三浦泰裕「札幌市政の批判的検証とあるべき地域経済政策」

全国商工団体連合会(全商連)の発行する『月刊民商』第64巻第5号(2022年5月号)に収録された、NPO法人北海道地域・自治体問題研究所事務局長である三浦泰裕さんの原稿です。どうぞお読みください。

 

 

札幌市の産業と雇用の特徴

札幌市は人口197万人、道内の人口522万人の37%が集中する東京以北最大の都市です。事業所数は7万2千件、従業者数83万8千人(経済センサス2016調査)でそれぞれ道内の33%、40%を占め、卸小売販売額は全道の65%を占める北海道経済の流通の中心地です。また産業は、他の政令指定都市と比較し製造業が極めて少なく、市民の高齢化率が高いこともあり医療・福祉の産業が唯一増加し続けているのが特徴です。

札幌市は、従業員4人以下の小規模事業所数が全事業所の54%(2016年)を占めている一方、全事業所のわずか1.4%の従業員100人以上の事業所に30%が雇用されています。札幌市は中小零細企業の街であると同時に、雇用者の3割が規模の大きい事業所に働く街でもあります。札幌市の事業所は、2009年から2016年の間に6697件、8.5%減少していますが、減少している事業所のほとんどが従業員4人以下の事業所(-5313件)で、またその多くは個人業者(-4030件)[1]です。

札幌市における本店が他の都府県にある事業所数は1万980件、そこで雇用されている従業者数は18万7444人でそれぞれ全事業所の14.6%、21.9%を占めています(経済センサス2016調査)。北海道の開拓以来、東京などの道外資本が札幌市を中継拠点として道内全域に行政、金融、流通などをもとに経済活動を続けています。「支店経済」といわれる札幌市における道外資本の経済支配[2]は、札幌市の施策にも影響を及ぼしています。

札幌市における非正規雇用者の割合は37.4%(2014年)で全国の平均を大きく上回っています。札幌市の合計特殊出生率は2014年1.16で当時最も低かった東京都(1.15)と同程度でした。出生率が低いのは25歳~39歳の未婚率が全国と比べて高いことです。未婚の理由は「結婚後の生活を維持していくための資金」「非正規で雇用が不安定」(札幌市版人口ビジョン2016年1月)[3]と述べられています。札幌市の産業と劣悪な雇用の状況が市民生活に反映しています。

 

札幌市中小企業振興条例にもとづく中小企業施策の実態

札幌市は、2008年4月それまでの旧条例を改正して札幌市中小企業振興条例を制定しました。条例は、札幌市の責務、中小企業の努力、大企業の役割、市民の協力と理解などを定めた理念条例で、札幌市中小企業振興審議会が設置され、2011年1月には7回の審議の下で10年計画の札幌市産業振興ビジョンを策定しました。産業ビジョンでは、「施策の展開方向性として『札幌市経済の成長をけん引する重点分野』と『札幌市産業の高度化に向けた横断的戦略』『札幌市経済を支える中小企業の経営革新と基盤強化』の二つの柱に整理するとともに46の施策を掲げ産業振興を進めてきた」(産業ビジョン第2章)としています。また札幌市の産業施策は、札幌市産業振興ビジョンに基づいて実行され進捗状況が点検されるとされてきました。

札幌市の産業施策とその実行、進捗状況を審議するとしている札幌市中小企業審議会は、任期2年で20人の委員で構成されています。2021年の委員は、中小企業者10人のほか、大学教授、金融機関2人、消費者協会、連合労組、経済団体2人、道庁、北海道経済産業局、社会保険労務士で構成され、小零細企業を代表する委員は一人もいません。委員会は、札幌市産業振興ビジョンを審議した2009年~2010年度は8回行っていますが、2011年度以降から年2回、2016年度以降は年1回しか開催されていません。毎年審議されているのは札幌市産業振興ビジョンにもとづく進捗状況だけです。札幌市中小企業振興審議会の活動は形ばかりで、地域の実態をもとに中小企業や市民が参加し論議して産業振興施策を推進する役割は当初から何も果たしていません。

 

札幌市の産業振興策は企業誘致と観光業、バイオ・IT産業

札幌市の産業振興策は、2021年度の経済観光局予算によると1438億円で、預託金[4]が大半を占める中小企業金融対策資金貸付金予算1365億円を除くと73億円です。

予算1億円以上の施策は、企業立地促進事業7億2200万円、健康医療バイオ産業やバイオベンチャーへの支援費2億2700万円、IT・映像産業支援1億1700万円、国内観光振興費1憶5500万円、定山渓地区魅力アップ事業2億円、食料品関連企業の支援策としての国内外への販路拡大促進事業に1億1900万円、となっています[5]

予算で最も多い企業立地促進事業は、市内に企業を立地し設備投資をする企業には最大10億円、本社機能を移転する企業には一社2億1000万円、コールセンター、バックオフィス立地、ITやバイオ企業の立地には一社当たり3000万円の補助をします。また、新規企業を一社以上入居させることを条件にオフィスビルを建設する企業に10億円を補助するオフィスビル建設促進補助金も2020年から実施しています。

札幌市の産業振興策の最大の施策は企業誘致策で、産業では観光業とITやバイオ産業などのごく一部の産業です。したがって市内の過半を占める小規模業者はもとより、中小企業の多数を占める小売業、飲食サービス業、建設業などへの施策はほとんどなく、わずか商店街支援事業の3500万円があるだけです。

 

新型コロナ対策に見る中小零細企業軽視の姿勢

札幌市の新型コロナ対策の主な施策は、中小企業金融対策資金貸付事業です。2021年の予算は1365億円で2020年の2倍を超え、保証料の補給や損失補償に16億9100万円の予算を計上しています。増える相談体制の拡充に札幌商工会議所に1億3700万円の補助をしています。この市の制度融資の拡大が、窮迫する中小零細企業の資金繰りを救ったことは明らかです。

しかし融資以外の新型コロナ対策事業者支援の2021年予算は、宿泊業に感染対策1億9200万円や施設応援3億600万円、ススキノ地域の飲食業者に限定した感染対策3億8220万円と時短協力11億1000万円、テレワークを導入する企業に一社140万円(予算3億5900万円)の支援などです。一方、市内の全業者を対象にした直接の支援は、北海道の支援対象から外れた売り上げ減少30%~50%の事業者を対象に10万円を支給する支援策(予算8億円)のみです。

札幌市以外の全道の市町村は、国の持続化給付金の支給要件を緩和しハードルを下げ、休業したり、感染対策を行った事業者に業種を特定せず広く地域の中小業者全体にきめの細かい施策を行っています[6]。札幌市のコロナ対策の中小企業支援施策は、宿泊業者とススキノ地域の飲食店、テレワークをおこなえる特定の企業のみに偏った、多数の中小事業者を排除するきわめて不十分なものでした。

 

市が推進するのは新幹線札幌延伸と冬季五輪招致をテコにした都市再開発

秋元克広市長は、再開発事業の助成による民間投資の活性化を選挙公約に掲げ、現在、市政の重点として取り組んでいるのは、都市再開発事業です。それを促進するテコの役割を果たしているのが2030年に実現する北海道新幹線の札幌延伸と2030年の冬季五輪の招致です。

札幌市には70年代に建設されたビルが建て替え時期を迎えています。市は再開発地区ごとに地権者でつくる準備組合を後押しし、国と一体となり総事業費の15%もの補助金[7]とさまざまな理由をつけて建物の容積率を緩和して[8]再開発事業を誘導してきました。2022年予算でも北8西1地区と南2西3地区の再開発補助金が58億5300万円計上されています。再開発の建物の用途はどこでもオフィスビル、ホテル、マンションの3点セットで、市は新規企業の入居を条件にオフィス建設促進補助10億円の制度も設けています[9]

JR北海道の新幹線札幌延伸は、道内の既存路線の廃線[10]と一体となってすすめられています。現在の函館までの新幹線でも毎年100億円近い赤字を生んでいますが、札幌延伸で黒字どころか一層の赤字拡大さえ予想されJR北海道の今後の経営が危ぶまれています。

札幌市は、新幹線の延伸に合わせてバスターミナルの再整備を含めて駅南側と2街区の再開発を促進しています。22年度年度予算でも30年新幹線札幌開業に向けた関連経費72億8100万円を計上し、本来国や機構が整備すべき新幹線東改札の設置に関する設計や駅周辺整備を検討する予算として13億8900万円も計上しています。

加えて札幌市は、2030年の冬季五輪・パラリンピック招致の動きを加速しています。市民の機運を盛り上げるシンポジュウムや座談会の様子が地元紙に掲載され、街中にはポスターが張られて3月には住民アンケートが行われました。賛成が半数を超えたとされていますが、多額の財政負担に4割の市民が反対[11]しています。五輪開催の費用は、施設整備800億円、大会開催費2200億円とされ[12]、開催による経済効果は全道4500億円、札幌市は3500億円と試算されていますが、しかし経済効果の恩恵は、大手建設業者や道外資本のホテルなどに集中し、地元中小企業への波及はほとんど及ばない[13]と指摘されています。

都市再開発により札幌市と近郊の地価の高騰を招いてミニバブルの様相をつくり出しています。今年1月の道内の土地の公示価格は、全用途平均が前年比プラス3.9%で6年連続上昇し、上昇率は都道府県で最も大きくなりました。住宅地は上昇率がプラス4.6%と全国最大で上昇率の全国トップ10地点すべてに札幌近郊の市部が占めました[14]

秋元市政になって札幌市の財政支出は膨らみ、2022年度末には臨時債を含めた市債残高は1兆1529億円になります。新幹線札幌延伸、五輪誘致、加えて都市再開発が続けば、今後、老朽化した公共施設の再整備を控えている中で市の財政のひっ迫化を招く[15]ことが予想されます[16]

 

 

札幌市の産業振興策の転換を

札幌市政が行っているのは、これまで行われてきた道路や港湾、空港などを中心にした公共事業と企業誘致による地域開発と同じです。かつてのように公共事業が行えなくなってきた現在、それに代わる建設事業としての都市再開発と、もはや地域開発政策としての有効性を失っている企業誘致に固執しているのです。これらの施策によって利益を受けているのは、地元の中小企業ではなく道外資本のゼネコンで、進出してくるホテルや小売企業等です。またこうした施策を行う背景には、長年札幌経済で続いてきた道外資本の支配する「支店経済」の影響もあります。

札幌市の中小企業は、「売り上げの90%は札幌市内」(札幌市2011年1万社アンケート)とこたえています。札幌市経済の持続的な発展は、「地域内で繰り返し再投資する力=地域内再投資力をいかにつくりだすかが決定的重要」(岡田知弘著『地域づくりの経済学入門』P139)です。札幌市民の所得と購買力の向上をもとに地域内の産業の循環を発展させることが求められます。

市民の消費購買力を引き上げるためには、消費税率5%への引き下げや各種社会保障費の負担増や給付の縮小をやめさせ、最低賃金を引き上げる国の政策が必要です。

札幌市は、エネルギー価格が高騰している中で全道の市町村が行っている「福祉灯油」を行っていないだけでなく、子供の医療費の無料化にも極めて不熱心です。加えて低年金の老人世帯に対する住宅補助、母子世帯の4割を超える貧困世帯への支援などが必要です。まず、市民生活に冷たい札幌市政を転換することです。

札幌市の中小企業施策を変えるためには、中小企業振興条例の趣旨にもとづいた審議会の運用が求められます。人口200万都市の札幌市の行政区は10区に分かれ、産業の構造も区別に違いがあります。地域に密着した施策を行うためには、審議会も区ごとに分科会を設け、小零細業者を含めて地域の中小企業と市民が一体になった論議をもとに施策を行う必要があります。当然、全市20人の委員は大幅に増員し[17]、審議会の回数も大幅に増やすことが必要です。

市民生活とまちづくりの観点から地域の住民と中小企業の意見をもとに小売商店や生活関連サービス業への支援策が必要です。誘致企業ではなく地元企業の設備更新や工場建て替え、新製品開発に対する補助制度も必要です。今後必要になる市の公共インフラ整備を地元中小企業へ優先発注し、住宅の改修を促進する住宅リフォーム助成制度や市の小規模工事を小零細建築業者に発注する小規模修繕工事登録制度をつくり、地域の中小建築業者に仕事を増やす施策が必要です。札幌市政の大転換が求められています。

 

(みうら やすひろ)

 

[1] 北海道の個人業者の全事業所数に対する割合は50%(経済センサス2014年)です。札幌市の個人業者は29.3%ですので、札幌市における個人業者は少ないのが特徴です。

[2] 「1986年に札幌市の法人事業所の19%、従業者の23%は道外企業の支店が占める。これらに、取引等通じた依存企業を含めると、札幌市における支店の活動領域は極めて広い。さらに札幌は道内の中継拠点として、道内全域への行政・金融・流通などの支配力をばねに急成長を遂げたのである。」(『北海道経済図説』1990年P94)。

[3] 非正規雇用が多い産業ほど平均賃金が低い。2014年の毎月勤労者統計と経済センサスによって、産業別の1か月の現金給与と非正規雇用の割合を比較して見てみると、宿泊・飲食サービス業は給与総額176651円、非正規雇用率77.7%、不動産・物品賃貸業は給与総額239459円、非正規雇用率42.9%、卸業・小売業も給与総額272975円、非正規雇用率49.4%となり、非正規雇用の低い情報通信産業の給与総額576931円、非正規雇用率16.5%、同様に学術研究・専門技術サービス業は給与総額654747円、非正規雇用率22.4%と比較すると非正規雇用の割合が給与総額を引き下げていることは明らかです。

[4] 自治体の制度融資は、金融機関が事業者に市の制度融資を実行した場合、その金額に見合った資金を市が金融機関に預託(預金)をします。しかし市の預託金は年度末には一旦金融機関から引き出されますから、市は予算として支出を計上しますがそれに見合った収入が期末にありますので実質資金の流失にはなりません。

[5] 2020年予算の主な予算も、企業立地促進事業10億2000万円、健康医療バイオ産業や医療関連産業集積促進への支援9300万円、定山渓地区魅力アップ2億円、食品販路拡大と食品認証支援事業9800万円、新製品・新技術開発支援9100万円などで、2021年とほぼ同じです。

[6] 支援金として業種を指定せず補助金を支給した自治体6市48町村、同様に支援金として補助金を宿泊、飲食、小売業者に支給した自治体3市22町村、休業を行った事業者に補助を行った自治体9市30町村、感染防止を行った事業者への支援は7市33町村など、多くの市町村が業種を指定せず補助を行っています。固定費の補助として店舗などの家賃補助や上下水道料などの減免を行った自治体も11市26町村あります。また、自治体の制度融資の利子、保証料の補給を新たに決めた自治体が5市13町村あります。

[7] 再開発事業に総事業費の15%を国と市が半額ずつ補助。広場整備など公共性のある事業にかかる経費の3分の2を補助する。

[8] オープンスペース整備や地下鉄との接続などを取り込めば容積率を50~200%上乗せする。JR札幌駅周辺や大通り・ススキノ地区などの480ヘクタールの範囲で条件を満たした建物を対象に容積率の規制を最大50%緩和する。

[9]下関市立大学関野秀明教授による「アベノミクス不動産バブル誘導政策が規制緩和『特区』により容積率引き上げ、開発の巨大化、開発手続きの簡素化・迅速化とリスク回避のために不動産関連貸し出しの膨張や不動産投資の証券化」(経済4月号「不動産バブル・住まいの貧困と『資本論』」)によって進められているとの指摘は、札幌市の秋元市政による都市再開発施策にも当てはまります。

[10]「2030年度末の北海道新幹線札幌延伸に伴いJR北海道から経営分離される並行在来線函館線長万部―小樽間の沿線9市町と道は3月27日、同区間の鉄路廃止とバス転換を正式決定した」(『北海道新聞』2022年3月28日付)。

[11] 3月16日発表された札幌五輪意向調査では、賛成52%、反対39%で2014年に行った調査より賛成は15ポイント低下し、反対は18ポイント増えました。東京五輪による「JOC不信」「五輪不信」が高まったことに加えて、多額の財政負担に対する市民の懸念が広がったことによります。秋元市長は、アンケートの市民の意向に関わらず五輪誘致を進めるとしています。

[12] 秋元市長は、21年11月に19年の五輪開催経費3100億円~3700億円の試算をあらため、2800億円~3000億円と発表した。施設整備費の見積もりを大幅に引き下げ800億円、開催経費を1200~1400億円としました。うち札幌市が負担するのは施設整備費450億円としています。

[13] 「五輪で中小企業の受注が増えるわけではない。むしろ人手確保が難しくなったり、資材価格が上がったり、利益を上げにくくなる。」札幌中小建設業協会、「五輪関連施設の整備などが優先され、民間投資が後回しにされる例も多い」野村総合研究所木内登英(「再び聖火はともるか」『北海道新聞』2022年3月12日付)。

[14] 札幌市では昨年の新築マンション価格が平均5026万円と前年同比28%上昇した。近畿圏の価格を抜き、首都圏に迫る勢いだ。建築資材の高騰でさらに上昇するとの見方も出ている。すでに平均年収の10倍以上の水準である。

[15] 「市の借金(市債残高)の22年度末見込みは、過去5年間で最高の6千億円と突破。臨時債を含めた市債残高は1兆1529億円に」「貯金にあたる財政調整基金を89億円取り崩し、基金残高は138億円となった。」「今後、老朽化した公共施設の再整備を控えて、高齢化や人口減による税収減も予想される中、財政の硬直化を招く懸念が残る」(『北海道新聞』2022年2月2日)。

[16] 札幌市財政力も弱い。市の財政力指数(一般的な地方税収のうち行政業務を行う経費が占める割合)は0.73で、仙台市、福岡市、広島市、神戸市、札幌市の中で最も低い。

[17] 公募で地域の市民や中小零細業者から委員を募集することが必要です。

 

 

 

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