白石孝「怒らない労働者たちが考えていること(『週刊金曜日』書評)」

白石孝さん(NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)による、藤田和恵著『ボクらは『貧困強制社会』を生きている』㈲くんぷる、2021年8月刊の書評(『週刊金曜日』2021年11月12日号からの転載)です。お読みください。

 

 

「職場の非正規が、投票に行くなら自民党に入れるって、つぶやいたけど、それっておかしいよね。自分を苦しめている政権を支持するなんて考えられない」と、これは私の周りでしばしば聞こえてくる声だ。

藤田はインタビュー相手に「それは違法な働き方ではないか」「労組に入って声を上げれば」と、繰り返し問い続ける。しかし、「この働き方がいい」「言われるほどブラックではなかった」「労組には不信感しかない」「政治はあてにならない」「上司には言ったけど、変わらなかった、それ以上訴えたらクビになるのが怖い」との答えが返ってくるという。

17人へのインタビューは5年間にわたる。そのうち誰ひとりとして、長期安定雇用の仕事に就いている人はいない。こういう働き(働かせ)方が、特に若い世代では当たり前になっている。新卒後には正規職雇用だったが、中途退職し、その後が不安定雇用の人生になるケースも多い。

藤田は怒りを隠せない。労働法令の原則を守らない経営者が横行している。正規職雇用で安定した職業人生をと思ったら、真逆な労働環境で長続き出来ない。ILO(国際労働機関) は、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の機会を促進する」としているが、日本の経営者の何割がこういう意識を持っているのだろう。

世界で拡がる「名ばかり個人事業主」、日本も同様だが、「労基法はもう古い、事故起こしても自己責任、個人事業主は時代の流れ」と、肯定的に受けとめることについて「無防備な個人事業主を安易に増やす政策が行き着く」のは「『ブラック企業』と生活困窮者が溢れる社会」と警鐘を鳴らす。

さて、私が本書で最も関心を持ったのは、「物言わぬ労働者」「怒らない労働者」との指摘だ。不正義を指摘する非正規に使用者は見せしめ的対応をする。回りをどんどん正規化し、物を言った労働者を孤立させる。その先にはもう誰も「物を言わない」職場が拡がる。

「怒らない」とは、「いったん契約したので、後で文句を言うのは会社に申し訳ない」「ユニオンなどに相談して回りに迷惑をかけたくない」「責任は自分にある」という労働者が増え続けていることだ。

「おかしいと思ったら声に出そう」「諦めないで改善を求めよう」は、正論であり、私も官製ワーキングプアなど非正規労働運動でずっとそう言ってきた。

事実そうやって改善を実現した成果もある。しかし、多くの非正規労働者は、そう声に出し、立ち上がることは少ない。これまでの労働運動がダメだったのか、革新政党が政策を実現してこなかったからか。

非正規だから労組にも革新政党にもシンパシーを持つとのかん違いから、どう声や力にしていくか、それこそが課題と藤田は言いたいのだろう。

 

 

(参考情報)

藤田和恵「東洋経済ONLINE」

 

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