評者として特に注目した点をいくつか挙げることによって、書評の任を終えたい。

第一に、再エネ設備の建設によって破壊される地域自然環境の問題である。

著者は、第1章において、「気候変動と再生可能エネルギーの問題点」を明らかにするにあたり、いわゆる「脱炭素社会」を目指す政策に疑問を提起している。特に、わが国政府が提案する「地域脱炭素ロードマップ」の問題性を指摘している。陸上・洋上風力発電などの設置により、再生可能エネルギーの資源が豊富な地方から、エネルギーを大量消費する都市部に電気を送る「再エネ開発と融通」を実施する、とマップは示しているが、そのことによって、逆に、地方の住民が守ってきた里山や自然を再エネのために破壊し、健康被害のリスクを地域住民に押し付け、地方が植民地のように搾取されること、になるのではないかと懸念している。(p.15-16)

実際、「脱炭素」「再エネ開発」を掲げれば、すべてが許されるとばかりに、全国的に風力発電所や太陽光発電所の建設が急拡大している現状がある。著者は、第2章において風力発電所、第3章において太陽光発電所とバイオマス発電所について、それぞれ、その問題性を具体的に明らかにしているのである。要点はすでに紹介したとおりであるが、評者が驚いたのは、風車によって昆虫が大量に死亡していると指摘されている、との記述である。この分野の文献や資料にあたると、バードストライクの事実が野生動物への最も顕著な影響として紹介されているが、これさえも、まだ解明されていないメカニズムが多いという。まして、昆虫の大量死の問題は、風車の影響がわれわれの知らない生態系全体に及んでいる可能性が高いことを警告するものであろう。

太陽光発電所を建設するために、「里山」といわれる、人々の居住地域に比較的近い山林が開発対象となり、樹木の伐採、山の切り崩し、谷の埋め立てが実施されるケースが増えている。こうした太陽光発電所等の建設拡大によって、土砂崩れなどの自然破壊が発生しやすくなるとの指摘もあり、これを規制すべき行政の側の対応についても責任が問われるところであろう。しかし、現状は、再エネ開発のための規制緩和が基調となっているといえる。

他方、太陽光発電に転用された農地が飛躍的に増大していること、営農型発電という形で農地の上部にパネルを設置することも推奨されていることがあるが、これらの施策は、再エネ拡大に資する可能性はあるが、食糧自給率向上を目指す農業政策とは矛盾することになることも予想される。

再エネ拡大政策は、本来、地球環境を保全することに資するものであると思うが、実態はこれと逆行しているケースが目立つ。風況が良いという理由で尾根筋が風力発電所建設地点に選定され、本体建設と資材搬入道路建設のために山林が切り崩されていくことは、本末転倒の最たる事例である。進行中の大型木質バイオマス発電において、国内林業における林地残材利用が謳われてはいるが、資源量と収集コスト等からみて難しいのが現実であり、海外からの輸入ペレット等に依存している有様である。加えて、ヤシ殻輸入も拡大している。「カーボンニュートラル」は木材を燃料として利用することを推奨しているが、EUは、木質バイオマスは化石燃料よりも多くの温室効果ガスを発生させる、と報告しており、「カーボンニュートラル」政策も、無条件で受け入れられるものではないようである。

第二に、再エネ開発が地域住民の健康破壊につながっている問題である。

再エネ開発の進展が自然環境や生態系に大きなマイナス影響を及ぼしていることが、明らかにされつつあることを著者は述べているが、今一つ重要なマイナス影響は、地域住民が被る健康被害の問題である。特に重要なのは、風車が原因となる低周波音の影響である。エコキュートなどのヒートポンプ給湯器からの低周波音被害については、消費者庁が、すでに指摘しているところであるが、風車騒音について、環境省が、2016年に報告書「風力発電施設から発生する騒音等への対応について」を発表し、風車から発生する超低周波音は知覚できないレベルであり、風車騒音は可聴音の範囲で議論すべき、と結論し、風車騒音(低周波音を含む)が睡眠影響を引き起こす可能性を認めたものの、「人の健康に直接的に影響を及ぼす可能性は低い」と結論付けたのは問題であろう。(p.38-40)

むしろ、限られた調査や事例ではあっても、わが国において、風車近隣に住まいする住民から、めまいや体調不良、睡眠障害などを訴えるケースが多発している現状がある。被害は、大型風車だけでなく、小型風車の場合でもみられるものであり、何よりも、全体的な実態調査が実施されていないことが問題であろう。その点、風車先進国は被害調査の事例においても参照すべき資料を提供してくれている。著者は、デンマーク、ドイツ、フィンランドで実施されてきた疫学的調査を紹介しており、これらの外国の例を参考にしながら、わが国における風力発電所設置の影響を調査すべきであると、指摘する。すなわち、日本でも、風力発電所周辺で低周波音や超低周波音による不快感や健康被害を訴える人がいるが、しかし、その人が感じている主観的な知覚を実証するための検査方法すら確立されていないのが現状である。事業者や政府は低周波音・超低周波音の健康影響に否定的だが、人間の知覚は個人差が大きいことに留意して、被害を出さないように慎重に対応するべきである、と述べている。(p.56-57)

また、わが国では、今後、洋上風力発電が本格化するといわれているが、その離岸距離が1km足らずであり、北海などで展開するヨーロッパの洋上風力が平均30~60kmの離岸距離であるのと比べると、「洋上」というよりは「沿岸」風力発電というべき水準である。このことは、同時に陸上に住まいする近隣住民に直接風車の影響が及ぶということを意味するのであり、建設の是非を含め、早急に検討すべき事柄である。

第三に、ICT機器の拡大と電力エネ需要の拡大の問題である。

本書によって気付かされたことは多いが、「インターネット利用と温室効果ガスの増加」という問題は、その中でも驚くべき内容の一つであった。インターネットを含む通信事業が大量の電力を消費することは知ってはいたが、著者の指摘はその事態が想像以上に進んでいることを教えてくれたのである。著者は次のように述べている。

インターネットの利用に関わる温室効果ガス排出量は16億tに達し、通信産業が消費する電力は2025年までに全世界での使用量の20%を占める、という予測もある。無線通信の利用を増やし続けることは、気候変動の一因になる可能性があるのである。さらに、2019年だけでも電子機器の廃棄物が5000万t以上発生し、毎年8%ずつ増えていく見込みである。(p.118-119)

メリーランド大学のレニー・オブリンガー博士らは、インターネットの二酸化炭素排出量は1GB(ギガバイト)当たり最大で63g、水の利用は35リットルになるという。世界全体の二酸化炭素排出量に換算すると、データの保存と伝送によって年間9700万tになり、これはスウェーデンとフィンランドが1年間に排出する二酸化炭素の量に相当する。

2020年以降の新型コロナの流行下で、ネット利用は世界全体で最大40%増えたといわれ、こうした傾向に拍車をかけているのは、周知のとおりである。(p.119-120)

ただ、こうした傾向はまったく抗えないというものではなく、オブリンガー博士らは、社会全体がオンラインでの行動に関わるコストを認識し、行動を変え、環境負荷を下げるべきだと考えている。(p.120-121)

著者は、ICTの無批判的利用や拡大については抑制的であるべきであり、必要以上のデータの質にこだわることなく、時間や回数の制限によって、環境負荷自体も削減できることを提唱するのである。

第四に、デジタル機器への金属原料供給と地域破壊の問題である。

デジタル機器の普及拡大は電力消費増大のみならず、その製造に大量の希少金属や金属が使用されていることによっても深刻な問題を提起することになる。

デジタル機器は、埋蔵量が限られている希少金属や金属を大量に消費する。スマートフォンは、銅やプラチナ、金、インジウム、タンタル、ゲルマニウム、コバルト,スズなど約40種類の金属を使って製造する。金属のリサイクルも行われているが、金や銀、プラチナ、スズなどのリサイクル率は50%以上ある一方で、レアアースのリサイクル率はいずれも1%以下である。(p.123-126)

さらに、これらの希少金属が採掘されるのは、政情が不安定な地域が多く、コバルトの64%はコンゴ民主共和国で産出されている。また、中国も多数のレアアースを保有し、世界で消費されるレアアースの97%を供給している。

新疆ウイグル自治区は、太陽光発電で使われる多結晶シリコンを世界シェアの45%生産するほか、レアアースなどの鉱物資源も豊富である。深刻な人権侵害のほかに、レアアース生産に由来する環境汚染も発生している可能性がある。これらの事態を背景にして、EUにおいては、紛争や人権侵害を助長していないことを確認する注意義務「デューディジリエンス」の実施に向かっている。(p.126-129)

レアアースを精錬する際に発生した放射性物質の管理が杜撰だったため、周辺住民に健康被害が出る公害事件も起きている。(p.129-130)

第五に、5G時代と健康危険の問題である。

5G電波の人体への影響については、著者はこれまでも各所で訴え続けてきたところである。したがって、その詳しい内容は著者のその他文献を参照(さしあたり、加藤やすこ著『スマートシティの脅威』2021年、緑風出版および加藤やすこ著・出村守監修『電磁波・化学物質過敏症対策(増補改訂版)』2013年、緑風出版)していただくとして、ここでは「ワイヤレス給電」についてのみ触れておきたい。

ソフトバンク社は、携帯電話基地局から無線周波数電磁波を使ってデジタル機器に給電するワイヤレス電力伝送システム(ワイヤレス給電)を実用化し、2025年にも運用する予定である。これによって、電磁波被曝量の急増が起きるだけでなく、エネルギーが大量に消費され、省エネに逆行する事態が起きると考えられる。5Gでは、周波数3.7GHzと4.5GHzのマイクロ波と、28GHzのミリ波を使うことになる。ミリ波は主に軍事で利用されてきた。健康や環境に悪影響を与えるという研究もあり、安全性については不明な点が多いのが現状である。オランダ保健審議会は、安全性が確認されるまでミリ波5Gを導入しないよう求めている。ところがソフトバンクは、このミリ波を使って給電する方針なのである。 (p.140-141)

ワイヤレス給電では、ワイヤレス充電器の上におくだけで給電できる。ただし空間伝送型のワイヤレス給電はエネルギー効率が非常に悪く、伝送効率は数%以下である。送電した電力の大半が失われ、環境中の電磁波が増大することになる。(p.141-142)

携帯電話基地局を介したワイヤレス給電が可能になれば、IOT機器は自動的に給電されるようになり、24時間情報を収集できるようになる。(p.142)

第六に、便利な社会を追い求めることの陥穽についてである。

2021年7月、欧州議会の下部機関「欧州議会科学技術選択評価委員会(STOA)」が、5Gの安全性を検証した報告書『5Gの健康影響』を発表し、5Gで使われる電磁波の有害性を認めた。さらに、欧州市民が政策提案を行う制度「欧州市民イニシアティブ」の一つとして、法案「ストップ(((5G)))—つながっても保護される」(原文ママ)が10月に登録された。 (p.152-154)

欧州連合は、2050年までにEU域内の温室効果ガス排出をゼロにする「欧州グリーンディール」を掲げているが、その行動計画において、有線および低エネルギーの解決策を優先することによって、デジタル通信技術で生じる大量の電力消費を削減することも提案した。さらに、環境への悪影響が解消されるまで、世界中の大規模な5G衛星の即時モラトリアムを求めている。地球温暖化を抑止するためにも、電力と重金属を大量に消費し、環境を悪化させる無線通信網ではなく、省エネで環境負荷の少ない有線通信に切り替えるべきではないか、ということである。(p.155-156)

第七に、地域住民の声を反映する環境影響評価システム構築の必要性である。

山田大邦さんがいうように、風力発電等を導入する際には、被害が出るかもしれないという視点で、物事をみていかなければならないということである。(p.172-173)

風車周辺住民に不快感やめまい、頭痛、不眠などの症状を起こすことが各国の疫学調査で報告されており、欧州諸国は1990年代から、事業前に「環境影響調査(EIA)」を行なうだけでなく、風力発電所による環境と健康への影響を調査する「健康影響調査(HIA)」の必要性が指摘され、HIAは一定の効果をあげているとのことである。(p.173-174)

NEDOは、音の影響を評価する際、距離による減衰と空気吸収だけを考慮している。海の生態系への影響も調査するよう求めているが、具体的な調査方法は確立していない。海洋生物や海鳥への影響を調べる方法を確立し、磁場の影響を減らすなど、ダメージを最小限に抑えるべきである。また、大規模化が進む洋上風力発電の低周波音の影響を調査し、地域住民の健康を守る必要がある。(p.175-176)

このようにみてくると、現状のエネルギー政策は、再生可能エネルギー事業の発展にだけ集中しすぎており、「一点突破主義」ともいえる観を呈している。多くの企業や自治体が再エネ事業に資金と技術を全面投入し、その事業が成功しなければ、われわれの生活が危機に陥るとばかりに、人々の不安を煽っているようにさえみえる。それどころか、地球の存在さえ危ういという論調もある。昨日まで、地球資源の略奪をほしいままに繰り広げてきた者が、今日はそれを大事にしなければならないといい始めている。その心変わりを「改心」と受け取ることも可能ではあろうが、地域住民の声を無視して強行される再エネ事業によって、地域の自然破壊が進行し、健康被害に遭っている住民の苦しみを理解しようとしない事業者の姿勢とそれに与する行政のあり方をみるにつけ、「改心」に疑念を抱くのは当然である、と評者には思える。さらに、再エネ事業に何らかの疑念を抱く人々を、「異端者」として端から否定し去ろうとする傾向は、多様性を認める社会とは別物であるのではないだろうか。

再生可能エネルギーを導入するにしても、自然環境や地域住民に及ぼす影響を検討し、経済的利益を追求する事業者の都合だけでなく、地域住民との合意形成の上に建設されるべきである。少数者や人口の少ない地方に環境破壊や健康被害などの負担を負わせて、たくさん電気をつくって消費する生活を続けるのではなく、真に持続可能な社会とは何なのかを多角的に考える時が来ている、と著者は叙述を終えている。(p.180-182)

 

以上、現在進んでいる再エネ開発のあり方に対する著者の問題提起を改めて紹介する形で、まとめることになった。利便性と快適さを追い求める現代社会が、再エネ開発とICT技術に過度に依存する社会となっていること、そして、その裏側で進行している、自然破壊と健康破壊の実情を正しく認識することなくしては、真の持続可能な社会とはならないであろうという警告として、著者の主張を読む必要があると思う。しかし、著者は、こうした傾向を、単に批判的、悲観的に描くのではなく、常に、そこからの脱出の道も提示しているのである。ICTによる電力消費の拡大も、必要以上の情報量や情報の質を追い求めるのではなく、ケースバイケースで質を落とすなど、消費者の賢い対応によって、マイナス影響を減少させることが可能であると指摘している点などは、その好例であろう。再エネやICTによって、環境に恵まれた利便性の高い社会が実現できると夢見ている現代人が、一度立ち止まることによって、その環境や利便性が様々な犠牲の上に成り立っていることに気付かされる、そんな機会を与えてくれる好著である。評者にとっては、鶴田由紀『巨大風車はいらない 原発もいらない—もうエネルギー政策にだまされないで!』アットワークス、2013年以来の衝撃を受けた再エネ関連本であり、風力発電や太陽光発電によって被害を受けている人々はもちろん、関心をもつ幅広い読者の目にふれることを期待してやまない。

(緑風出版、2022年、185ページ)

 

 

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